老いていく親をどう理解したらいいのか~自己愛の補給ができない高齢者の現実~

歳をとるに従い、親が依存的になると、子供世代もぎりぎりのところで頑張っているので重荷に感じることもあります。親孝行したい気持ちはあるものの、親のまだ元気な様子を見れば、なぜこうも甘えられなければならないのかと怒りも出ます。

こんなときは、親のニーズを全て引き受けなければならないと思い込んでいることが多いようです。親世代の甘えの背景には、社会から周縁化されるなかで、役に立てない自分は愛されないのではないかという寂しさや不安があります。そのために自分の弱さばかりを意識しがちです。

逆に、子供の側は、親の弱さよりも強さの方をより感じやすいので、つい親の甘えを引き受けさせられていると感じるので辛いです。親の要求を一人で抱え込まずに、逆にどこで上手に親に甘えることができるか考えてみませんか。親の自己肯定感を支えながら、ほどほどに甘え合う関係性を作ることができるといいですね。

◎リクエストを頂きました◎
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58歳で定年退職している舅の甘えを負担に感じています。独り暮らしをしている舅は、遠くから子供の家族が遊びに来ても、嫁たちが舅の世話をするのが当たり前という態度で、部屋は散らかし放題、掃除もせずホコリだらけで歓迎されている感じがありません。

舅は健康で、朝は散歩をし、囲碁を打ち、医学書の翻訳もでき、退職金で悠々自適の生活をしていると自慢していて、あとは人の世話になり、美味しいものを食べたいと言いますが、これまで身体が弱いながらも一人で乗り越えてきた私には、体力も知力もお金もあるのに、高飛車に欲しいものを要求するのは甘えにしか聞こえません。それでも高齢者はどんな場合でも優先しなくてはいけないのでしょうか。
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リクエストをありがとうございました。

どんどん高齢化する日本にあって、高齢者との関わり方は大きな課題ですね。一口に高齢者と言っても、体力、知力、気力、経済力はさまざまで、十把一絡げに考えられない難しさがあります。

ご相談の例のように、定年退職したとはいえ、まだ気力も体力も十分で、現役世代よりもお元気な方も大勢おられるでしょう。場合によっては、年齢はともかく、頼る側の方が頼られる側より強いのではないかと思われるケースもありそうです。元気なのに、現役世代もぎりぎりのところで頑張っているので、親孝行したい気持ちと板挟みになるとしんどいですよね。

社会から周縁化される寂しさ

高齢者にとって、一番の悩みといえば「不安」と「寂しさ」ではないでしょうか。これは、家族や友人といった身近な人を失うことが増えるのもさることながら、退職や子供の巣立ちなどで「社会」における「役割」を失うことが大きいようです。

仕事であれ、子育てであれ、「社会」のど真ん中で悪戦苦闘していたのが、歳をとり、社会参加の機会が少しずつ狭まり、何となく周辺に追いやられるような気持ちになると、「自分には価値がなくなった」という無価値感が刺激されます。

現役時代に仕事をバリバリとこなしていた方ほど、「自分はもう役に立たない」という気持ちが「だから愛されない」に直結しやすいようです。それはあまりに寂しすぎるので、つい「自分には価値があるんだ」と自慢したくなります。

でも本当は、「愛されてもいいよね」と確認したいのかもしれませんね。特に、男性はこの無価値感が苦手なようで、社会における役割を失うと、自分に価値があるという感覚(自己肯定感)を持ち続けるのが難しいと感じる方が多いようです。

私たちは誰かの役に立つことで、自分の存在にOKを出しているところがあります。「ありがとう」と感謝され、「すごいね」と褒められると、やっぱり嬉しいですよね。仕事は、そんな自己愛を補給する機会を作ってくれますが、逆に、自己愛の補給を仕事に依存しすぎていると、その役割を失ったときにどうしたらいいのかわからなくなります。

「かまって欲しい」「面倒を見てほしい」というサインは、自分には愛される価値がないのではないかという不安と必死で闘っているSOSなのかもしれません。

親にはいつまでも「親」であってほしい

頑張り屋さんは、つい「甘え」はいけないと自分一人で厳しい状況も乗り越えようとします。でも、そうして甘えることを禁じてきた分、他人の「甘え」が自分に向けられたとき、とても怖いと感じるのではないでしょうか。

自分に甘えた経験が少ないので、相手の「甘え」が底なしに見えますし、そもそも自分だって甘えさせてもらっていないのに、という怒りや悲しみが噴き出しそうです。

私たちは、親には「親」らしくあってほしいという期待があるので、「面倒を見る側」「褒める側」でいてほしいと思います。反発しても、親には自分より強くあってほしいのです。親が弱くなるのは受け容れにくいので、親の強さは見ても、弱さや「甘え」はどうしたって否定したくなりますね。

ほどほどの「甘え」を探すには、、、

誰しも、生きているかぎり、「自分は愛されていい」という確認が欲しいものです。親世代は社会の中での役割が少なくなっている分、家族や友人からの「いてくれて嬉しい」というメッセージが心のライフラインになりそう。

細かい「やってほしい」を自分一人で全て満たさなければならないと思うと、子供世代も荷が重すぎて近付けなくなりそうです。親の生活に本当に必要なことを見極めた上で、親世代をどこで頼りにするかも考えてみませんか。子供世代が上手に甘えることで、親の中にある強さや価値に気づいて、「まだまだ大丈夫」と意欲をもってもらえると嬉しいですよね。

「甘え」をいけないものとするのではなく、お互いにどう「ほどほどに」甘えるかと考えてみると少し楽になれるかもしれません。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。