ありえないほど幸福になる〈許し〉の法則(2)~怒りの下には願いがある~

あなたの「願い」には深くて大きな「愛」がある

私たちは罪悪感があると愛を受け取れません。素直に人の愛情を受けとめるのが恥ずかしすぎて、申し訳なさすぎて、つい怒ったり、拗ねたり、いじけたりと「悪い態度」をとってしまいます。でも、それでは罪悪感を上塗りするばかりです。文句の下に眠る、あなたの「願い」を掘り起こしませんか?そこにはあなたの、深くて大きな「愛」があります。

***

こんにちは。みずがきひろみです。

今春は、元号も変わりますし、どこか、大きくリフレッシュして、新しいスタートを切れるような空気を感じておられる方も多いのではないでしょうか。

過去を断捨離して、スムーズに再出発するのには、〈許し〉の法則を使うのが最も効果的です。あなたが、過去の重荷を下ろして、軽やかに前に向かって歩みだしたとき、きっとありえないほどの幸福があなたの心の扉をノックすることでしょう。

そんな、心機一転、ここからまき直しを期するあなたのための、〈許し〉のポイントを解説する4回シリーズです。

●愛を受け取れないのは、罪悪感があるから

お母さんがせっかく夜食を作って待っていてくれたのに、バツが悪くて「いらない!」って怒って自室に直行します。素直に「ありがとう」って言って食べればいいのに、お母さんが満足気に嬉しそうにする顔を見たくないと思っちゃうのはなぜでしょう?

恥ずかしいんです、自分が「愛されている」ってことを受け止めるのが。

愛されるほどのことはしていないのに。それどころか、こんなに遅くまで遊び歩いていたのに、先に寝ていてくれたらいいのに、って思います。

これ、罪悪感ですね。「お母さん、待たせて悪いことしたなぁ」と思えば思うほど、「待ってるなんて過保護!子供じゃないんだし」とイライラしてきます。

「あの詮索したがるところがウザい」とか、「なんだかコントロールされているみたいでイヤ」と、今度は、これまでお母さんが作ってくれた好物を食べているときに、「誰とどこいいたの?」と聞かれたことや、「やっぱり地方公務員になったらいいんじゃない?」って期待をかけられたことを思い出しては、腹を立てます。

でも、きっと何にも聞かれなければ、「私になんか関心がないんじゃない?」って思うのではないでしょうか。

「お母さんが知りたがっているのに、話していないなぁ」。
「お母さんの期待に応えていないなぁ」。

そんな罪悪感があると、今度はお母さんの愛を素直に受け止めることができません。まっすぐに目を見れなくなるのです。そして、ついお母さんの「愛」を、なかったことにしたくなります。私たちは、ひねくれて「愛」を粗末に扱うことを、「悪い態度をとる」と言いますが、罪悪感があるときは「悪い態度をとる」方がラクに感じます。

あなたは、誰かに「悪い態度」をとっていませんか?誰かの優しさに素直になれていないとしたら、それは、罪悪感があるからです。いったん、「悪い態度をとる」と、「愛をうけとらなかった」ことで、さらに罪悪感を上塗りします。そして、どんどん素直になりにくくなります。

もし、あなたがついつい怒りっぽくなっていたり、拗ねたり、いじけたり、妬んだりして、「悪い態度」をとりやすくなっているとしたら、気づかないうちに罪悪感でいっぱいいっぱいになっている、ということです。

でも、そんなにしんどい思いをしなくてもいいのです。その罪悪感は持ち続けなくてもいいのです。「楽になりたい。なってもいい」。そう思えるといいですね。

●文句があるのは、願いがあるから。あなたは、どんな「願い」を抱いているのでしょう?

怒りっぽくなって、拗ねて、いじけて、妬むほど文句がいっぱいあるのは、その文句の層の奥底に、熱い「願い」があるから、です。

「お母さんが詮索したがってウザい」と思っているとしたら、あなたはお母さんに
「信頼してほしい」と思っているのではありませんか?信頼して見ていられるほど、「安心してほしい」と思っていませんか?とするならば、あなたは、本当は、お母さんを「安心させてあげたい」という「願い」をずっと抱えてきたはずです。

「お母さんのコントロールがイヤだ」と思っているとしたら、あなたはお母さんの言葉に自分が影響されやすいことを心配しているようです。だとするならば、どれほどあなたはお母さんからの「期待」を感じては、それに応えたいと思う人なのでしょう。お母さんの願いを叶えたいとずっと願ってきたのではありませんか?すごくお母さんを「喜ばせたい」と思っているからなのではありませんか?

誰だって怒りたくなんかありません。人を嫌うのも自分を嫌うのも辛いですから、つい文句を言いたくなりますが、一瞬ラクになれたような気にはなるものの、それで幸せを感じられるわけではありません。だからこそ、文句を文句で終わらせずに、その根っこにある、あなたの「願い」に光を当ててみましょう。そこに、あなたがもともと持っていた根本の「願い」があります。

カウンセリングをしていて何に感動するかといえば、どんなひどい体験をされて、どれほどそのことで恨みつらみを抱えていても、心の根っこのところではシンプルに「誰かの笑顔が見たい」という「願い」を持っていらっしゃるということなんです。そして、その「誰かの笑顔が見たい」という気持ちは、ただ「愛している」と言い換えてもいい、「想い」なのです。

●自分の中にある「愛」を抱きしめる

あなたが、今、抱えている文句を書き出してみましょう。5つ、10、30、50、、、100個くらい出てきますでしょうか?

文句を書けるだけ書き出したら、そのリストの横に、「本当はどうであって欲しいのか」を書いてみましょう。たくさんの文句を書き出して、たくさんの「本当はどうあって欲しいのか」を書いてみると、同じ「本当はどうあって欲しい」が何度も出てくることにお気づきでしょう。

「誰かに愛されたかった」のだとすれば、その「誰か」をとても愛したのです。「誰かに助けてもらいたかった」のだとすれば、その「誰か」をとても「信頼」していたのです。そして、その思いのどれもが、あなたの「愛」なのです。

それほど「愛した」自分を愛おしいと思いませんか?ものすごく健気で愛おしい人ですよね。そのことを、誰よりも「あなた」に知っていただきたいのです。

>>>『ありえないほど幸福になる〈許し〉の法則(3)〜ギフト(才能)を受け取る〜』へ続く

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。