恩着せがましくなる人の心理

恩着せがましくなる人は、過去の行為(恩義)を盾に相手を支配し、自分の思い通りにしようとすることがあります。

実は、「お願い下手」なのです。素直に頼めない、かわいく甘えられない、頭を下げてお願いできない傾向があります。「自分が頼んでも聞いてもらえない。」と思っているので、自分の言い分を通そうと威圧的な言い回しをしがちです。

それから、「自分の苦労が報われていない。」「あんなにがんばったのに、正当に評価されていない。」「私のしたことをわかってくれていない。」など、承認欲求が満たされていないと、恩着せがましくなることがあります。自己承認が苦手で、周囲に認めてもらおうと自分を主張しがちです。

また、自己否定がある人や「相手に要求されている」と感じやすいタイプの人は、相手の何気ない言葉が恩着せがましく聞こえやすいようです。相手の言葉の理解の仕方を変えると、素直な気持ちで相手に感謝できるようになるでしょう。

◎リクエストを頂きました◎
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私の祖母は、「こんなにしてやった」「やってやった」と恩着せがましい事を言ってきます(特に、相手が自分の思うような言動をしない等、面白くないと感じているときに)。

私は一浪して第一志望だった私立大学に入りました。
母はそのことを、
「高校生の時の塾通いに浪人、そして私立。
二人子供を大学に行かせたくらい、あんたにはお金がかかった」
と、やはり面白くない時に言ってきました。

恩着せがましいことを言う人の心理を教えてください。
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「してやった」「やってやった」という言葉を翻訳すると、「私はあなたのために○○してあげたのに、あなたは私のために△△してくれていない。」という否定や要求の表現になります。そんな言い方をしたら人から嫌がられるのに、それでも恩着せがましくしてしまう背景には、次のような心理が考えられます。

思い通りにしたいコントロール

ひとつは、過去の行為(恩義)を盾にとって相手を支配し、自分の思い通りにコントロールしようとする心理です。

恩を着せられる側は、交換条件になっていない見返りを求められたり、過去の弱みに付け込んで奪われたりする態度に感じるので、不快になります。無力感や罪悪感を刺激されるので、「頼んでしてもらったわけじゃない!」「自分でできるならば、自分でしていた!」「何回も同じことを言わないで!」と反発を感じたりもします。

恩着せがましい人は、実は「お願い下手」です。素直に頼めない、かわいく甘えられない、頭を下げてお願いできない、といった傾向があります。

極端な話、「過去の善行を主張しないと、自分の言い分など聞いてもらえない。」と、自分が親切にしてもらえる存在だとは思えていないようです。むしろ、「自分は疎まれかねない」とすら思っているので、力技で自分の言い分を通そうと、威圧的に厭味な言い回しになっていくようです。

これは、恩着せがましい人がコミュニケーションの見本にした人たち(両親や祖父母など)にも、同じような態度があったのかもしれません。人は愛されたように愛そうとするように、経験したやり方でコミュニケーションをしようとします。

恩着せがましい人の言葉は、「もし、これが不器用なお願いだとしたら、何をお願いしているんだろう?」と変換して聞いたり、「この人も誰かからこんなふうにコントロールされてきたのかもしれないな。」と想像したりすると、これまでとは少し違う受けとめ方がしやすくなるかもしれません。

満たされない承認欲求

もう一つは、「認められたい」「褒められたい」「感謝してほしい」といった承認欲求です。この承認欲求は誰もが持っています

恩着せがましくなる人は、「自分の苦労が報われていない。」「あんなにがんばったのに、正当に評価されていない。」「私のしたことをわかってくれていない。」と、承認欲求が満たされていないようです。

私達は他者からの承認を受けて、自分自身を承認するようになっていきます。そして、自己承認ができるようになると、他者からの承認の有無に気持ちが左右されなくなります。

ところが、恩着せがましくなる人は、自己承認が苦手なようです。承認欲求を自分で充足できないので、常に外側に承認を求めようとします。繰り返し「褒めて。褒めて。褒めて。褒めて…。」としていると、人からは邪険に扱われます。だから、絶対に承認を得られる出来事を「○○してやった」と振りかざすようになっていきます。

恩を着せられる方は嫌ですけれど、恩を着せている人の心の中には、ずっと満たされない寂しさや切なさ・虚しさがあるのかもしれませんね。

では、恩着せがましい人に対して、認めたり、褒めたり、感謝したりしていれば恩着せがましくなくなるかというと、残念ながらあまり変わらない場合もあります。本人が承認を受けとめる状態を作らないと、承認欲求はなかなか満たされていかないようです。

理解の仕方を変える

それならば、私達にできることは何かというと、「恩を着せられている」という理解の仕方を変えることでしょう。

恩を着せられたと感じる時、私達は「あなたのせいでこんなに大変だった。」と言われているように理解しがちです。「申し訳ない」と感じると、その埋め合わせをしなければならないと考えます。「迷惑をかけた」と感じると、責められているように思います。

まるで相手から埋め合わせを要求されているように感じることや、自分を否定しなければいけないように感じることが不快の元になっています。

別の見方をすれば、自己否定がある人や「相手に要求されている」と感じやすいタイプの人は、相手が一切恩に着せるつもりがなくて言ったことでも、恩を着せられているように聞こえてしまうことがあります。

相手の言葉をどう理解するのかで、私達が何を感じるのかは異なってきます。そして、どう理解するのかは、自分が決めることができます。

一見恩着せがましく聞こえがちな相手の言葉を、ものすごく不器用なお願いや、「これだけがんばったのをわかってほしい。」という訴えとして聞くことができたら、相手がしてくれた行為(恩義)に感謝の反応をしやすくなると思いませんか。

あなたが本当にしたいことは、「恩着せがましい」とイライラすることではなく、ちょっと口うるさい恩人に感謝することではないでしょうか。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

About Author

大塚 統子

自己嫌悪セラピスト。心理学ワークショップ講師(東京・仙台) 「自分が嫌い」「自分はダメ」「私は愛されない」などの自己否定、ネガティブな感情・思考をリニューアルし、自信や才能・希望へと変換していく職人。生きづらい人の心が楽になる気づきや癒しを提供。テレビ・Web記事の取材にも多数協力。