私たちはこのコラムが掲載される頃、2025年11月に結婚32年目に入ります。
結婚30年を超えてから、とてもこのお互いの関係性に重みを感じるようになりました。
私が生きてきた57年のうち、夫と出会って過ごしてきたのは33年。
もう私の人生の6割近くを共に過ごしている事になります。
私の両親と過ごした年数よりもだいぶ長くなりました。
これからはどんどんその割合が増えていき、私の人生の殆どを夫と歩む人生になりそうです。
本当にありがたい気持ちしかありません。
■夫とのパートナーシップの大切さを再認識した理由
それは長男が結婚をして世帯を持ったこと。
その上次男が就職して自立したことが大きいと思っています。
当たり前のことですが家の中では子供が間に入らず、夫婦での会話しかなくなりました。
再び双方パートナーに向き合う時間がやってきたのです。
思い返せば33年前スキーに一緒に出かけた仲間というきっかけで出会い、私たち2人の関係は始まりました。
そして途中結婚をし、そして子供という存在が私たちの仲間に加わりました。
しかし子供が生まれたきっかけで夫婦のバランスが崩れ、お互いに歪み合うようになりました。
でも、今はまたお互いを必要としながらお互いを愛し合うという関係性に戻れた私たち。
人は成功からは学べない。
失敗からしか人は学べないものです。
私ももちろんそうでした。
そうして今子供達が独立して、また2人に戻りました。
これからはどちらかが天国に帰る日まで、この人と生きていくんだなぁ、と身にしみて感じます。
その歴史を振り返りながら、あなたに「長くパートナーシップを保つ秘訣」をお伝えしようと思います。
■子供ができると夫に不満を感じやすい妻
私が夫に不満を感じたのは、長男を妊娠した時からです。
赤ちゃんが生まれると、絶対的にお母さんの負担が倍増します。
そもそも出産前の妊娠の段階でも、母体に負担がかかりますよね。
私はとにかくつわりがひどく、殆ど寝ていないと乗り切れないくらい、毎日何度も吐いていました。
家が船?と思うくらい、毎日が船酔い状態。
でも、この辛さを夫はわかるはずもありませんでした。
もうしんどい。
吐きたい、辛い。
その辛さを夫はわかってくれない。
「みえぽんはいつも寝てるね」と言われる毎日。
私たち夫婦のすれ違いはここから始まったように思います。
そして時は流れ、夫がある女性と会っている事実を知る出来事が起こりました。
その時に家族が私の両親のように存続すると言うことは当たり前なのではなく、奇跡的なことなのだと痛感しました。
そのような状況に陥り、初めて私は心理学に出会い、男性心理を学ぶようになりました。
そして夫婦再構築を頑張るようになり、今に至ります。
■ パートナーシップという強固な関係
パートナーシップとは、本当にチームだと私は感じます。
結婚式で
「病める時も健やかなる時も、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
と言われた方もいるかもしれませんが、その言葉を実感する出来事に私は遭遇しました。
私は3年前に3階の自宅の窓から転落して、肋骨7箇所鎖骨1箇所骨折し右手は肩から指まで麻痺と言う状態に陥りました。
全く妻として家事もできず、無力になりました。
それ以前に1人の人としても無力になりました。
自分で髪の毛を洗えないし。
歯磨きもできない。
右手も全部の機能が失われ。
字も書けない。
宅急便も字が書けないから出せないし。
住民票ひとつも役所で取れないのです。
なぜなら自分で文字が書けないのですから。
でもそんな中でも、夫は私にこう言い続けてくれました。
「みえぽんは回復するから大丈夫!だから不安にならないで。」
何無責任なことを言うんだよ!と思う気持ちもありましたが、なんだか希望をもたせてくれる言葉でもありました。
人は安心を得られると、どんなに絶望的な状況でも不思議なくらいに頑張ろうっと思えるのです。
確かに自分の機能をよみがえさせるために最大限のエネルギーを、私たちの心は身体は発揮してくれるのだと実感しました。
そして本当に私の右手はほぼ99%回復してくれました。
夫がずっと私を励まし続けてくれたおかげで、リハビリを一生懸命頑張ることができたからです。
■ パートナーシップを保つ努力
夫に他に女性がいたことを私は許した過去があり、私が身体的に不自由な状況になった時も夫は私を支え続けてくれました。
それらを含めた色々な経験を通じて長く平和にパートナーシップを存続するには、やはり色々な努力が必要なんだと痛感しています。
お互いを褒め合う努力
感謝を伝える努力
これは嫌だ、これは嬉しい、と自分の取り扱いをわかりやすく伝える努力
話し合いで「相手の意見を聞く」努力
相手を理解しようとする努力
相手に寄り添う努力
これらの努力を私たち夫婦は、これからも取り組んでいこうと思っています。