○毎日が記念日 〜日常を慈しむ〜

 今朝、目覚めると窓に雪が積もっていました。神戸の街中では年に数回の 
積雪があればいい方ですが、今日がまさにその日だったようです。
どうやらこの冬一番の寒気団が訪れたようです。
 神戸の町は東西に長く、北に六甲山、南側には海を控えているので区域に
よって随分気候が違うのです。


もちろん、山側(神戸では北のことを山側、南のことを海側と言う言い方を
します)や、まして裏六甲(有馬温泉と言う有名な温泉街がありますが)に
なると、今日あたりはもうほとんど別世界の趣じゃないかしら。
 今日の雪はいわゆるパウダースノウで、さらさらです。息子たちに思わず
「雪よ!」と声をかけたけど、返事もなく、でも起きてきた時にはびっくり
してたけど・・・「雪よ!」と言う私の声に飛び起きて、パジャマのまま表に
飛び出して行った、幼い頃とは当然ながら全く反応は違っていましたね(笑)。
この子達が初めて雪を見た日ってどんなだったかしら?なんて思いながら朝
の支度をしていたのですが、今は当たり前になっていることのすべてが誰に
とっても初めての日、ってあったのよねって思っていました。息子たちが
この世に生まれた日、初めて何かを触った日、初めての言葉(らしきもの)
を話した日、這った日、つかまり立ちをした日、手づかみで一人でご飯を食
べた時、一人で立った日、歩いた日、積み木で上手にお城を作った日・・・。
たくさん数え切れない記念日は、どの家族にもある美しい細胞のようかもし
れない。
 息子たちがハイティーンの今も、そんな目で彼らと接していたらどんなに
フレッシュなんだろう、って思いますが、日常に追われる身としては・・・
(多くは語るまい)。
 自分を振り返ってみると、もちろん自分自身もそうなのですよね。
子供時代に限らず、初めてのデート、振られた時、初めてのお給料で買い物
をした日。何年前の何月何日って明確に答えられないことの方が多いんだけど、
何かの時にふと「ちょうどこんな季節だったかしら」なんて思うこと、
ないでしょうか。
 十年前の私は、「その時」を生きるのに一生懸命で、息子たちが育っていく
ことと日常のルーチンワーク(家事や日々の仕事)に埋もれて生きていたと思
います。
昔抱いていた夢なんて、無彩色の味気ない想い出として、心の一番奥のファイ
ルにしまいこんでいました。そんな夢を持った時代があることさえ、まさに忘
却の彼方・・・。
子供たちが成人して自分たちの生きる道を選んだら私は好きな人生を生きられ
る、とも思わず。
その先には何もない、とすら感じていなかったなあ。
 
 震災直後、私は中学校で働いていました。教職ではなく言うならば裏方の
お仕事で、生徒たちとの接触も基本的には少ない職場でした。
でも下町の学校のこと、顔なじみの生徒や、時にはPTAの方とも話すことも
徐々に増えました。
私の位置から見えた学校の現場や、教育について思うことについてはまた次の
機会に譲るとして、ここでも私は数々の記念日をもつことになりました。
いくつかの忘れがたい想い出の中から、今私がこのお仕事をしているきっかけ
になった、小さいけれど素敵な想い出を。
 学校に来れない生徒たち、と言うより来ない選択をする生徒たちもいれば、
何とか学校まではがんばっても、教室まで行けない、いわゆる「保健室登校」
の生徒にも逢いました。
ある時、保健室の隣にある、用紙を保管してある部屋に行く途中、何気なく覗
き込んだ保健室の丸椅子に、大柄な少女が身を縮めるように座っているのが目
に止まりました。
彼女は私と眼が合ったとたん、当然のように背を向けたのですが、私ときたら
咄嗟に「おはよう♪」(ほんまにマークがつくようなテンションだったらしい
のですね、笑。)って声をかけました。
もちろん返事はなかったけど、少しだけ気にかけてくれたかもな〜・・・とも
あの時は思わなかったけど。で、
その後、用紙を探しに行ったり印刷をしたり、の機会の度にちょっと覗きなが
ら声をかけていたんですね。
すると、いつしか小さな声だけど、「おはようございます」と返してくれるよ
うになり、さらには保健室以外の、例えば廊下で彼女を見かけることも多くな
りました。
もちろん少しだけお話をします、寒いね、とかそんな程度だけど。
そのうちに、彼女が授業に出られるようになったと、学級担任から聞きました。
部活動にも入り、元気な姿を見かけることも増えました。
 
