娘に教わった幸せの秘訣

娘が生まれてから8ヶ月が過ぎました。
最近は興味の対象がはっきりしてきていて、右に左にゴロンゴロンと寝返りを打ちながら興味のあるものに向かっていく様子は、実に微笑ましい姿なのであります。
不思議なもので、おもちゃよりも、ビニール袋とかおしり拭きとか、おもちゃじゃないものでよく遊ぶんですね。
その多くが「触っちゃダメ!」と取り上げられるようなものに興味津々なので、困ったものです。
触ってみたかったもの取り上げられてしまうと、当然のことながら、フンガー!と吠えます。
そして、「よこせーっ!」とばかりにジタバタしているのであります。
そうして自分の意思を表現するようになった姿を見て、娘の成長を感じるのでありました。
そんな娘が何より大好きなこと、それは、抱っこです。
僕が仕事から帰り、僕の顔を見るや、ニカッと顔をほころばせ、目をキラキラさせながら、抱っこされるのを待っています。
着替えて手を洗ってから抱っこをしようと思う僕は、意味がわかるのかどうかはわかりませんが、「ちょ~と待っててねー」と言いながら自分の部屋に向かいます。
すると、背後からは「フンギャーーーッ!」という泣き声が聞こえてきます。
その声に振り返ると、何とも切なく悲しい顔で泣いているではありませんか。
僕は胸がつぶれそうになりながらも、「せめて手だけは洗わねば…」と洗面所に向かいます。
振り返って一旦目が合ったにもかかわらず去っていく僕の姿を見て、泣き声が一段と大きくなります。
ダッシュで手を洗い、服を脱ぎ散らかしながら娘の元に駆け付けると、娘は僕の目にビシッと視線を合わせながら、アゥアゥと喘ぎながら目に一杯涙を溜めています。
真っ赤になって目に一杯涙を溜めている娘を抱き上げると、娘は、僕の腕の中に収まるまでのわずかな間に、もう泣きやんでいます。
僕の腕の中で僕の顔をじーっと見つめてニッコリ微笑んでいる娘の目は、帰ってきた僕の姿を見つけた時と同じ目をしていました。
その後は、僕の眼鏡を取ろうとして阻止され、僕の鼻をもぎ取ろうとして阻止され、唇を引っ張ろうとした手を僕にバクッと食べられそうになって、驚きながらキャッキャと喜びます。
そんな娘とのやりとりの一時、僕は幸せを感じます。
そして、そんな娘を見て、感心することがあります。
それは、あれほどまでに泣いていたのは一体なんだったんだろう?と思うほどの、彼女の変わり身(?)の早さです。
僕の姿を見た途端にキラキラしたかと思えば、僕が背を向けただけでこの世の終わりを迎えたかのような悲しい泣き声を上げます。
かと思えば、ほんの数秒の間に泣きやみ、目をキラキラさせながら、僕の眼鏡に夢中になっています。
だからといって、僕が背を向けて離れていって、抱っこしてもらえなかったのがそんなに悲しくなかったのかというと、そうでもなく、それはそれは悲しそうで…
さりとて、ずっと悲しみ続けるわけでもなく……
娘は、常に“今”を生きているんですね。
「すぐに抱いてやれなくてごめんよ~、でも手を洗わないと、バイ菌がついちゃったら困るから…」などと、過去のことをクヨクヨしながら言い訳をしている僕とは違い、
「少し前まではすごく悲しかったけど、今は抱っこされているのでうれしい♪」
「抱っこされてうれしいけど、今は眼鏡に夢中!」
そんなふうに、“今”あるもの、“今”感じる気持ちのままに生きているのです。
「“今”あるもので感じられる“今”の気持ちをそのまま感じて生きることができれば、もっともっとたくさんの幸せや喜びのある人生になるんだろうな…」
彼女から、そんな幸せの秘訣を教えてもらったように思うのでありました。

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