母がつないだきょうだいの絆

母は今年88歳になります。
昔から優しくて、人の悪口をほとんど言わない温和な人でした。

85歳を過ぎた頃から、物忘れが目立つようになり、体調不良も増えました。
その変化が気になり、私は出来る限り、毎日母に電話をするようになったんです。
その時間は、母の安否確認であると同時に、私自身が、これまで見ないようにしてきたきょうだいの関係を見つめ直す時間にもなって行ったんですよね。

◇きょうだいに与えられた役割

我が家は三姉妹で、私は真ん中です。

姉は昔から判断が早く、行動力があり、頼りになる存在でした。
思い立ったら迷わず動き、自分の人生を自分で選ぶ力を持っていた人です。

で、真ん中の私はというと、昔から問題児でした。
人に頼ることで安心し、誰かに支えられていないと不安になる。
今振り返ると、それは「弱さ」ではなく、感情を感じ取るアンテナが強かったのだと思いますが、姉からも妹からも頼りにはならない子だったと思います。

妹は私より二つ下ですが、そんな私を見て育ったせいか、自然としっかり者になっていきました。
優しくて素直で、周囲の空気を読むのがとても上手な子でした。

きょうだいというのは、それぞれ家族がうまく回るための役割を無意識のうちに引き受けていくことがあると思うんですね。

誰かが動けば、誰かは支える。
誰かが揺れれば、誰かが踏ん張る。

我が家では、
姉が「外に向かって動く役割」を担い、
私は「感情を表に出す役割」を引き受け、
妹は「家の中を安定させる役割」を背負っていきました。

こうした役割は、その時々ではとても機能するんですよね。
家族が崩れないように、それぞれが必死にバランスを取っていたように思います。

ただ問題は、その役割が長い時間をかけて固定されてしまうことなんでしょうね。

私は問題だらけの自分のことしか頭になくて、家族のことは本当に無関心に近かったです。
だからそういう役割を姉にも妹にも押し付けて逃げていたように今は思います。

妹は「我慢する人」になり、助けを求める前に、自分で抱え込むことが当たり前になっていきました。

母の変化に一番近い場所で向き合うことになったのも、「そうするのが自然」だと思ってしまうほど、妹の中にその役割が染み込んでいたからなのだと思います。
でも同時に既に子どもがいた姉に気を遣い、当時鬱っぽかった私はあまりにも頼りなかったからだと思います。

◇妹だけが背負ってきた時間

姉と私が結婚して家を出てから、母の変化を一番近くで見てきたのは妹でした。

妹は20年ほど前から、仕事をきっかけに鬱状態になったのですが、当時の私は、毎日一生懸命働いているのだと思っていました。

実際にはもう限界で、
「何のために生きているのか分からない」
そこまで追い詰められていたのだと、後になって知りました。

鬱状態にある人は「助けを求める力」そのものが弱くなると思うんですね。
頑張れなくなった自分を責め、迷惑をかけてはいけないと、さらに一人で抱え込んでしまう。

妹もまさに、そんな状態でした。

職場を変え、環境を整えながらも、鬱は完全には回復しないまま、今度は母の体調が少しずつ悪くなっていきました。

自分の心が不安定なまま、誰かを支え続ける。
それがどれほど過酷なことか、想像するだけでも胸が苦しくなります。

母の不安や痛み、寂しさを一番近くで受け止めながら、妹自身のしんどさは、後回しにされていきました。

介護の現場では、「やってあげられる人」が、自然と役割を背負わされます。
それは周囲の悪意ではなく、「この人なら大丈夫だろう」という無意識の期待です。

でも、その期待は、鬱を抱えた妹にとっては、静かに心を削る刃にもなっていたんです。
妹の中に次第に溜まっていった怒りや絶望。
それは姉や私だけでなく、世間にも向けられました。
でもそれは、誰かを傷つけたい気持ちではなく、「もう限界だ」という心の叫びだったんですよね。

