●踏み込めない僕

こんにちは、よしみです。
ついに4月に入りましたねぇ〜(^^)v
4月と言えば、やっぱり新学期・新社会人・新入生と言ったような、
新しいことが始まることが多いですよね。
この新しいことって、自ら新しいことを始めるというよりも、むしろ
周り(学校や社会)が新しいことを始めさせるというような、周りの
影響によるものが多いような気がします。
はっきり言って、ぼくは新しいことを始めるのは苦手です(>_<) 新しい環境に入っていくことも苦手です。
なぜかというと、恥ずかしいんですよね。
気を使わないといけないんですよね。はっきり言って(笑)
それに新しいことすると、上手くできない自分にも腹が立ちますしね。
だから、そんな気持ちになるくらいだったら、
「現状のままでいいや!」
って思っちゃう感じです。
本当は、恥ずかしいと感じたり、気を使ったりしなかったりしたら、
もっと、いろんなことにチャレンジできたり、いろんなことを習得でき
たりして、自分自身にとってプラスになるんだと思うんですよね。
そんなこと分かってるんですよね。自分でも。
でも、できないんですよね。その場になってみると。
そのうち、イヤ〜〜になって、辞めちゃうこと多いです(笑)
自分が恥ずかしいとか気を使っちゃうってのは、人の目を気にしちゃ
ってるんですよね。人にどう思われているかを気にしてるんですよね。
自分が新しいことを始めることに怖れを感じているのと同じように、
人にどう思われているのかを感じるのに怖れを感じてるように思うん
ですよね。
じゃ「自分はどんなふうに思われたいのだろう?」って考えることに。
・やさしい。
・頼りがいがある。
・男らしいetc・・・
う〜ん、結構分からないものです(^^ゞ
でも、そうすると
「優しくしていない自分。」
「頼りなさげな自分。」
「女々しい自分。」
を自分が許すことができなくなり、そのような感情を感じそうな場面に
出くわしそうなところは避けるようになってしまいます。
別にいいやん。
「優しくなくても・・・」
「女々しくても・・・」
そんな声が聞こえてきそうですが、これが結構許せないものがあったり
します。
これはやっぱり、家族の影響があると思うんですよね。
ぼくの父親は、優しくてすごく頼りがいのある人です。
少なくとも、ぼくにはそのように感じていました。
ぼくが、父親のようにならなくてはならないと思っていたのかもしれま
せん。
もしかしたら、ぼくが、父親にようになれと言われてきたのかもしれません。
でも、そんなぼくを試すかのように、何度となく自分自身を情けなく
女々しくさせるようなことが起こりました。
そして、「こんな僕でもいい??」というかのように、父親の前で
何度も、そんな情けないぼくを見せてきました。
出社拒否なんか、まさしくそうでした。
父親は、「そんなときもあるよ・・・。」
といってくれるのですが、自分自身がそれを認めないんですよね。
「そんなこといってるけど、本当は怒ってるよね??」
「ホントは、いい加減にしろって思ってるよね??」
と、自分自身が問いかけていたような気もします。
自分自身で認めたいけれど、それができないから、父親に認めてもら
うことで納得したい、許してもらいたいというのがあったと思います。
そして、それを試すようにいつまでもウジウジ女々しい自分を父親に
見せたりしてたような気もします。
そして、誰でもいつまでもウジウジされたら怒りますよね(笑)
父親が怒り出したら、「ほら、やっぱり。」って、こんな僕じゃダメ
だよねって思ったりしてたんですよね。
こんなことは建設的じゃないと思うんですが、何か新しいことを始め
る時に出てくる心理的パターンになってしまっていました。
そして、その自信のない自分を満たしてもらいたいという感情は、親
子関係だけでなくパートナーとの関係でも、このパターンが出てきた
りするんですよね。
こんなとき、こんな情けない自分でもOK!を出せれば、すごく楽に
なるんだと思うんですよね。
ようは、「人にどう思われるか?」を思うよりも、「自分がなにがしたいのか?」に焦点をあてることができれば、新しいことを踏み出したり
新しい環境に自分がいったとしても、大分と楽に過ごせれるんだと思う
んですよね。
現在の自分にOK!を出せていますか??
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