人間恐怖症

相談者名
透明人間
私は人が怖くて仕方ありません。
昔から自分が周りと違う気がして、それを悟られないように必死で周囲を観察し真似てきました。気づかれたら皆離れていくと思って。
人の顔色を窺うのがもう無意識です。私はたまに歩き方もわからなくなってしまいます。前を歩く人の真似をしないと…。
自意識過剰だし甘えているだけだってわかっています。でも正直限界で…自分が頑張ってるなんてとても思えないですけど、もう疲れてしまいました。
毎日、周囲の人が普通に生きていることにとても違和感を覚えます。
なんであんな風に自分の意見が言えるのか?
どうして誰かの悪口を言えるのか?
自分が100%正しいなんてありえないのにって思います。でもそういう人たちがとても羨ましい。きっとこの人たちが普通で、私がおかしいだけなんだから考えるのはやめようって言い聞かせます。
誰も信じられません。
それに、私が言うことはほとんどの場合一度では理解してもらえません。私の言い方がよくないんだと思います。細かく説明しないと伝わりません。
だから頭の中で考えて考えて、言葉にしてから口に出すようになりました。自分の中に思ったことを言う人格と、それを冷静に否定する人格が生まれて…でもそうやって心の中でずっと問答法を繰り返すうちに、答えに詰まってしまって何が正しいかわからなくなり、もう何も言えなくなってしまいました。
今は声を出すことにとても緊張します。いっそ声がなくなればいいのにって思います。誰にも私が見えなくなればもっといいですけど。
いつも受け身で情けない自分が恥ずかしいです。
独りは寒いから嫌いです。でも誰にも会いたくないって矛盾で苦しいです。私といても楽しくないし申し訳ないって劣等感でどうしても一歩下がってしまいます。
いつか捨てられる恐怖から壁を作ってしまって、誰とも深い関係になれません。人の視線も怖いし誰の視界にも入りたくないです。私のことは忘れてほしいです。
そのくせ誰かに見つけてほしいっていつまでも甘えて待ち続けて…わがままでどうしようもないですね。大嫌いです。

長々と拙い文章で申し訳ありません。

カウンセラー
三好成子
こんにちは、今回担当させて頂きます三好成子と申します。

『透明人間』さんのご相談を読ませた頂いたとき、思ったのは
「あれ?昔の私のメールが、時を超えて届いたの?」
という感覚で驚きました。
本当に同じ様な悩みを抱えていました。

実はこのご相談を受ける直前にも、
同じ様な内容のブログをUPしていましたので、
今回のご相談には大きな意味を感じている私です。
(参考:5月17日付個人ブログ)

特に『歩き方もわからなくなる』
という部分にものすごく共感します。

本当にどう生きていいか分からなくなってしまうくらいに
自分を否定していまっている状態だと思うのです。

作法 、マナーを完璧に覚えて、絶対に間違えてはいけないと
思い込まされて出席した晩餐会のように

自分のマナー知識が間違っている事を前提に
出席していたとしたら、自分らしさなんて出せません。
自分のペースで食べ物を口に運ぶ事なんて出来ませんね。

そもそも何が正しいのかを知らないとか
知っていても
「それって本当に正解なの?」という、
常識とされてまかり通っているものに対する
疑問や嫌悪感を持っていたとしたら
頭と心がちぐはぐになってしまいそうですね。
それが、『歩き方もわからなくなる』という状態なのかな?と思います。

唐突ですが、透明人間さんは幼い頃
自分自身の身を投げ出してまでも守りたかった誰か
その人の笑顔を見たいと頑張り続けた日々がありませんでしたか?。

言い換えれば
ものすごく人を愛した経験があるのだと思うのです。
あなたはあなたで良かったのだけど
『もっと笑顔にしてあげたい』と思った誰かのために
透明人間さんは、文字通り透明人間になって自分を隠す事で
愛する人を支えてきたのではないでしょうか?

目の前の人が笑ったり、
気持ちが楽そうにしてくれている事が正解だと思ってきたのに
社会に出ると、
場面によっては悪口だったり、
人を不快にさせるような言動も見聞きしますよね?

人は完璧ではないから、
自分を守りたいから《正しくない》こともたくさん起きますね。。
その度に透明人間さんは、
何が良くて何が悪いのかが分からなくなって来てしまったのでしょうか・・・

本来は、感覚派の透明人間さんだと思います。
直感で好き、この感覚が良い!
がわかる方ではありませんか?

それは説明のつかない感覚で、
それを理解してもらおうというのは大変な事だと思います。
話せば話すほど自分の感覚だとは思えなくなって
最初に感じたワクワク感が無くなる・・・というかんじでしょうか?
話していても楽しくないのでしょうね?
楽しみを共有出来ないのはつまらないですものね?

そういうことを繰り返しているうちに
世の中にうんざりしてきたのかも知れません。

もっと、笑おうよ!
もっと理屈じゃなくて心から楽しもうよ♪
自由に生きたいよ!
と叫びを上げているように感じます。

人が怖いとおっしゃっていましたが、
もしかしたら、怖いのは
そういう楽しい事が大好きで
新しい感覚や、人が感じられないような感性の鋭さを発揮して
キラキラ輝いてしまうのが怖いのかも知れませんね。
出る杭は打たれる状態を想像すると怖いのかも知れませんね。
大丈夫、突き抜けた杭は打ちようがありませんからね。

あと一つ違う方向から考えられるのは

透明人間さんが、無垢な愛を送り続けていた時に、
過去のある時期に、
すごく否定をされた経験があるとか
自分が良かれと思ってやった事で、
誰か大切な人が悲しい顔をしたのを見たとか

自分が自分らしさを出した時に
自分らしくいてはいけないんじゃないかと誤解した事から、
自分らしさを隠そうとしたり、
それこそ【透明人間】になって存在を消して生きよう、
迷惑をかけない様にしようと思い始めた・・・
という事も考えられます。

この時期の、こういう感覚は
無垢な思いであるほど傷として残る様なのです。
でも、多くの場合は、誤解なのです。

自分は役に立たなかった、自分は悪い存在だと思ってしまったとしたら
それは、透明人間さんはすごく良い証なのです。
なぜなら、
本当に悪い人は、自分が悪いとは思いませんからね。

でも、自分は悪いと思い込んでしまったとしたら
こんな悪い私を後ろ手に隠し持ちながら
人に見えない様に、
バレないように向き合っているような状態なのです。

これは怖いですし、
近づかれると緊張して挙動不審にも なりそうですよね。

なので人との距離をとってしまうという事もあります。

愛を知っているから、
愛させてもらえないことが、
愛を受け取ってもらえないことが寂しいのだという見方もあります。

また、心理学で言う癒着という考え方からのアプローチもあります。

この、沢山の考え方があるっても良いんだよ、という感覚を掴んでいただくと
少し楽になれるかもしれませんね。

いろんな方向からの物事の見方を探っていきましょうね。
よろしければ、初回無料のお電話もあります。
ご相談くださいませ。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

「近ずぎてウザい・遠すぎてさみしい」 自身の経験から、人との心の距離感や対人関係の悩みには親子の距離感が大きく関係している事に着目。【母子癒着】といわれるくっつきすぎた心を見ていくことで、人との距離感を整えていくカウンセリングを得意とする。 誰にも言えない気持ちに寄り添ってくれると好評。