それでも妹は、母を見捨てることはできなかった。

守る役割を生きてきた人ほど、最後までその役割を手放せないことがあります。
妹が背負ってきた時間は、単なる「介護の年月」ではなく、自分を後回しにし続けてきた時間でもあったのです。

それがどれだけ過酷で辛い状況だったのか。
私は年の近い姉でありながら、とても長い間そういうことに気づけなかったんです。

◇遠くにいる私たちにできること

姉は私よりも母の近くに住んでいるので、何かあればすぐに動いてくれます。

私は遠くにいる分、毎日の電話でのフォロー。
行動は姉、メンタルは私。
自然とそんな役割分担になりました。

私の日々のサポートはそれが精一杯だけど、それだけでも向こうの状況がとても細かく分かります。
もっと早く気付けていればと何度も思いました。
ここ数年は、病院に行くことも多くなり、そういう時は無理をしてでも行きたいと思っています。

ただね。
その場では感謝してくれても、妹の中にある
「どうせ、あんたらには分からない!」
という怒りは何度も見え隠れします。
だけど今は、それは当然だと思っています。
妹がずっとひとりで抱えていたのは事実です。

姉はその怒りを向けられるのがしんどくて、時々、私に愚痴をこぼします。

妹は鬱もあり、怒りの矛先が強くなることがあります。
投げやりなことを言うことも、絶望を語るときもあります。

姉は黙るしかなく、
私はカウンセラーとして、どうしてあげたらいいのかある程度知っている分、聴く側に回ることが多いです。
慣れているとはいえ、正直しんどい瞬間もあります。

それでも、誰かが受け止めなければ、妹は本当に一人になってしまうということもよく分かっているんですよね。
それだけは絶対にしたくありませんし、やっぱり今は出来る限り妹を支えたい気持ちの方が強いです。

やっぱり私たちが行くと、母も妹もとても嬉しそうです。
二人とも笑顔にもなります。
すごく優しい子だから抱えてしまうのであって、私にとっては大好きな妹なんですよね。

どれだけ彼女が絶望を口にしても、怒りをぶつけることがあっても、今は頑張れます。
それを受け止めるため、もっと言ってしまえば、私はお客様だけでなく、家族をも守りたかったからカウンセラーになったようにも思うから。

◇母がつないだ、きょうだいの絆

親の介護というのは、あまりにも悲しく、しんどい現実です。
だけどそれだけ親に対する愛情が誰しも強いから苦しむんでしょうね。

そして同時に、結婚や仕事で離れていたきょうだいが、再び関わらざるを得なくなる「きっかけ」でもあると思います。

母と妹を全く無視していたわけじゃないけれど、私の関わり方はやっぱり薄かった。
今までだってもっともっと考えれば出来たことだってあるんですよね。

でも妹が限界が来て、いっぱい私に言ってくれるようになって気づけたんです。

それでももし知らん顔をしたまま、すべてを妹に押し付けて母を見送ってしまったら、その後、私たちはきっと妹に近づけなくなってしまいます。
そして妹だけが、誰にも守られない。

それだけは、避けたかった。

だから姉も、出来る限り仕事を調整して母の元へ行きます。
私も、遠くても何度も足を運び、毎日、電話をかけ続けています。

母の老いは、確かに悲しい。
何度も何度も同じことをずっと話すし、数分前に話したことすら覚えていない時もあります。
最近は食欲も落ちて、一人で歩けないと漏らします。

でもその母が、私たちきょうだいを、もう一度つなぎ直してくれました。

完璧じゃなくていい。
分かり合えない部分があってもいい。

それでも、
誰か一人に背負わせないこと。
関係を切らないこと。

それが、今の私たちにできる精一杯だけど、出来る限りの精一杯を続けていきたいと思っています。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

アルコール依存症の父からの虐待経験、学生時代のいじめから、恋愛依存、不倫や風俗を経て、自分を抑え付けるような結婚生活後、8年で離婚。その後自分に向き合い、今は穏やかに生きる。 過去のあらゆる経験をもとにして、恋愛関係、家族関係を得意とし、お客様と共に成長するスタイルを取る。