人にレッテルを貼りたがる人とのつきあい方~味方になってもらいましょう~

私たちは、普段、あまり深く考えることもなく、「あなたは○○な人ね」というようなことを言ったりします。

言っている側に悪気はなくても、人によっては自分という人間を簡単に決めつけられたような不快感を覚える方もいるでしょう。

「レッテルを貼る」ことで人を理解しやすくなるというメリットがある半面、貼られる側は、その「レッテル」に収まらない自分が切り捨てられたように感じたり、「社会にはこう見られている」というメッセージに縛られるように感じてそれがプレッシャーになることもあります。

人間にとって「社会の目」はとてもおおきな影響力をもつものなので、自分のなりたい「自分」を印象付けることで「社会の目」に自分の成長を後押ししてもらえるといいですね。

◎リクエストを頂きました◎
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他人に「君は○○だよね」などと自分の性格を決めつけられてそれを前提に話をされると、レッテルを貼られたように感じてストレスです。こういう場合はどう接したらいいでしょう?
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リクエストをありがとうございます。みずがきひろみです。

私たちは、普段、あまり深く考えることもなく、「あなたは○○な人ね」というようなことを言ったりします。言っている側に悪気はなくても、人によっては自分という人間を簡単に決めつけられたような不快感を覚える方もいるでしょう。「レッテルを貼る」という言葉自体にあまりいいニュアンスがないのも、「それをされると不愉快である」という感覚があるからでしょう。では、そもそもなぜ私たちはレッテルを貼ろうとするのか、そしてなぜそれを不愉快に感じるのか、考えてみたいと思います。

◎レッテルを貼るときは「理解したい」とき

「レッテル」とはブランドのように、「これはこういうもの」と定義するもので、人に「レッテルを貼る」とき、私たちは、「この人は○○な人」という具合に、その人のもついろいろな要素を一つの束にまとめて抽象的に理解しようとしています。たとえば、Aさんが、駅の階段でおばあさんの荷物をもってあげたり、ホームで転んだ子供に手をさしのべたりしているのを見ると、私たちはその一つ一つの行動を「優しさ」という一般的な概念に束ねて、「Aさんは優しい人だ」とAさんを理解します。これは、私たちが物事を理解しようとするとき意識せずに繰り返している思考パタ―ンです。

カウンセリングの現場では、よくクライエントさんが感じていらっしゃる感情に「不安感」とか「悲しみ」「空しさ」といった名前をつけて言葉にしていただきます。それは、ただつかみどころのないモヤモヤした重い気持ちを感じているままにするより、きちんと言葉にすることで、自分の気持ちをより深く理解できると感情が落ち着くことが多いからです。

どうも私たちは、「理解できない」という状態が不安で怖いものだから、「理解して」安心したい、という気持ちが強く働くようです。「あなたは○○な人なのね」と、とりあえず一つのカテゴリーの中に入れて、一定の理解ができたと感じると安心してコミュニケーションを進められるように感じます。レッテルを貼りたがる人は、実は、あなたを理解したがっている、あなたともっとコミュニケーションをとりたがっている人、とも言えそうです。

◎レッテルを貼られるのがイヤな理由―1

でも、こうしてレッテルを貼られてカテゴリーに押し込められる方にしてみれば、必ずしも納得がいく話ばかりではありません。

「あなたは明るい人だよね」
「まぁね、、、(ホントは頑張って合わせているだけで、ウチに帰るとグッタリなんだけど)」

と、たとえいいイメージの「レッテル」であったとしても、自分がそうは思えない時や、

「そう、あまり悩まないの、、、(ンなワケないでしょ。私だって複雑な気持ちになるときもあるわ)」

と、「明るい」にあてはまらない自分が切って捨てられたような気持になる時もあります。

一人の人の心の中には、いろいろな気持ちやさまざまな人格が共存していますから、「こういう人」と束ねると必ずそこにあてはまらない「自分」が出てきます。相手が、あなたを理解したくて言った一言で、かえって「理解されていない」とあなたが感じることも少なくないはずです。

◎レッテルを貼られるのがイヤな理由―2

もう一つ、「レッテルを貼る」ことが意味する側面に、「社会があなたをこう見ています」というメッセージ性があります。人は、社会的な動物で、社会の期待に応えたいというニーズをもっているので、自然と、「では、私は○○のような人にならなければ」というプレッシャーを感じることになります。それが、自分が「なりたい自分」像と一致しないと、「なりたい自分像」と「社会が見ている自分像」が葛藤を抱え、窮屈に感じるかもしれません。「どうせ、私はそう見られているのだから」とレッテルのとおりにふるまうこともあります。

◎味方になってもらおう!

でも、逆転の発想で、こうした「他人の目」を、自分の味方につけることもできそうです。

「あなたは明るい人だよね」
「うん、そうなのだけど、これでも結構考え込んでしまうときがあるのよ」
と、自分の中の「明るい人」も「必ずしもそうではない人」も、両方ともの存在を認めたうえで、
「だって、あちらを立てればこちらが立たず、ということもあるでしょう?どちらも大事にしたいときって悩むわ」
と、簡単に割り切りたくない、「思慮深く繊細な自分」という新しい「レッテル」をあなたの方から相手に差し出すことで、「他人の目」にもあなたが望む「自分」像を後押ししてもらうことができたなら、もう少し楽に自分らしさを生きることができそうです。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

みずがき ひろみ

感情や感覚といった女性性をフルに使い、心のブロックを外すカウンセリングが得意。「目からウロコが何枚も落ちる」と見方が変わることに定評がある。 深層心理に眠る「願い」を掘り起こす「癒し」を通して、人生の豊かさを受け取りたい人の、恋愛、ビジネスでの自己実現をパワフルにサポートしている。