辛い過去から脱出する方法~過去に固着する目的を理解し自己価値を受け容れる~

私たちは過去の出来事に固着し、そこから逃れられない場合があります。
過去の出来事ですから今更それを変える事はできず、その事で人生が暗くなってしまうのはもったいない事だとはわかるのですが、心が納得しなくて、ついついそれを引きずってしまうのですね。

辛い過去の出来事に固着するのは、最終的には自分に罰を与えるためであったり、補償行為を目的としています。
ここから抜け出すには、その目的を理解し、自己価値を受け容れて「私は幸せを選るにふさわしい人間だ」と本当に思うことです。

◎リクエストを頂きました◎
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現在37歳一児の母です。
私は、幼少期から育児放棄されて育ちました。
幸せだったという記憶はほとんどなく、無気力な状態でした。
父は短気で育児に非協力的、母はマイナス思考でメンタルが弱かったため(私にとっては兄だけが心の支えでした)鬱の様な状態になってしまったのは予測できますし、共感してあげたいのですが、ゴミ屋敷での生活があまりにも辛かった為、どうしても過去を受け入れることができません。

「何で私がこんな目に?!」
「普通の家庭で育っていれば、人間関係で悩むこともなく、もっと楽で充実した生活を送れたのに…」

現在は、優しい主人とかわいい娘に囲まれ幸せなのですが…。
疲れると、あの頃のみじめで寂しい思いが蘇り号泣してしまいます。

辛かった過去が、今の人生にプラスになっていると思えるようになるにはどうすればよろしいでしょうか?

どうか、アドバイスお願いいたします。
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「あの時、ああしておけば良かった」「私は許されない」「もっと愛して欲しかった」「あんな家庭に生まれなければよかった」「こんな不幸になったのは○○のせいだ」など、私たちは過去の出来事に固着し、そこから逃れられない場合があります。

冷静に考えると、過去に起こった事ですから今更それを変えられる訳でもなく、その事で人生が暗くなってしまうのはもったいない事だとはわかるのですが、どうも心が納得しなくて、ついついそれを引きずってしまうのですね。
今回は、この状態からの脱出方法をお話ししたいと思います。

心理学では、どんな状態にせよ“人がそうする(なる)には訳がある”という捉え方をします。

例えば、好きな人が出来るとその人と接する時間が長くなります。これは顕在意識的な行動ですからわかりやすいかと思います。また、遅刻が常習化している人は無意識的に遅刻したときの“悪い自分”を感じ、“怒られたい”という欲求がある場合があります。これは無意識的な行動ですから、本人すらわかっていない場合もよくあります。
このように、意識的にせよ、無意識的にせよ、人の行動には何らかの訳があるのですね。

この見方をすれば、辛い過去の出来事に固着するのにも訳があります。
何らかの目的があるわけですね。

その目的とは、固着している過去の出来事を使って、自分が幸せにならない事で得られる何かです。換言すれば、幸せになることを禁止して何かを得ようとしているのですね。
では、幸せを禁止して得られるものとはどんなものでしょうか?

1つ目は、自分への罰です。具体的に何が悪いという事はなくて、積み重なったもの、あるいは人類が共通に持っている罪悪感に関する罰といった類です。

2つ目は、補償行為です。補償行為とは、罪悪感を感じたくないために行う行為で、「自分は悪くない」と言う為に犠牲的に行う行為です。身近な例で言えば、一杯飲んで帰宅が遅くなったお父さんがドーナツを買って帰るとか、仕事がうまくできない分みんなに愛想を振りまくといったような事です。

いただいたリクエストのケースでは、おそらく1つ目の“自分への罰”ではないかと推察します。
本当に辛い思い出だと思いますし、顕在意識ではどうして自分がこのような目に遭わなければならないのかと思われるのは当然だと思いますが、無意識レベルではそのような環境に置かれた自分を卑下し、責める気持ちがあり、「私は幸せになるにはふさわしくない」と思っておられるのですね。それを証明するために未だに過去に固着されているのです。

では、自分への罰や補償行為から抜け出し、過去に固着する状態から脱出するにはどのようにすればいいのでしょうか?

先ずは、自分が幸せにならない目的があるとすれば、それは何かを直感的に探してみます。
ここでは、様々なレベルで、色々な理由が出てくるかも知れません。

例えば、誰かへの復讐であったり、不完全な私を責めていたり、あるいは私は悪くないことを証明したいという事かも知れません。

次に、ではそれを得られたら、更に何を得られるのかというレベルまで掘り下げてみます。
そうすると、先に述べた自分への罰や補償行為につながっている事が理解できるのではないかと思います。
この部分まで掘り下げてみて、それが今の私に必要な事柄なのかどうかを考えてみてください。

次に、「私は幸せを選るにふさわしい人間だ」と思うこと、すなわち、自分の価値を自分で認める事です。
自分の価値を自分で認める方法としては、参考に挙げています“234.自信をつける為に自分の価値を見つけよう~自信は人生のすてきなツール~”にその方法が書かれていますので、参考になさってください。

私たちの人生の目的の1つは、幸せで楽しい人生を送ることです。
苦しむため、辛い思いをするために生まれてきた訳ではありません。
過去に起こった出来事への固着を手放し、今を、これからを生きられることを願っています。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。