ひょっとしてモラハラ?~自分を大事にする勇気をもとう~

「モラハラ」はモラル・ハラスメントの略語で、暴力を伴わない、言葉や態度による精神的な虐待を言います。目に見える被害がないため、当事者もその関係性に気づきにくく、不幸な関係から抜け出しにくいのが問題です。

「ひょっとしてモラハラ?」と思ったら、「嫌がらせ」を受けているのは「全て自分が悪いから」と思わないことが大事です。罪悪感に縛られないためにも孤立せずに、周りの人と接点をもち、「自分を守る術」を探しましょう。「モラハラ」の加害者・被害者とも他者からの承認や称賛を得るために「自分」を犠牲にしている側面があるので、「自分を大事にする」という点でリーダーシップをとる勇気が求められます。知人・友人が「モラハラ」の被害にあった場合は、当人の主体性を尊重し、どんな決断をしてもOKと、無条件で味方になるつもりで、そばで見守りたいものです。

◎リクエストを頂きました◎
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結婚して1年ほどたってから友人からご主人のことで相談を受けるようになりました。
普段は優しいご主人が突然大声をあげたり、物にあたって大きな音を出したり、何日も無視し続けたりすることがあるそうです。最近では、友人は、これは「モラハラ」かもしれないから、と離婚を考え始めたようです。でも、友人はまだ家族で幸せになる望みを捨てたわけではありません。「モラハラ」をどう考え、友人をどう支えたらいいでしょうか。
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「モラハラ」って何だろう?

英語のモラル・ハラスメントの略語で、暴力を伴わない、言葉や態度(長期間の無視や冷たい態度)による精神的な虐待を言います。フランスの精神科医、マリー・フランス・イルゴイエンヌが提唱した造語で、イルゴイエンヌは、さらに、自己愛性人格障害の傾向のある人が加害者になりやすいことも指摘しています。目に見える暴力がないため、加害者、被害者ともが問題に気づきにくいという問題があります。

●いったい何が起きているのだろう?

加害者は、相手を罵倒したり、相手が傷つくような事を言ったり、何日も無視するなど不安がらせるような事をして、自分の思い通りに相手をコントロールしようとします。ひとつひとつの「嫌がらせ」は、誰しも機嫌の悪いときにはやってしまいそうなことなので、それが「虐待」かもしれないとは、当事者も気づきにくいようです。でも、そうした「嫌がらせ」が断続的に長期にわたり、そのことで、「自分が悪いから」と罪悪感をもち、相手の気分をいつも心配し、押し込められたような、窮屈な生き辛さを感じるようであれば、「これはひょっとしてモラハラ?」と二人の関係性を見直すといいかもしれません。

一般的に、人が「キレ」て、他人を攻撃する(言葉であれ、態度であれ)ときというのは、本人としては、自分が感じたくない感情を感じないために必死で自分を守っていることが多いようです。

例えば、「自分は人より素晴らしい特別な人間だから愛されている」という思い込みがあったとすると、自分が「特別」扱いされないと「愛されていない」ことになります。でも、「愛されていない」と感じるのがあまりにも辛いと、どうしても自分を「特別」に扱わなかった相手が悪いことにしなければなりません。そこで、相手を「失礼」で、「無知」で「無能」だ、ととことん批難します。言われた方は、「攻撃された」と感じますが、批難した当人は、「愛されていない」という感情から必死で自分を守っているだけなので、自分が「攻撃した」という意識がないことも多々あります。「攻撃した」側に自覚が薄いため、「嫌がらせ」が繰り返され、相手を追い詰めてしまいます。

一方、こうした「モラハラ」の攻撃の対象になってしまう人には、つい、何事においても自分より相手を優先し、「この人には私がついていてあげなくては」と思いこみやすい人が多いようです。相手に、「ここまで尽くしている」ということで愛情や承認をもらおうとしますが、「(相手だけではなく)自分も大事にする」ということが後回しになりがちなので、つい、相手に振り回されてしまい、しかも、相手の欲求に応えきれないことに罪悪感をおぼえたりします。

思考パターンは違いますが、この関係性の中では、「モラハラ」をする側もされる側も、相手からの承認と評価に自分の存在意義を預けていることになります。

●罪悪感はいらない

「ひょっとしてこれはモラハラかも?」と二人の関係について思ったら、まず、「私だけが悪いのではない」と自分に言ってください。「自分が全て悪いのかも」と思いこむとそれこそ身動きがとれなくなり、ますます共依存の罠にはまってしまいます。特に「モラハラ」の被害者は、「自分を大事にする」ことが「いけないこと」であるかのように感じてしまいがちなので、「自分を大事にしていい」とOKを出してくれる知人・友人との接点が必要です。二人の関係の外にいる人達とつながることで、客観的な視点を保ちたいものです。カウンセリングを利用して頂くのもいいと思います。

「モラハラ」の加害者の「キレ方」にはパターンがあるものです。そのパターンを見破り、受け流すことができれば、心の痛手を多少は減らすことができるかもしれません。しかし、それができるのも、心にゆとりがあればこそ。まずは、自分を守る術を探しましょう。

●シンプルに「大切なもの」を大事にすること

人は誰しも他人から認められたいと思うものですが、自分で自分にOKを出せないと、自分が主体的に大切にしたいもの、とりわけ「自分」や「自分が愛する人」、を大事にできないというジレンマを抱えます。

二人に欠けているものが、「シンプルに大切なものを大事にする。特に『自分』を大事にする」ということであるならば、関係性を変えていくためには、「自分を大事にする」という点でリーダーシップをとる勇気が求められます。それが相手との距離をとることである場合もあります。

●まわりの人にできること

特に「モラハラ」の被害者の主体性やリーダーシップをこそ尊重したいものです。被害者が必要としているのは、「どんな自分でもOK」と無条件に味方になってもらえる関係です。もし、身近にこのような問題を抱えていらっしゃる方がいましたら、その人がどのような決断をしても味方だ、というスタンスで、そばで見守り続けてあげてください。信頼というのは大きな支えになるものだと思います。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。