自分らしく生きるために

⚪︎始まりは息子の進路相談

高校生の息子の進路相談の三者面談がありました。
面談の目的は、文理選択と、志望校の設定でした。

理系科目が大得意の息子は、てっきり理系を選択して理系の大学に行き、何かの専門職に就くものだと勝手に思い込んでいました。

ところが、息子の口から出てきたのは、「言語学がやりたいので、文学部に行きたい」という言葉。

思わず口から出たのは、「もったいない!せっかく理系が得意なのに」という一言でした。

担任の先生も「できるところを活かしたほうが受験は有利」と、私の意見に寄り添うような言葉をくれましたが、息子の表情は変わりません。
彼の中では、すでに腹が決まっているようでした。

「わざわざ文系を選ぶなんて…」
「どうして、わざわざ苦しい道を?」

その瞬間の私には、息子が“あえて間違った道”を選ぼうとしているようにしか見えませんでした。

帰宅してからもザワザワがおさまらない私は、息子を問い詰めました。

「なんでわざわざ文学部なの?」
「せっかく理系が得意なのに」
「今まで何のために勉強させてきたと思ってるの?」

そして最後には、「文系は反対だから!ありえないから!」と、すっかり“話し合い”ではなく、私のイライラを一方的に息子にぶつけてしまっていました。

表向きの理由は「息子の将来が心配だから」。
でも、よくよく見てみると、「心配だからこそ、息子の選択を“訂正”しなければ」と、私の方が必死になっていたのです。

私が受験するわけでもないのに。
息子の選択で、息子の人生なのに。

そんな自分に気づきながらも、頭のどこかでぼんやりと、
「そういえば、自分も昔こんなことを言われたな」
と、自分の子ども時代の記憶がよみがえってきました。

⚪︎親の期待を期待に応えてはみたものの

私は中学生の時に吹奏楽でオーボエという楽器を吹いていました。
本当に楽しかったので、高校は音楽科のある学校に進みたいと思っていました。
そして、いつかできたら有名な交響楽団に入って演奏したい、そんなことを考えていました。

ですが、自分の希望を言うと親から猛反対にあいました。
中学では成績の良かった私は、進学校に進むことを期待されていたのです。

「一時の気の迷いで将来を決めてはいけない」
と言われると、自分の決心が揺らぎました。

「音楽で食べれる人はほんの一部。普通は音楽では食べていけないんだからね」
そう言われると、自分の考えが浅はかで、自分の望みを生きることがとっても怖いことに思えてきました。

そして私は、最終的には、母の期待に従うことを選びました。

ですが、ここで大事なポイント。
「親の期待通りの進路」=「自分の幸せ」とは限らない、ということ。

今の自分が選んだ「好きなこと、したいこと」を押し込めてしまうと、それがたとえ周りからみて正しい選択だったとしても、のちのち心のどこかで「違和感」や「居場所のなさ」を感じて、結局はその選択から離れてしまうことがあるのです。

私も実際そうでした。
親の期待に応えて大学に進学しましたが、勉強は決して得意ではなく、うまくいかない自分を責め続け、大学生活の半分ほどを“ほぼひきこもり”のような状態で過ごしました。

⚪︎自分らしさを生きるほうが幸せだと気づいたはずなのに

その後の私は、「ここじゃないどこか」を求めて、20代前半をインドや東南アジアを旅するバックパッカーとして過ごしました。

迷子のような20代と、もがきながらの30代。

そしてようやく40代になってから、自分の生きる道として出会ったのが「心の世界」でした。

カウンセラーとして仕事を始め、5年目。
私は始めてのワークショップを開きました。

タイトルは、「誰かのために生きてきた人が、自分を取り戻すワークショップ」。

親の期待を背負ったり、誰かのために生き続けるうちに、「自分がどうしたいのか」「何を望んでいるのか」がわからなくなってしまった人たちに向けて、
「もう一度、自分の生き方を取り戻していこう」「自分らしく、充実感のある人生を生きていこう」そんなメッセージを込めたワークショップでした。

