いい関係なのに、しんどい理由
近づくほど期待や役割が増える感覚や、相手に合わせ続ける緊張が重なると、自分の領域が守られにくくなり、距離を取りたくなる反応が出やすくなります。
その仕組みを整理し、境界線の視点から説明します。
今回、担当させていただく大門昌代です。
どうぞ、よろしくお願いします。
人と仲良くなりたい気持ちはあるのに、距離が近づくほど息苦しくなる。
恋人ができても、関係が深まりそうなところで急に疲れて、会う頻度を減らしたり、連絡が面倒になったり、理由の説明が難しいまま距離を取りたくなったりする。
相手が嫌いになったわけではないのに、親密になるほど「このままだとしんどくなる」という感覚が出てくる。
こうした状態は、本人にとってとても消耗しますし、周囲からも誤解されやすいものです。
距離が近づくほど息苦しくなってしまう理由は、様々ありますが、今日はその中の一つである「自由が減る恐れ」についてのお話です。
ここでいう自由は、わがままや身勝手という意味ではなく、自分のペース、自分の時間、自分の判断、自分の感情の扱い方といった“自分の領域”のことです。
つまり、親密になるほど「自分のペースでいられなくなる感じ」と言い換えることもできます。
親密さが増えると、この領域が狭くなるように感じる人がいます。
すると心は、関係がさらに親密になる前に、自分の領域を守ろうとします。
なぜ親密さが「自由の減少」と結びつくのか。
ひとつは、親密さが“期待と役割”とセットになっている場合です。
恋人になったら、いつでも優先すべき。
親しい友人なら、頼られたら応えるべき。
こうした「〜すべき」が増えると、関係は親密さと同時に義務感を含むようになります。
義務感が強いほど、相手が大切であればあるほど、手を抜けない感覚が増えるため、親密さが“休める場所”ではなく“稼働する場所”になってしまいます。
近づくほど自由が減る、という感覚は、この「役割の増加」を敏感に察知している反応として起きることがあるのです。
もうひとつは、親密になるほど「相手に合わせる作業」が増える場合です。
相手の予定に合わせる、相手の希望を優先する、波風を立てないように調整する。
こうしたことが得意な人は、親密になればなるほど、自分の言動を調整するようになっていきます。
その結果、自分の希望よりも「相手の反応」を基準に動く時間が増えていきます。
すると、「自分が自分でいる感じ」がなくなり、息苦しさとして現れます。
自由が減る恐れは、相手から奪われるというより、関係の中で自分がなくなっていく感覚に対する防衛として出ることがあるのです。
さらに、過去の経験がこの恐れを強めることもあります。
たとえば、近い関係ほど干渉が強かった、意見を言うと否定された、期待に応えないと不機嫌になられた、助けてもらうと後で何かを要求された。
こうした経験があると、心は親密さを「安全」ではなく「拘束」や「管理」と結びつけてしまいがちです。
すると、今の相手が穏やかであっても、関係が深まることそのものが“自由が減る予兆”として反応してしまうのです。
実際に拘束されていなくても、心のほうが先に「ここから先は拘束される」と判断してしまうのです。
この恐れが強いと、忙しさを理由に会う回数を減らす、返信を遅らせる、少し冷たく振る舞う、相手の欠点が急に気になり始める、関係が深まりそうなタイミングで喧嘩が増える、というようなことが起こりやすくなります。
表面だけ見ると「気持ちが冷めた」「わざと離れている」ように見えますが、内側では「これ以上近づくと自分の自由が保てない」という感覚が出てきているのです。
離れたいのは相手からではなく、息苦しさからである、ということなのです。
そしてこの場合のややこしいところは、本当に欲しいものが“自由だけ”ではないことです。
多くの場合、親密さも欲しい。安心感も欲しい。
けれど親密さが増すほど、役割や期待や調整作業が増える予感がして、自由を守ろうとする反応が出る。
すると「近づきたい自分」と「離れたい自分」が同時に存在する状態になり、関係をどうしたらいいのかわからなくなってきます。
近づいては苦しくなり、離れると少し楽になり、楽になるとまた寂しさが出てくる。
この往復が続くと、本人は「自分は矛盾している」と感じやすくなりますが、実際には、親密さの中で自由を失わないための仕組みがうまく働いていないだけ、という見方もできるのです。
自由が減る恐れを整理していく上で大事なのは、「親密さが苦しい」の中身が何でできているかを具体化することです。
時間が取られることが苦しいのか、気分を読まされることが苦しいのか、期待に応えることが苦しいのか、断れないことが苦しいのか。
苦しさの材料が見えてくると、親密さそのものが敵なのではなく、親密さの中で“自分の領域が守られなくなるポイント”が問題になっていることが分かりやすくなります。
近いままでも自分の領域を保つことはできるのですが、「親密さ=自由がなくなる」という結びつきに気付けないでいると、近づくと自由がなくなると自動的に感じてしまうのです。
親密さがしんどいとき、私たちは「関係そのものが苦手なのかもしれない」と結論づけてしまいがちです。
けれど実際には、親密さの中でどこが狭くなっているのか、どこで息がしづらくなっているのかが分からないまま、反応だけが先に出ている場合が多いのです。
何が自由を狭めているのかが見えてくると、親密さを避ける以外の見え方が出てくることがあります。
参考になりましたら幸いです。
(完)