本来楽しいことのはずなのに

相談者名
信一

はじめまして。

私は小さい頃から趣味でイラストを描いていて、成人してからは一時期は個人でイラストサイトを運営したりコミケなどのイベントに出ていました。
自分の描くイラストに誇りをもっていました。それなりにオリジナリティに高い評価も受けていました。

それなのに、最近イラストが上手く描けなくなり、承認欲求を満たしたいがために、他人の描いたイラストをトレース(写し絵)したり、バレないように加工して、自分が描いた作品だと偽ってSNSなどで発表するようになりました。
最初は少し真似る程度でしたがだんだん味をしめて図々しくなり無断転載に近いことをするようになりました。

そうして発表した作品で高い評価を得ています。
ぜんぜん嬉しくありません。
いつバレるかとても不安でドキドキします。
イラストを描くことが楽しいと思えず、楽をして認められたい。そう思っています。

イラストを描くことは本来楽しいことのはずでした。
でもいつしか上手く描けないことがストレスになり、評価されたくて、いまは犯罪に手を染めてしまった気分です。

また一から自分の力で自分のイラストを描くことを好きになりたいです。

カウンセラー
帆南尚美

信一さん、はじめまして。
回答させていただきます、心理カウンセラーの帆南尚美と申します。
よろしくお願いします。

信一さんは、イラストが得意なんですね。
素敵ですね。

イラストが上手く描けなくなり、他人のイラストを真似て自分が描いた作品のように発表してしまっているとのこと。
最初は少し真似る程度だったものが、いまでは無断転載に近いことをするようになって、犯罪に手を染めてしまった気分と書いてくださいました。

それは本当にお辛いですね。
才能があるにもかかわらず、喜んで他人のイラストを真似て自分の作品のように発表する人はいないと思います。

信一さんは今、心理的にどうにもならないギリギリのところまできてしまっていて、そうせざるをえない状況なのではないかと思うのです。
(これは無断転載を肯定しているものではありません。)

そんなときに、よくご相談してくださいましたね。
少しでもお力になれましたら嬉しく思います。

信一さんは、イラストが上手く描けなくなったと書いてくださいましたが、何かきっかけがあったのでしょうか?

上手く描けないというのは、「上手く描こうとしている」ときに感じることですよね。
上手く描こうとしているのに上手く描けないから苦しいのです。

そして上手く描こうとしているというのは、他人の評価を気にしていることがうかがわれます。
信一さんも「承認欲求」と書いてくださっていますとおり、「他者からみて良い(上手い)と評価されたい」というお気持ちなのだと思うのです。

信一さんは、以前は自分の描くイラストに誇りを持っていたとのことですが、その頃は他人の評価を気にしていましたか?
それよりももしかしたら、イラストを描くことで自分がワクワクしたり楽しいと感じることを味わっていたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

今は自分のワクワクよりも、他人の評価を気にするようになってしまっているのだとしたら、不安も大きいことだと思います。

また、承認欲求を満たすために他人の作品を真似て高い評価を得ても、ぜんぜん嬉しくないと書いてくださいましたね。
評価されたのは自分じゃなくて、イラストをオリジナルで描いた人だと感じていらっしゃるかもしれません。

真似をして、悪いことをしているという罪悪感をいっぱい感じているのに、承認されても嬉しくないとしたら、気持ちはどんどん荒んでいきますよね。

信一さんはまた一から自分の力で自分のイラストを描くことを好きになりたいというご相談をしてくださいましたので、心理の観点から何かしらのヒントを差し上げられたらと思います。

さて、信一さんが自分のイラストを描いていた頃と、他人の真似をしてしまう今を比べると心理的には明らかに違うことがあるようなんですね。

それは、イラストをとおして愛そうとしているか、愛されようとしているか、ということなのです。

今は後者で、イラストをとおして愛されよう(承認されよう)としているといえると思うのですね。

心理学では、愛されるために何かをすることを補償行為と呼びます。
補償行為は、それをやらなければ愛されないだろうという怖れが行動動機なので、やってもやっても心が満たされないので、今の信一さんのように苦しくなってしまうこともあるようです。

信一さんが現状を抜け出して、また一から自分の力で自分のイラストを描くことを好きになるためのご提案をさせていただきたいと思います。

それは、イラストをとおして「愛されよう」とすることから、イラストをとおして「愛そう」とすることにシフトチェンジするというものです。

「愛されよう」とするのをやめて「愛そう」と意識をかえることといえます。

何を愛そうとするかは色々あるかと思うのですが、私のご提案は、信一さんオリジナルのイラストを好きでいてくれるファンの方々を愛そうとしてはどうかなと思います。

かつてオリジナリティに高い評価を得ていたときに、信一さんのイラストが好きで「いいなあ」「もっと見たいな」「ずっと見ていたいな」などと思ってくれていたファンの人たちがいたと思うのです。

その人たちのことを、最近は信一さんの心の中で、どう扱っていますか?
いつのまにか放置したり、忘れてしまったりしていませんか?

ファンの人たちは、信一さんが上手に描けるからファンだったのでしょうか。
もちろんそういう人もいるかもしれませんが、信一さんオリジナルのセンスが好きだと思ってくれていた人たちも必ずいると思うのです。

その人たちを、イラストをとおして愛そうとしてみてください。

その人たちを笑顔にするのは、上手だけど誰かの真似をした作品ではなく、信一さんのオリジナリティあふれるイラストなのではありませんか?
信一さんにしか描けないイラストなのです。

愛されようとすることをやめて愛そうとしたところで、何の解決になるんだと思われるかもしれません。

しかし人の心は、愛されようとすればするほど不安が増し、愛そうとすればするほど、あたたかさを感じたり、誠実であることが自分だという気持ちになってきたりするものです。

かつてイラストサイトを運営したりコミケなどに出ていた頃の愛し方はどうだったのだろうと、思い出してみてもいいかもしれませんね。

もともと信一さんはそうやって、イラストをとおして愛することのできる人だったのだと私は思います。
なにかしらの理由から、愛されることに意識が向いてしまっているのだとしたら、またもう一度以前のように、愛する信一さんになることもできるはずです。

しかも、今の苦しい時代を乗り越えてまた愛することができるようになったときには、以前よりももっともっと、信一さんのオリジナリティは自信に満ち溢れたすばらしいものになるのではないでしょうか。

ひとりでは難しいというときは、私たちカウンセラーをどうぞ頼ってくださいね。

信一さんが心から自分のイラストを楽しめるようになることを応援しています。

このたびはご相談ありがとうございました。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

職場の人間関係、夫婦・家族の問題を主に扱う。 「解決したい問題がある時に、悪いところを探して正そうとするのではなく、自分の魅力や才能を受け取れば物事を全く別の見方で捉えることができ、自分の枠から自由になり、のびのびと楽に毎日を送れるようになる」というスタンスでカウンセリングを行っている。