自分の思いや願いが叶わなかったときに、その傷ついた心をなぐさめようとする心理
神戸メンタルサービスの平です。
明けましておめでとうございます。
本年も『恋愛心理学』をよろしくお願いいたします。
心理学に“認知的不協和”という考え方があります。
これは自分の思いや願いが叶わなかったときに、その傷ついた心をなぐさめようとすることといえばよいでしょうか。
その説明として、心理学の教科書にはよくすっぱいブドウの例が紹介されています。
ブドウの木においしそうに熟した実があって、採って食べたいと思うのだけれど、なっている場所が髙過ぎてどうしても手が届かないんですね。
そんなとき、「いや、いいんだよ。どうせあのブドウはすっぱいに決まっているから」などと言い訳し、ハートブレイクを癒すというものです。
日本的な例に置き換えると、柿の木の高いところになっている実を見て、「きっとあれは渋柿に違いない。いや、きっとそうだ」と言うようなものでしょう。
私などは「急に痩せるのは健康によくない」と口ぐせのように言っていますが、もちろん、なかなかダイエットが成功しないことの言い訳です。
そして、この認知的不協和の考え方は男女関係においてもじつによく出てきます。
たとえば、あなたは「かっこいい男はぜったい浮気する」と考えていませんか?
この考え方が認知的不協和によって出てきたのだとしたら、「かっこいい男は私にふり向くことはない」、「かっこいい男は私の彼にはなりえない」と考えていることになりますよね。
また、「結婚なんて人生の墓場だ」とか「結婚なんかろくなもんじゃない」と思ってはいないでしょうか?
だとしたら、あなたは心のどこかで「私には幸せな結婚などできないのではないか」とか「結婚したら私は奴隷のように夫に尽くさねばならないのではないか」と思っているかもしれません。
この認知的不協和の考え方は、人生でなにかがうまくいかなかったとき、だれかやなにかがよくないからだということにすることで、自分を責めなくてよいという側面をもちます。
現実に向き合わず、逃避しているわけですね。しかし、そのすべてが悪いわけではないと私は個人的には思っています。
たとえば、結婚したいと思っていた彼に失恋をしたとき、「彼は私にとっての真実の人ではなかったんだ」と考えると心の痛手は小さくすむかもしれません。
また、なかなか思うような仕事に出会えない、あるいは定職に就けないというときも、「これまでに経験した仕事は自分に向いていないということがわかった。自分に向いた仕事は必ずあるはず」と考えてみれば、ポジティブに次に進んでいくこともできます。
実際、「うまくいかなかったこと」にはとても多くの学びがあるものです。
有名なプロ野球監督の野村克也さんは「負けに不思議な負けなし、勝ちに不思議な勝ちあり」という言葉を遺しました。
これは、試合に負けるのには必ず理由があるが、勝つときはなぜ勝ったかわからないときもあるというものです。
それで思い起こすのが、うまくいっているカップルに「なんで結婚できたの?」と質問しても、「なんとなく」という答えが返ってくることが多いということです。
一方、うまくいかないカップルの話を聞くと、「なるほど、それはそうなっちゃうよね」と思わされることがじつに多いのです。
うまくいかなかったときからの学びは大切です。ただし、自分を責めすぎるのはかえって役に立たないということも憶えておいてください。
来週の恋愛心理学もお楽しみに!!
(完)