 ある日、私のところへ彼女が走ってやって来て、
「先生(生徒たちにはこう呼ばれていた)、見て見て!理科のテスト!
 がんばったやろ!」
って。自慢するだけあってかなりの高得点。
今回のテストで、一番良く出来た、って返してもらったその日に見せに来てくれ
たんです。
他にも英語はこうだった、数学はもうちょっと・・・音楽は得意なの、とたくさ
んしゃべって帰りました。
 当時の職場では管理職や教員たちの理解もあって、生徒たちは伸び伸びと学
校生活を送っていたと思います。
私にもは絶対親には言わないようなため口や(生徒たちはうちの息子とそう変
らない年代だったのだけど)恋の相談なんかを、ちょこっと話しに来る生徒も
出来ました、帰りに立ち話をしたりするような形で。
子供たちが私たち大人に、こうして少しでも見ていてもらう、自分を知っても
らうことが自信や勇気や、元気の素になり得るのだと、肌で感じ始めたのはこ
の頃かも知れません。
 そうこうするうちに、冬を越え陽射しが柔らかな卒業の季節になりました。
卒業式の日、生徒達は思い思いに近くの公園で写真を撮ったり、後輩たちから
のプレゼントをもらったり、先生を囲んでお喋りをしたり・・・。
そして高校の受験の日を数日後に迎えます。さらに数日したら合格発表。
悲喜こもごもではあるのですが、連れ立って満面の笑顔の子もいれば、後でし
ょんぼりと担任にだけ会いに来る子。
親の目でつい見てしまって、切ない想いになったり、一緒に喜んだりする先生
たち。
余談ですが、生徒たちが帰った後で、うまくいかなかった生徒のために先生は
次のことを考え奔走をします。
そういった姿を見ると、いろいろあるけどこの国もまだまだ大丈夫、なんて思
ったり。
そんな一時の隙を縫うように保健室によくいた彼女が私の所にやってきて、
「これ、後で読んでね、絶対後で読んでよ!」ってかわいい封筒を渡して走っ
ていきました。
 彼女のくれた手紙の中身はこうでした。
  
 『私が保健室にいつもおった頃、声をかけに来てくれてほんまに嬉しかった
  です。あれから学校も教室も、段々大丈夫になり、県立高校にお陰で合格
  しました。先生が声かけてくれたのが一番うれしくてがんばれました。
  ありがとうございました。高校に行ってもがんばります。』
 
 言葉にはとても出来ない喜びでした。
学校で働き出して一番嬉しい出来事になりました。同僚の教師たちがちょっと
羨ましい、と正直思いました。
 このことがきっかけで、私自身が自分を活かすことを考えるようになりまし
た。学校でも遠慮をしていたのですが、生徒たちの身の回りの大人の一人とし
て、声をかけたりすることへの遠慮をやめました。
近所のオバチャンレベルの知り合いが子供たちにはたくさんいた方がいい、と
思ったから。もちろん副作用?として、うっかりぼーっと歩いていたら声をか
けられたり、道の向こう側から手を振られたり、なんていうことも。
きっと教師にだったらちょっと遠慮するのかもしれないのですが、彼・彼女に
とっては「近所のオバチャン」とそう変らないからね。
 卒業後に、私を訪ねて近況報告をしに来てくれる生徒(少し大人扱いして出
すお茶が目当てだったみたい。)
教育の現場では私は裏方で、煩雑な数字の扱いや物品の管理、購入などを主な
仕事としていたのですが、その先にある「生徒」が見えなくって、自分のして
いる仕事に疑問がたくさんあった時期もあるのですが、私の位置でしかわから
ないこともまた少なからずあって、どう伝えるか、どう活かすか、を思いなが
ら仕事を見直すきっかけとなったできごとでした。
 今となっては何年前のことだったのかもう覚えてはいないのですが、確かに
私の心の中には記念日として位置付けられています。
 でも、思うんです。本当の記念日は、そう、特にその女生徒にとって…は初
めて私が声をかけた日かも知れないし、教室に入れた日かもしれないし、いろ
んなことができた全ての日かもしれません。
私や、他の人から見たら本当に何ていうことはない出来事かもしれません。
でもそれぞれの胸の中に、自分だけの記念日がいくつもあって、それ自体は本
当に些細な出来事かもしれないのですが、何かのきっかけになっていることも
きっとたくさんあるはずですね。
 私はこのことをきっかけとして、カウンセラーになることを真剣に考え始め
ました。
ちょっとした一言が生き方に
影響するのだったら、ちゃんと学んでみよう。自分ができることを増やしてみ
よう。そう思ったからです。
彼女が私に教えてくれた事は、自分にとっての「日常のありふれた出来事」が
誰かに与えているかも知れない影響力があるかもしれないということ、そして
私自身がもう一度「生きる」ことを選択すると言うことに、結果的になりまし
た。
そして、こうして生きている私自身が出逢う誰かに、今度は私が知らずに何か
を贈っているかもしれません。
 久しぶりに神戸に降った雪は、日常の中のとても大切な記念日を思い出させ
てくれました。
いつも目の前にあってありふれているような出来事こそ、あとで振り返ってみ
るととても大切なきっかけになっていること、たくさんあるかもしれません。
それは毎日の仕事の中や腹の立つ上司の言動、今朝けんかをした家族だったり
吠えられた犬かもしれません。
 ありふれた日常を、もう一度感じて見る機会にしてみてください。
手の中にあるものこそ、探し続けていた宝物かも知れません。
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