昨年の夏、母が亡くなりました。
認知症がずいぶんと進み、わからないことが増え、できないことが増え、あぶないこともするようになっていました。
ヘルパーさんや、デイサービスの力を借りて、妹と交代で実家に通ったりもしましたが、足の不自由な父との二人暮らしは限界に。
3月から、施設に入所していました。
会いに行くと、「あ!」っていう顔をして、立ち上がって、うれしそうにしていた母のことを、昨日のことのように思い出します。
そんな母が、突然、天国へ行ってしまいました。
■うまく感じられない感情を持て余していた
妹と私は、突然のことで、泣きたいような気もするけれど、泣くこともできずにいました。
母を病院から実家に連れて帰ると、父はもっと、不思議なことになっていました。
妹が父に、母のことを電話で知らせていたはずなのに、父は、妹の嫁ぎ先のお義母さんが亡くなったと勘違いをしていて、話のつじつまが合わなくて、父まで認知症を発症したのかと思ったほどでした。
私たち家族はみんな、母の死を、受け止められずにいました。
そんな中、ケアマネさんに連絡を入れました。
LINEを送るとすぐ、電話がかかってきました。
「娘さんの方が、きっと悲しいと思うんですけれど」
と仰ったかと思うと、電話の向こうで大号泣してくださってたんです。
その時初めて、うわっと涙が込み上げてきました。
たくさん関わっている方がいらっしゃるはずのケアマネさんなのに、こんなふうに、泣いてくださるなんて、本当にありがたくて、胸がいっぱいになりました。
この話を、父にすると、父も初めて、溢れる涙を拭っていました。
現実と感情の回線回路が、うまくつながっていなかったけれど、ケアマネさんのやさしい涙が、一瞬でしたけれど、私たち家族の心を解いて、血を通わせてくれたようでした。
でも、ほんとにそれは、一瞬のことのように、また、母のことは、うまく感じられない日々が続きました。
遺影を見ても、お化粧をしてもらった母の顔を見ても、なんだか、ぽかんとしてしまうのでした。
■悲しまないといけない、悲しいはず、という思い
母が亡くなったと知って、いろんな方がやさしい言葉をかけてくださいました。
ほんとにありがたかったです。
その中で、こんなことを言ってくださった方がいました。
「私の母も、突然だったから、何年も生きているような気がしていたよ」
一緒に住んでいたわけでもないし、毎日会っていたわけでもないから、いなくなったことが、実感できなかった私には、そんなふうに感じる方がいたことで、少し安心したような、ほっとしたような気がしました。
カウンセリングでも、大切な人を亡くされた方のお話を伺う機会は、これまでも何度もありました。
涙が出なかった、一度も泣いてない、そんな方もいらっしゃいました。
悲しみが深いこと、葬儀などの忙しさで、余裕がないこと、気が張っていて、感情を感じることがむずかしいことなどは、理解していたつもりでしたが、実際に、うまく感じられない状況になってみると、すごくへんな感じがしました。
日常に戻り、日々が過ぎていく中でも、悲しみが湧くような感覚にならないことに戸惑いました。
でも、ある時、ふと気づいたことがありました。
私の中に、母のことを「ちゃんと悲しまないといけない」「きっと悲しいはずだ」という思いがあるということでした。
でも実際、私はぽかんとしているわけですから、白状な気がしたり、感情から逃げているのかと思ったりして、意味もなく焦ったり、自分を責めたりしていたようでした。
■そうやって、母とつながろうとしていたのなら
「悲しまないといけない」といった思いに気づいてみると、感情をそんなふうに、勝手に動かすことなんてできないのになって、思いました。
自然にまかせておくしかない、ぽかんとしとくしかないと、あきらめにも似た気持ちになりました。
そして、こんなことにも気づきました。
悲しむことも、悲しまなくてはいけないと思うことも、それは、まちがいなく、母を思い出して、母を感じて、母とつながろうとする行為であったと。
あぁそうか、私は、母と一緒に居たかったのに、ぽかんとしちゃって、うまく母を感じられないから、あの手この手で、つながる術を探していたのかもしれないと。
だったら、ちゃんと母を思い出して、つながればいい。
悲しみを使おうと努力しなくても、泣けなくてもいいのかもしれないと思いました。
私のペースで、時間の力を借りて、のんびりいこうって、自分に言ってあげることができたのでした。
母の小さな写真が、キッチンに置いてあります。
毎朝、お水をお供えして、「おはよう」って言います。
時々、夫(池尾昌紀)は自分のお茶と一緒に、母にお茶を淹れてくれます。
湯気の向こうで、
「わぁ、うれしい!ありがとう」
絶対言ってると、いつも思います。
声も、笑顔も感じられます。
母とつながる、しあわせな時間です。
母とは、物質的な距離はできてしまいましたが、心のつながる感覚は、近くなりました。
母だったら、なんて言うかな?どんな顔するかな?と思った瞬間に、答えがくるような感覚があります。
いえ、私は見える人でも、聞こえる人でもありません。
でも、母が生きていた頃の記憶が、私に答えをくれるんです。
私の中では、母は生きているんですよね。
■ジョイニング(つながり)の中だから、感じられた感情
夫(池尾昌紀)と目と目でつながるジョイニング(つながり)レッスンとして、1日のワークショップをしたり、90分のジョイニングセミナーをしたりしています。
バディになった方と、目でつながって、感じるままに心を解放していきます。
ある時、私もその中で、バディの方とつながっていきました。
ひとりではない、ふたりでつながり、進んでいく中で、私はしっかりと手をつないでもらっているような感覚をずっと感じていました。
オンラインでしたから、手をつなぐことは、実際にはできないのですけれど、でも、あたたかな手に触れているような感覚がありました。
ものすごい安心感の中で、ふと母のことを感じてみようかと、感じてもいいような気がしたんです。
先ほども申し上げたように、母のことは、なんだかぽかんとした感覚になってしまって、うまく感じることができないのですが、手をつないでもらっていたら、うんと悲しくて、うんとひどい気持ちになってしまっても、きっと大丈夫だって、思えたのです。
悲しむ気満々だった私ですが、実際には、あたたかな寂しさと、愛と感謝を感じることになりました。
母からの愛、母への感謝の他に、バディの方の愛も、その愛とつながりへの感謝があふれました。
本当に素敵な時間でした。
母との距離、オンライン上でのバディとの距離、物質的には、はなれている者同士です。
でも、心がつながり、手をつなぎ、愛や感謝が行き交う、ひとりじゃない感覚というのは、おもしろいことです。
つながりは目に見えるものではなく、感じることしかできません。
目を凝らすより、ハートを開いて、自分の心がどんな感じがするのかなって思ってみるとうまくいくと思います。
思考はおやすみして、言語化もおやすみして、ふわふわ、ほかほか、もやもや、なんて音にしてみたり、色を感じてみるのもいいと思います。
どんなことを感じてもいいと思ってあげると、気持ちも楽です。
自分の感覚とつながることは、大切な誰かとつながる時に、欠かせないものです。
それが、目の前にいる人であっても、天国にいる人であっても。
そんなつながりを、日々探求している今日この頃です。
今年も、カウンセリングや、ジョイニング(つながり)を通して、たくさんの方とつながっていきたいと思っています。
お読みくださって、ありがとうございました。