罪悪感が作り出す罠(4)~罪悪感が問題を作り出す目的~

もし仮に、罪悪感が罠を仕掛けて問題を作り出しているのだとしたら、そこにはどんな目的があるのでしょうか?

罪悪感が作り出す問題を見ることで見えてくるその目的と、罪悪感の下にさらに隠れているものに目を向けることが、抑圧した罪悪感と向き合い、解放することに役立ちます。

●罪悪感が問題を作り出す目的は?

罪悪感が罠を仕掛けるかのごとく作り出す問題は、私達を悩ませたり苦しめたりするものになります。

罪悪感に人格や意思があるわけではないので、正確に言うと罪悪感が罠を仕掛けて問題を作り出しているわけではないのですが、もし仮に、罪悪感が罠を仕掛けて問題を作り出しているのだとしたら、そこにはどんな目的があるのでしょうか?

それは、罪悪感が作り出す問題を見ることで見えてきます。

罪悪感が作り出す問題は、その問題が大きくなってこじれればこじれるほど、より大きな罪悪感を感じる状況を迎えるのです。

罪悪感が問題を作り出すことに目的があるとしたら、それは「自身の存在に気づいてもらうこと」そして「感じてもらうこと」ということができます。

よって、抑圧して感じないようにしているほどに、「ここにいるよー!」と言わんばかりに、より罪悪感を感じるような状況を通じて存在をアピールしてくるのです。

私達は感じたくない感情を抑圧することで心が傷つくことから身を守ろうとするのに対して、罪悪感は、あの手この手を使って、感じてもらおうとするのです。

感じたくない私達と、感じてもらいたい罪悪感とのせめぎ合いのようなものなんですね。

そうした罪悪感の魂胆を見抜くことができれば、対処の仕方は簡単です。

その感情の存在に気づいて、その感情を感じて、解放してあげるのです。

そうすることによって、その感情は、「自身の存在に気づいてもらうこと」や「感じてもらうこと」を必要としなくなり、そのための手段である問題というものも必要なくなります。

罪悪感は、気づいてあげることで喜んで、感じてあげることで成仏して天に召されるのです。

●罪悪感と向き合い、解放していくには…

しかしながら、そもそも感じたくない感情であるから抑圧して感じないようにしているわけで、方法としてはシンプルで簡単なのですが、実際にやるとなると、心理的抵抗から難しくなることが少なくありません。

そんな時には、罪悪感の下に隠れている感情に目を向けてみることが役に立ちます。

罪悪感を持つということは、悪いことをしてしまったと自分を責めている状態ですよね。

では、例えば誰かを傷つけてしまうことがあった時、そんな自分を責める気持ちがある人というのは、本当に悪い人なのでしょうか?

本当に悪い人ならば、自分が誰かを傷つけてしまっても罪悪感を持つことはありませんし、誰かが傷ついていたとしても、自分には関係ないので何とも思いません。
もしそんな人がいたとしたら、本当に悪い奴ですよね。

でも、そこで罪悪感を持つということは、その人のことを傷つけたかったわけではなく、それにもかかわらずその人を傷つけてしまったから罪悪感を感じ、自分を責めるのです。

罪悪感を持って自分を責めてしまう人というのは、やさしさや思いやりといった気持ちを持った、いい人なのです。
いい人でやさしさや思いやりをたくさん持っている人だからこそ、罪の意識を感じるのです。

罪悪感を抑圧して感じないようにしてしまうことで、こうしたやさしさや思いやり、そして「自分はいい人だ」という部分も感じられなくなってしまいます。

そうした気持ちに触れることができた時、その分だけ胸が痛むかもしれませんが、感じられるのは痛みだけではありません。

罪悪感に感じてもらうこと以外の存在理由があるとしたら、そうしたあなたの本質やその尊さに気づかせてくれるために、悪役を買って出てくれているのかもしれません。

これはあくまで解釈の1つに過ぎませんが、そんな目で罪悪感を見てみると、これまでとはまた違った印象を受けるのではないでしょうか?

そうして罪悪感に対する見方が変わり、罪悪感の下に隠れているあなたの本質に目を向けてそれを感じることができた時、その時の気持ちが、罪悪感と向き合い、受け止め、感じて解放する勇気となるでしょう。

そして、「ごめんなさい」と「ありがとう」を素直に表現できた時、罪悪感を感じた相手との新しい絆を感じることができるでしょう。

(完)

この記事を書いたカウンセラー

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