サンキューハザード ありがとうに「慣れてない」

ある日、車を運転していた私はコンビニに立ち寄りました。
買い物を済ませて国道に出ようとしたら、タイミング悪く信号が赤になり目の前に車の列が出来てしまいました。
左折してすぐの場所に信号があるのです。
どうしてコンビニって信号のそばに多いのかなぁと(思ってるのは私だけ?)少々不満になり、信号が青になるのを仕方なく待ちました。

信号が青になって車が流れ始め、その流れがなくなるのを待つつもりで右を見たところ、当たり前のように(私にはそう思えました)車1台分入るスペースが空けてあり、目が合うとその車の人は一度だけ頷いて私に道を譲ってくれました。

出る準備が出来てなかった私は慌てて車を出しました。
そしてハザード3回。

車を運転される方はご存じだと思いますが、車を運転していて道を譲ってもらった今回のような場合に、ハザードランプを3回点滅させて後続車に感謝を伝えるという方法があります。
今回この記事を書くにあたりネットで確認したら、私は知らなかったのですがこの行為には「サンキューハザード」とちゃんと名前があるのですね。

話を戻しますね。
以前の私だったらこういうとき、とっさに行動したので、「私ちゃんと頭を下げたかなぁ、失礼なヤツだと相手に思われてないかなぁ。」などと気にしてしまったり、「道を譲ってくれて申し訳ないなぁ」としか… 思えなかったなぁって、なんとなく振り返りました。

「こういうときは、ありがとうやろっ。」と自分にツッコミを入れて、私は、ありがたいなぁ、ありがたいなぁと呟き、ありがとうを感じることを意識してみました。
本当に小さなことだと思いますが嬉しかったのです。
だったらその嬉しい気持ちをちゃんと味わおうじゃないかと。

そしたら、ああ私って「ありがとうに慣れてないなぁ」と思ったのです。
そう思うとなぜか泣けてきました。

大げさかもしれませんが道を譲ってくれた、ということは私を大切にしてくれた、とも言えるのではないか。
だから、申し訳ない、ではなくその気遣いをありがとうって受け取ればいいのよ。
ほんっと慣れてないなぁと思いました。

カウンセリングでは相手に感謝することを提案されることがあると思います。
頑張って誰かに感謝の気持ちを持とうと思うのですが、私は最初の頃は三日坊主で終わってしまうこと多々。

たぶん感謝してないワケじゃないと思う。
でも、人にどう思われたかなって自分の落ち度を探したり、ありがとうよりもごめんなさいと思うことが多かったりすると、「感謝」は頭の隅っこに追いやられてしまうのかもしれません。

職場で仕事が上手くいかなかない、上司とそりが合わない、彼の浮気が発覚して不安と嫉妬で心がいっぱいになる、ママ友づきあいで気を遣って疲れる、人間関係がギクシャクして辛くなる、などなど。
人は問題を抱えているとき、ネガティブな感情でいっぱいになると、どうしても感謝というものに目を向ける余裕がなくなってしまうのだと思います。

落ち込んでるときに、こんなときこそ笑顔になろうとか感謝しようとか言われても、そんな気分じゃないって思ってしまうこと、あると思います。
それはもう仕方がないことだと思います。

でもこのとき私は、1日24時間のうち、どれだけの時間ネガティブな感情を感じてるのだろうかって何となく考えてみたんです。
そしたら、1日のほぼ全部ネガティブな感情を感じてるわ!って気付いたんです。

幸せじゃないのに笑えない、こんな私に親切にしてくれて申し訳ない、どうせ誰にでもやってるんでしょって、ことごとく蹴落としてきたなぁと思いました。
逆に、誰かに感謝されたときも、こんなの誰でもやってますから、たいしたことしてませんからと、こちらも蹴落としてきた。
何だか貯金ゼロみたい。
そりゃあ心にゆとりが出来ないわけだ、と思いました。

この出来事をきっかけに、日常の些細なことから、ありがとうと思ったらその気持ちを味わってみることにしました。
ありがたいと感じることに少しずつ慣らしていく。
それが少し慣れてきたからなのか、何だかありがたいと思うことが少しずつ増えてきたような気がします。
それはまるで心に温かい色の灯りがともるような感じ。
きっとこれも、自分で自分の機嫌を取る術のひとつなんじゃないか、って思いました。

この記事を書いたカウンセラー

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対人関係、自分を好きになれない、人の目が気になる等の自己の問題。 母娘関係、家族関係などが得意である。親との関係や対人関係などで悩んだ 自身の経験から学んだことを活かし、感覚的で一緒に考え提案していくスタイルが得意である。母性的で柔らかい雰囲気のカウンセリングには定評がある。