“あたりまえ”を見つめてみよう

「ママ~、次どんなクラスになるやろ~~~」
3月の中旬あたりから、娘はそのことばかりが気になっているようでした。
娘は4月から中学3年生になります。
小学校からその中学校に進学したのは娘だけで、友達が一人も居ずなかなか学校に馴染めなかった中学1年生の頃はよく学校を休んでいました。
そして、2年生には随分学校にも慣れてきてはいましたが、まだ学校を休む日がちょこちょこありました。
そんな時、私は
「この子はこんなに度々学校を休んで大丈夫か?」
「大人になった時、ちゃんと社会生活を送れるだろうか?」
という心配から
「なんで学校行かないの?朝ちゃんと起きて学校に行くのは“あたりまえ”のことやん」
「みんな、いろいろあるけどフツーに朝起きてフツーに学校行ってるよ?」
ということを幾度となく言ってきました。
「次はどんなクラスか?」ばかりを気にする娘に「そんなに気になる?なにがそんなに気になるの?」と聞いてみたら、一番の関心ごとは、『気の合う友達と同じクラスになるかどうか?』ということだったようです。
そして、自分が友達に対してどんな風に感じてどんな風に振る舞いどうありたいと思っているかを話してくれました。
けれど、それが上手くいかなかったり、色々考えるとよく分からなくなり面倒くさくなって学校への足が遠のくのだと。
そんな話を聞きながら、“あたりまえ”の事って結構難しいのだな、と改めて感じました。
私たちが当たり前と感じていることはたくさんあります。
・学生は学校へ行く
・社会人は仕事へ行く
・母親は家事をする
・父親は働いてお金を家に入れる
・彼はデートのプランを練る
・彼女はいつも優しく
・男は強く
・女は愛嬌よく
・子供は無邪気
・大人は堅実
挙げ出すとキリがないですね。
学生が学校へ行くのは“あたりまえ”のことですが、行けない時はなにか理由があります。
社会人でも「今日は会社休みた~い」と思うこともあるし、母親でも「今日は料理を作る気分になれない」こともあるし、彼氏だってたまにはデートのコースをお任せしたい時もあるかもしれませんし、彼女の機嫌が悪い時もありますよね。
“あたりまえ”と普段思っていてもそのことを継続することや、そうあり続ける事はすごいことだと思うのです。
しかし、自分に厳しく 『私は母親だから毎日キッチリ美味しいご飯を作るのが“あたりまえ”』 と思っていたとしたら、娘が学校に行かない時に 『ママはいつも美味しいご飯を作っているのに、なぜあなたは学校に行くという“あたりまえ”のことが出来ないのか?!』 となりやすいのですね。
“あたりまえ”に縛られるよりも、『学校にいくのは“あたりまえ”のことだけど、キチンと行って偉いね』 『いつも働いてお金を入れてくれてありがとう』 など、“あたりまえ”なことだとしても、認めたり褒めたり感謝を伝えると、伝えられた方は嬉しいですし「またがんばろう」という気持ちになりやすいですね。
良かったらそんな“あたりまえ”を見つめて自分や人を認めたり、誰かに感謝を伝えてみて下さい。
きっと気分が良くなります。
因みに、娘のクラス替えの発表は春休み前にあり、気の合う友達と同じクラスで担任の先生も好きな先生に持ってもらえることになりました。
「あ~~、これで毎日学校行って勉強に集中できる~~♪」
と言った娘に
「それってフツーで“あたりまえ”のことやん?」
と、つい言ってしまったことも正直に書き添えておきます^^;
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

吉村 ひろえ

恋愛や夫婦、浮気、離婚などのパートナーシップから対人関係、子育て、また、死や自己受容のテーマなど幅広いジャンルを得意とする。 女性的で包容力があり、安心して頼れる姉貴的な存在。クライアントからは「話しをすると元気になる」「いつも安心させてくれる」などの絶大なる支持を得ている。