人に優しくできないと悩んでいたあの頃の自分へ

以前の私は、「人にやさしくできない私って酷い人間だな」とか、「あんなきつい言い方をする自分てサイテーだな」と、人に優しくできない自分のことを、ことあるごとに責めていました。

でも今、あの頃の自分に出会えたら、私はこう言ってあげたい。
「人に優しくできない自分はダメな人間だって悩んでいるあなたは、十分に優しい人ですよ」って。

* * *

そもそも、人に優しくできないということで悩むということは、根っこに、「人に優しくしたい」という思いがあるからこそ、ですよね。
自分で言うのもなんですが(;^_^A
「私があの時きつい言い方をしてしまって、相手を傷つけてしまったんじゃないだろうか?」「もっと優しい言い方ができたんじゃないだろうか?」と、相手の気持ちを気遣って悩んでいたのだと思います。
でも、あの頃の自分は「私ってサイテー!」と自己攻撃するばかりで、自分が優しいなんてとても思えなかったのです。

心理学を学んで、人に優しくできなかった頃の私には、いくつかの原因があることが分かってきました。

原因① 心身ともに、余裕が無くて、優しくできなかった

私は例えば、仕事では常にオーバーワーク気味で、心身ともに疲れ果てていました。
今思えば、やらなきゃいけないことで頭はいっぱいなので、人に優しくする余裕なんてなくて当然だったと思います。
でも、余裕がなくてイライラして周りに怖がられて(涙)、「こんなに皆のために頑張っているのに、逆に避けられてしまって、頑張っている私ばかりが損をしているみたい」と、被害者意識を感じることも多かったのです。
あの頃の自分は、「みんなのために」と、自分を犠牲にしてまで周りの人を幸せにすることに夢中で、「自分の幸せ」も「皆の幸せ」の数の中に入れるという考えがなかったのだと思います。
それはつまり、「もっと頑張らなきゃダメでしょ!」と自分に厳しくするばかりで、「自分に優しくする」ことができていなかったということになるでしょう。
なので、今では自分に余裕が持てるように、周りに助けを求めたり、仕事の量を減らして頑張りすぎないようにできるようになりました。

原因② 優しさを行動に表すのが恥ずかしい

ふと困った人を見つけて、その人を助けてあげたいな、手を差し伸べてあげたいな、そんな風に感じることがあっても、「私がやったこととバレないようにして」、優しくするようにしていました(笑)。
「いつも自分にも他人にも厳しい私が、誰かに優しくするなんて!恥ずかしい!」と、感じて周りにバレないようにしていたのです。
「優しい私なんて、私のキャラじゃない」、そんな風に感じていたように思います。

原因③ 自分の価値を受け取るのが嫌だ

以前の私は、「何かをしなければ自分には価値がない」と強く感じていました。
なので、「これだけしてあげたから、私はここにいてもいいですよね?」といった意味で“優しさ”を使っていたと思います。
それは、自分の低い価値を埋め合わせるため(補償行為と言います)だったので、相手のためを思っての心からの優しさではありませんでした。
しかも、もっと心の奥では、「私なんかが優しくしても、誰も喜ばないだろう」、そんな風にも感じるほど、自分の価値を低く見ていたんです。
だから、心から優しくする自分なんて、想像さえもできなかったのです。
でもそれに気づいてからは、自己価値を高めるために、周りの人の良いところを褒めたり、自分の良いところを認めることに取り組んでいき、少しずつ自己価値が高まっていきました。

それでもやっぱり、人に優しくすることに抵抗を感じる自分がいました。
それは、「あなたは優しい人ですね、ありがとう」、そう喜んでもらえると、嬉しい半面、「ありがとうと言われると、まるで私自身が価値ある人のように思えてしまうのが嫌だ」、と私は感じていたようなのでした。
「私なんて、そんな風に感謝される人間じゃないですよ」と、相手の感謝を受け取るのが嫌で、優しくできない自分がいたのです。

そして、私の「人に優しくする」という時に出てきた抵抗感、「恥ずかしい」と「感謝を受け取りたくない」という感情を乗り越えるために、私がやったことは・・・

「えいっ!」と勇気を出すこと、でした。
もうやるしかない!と優しさを行動に出して、あー恥ずかしい・・・でもまた優しくしてみよう・・・そう繰り返すことで、不思議なもので、だんだんと人に優しくすることに慣れてくるんですよね。
優しい自分が、当たり前になっていくんです。
優しい私を取り戻すために、「誰が何と言おうとも、私は優しくすると決めること」、だったんです。

* * *

こうやって、私の中の優しさを取り戻す中で、新たな副産物がありました。
それは母との関係が劇的に改善したことです。
私の母はシングルマザーで私と兄を育て、いつも怒っている母に対して私は、「お母さんは優しくない、ああはなりたくない」と思っていました。
でも、私が自分の優しさを取り戻すことで、
「お母さんも本当は優しくしたかったのに、余裕がなくてできなくて、そしてそんな自分を責めていたのかな。お母さんも、優しくすることが恥ずかしいと思っていて、恥ずかしさを上手に出せないところ、あるよね。私とお母さんてそっくりだな。」
そんな風に母のことを慮れるようになりました。
そうすると今度は、私が見ていなかった、たくさんの優しさが母の中にあることに気づいて、そしてそれが自分にも受け継がれているなぁと感じられて、ますます自分の中の優しさを感じられて、幸せな気持ちになれたのでした。

私の経験が、皆様のお役に立てれば幸いです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

ハードワークや犠牲的な生き方から脱却した経験を元に、自己価値を回復し、楽に幸せになる生き方への援助を得意とする。自身の離婚や婚活の体験から、諦めない婚活・夫婦の再構築・失恋からの立ち直りをサポートする。明解な心理分析、ユーモアと豊かな母性で、全力で幸せを応援してもらえると好評である。