柔軟思考が成功を導く~観念やルールを手放す~

私たちは、何万というルールや観念を身につけています。
ルールは、こうしなければならないという規則であり、観念は、対象となる物事について抱く考えや意識です。
このルールや観念は、生まれてからから今までの間に、誰かに教わって身についたものもあれば、周りがそうしているのを見て学んだ事もあります。また、何かで辛い経験をして身につけたものもあります。
例えば、外を歩くときには靴を履く、朝起きたら歯を磨く、電車の中では携帯電話をかけてはいけないなど、自分自身が守るべきと決めているものがルールです。一般的に「私は~しなければならない」「私は~してはいけない」という形になります。一方、男はこうあるべき、先生はこうあるべき、上司はこうあるべき、子供のオモチャはこうあるべきなどの「~べき」というものは観念になります。私に当てはめるとルールと観念が一体になる場合もあります。

ところで、自分の心(他人の気持ちもそうですが)と向き合うときに、とても大事なやり方があります。
それは「いい」とか「悪い」とかの判断をしないで、ありのままに受け入れることです。
心が何かをどう感じるかというのは、それがいいとか、悪いとかではありませんね。
ただそう感じるものは、そう感じるのです。
ここに、「いい」「悪い」の判断を加えてしまうと、真実の心が歪んでしまい、せっかく心と向き合っているのにその意味がとても薄れてしまうのです。
私達は子供の頃、たくさん我慢しなければならない状況がありました。だから心の感じ方はコントロールしなければならないと思ってきたのです。それで感じ方に対して「いい」「悪い」と判断を下す癖がついているのですね。

さて、私達が身につけている観念やルールですが、一概に悪者だとは言えません。
これまで、生きてきた中で、それがあるために助けられた事もたくさんあったはずなのです。そして、それは今でも私達を守ってくれている部分もあるのです。
しかし、一方、年月を積み重ねるとそれがまた邪魔をする側面も出てきます。
それは、知らず知らずのうちに観念やルールが錦の御旗になってしまって、考え方や価値観を固定化してしまうのです。
そうすると、新しいものや考え方の異なるものを自分の物差しで測って、「いい」「悪い」の判断を下してしまいます。あるいは、思い込みによって状況や人の言うことを理解できないという状態を生んでしまいます。

これは私が経験した例なのですが、アメリカの会社と取引契約を結ぶことになりました。私は先ずは契約書をどの言語で作るか交渉してはどうかと提案したのですが、そのような交渉はしないで当然英語で結ぶべきだと判断した上司がいました。
「う~ん、そうだな」と思われた方は要注意です。相手がどこの国の人間であろうと、こちらに有利に契約を結ぶという観点では、日本語で契約をするか、英文と日本文の両方を作って優先する言語を日本語と決める方が、いざ争う時には何かと有利になる事もあるのです。もちろん、こちらが思うとおりになるかどうかは別にして、交渉の俎上に載せるかどうかの話です。
その上司は、アメリカの会社と契約するのだから世界共通語である英語でという思いからなのか、はたまた相手にとって親切にという観点からの結論なのでしょうが、有利な契約という観点からはまた異なった結論が導かれるのです。

物事の成否は、もちろんそれに取り組む情熱や知識にも大きく影響されますが、如何に多角的にしかも深く対象とする事柄を捉えられるかという事も大切になります。
その為には、それを制限する考え方や物の見方の固定化を作り出している観念やルールを手放す必要があります。

さて、あなたにはどのようなルールや観念があるでしょうか?
紙に書き出してみると意外な自分の発見があるかもしれませんね。

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この記事を書いたカウンセラー

About Author

大谷 常緑

恋愛や夫婦間の問題、家族関係、対人関係、自己変革、ビジネスや転職、お金に関する問題などあらゆるジャンルを得意とする。 どんなご相談にも全力投球で臨み、理論的側面と感覚的側面を駆使し、また豊富な社会経験をベースとして分かりやすく優しい語り口で問題解決へと導く。日本心理学会認定心理士。