執着の手放し?それとも諦め?~違いの見極め方~

執着とは、お金、仕事、人間関係、物事のやり方などについて、その状況や状態を握りしめて離さない事です。

執着は、心の奥底に「私が悪い」という罪悪感や「私にはそれを手にする(手にしている)価値がない」という無価値観などの自己攻撃を伴っているのも特徴的です。

執着の手放しとは、執着している対象を手放す側面もありますが、自身が持っている罪悪感や無価値観から自分自身を解放することが大きな目的です。

一方、諦める事とは、到底自分には手に入らないと感じられる対象について取り組みを止めることで、その心の奥底には、絶望感や、自分以外の誰かに対する怒り、悲しみ、自己攻撃が潜んでいる場合がとても多く見受けられます。

執着の手放しは自己肯定感が得られるのに対して諦める事は、恨みや絶望感といったネガティブ気持ちが残ることです。

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執着を手放すことと諦めることの違いがわかりません。

過去の偉人の話を聞くと、エジソンは電球を発明するまで1万回失敗したとか、カーネルサンダースはフライドチキンのレシピを売るまで1000件断られたとかいう一方で、執着を手放すとうまくいくとか、ギフトがあると言います。
武道においても、強くて大きな人間よりも、何度倒されても起き上がる人間を相手にするほうが怖いといいます。

たとえば、仕事等で大金を騙し取られて、それを取り戻すように努力するのは諦めないとも言えるし、執着しているとも取れると思います。

また、とられたお金にフォーカスするより、それ以上の利益を生むことを考えれば執着を手放したということになるのでしょうか?騙されたお金は諦めたということになりますよね。
パートナーシップにしても何が諦めることで、どういうことが執着を手放すことになるのかわかりません。
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1.執着があると

執着とは、その状況や状態を握りしめて離さない事です。
執着の対象は、人、勤め先、お金、持ち物などあらゆるものが対象になります。

執着は、既に手に入っているもの、手に入りそうと思っているものに対して起こり、既に手に入っているものに対してはそれを失うのではないかという怖れが、手に入りそうと感じているものに対してはそのチャンスを失うのではないかという怖れがベースになっています。

加えて、「私が悪い」という罪悪感や「私にはそれを手にする(手にしている)価値がない」という無価値観などの自己攻撃を伴っているのも特徴的です。

例えば、男女関係でお別れすることになったとしましょう。
「別れたらもっといいパートナーが現れる」と信じられたら、あるいは、「人は様々だから相性があるよね」と思っていたら、今回のお別れで執着する必要は全くありません。

しかし、「今のパートナーと別れたら、もう2度と私にはこんないい人が現れない」と思ったり、「私があんな態度を取ったのが悪かった」と自分を責めていたとしたら、将来を絶望し、あるいは「私が悪いのではない」という自己証明を試みようとして執着になります。

つまり執着とは、自分の自信の無さから来る怖れを現実としないための固執なのです。
従って、日々のその執着している物事に対する行動は、まるで崖っぷちに追い詰められて落ちるか落ちないかギリギリの所を歩いているような緊張感を感じ、執着しているものに対して普通とは異なった扱い方をします。

例えば、罪悪感や無価値観といったネガティブな感情を感じないために「私は悪くない」という事の証明を試みたり、自己価値の証明を試みたり、人をコントロールしようとしたり、依存的になったりして、相手が人である場合には、相手にとても嫌な感覚を与えてしまうことが多くなります。また、自分の立てたストーリー通りに事が運ばない事に目をつむって、ひたすら自滅の道へと進むこともあります。

そうすると、普通の気持ちであれば上手くいきそうな事柄であっても、上手くいかなくなってしまうことがとても多くなります。

2.執着を手放す本当の意味

執着を手放す本当の意味は、執着している何かを手放す事ではなく、先に書きました執着の原因となっている罪悪感や無価値観を手放し、怖れから解放されることです。
そして、自身で自己の価値を認められると、他人に認められなくとも自分で自分を認められるので自信が醸成されます。

自信があると、物事を客観的に見たり、判断したりできるようになり、自分本位ではなく周囲にも目配りできる、魅力的な人間になっていきます。
その結果として、新しい何かが手に入ったり、恋愛関係であればよりよいパートナーがやってきたりします。
執着を手放すということは、自己価値を受け容れるということなのですね。

3.諦める事と執着の手放し

人は、手に入りそうな事柄については意欲的に取り組みますが、到底手に入らないと感じてしまうと、取り組まなくなります。
これが諦める事です。

諦めの奥には、絶望感や、自分以外の誰かに対する怒り(時に、神のような存在に対する怒りもあります)、悲しみ、自己攻撃が潜んでいる場合がとても多く見受けられます。

“執着を手放す事”と“諦める事”の最大の違いは、前者は自己肯定感が得られるのに対して後者はネガティブな感覚が心の中に残り、恨みや絶望感と言ったネガティブ気持ちが残ることです。そして、このネガティブな気持ちも封印してしまい、感じなくしている人も多いかと思います。

少し視点を変えて執着の手放しと諦める事の違いを見てみると、執着の手放しは意志を持った能動的な行動であるのに対し、諦める事は、受動的な行動であると言えるかもしれません。
外から見ると同じことのように感じられるこの2つの行動は、実は内面的な部分で大きく異なっているのです。

4.コミットメントについて

執着と間違われやすいものに“コミットメント”があります。
コミットメントとは「諦めないで必ずやり遂げる」という強い意志です。

執着が自己否定の側面からの行為であるのに対し、コミットメントは自己肯定の側面からの行為です。
リクエストにお書きいただいたエジソンの話やカーネルサンダースのお話は、コミットメントしてそれに当たった例だと思います。

「絶対に電球は作れる」という自信や「フライドチキンのレシピは売れる」という自信、そして何より自己否定がそこにはなく、電球を使う人の笑顔や、フライドチキンを食べる人たちの幸せそうな顔が思い浮かんでいたのではないでしょうか?

そこに、自己を否定する気持ちや自己価値の証明が含まれていたとしたら、きっとうまくいかなかったのではないかと思います。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。