このコラムでは、大学卒業を間近に控えた息子から「就職をやめてユーチューバーとして生きていきたい」と告げられた私が、戸惑い、葛藤し、そして応援していく気持ちの変化を描いています。
「安定した仕事に就いてほしい」――そう願う親心と、「好きなことを続けたい」という息子の気持ち。
真っ向からぶつかるように思えたその選択の中に、実は共通していた“本当の願い”がありました。ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
「就職はやめて、YouTubeを続けたい」
大学卒業を目前にしたある日、息子がぽつりと言いました。
内定ももらっていたし、学んできたことが活かせそうな安定した職場。
私は「これで安心」と思い込んでいたので、その言葉に一瞬、頭が真っ白になりました。
「本当にそれでいいの?」「ユーチューブって、不安定なんじゃないの?」そんな気持ちがぐるぐるして、すぐには返事ができませんでした。
すると、そんな私を察した息子は、落ち着いた表情でこう言ったんです。
「お母さんが本当に願っているのって、“俺が安定した仕事に就くこと”じゃなくて、“安心して生きていてほしい”ってことなんじゃない?」
……ガツンと一発カウンターパンチをくらった気分。まさにそれすぎて、私には返すパンチがなかった。
見守っていたつもりが、見守られていた
私はいつの頃からか「安定=安心」だし、「安定=幸せ」って思い込んでいました。 ちゃんとした会社に就職していれば、将来も安泰で、自由に楽しく暮らせるはず。 そう信じて、息子にもそれを望んでいたのです。
でも、彼にとっての“安心”や“幸せ”を感じられる道は、もうすでに手の中にあったんですよね。
大学に入ってから、動画投稿を続けてきました。 登録者も再生数も少ない時期から、コツコツと工夫を重ね、積み上げてきた姿を、私はそばで見てきました。
「今月は1万くらい」 「最近は3万ちょっと」そんなふうに、収益が出るたびに、こまめに私に報告してくれていました。 当時はただの“報告”だと思って聞いていたけれど、今振り返ると、あれはきっと、彼なりの“プレゼン”であり、“気づかい”だったのだと思います。
「ちゃんとやれてるよ」 「俺の選んだ道、信じて」 そんな想いに加えて、 “お母さんが少しでも安心できるように”という気持ちも、きっと込められていたんでしょうね。
私は、息子に“安心して生きてほしい”と願っていたけれど、実は彼のほうこそ、私の不安に気づいて、安心させてくれていたのかもしれません。
自分の「居場所」を自分で手に入れていた
ある日、嬉しそうにこんな話をしてくれました。
「今日、サラリーマンの人からスパチャもらっちゃった!」
(※スパチャとは、ライブ配信中に視聴者が送ってくれる“応援のお金”のこと)
「えっ!?そんなに!?」と私が驚くと、 「その人、いつも配信楽しみにしてくれてるんだって」と、照れたように笑いました。
その笑顔を見たとき、はっとしました。
もうすでに、彼にとってYouTubeは、ただの“仕事”ではなく、 自分らしくいられる場所であり、誰かにとっての“居場所”でもあったんだ――と。
私は、「ちゃんと安定した道を歩んでほしい」と思っていたけれど、本当はただ「たくさん笑って生きてほしかった」。いつの間にか、自分の価値観で息子の幸せを決めていた・・・願いの本質から“ズレ”てしまっていたことに、ようやく気づきました。
自分にしかできないことを、思いきりやってみたい
それは、かつての私も心の奥で願っていたことでした。
会社を辞めて、自分のサロンを始めようと決めたあの頃、その想いを夫に話したとき、返ってきたのは、こんな言葉でした。
「普通のパートじゃだめなの?」
「そんな変わったこと、しないでよ」
そのとき、私はひどく傷つきました。
やりたいことを否定されたように感じて、本当に悔しかった。
でも今になって思うのです。
あれはもしかしたら、私の挑戦を心配してくれたり、一緒に安心して生きていきたい!という、夫なりの家族を守る言葉だったのかもしれません。
あの頃は気づけなかった夫の気持ちを、今の私は、自分自身の中に見つけました。
そして、そんな私に“気づき”をくれたのが、息子のまっすぐな姿でした。
息子は、自分の「やりたい」を信じて、コツコツと続け、少しずつ自分の居場所を築いていった。
――見つけたんだね。やりたいことを。
私は、息子の姿に、かつての自分を重ねました。
自分らしくいられる場所、そしてその場所が誰かの安心できる場所になるように、丁寧に、大切に育ててきた。
ならば、今の私にできることは――
ただ、信じて、応援するだけ。
そして、ふと思うのです。
私が始めたサロンもまた、「誰かにとってホッとできる場所でありたい」と願って始めたものでした。ただ体を整えるだけじゃなく、心もゆるみ、
“ここに来ると、ホッとできる“そんな居場所をつくりたかった。
そう思うと、息子が育ててきたYouTubeの世界と、私が育ててきたサロンの世界は、形は違っても、きっと同じものを目指していたのだと思います。
「自分にしかできないことを通して、誰かの心に寄り添いたい」
――そんな想いの根っこは、ちゃんと親子でつながっていたんですね。
「…親子だなぁ」なんて、少し照れくさくて、でも嬉しくなりました。
そして同時に、この子の歩んでいく背中を、少し後ろから応援していこうと思いました。
おわりに
「息子には、息子の幸せがある」
「そしてこの子は、ちゃんと“自分の幸せ”を見つけている」
そう思えたとき、私は、“親が考える安全な道”へと導こうとする役目を、手放すことにしました。
親として、「こうしてほしい」「こうなってほしい」という気持ちは、きっとこれからも湧いてくるでしょう。でも、本当に大切なのは、その奥にずっとある“たった一つの想い”を見失わないこと。
それは、方法や選択ではなく――
その子がその子らしく、生き生きと日々を重ねてくれること。
どんな道を選んでも、心から笑っていてくれたら、それだけで十分なのかもしれません。
だから私は、これからも息子たちに、ときにズレることがあっても、迷ったときはこの願いに立ち戻ろうと思います。
あなたの人生が、笑顔であふれますように。
私のお話が、少しでもお役に立てたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
来週は、池尾千里カウンセラーがお送りします。どうぞお楽しみにしてくださいね!