母に想う

こんにちは、大野愛子です。
今日は、わたしの母のお話です。
昭和23年生まれの母なのですが、使っていた携帯電話を機種変更した
ことをきっかけに、メールを覚えると言い出しました。
わたし以上に機械オンチの母ですから、メールを覚えるまでにはしばらく
時間がかかるだろうと思っていました。
新しくアドレスを作ったのであろう次の日には、
「メールをありがとう」という短いメッセージが届きました。
母にとっては、この九文字も一生懸命打ったのだろうと感じたのです。
そして・・・
次の日、デコレーションメールでなにやら花火の画像が送られてきました。
その次の日、自分で撮ったであろう桜の木の写真を添付してきました。
そのまた次の日、近所の山の風景と長い文章。
完全にマスターしたようです、たった4日間ほどのうちに。
その後も日々の様子を送ってくるようになりました。
わたしは、母と一緒に暮したのは14歳までです。
両親が離婚したために、わたしは父とその後再婚した継母との生活になり
母とは疎遠な時期もありましたから、少し距離のある母娘関係だったよう
に思います。
母の送ってくる写真は、故郷のお城や公園の風景だったりするのですが、
「昔、愛ちゃんとお弁当を持って出かけた公園です、覚えていますか?」
そんな言葉が添えられるようになりました。
母なりに昔の記憶を辿って懐かしくなったのかと思っていたのですが、
そんなメールが多く送られてくるにつれ、「お母さんは子供との思い出と共に
いつも生活してきたのかもしれない」と、ふと思ったのです。
一緒に過ごせなくなった後、そんなふうに子供を思い出し暮らしていたので
あろう母の姿が見えた気がしました。
わたしのいる東京に遊びに来ることもあるのですが、そんな時はなぜか写真を
撮りたがることが多く、写真嫌いのわたしは少々面倒に思うこともあったので
す。でもそれは、母なりの子供の成長の記録だったのかもしれません。
四十を迎えたわたしは、一人前の大人になったつもりだったのですが、
母からすればやはり子供であることは変わりがなくて。
もしかしたら、どこかわたしのほうから子供であることを遠ざけてきたのかも
しれません。
わたしの夫から見ると、よく似た母娘だと言うのですけれど。
知らなかった母の一面をメールを通して感じることが、たくさんあるのです。
母が日々どんな生活をしているのかを聞くことが出来ても。
どんな気持ちで生活してきたのかということを知るのは、なぜだか切ないような
悲しいような、いろいろな気持ちが入り混じっていました。
母のメールは、今日も続きます。
宇宙論だったり人類の発祥の話だったりの時もあります。
「あなたの今月のラッキーグッズは靴だから、新しい靴を買いなさい」
という占い師のようなものまで、母からのメールはちょっとユニークです。
性格的にあっさりしている弟にも、なにやらメールを送っている様子。
苦笑いしながら返信に困っている様子の弟が、目に浮かびます。
メールが繋げてくれた親子の時間なのかもしれないと思うのです。
そして今宵は、
母の人生がいつか報われるよう、娘から想ってみようかと思います。
世の中の多くのお母さん達が報われますように。
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この記事を書いたカウンセラー

About Author

大野 愛子

失恋からの立ち直り、都合のいい女からの卒業、本気の婚活、浮気や離婚問題を乗り越える、夫婦関係の修復、離婚から再出発など、恋愛&男女関係の相談が多く、恋愛・結婚生活に悩む人の駆け込み相談所的な存在である。 30歳からのうまくいかない恋愛と40歳からのこじれた男女関係の解決を提供している。