”いい人”が持つ裏の顔 ~ペルソナと自己概念の心理~

私たちはある意味多面的で様々感情を感じて生きているものです。

そしてどこかでその場所・人によって表現する感情を選んでいる・変えているということは誰にでもあることではないでしょうか。

しかし、例えば、あなたの身近な優しいお友達が、普段は見せない隠れた一面をふっと見せたとしたら、あなたが驚いたり、不安を感じることもあるかもしれませんよね。それはまるで「心の闇」のように感じることも・・・。

今回の心理学講座は「いい人の裏の顔」をいうテーマで、私たちの心の中にあるペルソナ(仮面)と自己概念という考え方から、いい人の持つ裏の顔とは何だ、という部分について解説させていただこうと思います。

◎リクエストを頂きました◎
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長年の付き合いのある親友は、とても優しくて人気者。だから私も親友としてお付き合いしています。
弱い者、助けが必要な方への手のさしのべ方など、ほんと頭がさかります。
しかし、一番大切にしないといけない夫や家族に、よくないことが起きたとき、内心喜んでしまうという怖い癖があります。
本人が怖い癖といっている段階では、さほど問題ではないと思うけど、今後、エスカレートしたら怖い。
一番優しくしないといけない身内が失敗したり、ケガしたり、周りから悪く言われたりしたら、守る気持ち、寄り添う気持ちより、どちらかというと、ざまあみろみたいな感覚になってしまうそうなんです。
身内に近いくらい仲良しの私にも、もしかしたらそんな思いがあるのかもしれません。
なぜ、周りにはとても、やさしいのに身内に鬼のような感覚をもってしまうのか、知りたいです。
(一部編集させていただきました)
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私たちはある意味多面的で様々感情を感じて生きているものです。

そしてどこかでその場所・人によって表現する感情を選んでいる・変えているということは誰にでもあることではないでしょうか。

心理学には「ペルソナ(仮面)」という言葉がありますが、どこかTPOに合わせて「○○用の自分」を作って生きていることが多いですね。

ただ、普段は仮面をかぶって生きているという意識があったとしても、実はその人が思う『あるべき自分』と『あるがままの自分』が、その人の内面で一致している状態であれば、さほど問題にはならないことが多いものです。

この「あるべき自分」と「あるがままの自分」が「一致している」ことを、心理学では「自己一致」という言葉で表現することがありますね。

例えば、普段人に優しく接している私がいたとして。

「人に優しくすべき」と考える私と、「自然に人には優しくしたい」と思う私」がいれば、普段の言動に無理はなくなるものですし、気持ちの面でも楽に優しさを表現できます。

しかし、「人には優しくすべき」と考えつつ、「本当は私、優しくないんだよね」という自己概念を持っていたならば、コレは自己一致していない部分が多分にあるということで、ちょっと話は変わってくるわけです。

「本当は私、優しくないんだよね」という私は、普段は隠されていて、ココロの中でとどまりますが、その本人さんにとっては「優しくない私」も私だという認識を持ったままであることも少なくないんですね。

そしてこの隠れた私(だとその方が思っている部分)は、普段は隠れていて、どこか安心できる場所・身近な人との関係で登場することが多いものです。

ふっと素の私になる瞬間、心が緩む状況になればなるほど、普段は見せない私(普段は見せない感情表現)が出てくるようなイメージですね。

いただいたリクエストでは、お友達にとって、そのご家族との関係性の中で出てくるといったお話のようです。
『家族』は親密感や安心感の心理的シンボルになるものですからね。

ただ、ここで出てきているモノを「心の闇」と見ることもできますが、その方が持っている「自己概念(私はこんな人)の一部」が登場しているのだ、と見るほうが冷静に扱えるか、と僕は思いますよ。

加えて、お友達がご家族に「ざまあみろと思ってしまう」という部分について。

コレはあくまで一つの見立てですけれど、その方の「依存心の扱い方」が影響している、と考えることもできます。

私たちは、どこか自分自身を厳しく扱い、依存心を抑圧しているとき。
また、ネガティブな自己概念を持ち、そんな自分を嫌っている・律しているとき。
どうしても他人の依存や言動に厳しくなりがちになります。
そもそも私たちは自分に向けている意識を知らない間に人に向けているものですからね。

例えば、人一倍自分を律し、人に優しさを人に向けている人にとって、そんな私のそこはかとない本心・気持ち気づかない「身内」の存在って、どんなものになるでしょうね、と僕は想像するわけです。
どこか私と同じような優しさを持たない人を見ると、なぜかイライラしたり、攻撃的な感情を抱く可能性は否定できないかもしれませんね。

また、ここで登場するイライラ・攻撃性は「被害者意識」に基づいていることが多いので、抑圧された依存心が表面化しているとも考えられます。

そのように普段は自分を律し、一方で家族に対して依存的な感情を向けることによって、心のバランスを保っているというイメージでしょうか。

さて、この種類のお話は「いい子・いい人」の心理パターンの中でよく出てくることあります。

基本的に「こうあるべき」という発想を長い間持ち続けられる心の体力のようなものをお持ちの方ほど起きやすいことのようです。

どこか自分自身を誤解したまま封印し、いい人を気合で作り上げているイメージでしょうか。

私たちカウンセラーはこのようなお話を伺う時、『もっと自分に優しくする』『どんな私も嫌わないでOKを出す』ことをオススメしています。

そもそも人に優しくできるいい人であるあなたも、まぎれもなくあなたであって。今まであなたが嫌って隠している自己概念を解放し、抑圧されていた感情を解放していくことで、もっと楽に自然にいい人ができるようになりますよ、というご提案をさせていただくことが多いのです。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

浅野 寿和

年間400件以上の面談カウンセリングを行う実践派。「男女関係向上・男性心理分析」「自信・自己価値向上」に独特の強みをもち、ビジネス・ライフワーク発見なども対応。明快・明晰かつ、ユーモアと温かさを忘れない屈託のないカウンセリングは「一度利用するとクセになる」と評され、お客様の笑顔が絶えない。