無欲になれば楽になると思っていたこと

 皆さんは「好み」とか「拘り」ってありますか?
 また、その好みや拘りをどれくらい重要視していますか?
 私は好きなものや嫌いなものと言われるとあまり出てこないほうなのですが、それでもやはり好みや拘りはありました。
 ですが、以前の私はそれらの好みや拘りを持つのは悪いこと、更には苦しさの元凶のように考えていました。
 例えば、恋愛でも仕事でもそうですが、何か好みや拘りがあったとして、それに合うものに巡り会うとそれだけで心は反応します。
 そして、その心が反応する対象のことが気になり、それに近付こうとし始めます。
 しかし、頑張ったものの届かなかったとしたら、それはとても大きな苦しさを生むことになります。
 この苦しさを何度も感じていると、心が反応しても無視することができるようになり、何かすることなく諦められるようになり、いずれは心が反応しないようになっていきます。
 ですが、この状態は心が反応しないように抑え込んでいるだけで好みや拘りが消えたわけではないので、何か苦しさのようなものを慢性的に感じていたり、調子が良くて勢いがついているときや何かの切欠でつい反応してしまったりもします。
 そこで上手く好みや拘りに合うものを手にすることができればいいのですが、そこでまた上手くいかなくて苦しくなることもあります。
 そんな時、私は「好みや拘りを消してしまえれば楽になるのに」なんて風に考えていました。
 そもそも好みや拘りがある状態は公平さに欠ける状態だと感じていましたし、好みや拘りを持つことなく、例えばどんな人でも愛情を示し、どんな仕事にも重要性を感じるべきなんだろうと思っていました。
 例えば、恋愛で失敗した後であれば、異性の好みを捨ててしまえばどんな人にでも魅力を感じて簡単に幸せになれるのではないかとか、もっと楽に新しく魅力を感じる人を見つけて愛情を持てるようになるのではないかと考えていました。
 そうやってあらゆる人の魅力を見ることができれば誰としても楽しく幸せに過ごせるだろうと思っていたのです。
 そういったことが「足を知る」とか、今有るものに目を向けて大切にしていくことなんだと。
 そのために心理学的な考えやアプローチを取り入れたりもしながら好みや拘りを消そうと頑張ってきました。
 その時は「人の心は変えられるのだから、好みや相性がどうこう言うのは問題から逃げているだけだ」みたいに思っていました。
 その結果として、いくつも消えていった好みの要素や拘りがあります。
 ただ、その結果として気付いたことがあります。
 それは、好みや拘りがなくなれば確かに楽にはなるけど楽しくないということです。
 好みでなくなったものや拘りでなくなったものには心が反応しなくなりますから、何の気持ちも湧かないどころか、認識しないことすらあります。
 何も反応しないということは何も求めないということですから、自分の選択権を感じることもなくなりますから、自分の意志を感じることや生きている実感も薄くなってしまうのです。
 但し、好みや拘りが消えて楽になり、結果として楽しさが生まれたところもあります。
 それは、心の傷の裏返しとして出来上がった「制限」としての好みや拘りが消えた時です。
 例えば、恋愛であれば我が儘な人に振り回されて疲れて傷付いた人が「次は絶対に私の気持ちを汲んでくれる優しい人を選ぶ」と決めたことによってできるような好みです。
 この時に疲れて傷付いた度合いだけ「気持ちを汲んでくれる人を選ぶ」という制限は強くなります。
 これは一見すると好みのように働きますが、必ずしも好みとは限りません。
 ある食べ物にアレルギーのある人がそのアレルゲンを避けることだけを重要視し過ぎて、自分の好きな食べ物かどうかを無視しているような状態です。
 本当はアレルゲンを避けつつ、好きなものを食べてもいいはずですよね。
 そういう場合は好みや拘りを消してしまえるほうが楽になりますし、選択肢が増えるので楽しくなります。
 そういった好みや拘りが少しずつ消えて行った結果としてもう一つ気付いたことがあります。
 なぜそれが好きなのか理由の分からない好みや拘りがあるのです。
 制限としての好みは「何でそれが好きなの?」と聞かれても結構あっさりと理由を説明できていました。
 「以前こういうことがあったから、私にはこういうのが合うと思うんだよね」という感じで。
 でもそうではなく、好きだから好きとしか言えないものがあるのです。
 ある意味、これが本当の好みで、その好みが合うかどうかがいわゆる相性なのかも知れません。
 そうすると無欲になろうとしてみたことは効果もありましたが、結局のところはそれでも残った好みや拘りに沿って行動するほうが幸せなんだろうなと思います。
 長々と書きましたが、皆さんの場合はどんな好みや拘りはどんなものがありますか?
 その理由を探ってみて理由が明確なものがあれば、それはまだどこかで傷付いた心がそのままになっているのかも知れません。
 その場合は心の痛みを大切に労ってあげてくださいね。
 もし理由がすぐには出てこないなら、それはとても大切なものかも知れませんから、改めて大切に扱ってみてもいいのではないかと思います。
 それでは、お読みいただいてありがとうございました。
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この記事を書いたカウンセラー

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穏やかな物腰と声の響きから「話すだけで落ち着く」と定評がある。 状況や解説を理解しやすくする的確な比喩表現と、公平な視点に立ちながらお客様のぺースや意見を尊重するカウンセリングスタイルにより、「状況が整理できてすっきりした」「何とかなるような気持ちになった」との声が寄せられている。