愛しにくい人を愛する ~父を愛すると決めた日~

皆さんは、「愛しにくい人」と聞いて、誰を思い浮かべますか?
命令口調で理不尽なことを言う職場の上司、でしょうか?
それとも、反抗的な態度の部下?
あるいは、ムスッとした不機嫌な顔で帰宅する夫のことでしょうか?
それって、「愛しにくい人」ならぬ、「愛したくない人」と言ってもいいかもしれませんね。
「こんな悪い態度をとるアイツなんて、愛してなんかやるもんか!」そんな風に思ってしまうのも、仕方のないことかもしれません。

そして、私にとっても愛しにくい人がいます。
それは、私の父です。
「愛してなんてやるもんか」、そう何度も思った人です。
今日は、そんな愛しにくい父を愛そうと思った、私のお話です。

私の父は、小学校1年生の時に、置き手紙を置いて家を出ていきました。
それから5年後、父は再び家に戻ってきましたが、私が中学1年生の時に、またもや、家を出ていきました。
私は「2度も、父から捨てられた」そんな思いを持っていました。

だから、許せないわけです。
「お父さんが家族を捨てて出て行ったせいで、お母さんは女手一つで兄と私を育てて、大変な苦労をして、おまけに家庭は荒れて、全部お父さんのせいだ!許せない!」
私はそんな想いをずっと持ち続けていました。

やがて時がたち、心理学を学び始めた今から数年前、心理学を学ぶ諸先輩方が皆、口を揃えて言うんです。
「お父さんが家を出て行って、捨てられたとあなたは思っているけど、何か、理由があったのかもしれないよ。真実は違うかもしれないし。本当に捨てられたのかどうか、お父さんを探して聞いてみたらいいよ。」と。
出て行ったのには、何か理由があったのかもしれない?
私や私の家族を捨てたわけではないかもしれない?

うーん、そうは言っても、信じられない。
でも、じゃあ確かめてみようじゃないか。
父を探して、会いに行ってみよう。
そして文句の一つも言ってやろう。
なんで、私達家族を捨てたの?って。

でも、せっかく私が電話しても、お前誰だ!て言われたらどうしよう?とか、私と分かって電話を切られたらどうしよう?とか、 そんな考えも頭をよぎります。
それでもなんとか勇気を出して、取りあえずは父に会ってみようと思った私は、いろんな知り合いのツテを頼って父を探し出し、35年ぶりに父に会いに行くことになりました。

その前にまず、父に電話で会いに行くことを伝えようと、父に電話をかけ、緊張しながら、父に「お父さん、かよこです。」と伝えました。

そして、電話越しの父からの第一声は、私が想像もしなかった意外な言葉でした。

「ああ、かよこか…すまなかったな。」

その声を聞いた瞬間、父は、家族を捨てたことで、長い長い間、罪悪感を抱えて生きていたんだなあ、私たち家族のことを忘れていたわけではなかったんだなあ、 父は父で苦しんでいたんだなあ…父の言葉に、そんな父の想いを感じ取ったのでした。

父の苦しみを理解できた私は、それまで抱えていた怒りが、スーッと消えていくような感覚を覚えました。
そして、私はこの電話を機に、実際に父に会いに行ったり、時々電話したり、時には手紙を書いたりと、交流を持つようになりました。

めでたしめでたし。

… ではないんですよ!
うちの父は破天荒な人なので、私が電話をするたびに、腹が立つことを言うんです!

84歳の父は認知症もなく、割としっかりと話すことができます。
先日電話をした時にも、こんな話をしてきました。
「こないだ病院に行った時の話だが、あれはどう見ても医療ミスだ!医者が間違った薬を出しやがったんだ! だから体調が悪くなったんだ !俺のことを馬鹿にしやがって!知り合いの弁護士に言って裁判を起こそうかと思ってるんだ。 俺は勝てる自信がある。あいつら俺を馬鹿にしやがって!」
実はこの話、もう何年も前のことらしく、電話をするたびに繰り返し繰り返し、私は同じ話を聞かされます。

聞かされる度に、私はこう思います。
もういいじゃん、そんな昔のことでしょ?
しかも、知り合いの弁護士なんていないくせに、裁判に勝てるとか大きい口叩いてさ。
それに、せっかく私が電話してあげてる貴重な時間なのに、何で毎回その話をするの?

そんな風に私は毎回、悲しい気持ちで電話を切っていました。
時には、「お父さん、その話もう何回も聞いたよ」なんて、チクリと嫌味を言ってみたりすることもありました。
そうすると、今度は、父に優しくできない自分を責めて 落ち込んでしまったり…。
父に電話するたびに、嫌~な気分になっていたんです。

そうなると、電話するのもなんだか億劫になってくるんですよね。

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そんな、父に電話するのがちょっと間が空いてしまっていた日の出来事です。

お父さんに電話したくないなー、でも私、そう言いつつも、お父さんのことが気になっているんだな。
まったくもう、お父さんムカつくんだもんなあ。
…でも、あんな話を聞かされたら、誰でもムカついて当たり前だよね。
お父さん、あんなに愛されにくい態度をとっていたら、ひょっとしたら、これまでもずっと、誰からも愛されない人生を送っていたかもしれないな。

父の態度に、これまでの父の人生を垣間見たような思いがしました。
もし私が、もう二度と電話しなかったら、84歳の父は、「やっぱり俺みたいな人間は、誰からも嫌われるんだな、愛されないんだな。」… そんな気持ちで最期の時を迎えるかもしれないな。
父に、「俺は家族を捨てるという悪いことをしたけれど、かよこの存在によって、ちょっとだけ罪が許された気がするなぁ。かよこに会えてよかったなあ。」
そんな気持ちで最期の時を迎えてほしいな、 そう感じている自分がいました。

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そして今日もまた、私は父に電話します。
「お父さん、最近どう?元気にしてる?変わりない?」
なんてことはない、いつもの会話。
普通の近況報告と、世間話。
そしていつも繰り返される、父の昔話。
もう話す話題がなくなって、 気まずい沈黙が流れて、「じゃあ、もう切るね」と終わる、10分程度の短い会話。
でも、私と父の大切な時間。
父との繋がりを感じる時間。

父に怒りを感じて電話しない…それは父を愛さないこと。
私にとっては、父を愛さないことはとても苦しい。
だから私は、愛さないことよりも、愛することを選択することにしたのです。
愛しにくい父だけれども。

どんなにムカつく話をされた後でも、必ず私は最後にこう父に伝えます。
「お父さん、今日も電話で話してくれてありがとう。」
それは罪悪感でいっぱいの父が、電話で私と話をしてくれた、そこに愛を感じているから。
その父の愛を受け取りたいから。

そして今日も父との電話を切った後、こう思う。
「まったくもう、うちのお父さんって、愛しにくいヤツだな。」
そうやって、今では、父の悪い態度にムカついた後、クスッと笑えるようになった自分がいます。

この記事を書いたカウンセラー