与え上手になる心理学~愛する喜びを学ぼう~

与えることで満たされる思いになれる。

そんなことができたら素敵と思いませんか?

● 与えたいけど傷つくのが恐い ●

私たちは、基本的に人を愛したい、役に立ちたい、助けたいというような
人に何かを与えたい気持ちを持っています。

それにもかかわらず、与えることを出し惜しみしてしまいます。
なぜでしょう?

それは、傷つきたくないという気持ちが働いているようです。

例えば、横断歩道ですっごく重い荷物を持ったおばあちゃんを見つけたとしま
しょうね。
青信号中には渡りきれそうに見えないくらい、ヨロヨロと歩いてるような
おばあちゃんです。

『ああ・・・ヨロヨロ歩いてあぶないなー、あんな重い荷物無理やちゅうねん
ああ・・・引かれそう、あっ・・・』

そう思ったとしても、
「おばあちゃん、危ないから横断歩道渡るまで持ってあげるよ。」
とスムーズに声をかけれるでしょうか?
これは結構難しいし勇気がいるかもしれませんね。せっかく声をかけても
「結構です」と言われるのが恐い感じがすると思いませんか?

そうなんです、私たちは親切な気持ち、優しい気持ち、人を愛したいという
気持ちがあるにもかかわず、その気持ちを受け取ってもらえない時に拒絶され
たような感じがしてしまい傷つくので、与えることにびびってしまっているの
です。

この傾向は大なり小なり人にはあるようです。

「結構です。」
これは、ただ、お断わりをしてるだけなんですが、人によっては拒絶されたよ
うな感覚がしてしまいます。

過去に拒絶によって、傷ついた経験が多い度合いだけ、この反応に敏感になっ
てしまうようです。

拒絶に関して傷つきやすい方は、自分が傷つかない為にも、

・過去の経験が拒絶されてるというような誤解を作るんだな。
・これはお断わりで拒絶じゃないんだなということ。

この2つを常に意識されておくといいと思います。
意識ししていても、どうしても拒絶されている感覚におちいってしまう時は、
過去の傷と向き合って癒すことがいるのかもしれません。

● 与えて傷ついた時は、貰おうとしてた時 ●

相手の為にと思い何かを与えてきたこと(愛、SEX、お金、時間、etc)
を相手に認めて貰えない時や、受け取ってもらえない時は、
「せっかく、してあげたのに」とか、「今まで一生懸命してきたのに」という
気分になってしまい傷ついてしまいます。
拒絶された感覚になる時もあるでしょう。

しかし、与えて傷ついた時は、相手から何かを貰おうとしてた心理が隠れてい
る場合があります。
これをしたら、相手からこれが貰えるという心理が隠れているのです。

例えば、
・相手にこれだけしてあげたら、愛して貰える
・相手にこれだけしてあげたら、褒めて貰える
・相手にこえだけしてあげたら、認めて貰える
・これを与えたら、感謝の言葉を貰える

というような感じの心理が心の中に隠れている時があります。

貰おうとするのは気持ちと言うのは、ニーズ(欲求)というものです。

知らず知らずの内に相手に突きつけていたニーズに対して、思いどうりに答え
て貰っていない感じがする時、拒絶された感じがしてしまいます。
ニーズに対してまるで裏切られたような感じがしてしまうのです。

何かを貰おうとせず、純粋に愛情や与えたいという気持ちから与えようとした
時は、ニーズに対してまるで裏切られたような感じはしないので、
拒絶された感じはしなくなるでしょう。

与える時には、ただ純粋に愛情から与えようと思うことが与える時のコツなん
でしょうね。

● 与える喜びを見つけよう ●

私たちは人に与えること、愛することに関して、出し惜しみをすることは多い
です。もちろん、出し惜しみをする理由はあると思います。

しかし、私たちは自分が人に与えてないにも関わらず、与えてくれていない、
愛してくれないということに不満を持つことには敏感です。

「全然、私のこと考えてくれてない(怒)」

このようなセリフどっかで聞いたことありませんか?
あなたも、あなたの知っている人もこんな感じの不満をいうことはないでしょ
うか?

不満をがある時は、相手があなたのことを大切にしてくれていないと感じてる
訳ですよね。

ちょと考えてみてくださいね。

・あなたはその不満を言っている時は、相手のことを大切にできていますか?
・私は十分大切にしているのにもかかわらず相手は私のことを大切にしていな
いのでしょうか?
・それとも、あなたも相手と同じように相手のことを大切にできてないので
しょうか?

自分を振り返って考えてみる価値があるかもしれませんね。

「~して頂戴」と求めていて満たされないことってありませんか?
求めているにもかかわらず、満たされないというのは不満となってしまいます。
しんどいです。苦しいです。

してもらうことを求めて満たされない時は、そんな時こそ私たちは与えること
を学ぶ時なのかもしれません。

与える喜びを学び、人に与えることで心が満たされることができるとしたら
素敵なことと思いませんか?

「この人を愛している」という与える気持ちで心が満たされれば素敵だと思い
ませんか?

また、与えることにチャレンジした時あなたはその難しさを学ぶと思います。
この難しさを体験することが大切なんですね。

難しさを知った時、今まで満たされないと思いながらしてもらっていたことが
どれだけ、大変でありがたいことなのか感謝として感じれるようになりますか
ら。

上手く与えれることができなくてもいいんです、まずチャレンジしてみること
が大切なんですね。

● 与えてみよう ●

孤児院で育ったある女性の話です。
その女性は物心ついた時には親はいませんでした。だから彼女には親に抱いて
もらった記憶がありませんでした。

その彼女が結婚をして赤ちゃんを産みました。
しかし、彼女は自分の赤ちゃんをどう愛していいのか、どう抱いてあげれば
いいのか戸惑ったそうです。
なぜなら、彼女は親に愛して貰った記憶も、抱いてもらったことも記憶も
なかったので、どう愛していいか戸惑ったそうです。

でも、彼女は自分の赤ちゃんを、一生懸命愛して、そして抱いてあげました。
その時自分のことを誇らしく思ったそうです。

彼女は実の親に愛してもらったことも、抱いてもらったこともなかったにも
かかわらず、自分の子供に愛を与えようとしました。抱いてあげました。

してもらったことがないにも関わらず、自分発で与えようと思えたとしたら、
それは愛以外なにものでもないでしょう。

「愛してくれない」「大事にしてくれない」と相手に不満があるにも関わらず
相手のことを愛してあげることができれば、
相手のことを大事にしてあげれることができれば、それは愛なんでしょうね。

それにチャレンジできた時に自分のことを誇らしく思えると思いませんか?
そう思えた時に与えることで満たされる喜びがそこにはあるんでしょうね。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

原 裕輝

若年層から熟年層まで、幅広い層に支持されている、人気カウンセラー。
家族関係、恋愛、結婚、離婚、職場関係の問題などの対人関係の分野に高い支持を得る。
東京・名古屋・大阪・福岡の各地でカウンセリングや心理学ワークショップを開催。また、カウンセラー育成のトレーナーもしている。