自分らしく生きることには、たしかにリスクもあります。
うまくいかないこともあるし、周囲から理解されないことだってあるかもしれません。

それでもなお、
「それを含めて楽しいと思える感覚」
「自分の人生を自分で選んでいる実感」
それこそが、充実感や幸せにつながる。

私は、自分自身の経験からそう信じて、そのことを伝えてきたはずでした。

なのに、その私がいま、息子の人生をコントロールしようとしている。
この矛盾に気づいたとき、胸がギュッと締めつけられるような感覚がありました。

⚪︎コントロールしたい欲求は自分の不安から

心理学的に見ると、「相手をコントロールしたくなる気持ち」の裏側には、たいてい不安と自信のなさがあります。

自分の中の不安や疑いをどうにかしたくて、
「目の前の人の選択や行動を、自分の“想定範囲内”に収めようとする」
それが、コントロールです。

そうすることで、表面的には、「自分も相手も“安全な場所”に置いたような気持ち」になれます。
でも実はそれは、自分の不安を一時的に落ち着けているだけであって、相手の人生から「自由」や「自己決定」の権利を奪ってしまうことでもあるのです。

私の場合も同じでした。
私はまだ、自分の選んできたことに、いまいち自信が持てなかったから不安を感じていて、その気持ちを息子の将来に投影してコントロールをしようとしていたのでした。

⚪︎自分の人生を「承認し直す」

ここで必要になるのは、「自分の生きてきた道を、もう一度ちゃんと承認し直すこと」だと、私は思います。

振り返れば、たとえどんなにしんどい出来事も、遠回りだと思える経験も、今の私になるためには、大切な経験だったことに気づきます。

自分の問題をどうにかしたくて頼った先がカウンセラーだったこと。
カウンセリングで、私にとって大切な人達に出会えたこと。
問題を抱えていたからこそ、心の世界に出会えたこと。
悲しみや辛い出来事は、相手を理解するための優しさに変えることができることを知ったこと。
私が過去の自分を癒せば癒すほど、「自分の人生にも意味があった」と思える瞬間が増えていく。
そしてその分だけ、誰かの光を一緒に見つけられるようになる。

そのことを、私はこれまで多くのクライアントさんとの時間の中で、確かに感じてきたのです。

だからこそ、いま改めて、「私の人生でよかったんだ」と、自分に言ってあげる必要があるのだと思います。

⚪︎信頼という愛し方

心の勉強を始めてから、私は「心配」に代わる、もう一つの愛し方を教わりました。
それが、「信頼」です。

心配は、「この子はこのままだとダメになってしまうかもしれない」というイメージから出発します。

一方、信頼は、「きっとこの人は、自分なりに乗り越えていける力がある」「うまくいかないことがあっても、そこから学んでいける人だ」という、その人のポジティブな未来を信じる姿勢です。

そして大事なのは、「相手を信頼するには、自分への信頼が欠かせない」ということ。
私が私の未来を信じられる分だけ、「息子のことも信じて、手放していく」ことができます。
私が私を受け入れ、選んできた道を認めてあげられる分だけ、息子の選択も「応援したい」と心から思えるのだと思います。

⚪︎「いつでも帰っておいで」と言える親でありたい

息子の進路相談は、私にとっても、「自分の生き方」と「子どもの生き方」を見つめ直す機会になりました。
息子へのコントロールは「自分への信頼の問題だ」と思うと、息子が何学部を選ぼうとあまり関係がないことにも気づきました。
親としてできることは、案外シンプルなのかもしれません。

自分の不安から、相手をコントロールしようとしていないかを、ときどき振り返ること。
自分の人生を「これでよかった」と受け止め直していくこと。
そして、子どもの未来を信頼して見守ること。
そのうえで、私はこういう親でありたいと思っています。

「うまくいっても、いかなくても、いつでも帰っておいで」

そう笑顔で言える親になれるように、これからも自分自身の心と向き合い続けていきたいと思います。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

離婚危機や家族・親族との軋轢を越えてきた経験から、パートナーシップや家族関係を中心に人間関係の問題全般を扱う。持ち前の感覚と感性を使い、クライアントの繊細な感情を読み取り、表現することに長けている。痛みや苦さを癒した先に見えてくる自己実現までをサポートすることが得意。