パートナーシップ〜父と母の真実

父と母は私が子供の頃からケンカばかりしていました。
父はとても潔癖症の亭主関白タイプで、そのくせ我慢をするのでいつも神経が
ピリピリしているような人でした。
子供の私にはとてもやさしかったのですが、対母親に対してはいつも怒ってい
るようなエネルギーで、子供心にこの父の二つの顔に戸惑ったものです。


母はとても気が強く商才のある人で、明るくおおざっぱで感情的な人でした。
父とは全く正反対の性格で、だからこそ父は母のおおざっぱさに常にイライラ
し、母は父の細かく神経質なところを嫌悪してるようでした。
おまけに母はとても商才のある人で、父も商売人だったのですが何をやっても
母は父よりも優れていました。
そのおかげで父の商売においても母はたくさんの貢献をしていました。
でも父はいつも母に仕事をやめろと言っていました。
父は常に母に劣等感を感じていたようです。
父と母の出会いは、父の勤めている卸問屋の面接を母が受けにきたそうです。
その際の面接官が父で母は「私に商売を教えてください」と言ったそうです。
父はたくさん面接をしてきたけど、こんなことを言う女性に会ったのは初めて
だったらしく、とても印象に残ったそうです。
その後3年間の付き合いを経て、結婚したそうです。
父は早くに父親を亡くし、15歳から働いて弟たちの面倒を見てきた人でした。
だからこそ温かい家庭を作るということに思い入れが強く、母に求めるものも
は家庭的な奥さん像でした。
でも、なら何故母のような仕事力のある女性を選んだのか・・・?
ここが私の長年の疑問でした。
母は6人兄弟の5番目で、勝気なわがまま娘の甘えん坊でした。
だからもっと年上の甘えさせてくれるような人がよかっただろうに、何故父の
ような神経質で細かいタイプを選んでしまったのか・・・?
それに文句を散々言いながらも、姑や義弟たちの面倒もよくみていました。
私は子供心に後で文句ばかり言うくらいならやらなければいいのに!!と思っ
たものです。
父は56歳の若さで病気で他界したため、母との結婚生活は30年です。
何故あんなにも傷つけあいながらも一緒にいたのか。。
先日母がこんな話しをしてくれました。
「お父さんが亡くなる2日前にね、『おまえにはいっぱい苦労かけたなぁ。えら
いとこに嫁に来させてしまって。。』って言ってくれたんよ。お父さんわかっ
てくれてうれしかったわ。」 と。
それに「お母さんはお父さんに感謝してるの。お父さんから社会の常識をうる
さいほどに教わったから、お母さんは社会で恥ずかしい思いをしなくて済んだ
のよ。それは今もすごく役に立ってるの。お母さんは自分の親には教えてもら
えなかったから。」
子供の私にはわからなかった父と母の真実があったようです。
たった一人でたくさんのものを守らなければならなかった父が一番欲しかった
ものは、自分を守ってくれるような強いパワー(愛)だったのです。
両親に放任されて育った母が一番欲しかったものは、自分をちゃんとしかって
くれる、まっすぐ見つめてくれる愛だったのです。
そしてお互いにその存在に本当は感謝していたんですね。
このことをもっと素直に伝え合っていたらあんなに傷付け合わずに済んだのに
・・でも、この罠に私もすぐに引っかかってしまいます。
素直な本当の気持ちをパートナーに伝えることを後回しにして、ついつい相手
を責めるマインドにはまってしまいます。まさに私の両親のように。。
私が両親から手渡されたパートナーシップの次のバトンは、パートナーに対し
てもっともっと素直になって、大切な人を心から大切にすること。
死ぬときに後悔しないように、愛している気持ちをもっともっと言葉にして表
現していきたいと思います。
みなさんはどんなバトンをご両親から渡されましたか?
ご両親のはまってしまった罠にひっかからないように、しあわせになる方向に
エネルギーを使っていきたいですね。
痛みよりも愛を選びつづけていきたいものです^^
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

山本 真規子

夫婦関係、子育て、恋愛、コミュニケーション全般、自身の経験をもとに、自己愛がベースになるカウンセリングで、幅広いジャンルを得意とする。
母性が織り成す豊かな感性とやわらかさに加え、明るく元気なスタイルで、カウンセリングを終えたあとは心がほぐれて晴れやかな気持ちになれると好評である。