いい時も悪い時も、応援し続ける人でいたい。

2018年冬季平昌オリンピック、終わってしまいましたね。
この記事が掲載される頃には、パラリンピックも終わっていることと思いますが、

4年に一度のこの祭典、私は夏季も冬季も両方楽しみにしています。

各競技に興奮したり熱狂するということはもちろん、その背景にある
感動的なエピソードなんかを聞いたりすると、勝手に親近感が湧いてきて、
もっと応援したくなったり、選手やコーチ、その家族と同じような気持ちになって
涙ぐんだりしながら見守るわけですが、

にわかファンの私としては、オリンピック前後は注目している競技でも、
4年、8年、12年・・・と、長きに渡って応援し続けている競技や選手って
ほとんどいません(なんだかごめんなさい)。

競技生活の中では、いい時もあれば、悪い時もあるわけで、

期待され、調子が上向きで、結果も出せている時っていうのは、
注目されて人気も出て、スポンサーなんかもついてくれたりして、
人やお金も自然と集まってくるのでしょう。

でも、調子が悪くなって結果が出せなくなった時というのは、
注目度は落ち、人気は減少、スポンサー契約も打ち切られ、人もお金も
潮が引くようにさーっといなくなってしまう、なんていうこともあるのかもしれません。

そんな、悪い時にそばにいて支えてくれた人。励まし続けてくれた人。
きっと大丈夫、と、信じてくれた人。いつもと変わらない態度で応援し続けてくれた人。

その人達がいてくれたから、4年間、8年間、もっと長きに渡って頑張ることが
出来ました、というエピソードに触れると、私は本当に嬉しくなります。

そして自分は、そんな風に人と関わっていきたいと思っているんだな、ということを
改めて思い出させてくれるのがオリンピック・パラリンピックでもあります。

実は私、いい時と悪い時の波が割と激しいタイプだな、と若い頃から自覚がありまして、
それを自分でもコントロール出来ず持て余していた時期がありました。

調子が悪くなると、思考がネガティブ方向にしか向かなくなり、
誰とも会いたくなくなって、ひとり引きこもって耐えてやり過ごす、
なんていうこともありました。

誰かに話したり、助けて欲しいと言えたら良かったのですが、当時の私は、

「こんな落ち込んでいる私を人に向けてしまったら、きっと迷惑がかかる。
だから、ひとりで耐えるしかない。」

そんな風にしか考える事が出来ないでいたんですね。

でも今改めて振り返ってみると、どんな状態の私でも、変わらずに接してくれた人が
必ずいてくれたな、って思うのです。

それに気付かせてくれたのは、つい数年前に高校の同窓会開催のメールが、
当時のクラスメイトから送られてきた時に起きました。

私の高校生活は、自分の中では暗黒の時代だと心に刻まれていました。

思春期真っ盛りのこの時代。見た目がイケてる男女が注目を浴び、モテる時期。

当時の私は太っていて全くイケている容姿ではありませんでした。容姿が悪いから
せめて性格だけでも良くしようと思い、面白い会話が出来るよう努力したりもしました。

でも努力は虚しく、結局全然モテませんでしたし、女の子扱いもされない私は、

「どんなに楽しい会話が出来たとしても、これじゃあ価値がないな」と
自信をなくしていきました。

そんな暗黒イメージしかなかった私に、同窓会幹事の当時のクラスメート(男子)と
久しぶりに昔話をしていた時、

『私、高校時代って正直、良い思い出がないんだよね。むしろ、
暗黒時代ってイメージが強いんだ。』

こんな風に話した私に、彼はこう言ってくれました。

『え?何言ってるの?当時、きみがいてくれた事で、どれだけみんなが
救われていたか分かってる?きみは自分のこと、本当に何も分かってないよ。』と。

お世辞を言うような友人ではないことを知っていたので、しばらくはその言葉を
受け入れられず絶句してしまったことを覚えています。

私にとっては、暗黒時代のイメージが一気にひっくり返るような、驚きと同時に、
とってもありがたいメッセージでもありました。

私がどん底で、自分なんか価値もないと落ち込んでいた時でも、いつも変わらず
接してくれて、見ていてくれた人がいたんだと、気付かせてくれました。

そして、性格だけでも良くしようと、会話を楽しくする努力をしていた姿を
クラスメートの何人かは、ちゃんと見ていてくれていたんだな、
役に立っていたんだな、という事も知ることが出来て、
本当に嬉しい気持ちで一杯になりました。

こんな風に、今自分が生きて毎日の生活を送っていられるのも、
いつも誰かが支えてくれていたり、直接的ではなくても、見守ってくれている人がいる
おかげなんだろうな、とも思えるようになりました。

私は自分にあまり価値がない、と思っていたので、まさか自分のことをそんな風に
見ていてくれている人がいるなんて、想像もしていなかったのですが、

自分の評価が低めの人というのは、周りの支えや、応援してくれている目というのは、
気付きにくいということはあるのかもしれません。

私を支えてくれていたのに、たぶんスルーして気付かないでいた、ということも、
沢山してしまっていたのだろうなぁと思うと、心苦しく感じるのですが、

やってくれた人からしたらそんなことはきっとどうでも良くて、ただ、
応援したくて、見守りたくてやってくれていただけなのかな、とも思うのです。

私もこれからはそんな風に、いい時も悪い時も、応援し続けられる人でいたい。
そんな風に思うのです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

『日常でも使える具体的なアドバイス』を提供し、お客様が気付いていない才能・魅力に光を当て、 自らが輝いていけるような、パワフルな”応援力”を備えている。 圧倒的な受容する力を持ち、心理面からの分析・アプローチと、直観力を使ったバランスが良いカウンセリングスタイルが好評。