生まれ変わりの旅 〜出羽三山での山伏修行体験から〜

「生まれ変わりたい」と思ったことはありますか?
「自分なんか消えてしまいたい」と思うとき、それは「今感じている苦しみのない自分に生まれ変わりたい」という願望があるという考え方があります。
輪廻転生のように命が巡るという生まれ変わりもありますが、今の生命のまま、生まれ変わることも可能なようです。

●出羽三山の山伏

山形県に位置する出羽三山は、現在をあらわす羽黒山、過去をあらわす月山、未来をあらわす湯殿山、三つの山を巡ることで、生まれ変わりの旅をする1400年の歴史ある信仰の場です。

また、山伏とは修験者のことで、山で自然に身を委ねて己を鍛え、修行をおさめる半聖半俗の存在です。
そして、人々に祈りや知識や感覚を還元する人たちでもあります。
出羽三山の山伏は羽黒修験と呼ばれています。

●山伏の体験修行

現在、狭き門ではありますが、日本各地で一般の人の山伏の体験修行を行うことができます。
2025年秋、幸い私も出羽三山での2泊3日の体験修行に参加することが叶いました。

修行の始まりは、スマホと財布と時計を預ける、いわゆるデジタルデトックスからです。
「今何時かわからない」「ちょっとしたことが調べられない」「気になるものの写真を撮れない」など、いかにスマホに依存した生活を送っているのかがよくわかりました。

次に、白装束への着替えです。
先輩の修行者さんたちが丁寧に教えてくださいました。
袴(はかま)や脚絆(きゃはん)など、前も後ろもわからないところからの装着です。
何本もある紐に、てんやわんや。
今の洋服の便利さを思い知りました。
ちなみに、この白装束は死装束で、死出の旅への正装なのです。

最初の教えは、返事はすべて「うけたもう」でするということ。
そして、修行中に唱える言葉を習います。
場に従い、折りに触れて、習慣的に唱える必要な言葉があるというのは、現代のアファメーション(自分に意識的にポジティブな声がけを行う)の手法に近いものを感じました。
修行には「習うより慣れる」も大事なのだと思います。

●自分に還る羽黒山

東北唯一の国宝五重塔がある羽黒山は、樹齢数百年の杉木立の間の石段を登った先にご社殿があります。
黙して歩を進めていくと、いろんな思いが浮かんでは消え、浮かんでは消えていきます。

何も考えていない時に起こるデフォルト・モード・ネットワークという脳の状態があります。
これは脳の自動思考タイムで、自然と「自分について」と内向きの思考になりやすかったりします。
単純作業をしている時などにも、似たような状態になります。

誰と話すこともなく、立ち止まって写真を撮ることもなく、ただひたすら2446段の長い石段を登って下る時間。
それは、自分について思いを巡らす機会となりました。
自動思考はネガティブに傾くことも多いですが、身体を動かしているせいか、極端にネガティブにはならないでいられました。

歩くことはセラピーのひとつというのが、わかりやすく実感できました。

●あの世と先祖に近づく月山

標高1984mの月山へは、八号目から登頂を試みました。
小雨がぱらつき、霧で遮られる白い視界。
湿原の中に続く一本の遊歩道、笹原を切り拓いた登山道、荒々しい岩場の道。
日常の風景から、木や草が失われ、殺伐としていく道のり。
それらはどこか「あの世」へ通じると思わせる景色でもありました。
道を作った先人への思いは、先祖への思いとつながり、月山が過去を象徴する山なのが腑に落ちていきました。

下山の際、霧が晴れて陽が差し、紅葉の美しい世界がかいまみえる瞬間がありました。
まるで極楽浄土のような天国のような、苦しみを越えた先にある安らぎの世界を感じました。
月山では、死に行く世界と死後の世界を擬似体験したようでした。

この登拝で、風の冷たさ、昼食の汁のあたたかさなど、体感覚に敏感になっていきました。
自然を相手に抵抗できない己の限界、己の無力さに直面しました。
このちっぽけな自分を自覚したからこそ、「生かされている」「与えていただいている」と感謝が湧きあがってきたように思います。

●湯殿山と生まれ出づる未来

続いての修行は、滝行で禊をしてから、湯殿山へ。
湯殿山は「語るなかれ、聞くなかれ」という戒律があります。
それはまるで「行ってみないとわからない未来」と同じように私には思えました。
自分自身で体験して感じ、自分で意味付けることが大切というのは、修行も心の学びも同じなのかもしれません。

湯殿山の参拝のあと、最後の修行は火渡りです。
恐れを超える、そして、生みの苦しみを通り抜けて、新しい自分として生まれなおす儀式です。
変容と再生を覚悟してうけいれ、一連の修行が終わります。

●非日常と日常の融合

出羽三山の生まれ変わりの旅は、人の心が再生されていくプロセスとよく似ていると私は思います。
現在の自分と向き合うところから始まり、過去を手放していったん無になり、純粋な感謝を取り戻していく心の旅です。
そして、その旅のゴールで、新しい意識へ生まれ変わった自分と出会えるのです。
歴史を継承してきた非日常の生まれ変わりの旅と、日常の中にある生まれ変わりの旅が、私の中で融合するのを感じました。

修行した私は「心が生まれ変わる旅を案内する人であろう」と思ったのでした。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

自己嫌悪セラピスト。心理学ワークショップ講師(東京・仙台) 「自分が嫌い」「自分はダメ」「私は愛されない」などの自己否定、ネガティブな感情・思考をリニューアルし、自信や才能・希望へと変換していく職人。生きづらい人の心が楽になる気づきや癒しを提供。テレビ・Web記事の取材にも多数協力。