謝ってもらったのに心が晴れないのはなぜ?〜与える姿勢になることの大切さ〜

自分の内側から感じるということが大切なのです

「○○してもらえれば」とは、誰もが思うことですが、してもらった時に一瞬だけ満たされた後は、すぐにその気持ちは消えてしまって、更に満たしてもらいたいと終わりがない状態になってしまいます。

今回、担当させていただく大門です。どうぞ、よろしくお願いします。

私たちは「◯○してもらえたら幸せになれる」とか、「○○が得られれば自信がもてる」とか、「○○として扱ってもらえたら満たされる」というように、自分以外から何かをしてもらったら自分が満たされると思ってしまうことがあります。

例えばこんな感じです。

「彼が結婚してくれたら幸せになれる」
「母親が謝ってくれたら自信がもてる」
「女性として扱ってもらえたら、心が満たされる」

確かに、結婚したいほど大好きな彼がプロポーズしてくれたら嬉しいでしょうし、ずっと謝って欲しいと思っていたお母さんに謝ってもらえると嬉しいかもしれません。
女性として扱ってもらうのも、嬉しいと感じることかもしれません。

でも、これらは全部、外部から好意や、謝罪の気持ちや、価値や魅力を与えてもらっている状態です。
与えてもらえるのは、とても嬉しいものですが、「○○さえあれば」状態で、その何かを与えてもらえて嬉しいと感じるのは、ほんの一瞬です。
その一瞬も、嬉しいと感じるだけであり、幸せになったり、自信がもてたり、心が満たされるのかというと、実はそうではないことが多いのです。

なぜなら、幸せだと感じたり、自信がもてたり、満たされた充足感というのは、自分が感じるものだからです。
誰かに与えてもらうだけならば、その一瞬だけ幸せで、自信がもてて、満たされる感じがするだけで、その後与えてもらえなくなると、「もっと欲しい!」状態になって、相手から疎ましがられてしまったりします。
また、自分としては、「◯○してもらえたら幸せになれる」「○○が得られれば自信がもてる」「○○として扱ってもらえたら満たされる」と思っていますが、幸せになれない原因や、自信がもてない原因や、満たされない原因が他にあれば、いくら願い通りの言動を誰かがしてくれたとしても、気持ちが満たされることがないのです。

例えば、パートナーが浮気した。
「謝罪して、二度と浮気はしないと約束してくれたら、許せるのに」と思っていたけれど、謝罪して、約束もしてくれたけれど、ちっとも心が晴れないなんてことは、よくあります。

なぜそのようになるのかというと、パートナーの浮気によって傷ついたことは確かなのだけれど、謝罪してくれたり約束してくれたりしても、「私は魅力がない・・・」と思っていたり、「私との約束なんて守られるわけがない」と思っていたら、心が晴れるなんてことは全く起こらないわけです。

確かにパートナーの浮気によって傷ついたけれど、「私には魅力はない」「私なんて何の価値もない」と思い込んでいる自分自身を何とかしないと、相手がいくら謝ろうが、約束しようが、そのことを信じられないので、心は晴れないのです。

確かにパートナーに謝罪してもらうことは大切なことなのかもしれませんが、謝罪よりも大切なのは、「私には魅力がある」「私には価値がある」と自分自身が思えるようになるということなのです。

例えば、長年謝って欲しいと思っていたお母さんに謝ってもらえたとしても、ちっとも心が晴れないのは、「自信がもてない自分」に原因があるからなのです。
何たって自信という言葉は、自分を信じると書くわけで、他の人がいくら謝罪してくれても、褒めてくれても、自分が自分を信じられていなければ満たされることがないのです。

だから、心が晴れない時は、謝罪を求めたり、褒めてもらったりも大切ではありますが、それよりも自分の内側から湧き出てくる「想い」が重要なのです。

自分から湧き出てくるわけですから、誰かの都合で左右されることはありません。
誰がなんと言おうが、揺るがないわけですね。

「◯○してもらえたら幸せになれる」「○○が得られれば自信がもてる」「○○として扱ってもらえたら満たされる」というようなことばかり考えてしまう時は、受け取ることばかり、与えてもらうことばかり考えている状態です。
これは、自分の幸せや、充足感を自分以外の人から貰おうとしている状態。

ここから抜け出していくには、自分で自分を満たしていけるように進化する必要が出てきます。
受け取る側から、与える側へ変化していくのです。

対象は誰でもいいのです。
家族でも、恋人でも、友人でも、見ず知らずの人でも構わない。
誰かに与えていく姿勢です。
与えるというのは、誰かを喜ばせたり、サポートしたり、奉仕したりすることです。
その姿勢を持つことができると、自分の内側から湧き出てくる喜びと出会えます。

誰かに喜んでもらえた、そのようなことができた自分に自信がもてます。
誰かをサポートすることができたら、そのような自分を誇らしく思えます。
誰かに奉仕することができたら、そのような自分に魅力や価値を感じられます。

しかも自分の内側から湧き出てくるものですから、誰が何をしてくれなかったとしても、感じることができるのです。
これを自己充足と言います。

与える対象は、人でなくてもいいのです。
ペットを慈しむなんていうのでもいいですし、植物を育てるというのもありです。
大切な物を磨いてきれいにするというのもありです。

自分が与えるという姿勢になることで、自分の内側から喜びを感じられるので、例え彼がプロポーズしてくれなくても幸せですし、お母さんが謝罪してくれなくても、自信を感じられますし、女性として扱ってもらえなくても、「私って魅力的」と感じられるのです。

彼が優しくなくて喧嘩した。
翌日、仕事するのも嫌だったけれど、休むわけにもいかず出勤した。
同僚から仕事を手伝って欲しいと言われて、やる気なんてさらさらなかったけれど、断ることもできずに手伝った。
同僚が何度も何度も感謝して、喜んでくれているうちに、段々と気持ちが晴れてきたなんてことありませんか?

親からひどいことを言われて落ち込んでいた。
出勤途中に迷子になっているお年寄りに、道案内を一生懸命しているうちに親に言われたことなんて忘れて、どうでもよくなっていたなんてこともあるかもしれませんよね?

これらは、あなたが与える姿勢になったということなのです。
傷ついたり、落ち込んだりしたこととは、何の関係もない人に対してであっても、「与える」という姿勢になることで、自己充足することができ、気持ちが晴れるのです。

あくまでも、「◯○してもらえたら幸せになれる」「○○が得られれば自信がもてる」「○○として扱ってもらえたら満たされる」というのは、そうなれるための一つのサポートであって、それがあれば満たされるというものではないということなのです。
自分の内側から満たされるために、「与える」という姿勢になることは、とても大切なのです。

簡単ですけれど、参考になりましたら幸いです!
ありがとうございました。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

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恋愛や結婚、浮気や離婚など男女関係、対人関係やビジネス関係、家族関係や子育て、子供の反抗期、子離れ、親離れ問題など幅広いジャンルを得意とし、お客様からの支持が厚い。 女性ならではの視点と優しさ、母としての厳しさと懐の深さのあるカウンセリングが好評である。PHP研究所より2冊出版。