人々に過去を知ってもらうことで、世界中から彼は愛されるということを彼は知らなかったのです。
こんばんは
神戸メンタルサービスの平です。
50年近く昔の日本映画に『砂の器』という作品があります。原作は松本清張の推理小説で、映画は松竹によって制作されました。
その後、何度かテレビドラマにもなっていて、2004年に元SMAPの中居くんが主演した作品や、2011年に佐々木蔵之介さんが主演した作品は観た人も多いのではないかと思います。
この映画は、東京で殺人事件が起こり、容疑者も被害者も不明というところからはじまる、とても悲しいストーリーの作品です。
しばらく経って、被害者はかつて島根県の出雲に暮らしていて、お伊勢参りに行ったまま帰らない、元駐在所の巡査だったことが判明します。
なんらかの逆恨みによる犯行かと思われたのですが、被害者の巡査は面倒見がよく、人望も高い人物で、調べれば調べるほど人に恨まれるような要素は一切ないことがわかっていきます。
ネタバレ御免で解説しますと、この巡査を殺したのは、この当時、世界的に有名になりつつあった作曲家の男性でした。
この作曲家には苦難に満ちた過去がありました。戦前、父親がライ病(ハンセン病ともいう)を患い、それは当時の常識だったともいえるのですが、少しばかりの選別金を渡され、死に装束を持たされ、村から追い出されていたのです。
少年であった彼はこの父親とともに日本全国を放浪し、あちらでは石を投げられ、こちらでは棒で叩かれ、いまでいうホームレス以下の生活を余儀なくされました。
その放浪生活の中、島根県にたどりついたとき、事件の被害者の巡査と出会い、保護されたのです。
巡査はまず父親を国立療養所に入所させ、手厚い看護を受けられるようにしました。そして、少年は自分の子どもとして育てようとするのですが、まもなく彼は家出してしまいます。
ここで心理分析すると、少年にとって、ごはんが三食食べられ、暖かい布団で寝られる生活は、あきらめた人生そのものでした。
「あったかいごはんなんか食いたかねぇ。ぬくぬくとした布団でなんか寝たいわけじゃねぇよ」と否定しておかないと、犬も食わないようなものを食べ、凍える地べたで眠ることには耐えられなかったはずです。
どんなにひどいものでも、自分の中で確立していた人生観がガラリと変わってしまうことを、彼は受け入れることができなかったのです。
その後、敗戦を経てすべてを失った日本で、彼は戸籍をごまかし、別人としての人生を歩きはじめました。そんな中、彼に音楽の才能があることが見いだされ、その専門家に師事することとなって、彼はその才能を開花させていきました。
そのころ、彼の実の父親はまだ療養所にいて、唯一、ふれあえる友人は、あのとき、保護してくれた巡査一人でした。父親はその唯一の友人に、「息子に会いたい。それだけが生き甲斐だ」と話します。
以降、巡査は「なんとか息子に会わせてやることはできないものか」と思いつづけます。そして、ある日、たまたま入った映画館で、今は大作曲家になっている行方不明の息子のポスターに出会い、東京へと向かいます。
もちろん、彼は父親に息子を会わせてやりたいという一心で、大作曲家の過去をマスコミにバラそうとか、彼の足を引っぱろうなどということは一切考えていません。
しかし、過去を隠したい大作曲家の彼は、自分が見たくない過去、消し去った過去と出会うことを拒否するがごとく、最後にはこの巡査を殺してしまいます。
事件の捜査をしていた刑事は、この大作曲家の生い立ちを日本全国を駆けまわりながら解き明かしていき、彼の人生がどれほど苦しく困難なものであったかを知るに至ります。
捜査会議で、この刑事は彼の生い立ちや殺人の動機を涙を流しながら語り、その場にいた人すべてが胸をつまらせます。
殺人犯の大作曲家は、自分の過去を人に知られたら、ふたたびすべての人から見離され、あの子ども時代のように、生きるか死ぬかという地獄の生き方をしなければならないだろうと思っていました。
それは誤解であり、人々に過去を知ってもらうことで、世界中から彼は愛されるということを彼は知らなかったのです。
ということで、つづきは後編でお話ししましょう。
来週の恋愛心理学もお楽しみに!!