2017年6月20日

人も職場も慣れてくると・・・

6月も後半になりましたね。

6月に祝日があれば良いなと思うのは私だけでしょうか?

この4月から、新しい環境になったという方も多いのではないかと思います。

私たちが、新しい環境になれる、「適応」するのには、大体3か月ぐらいかかるそうです。

4月は緊張感でいっぱいで、5月のゴールデンウィークでほっと一息、
そして、ちょうど新しい環境になれてくるのが、この6月。

「思っていたような仕事ではなかった」
「こんなことがしたかったわけではない」

こんな風に感じていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんね。

ふと、数年前にきいた言葉を思い出しました。

夫の仕事の都合で、海外のある都市に住んでいたことがあります。

その街がすごく気にいっていた私は、
ずっとこんなところに住めたら、どんなにかいいだろうと思っていました。

なので、その街にずっと住んでいるという日本人の方に、
「こんなところにずっと住めていいですね、うらやましいです」
というような話をしていました。

すると、その方は、
「1年目は、ほんとになんてすばらしい街なんだと思って大好きになる。
でも、2年目に入ると、いやなところが目についてきて、何できちゃったんだろうと思う。
そして、3年目になると、いまさら日本に帰って仕事もないだろうしな、と思ってあきらめる人が多いんですよ、
だから3年目が正念場なんですよ。
ここで、なんとなく惰性で居続けるか、それともこの街に根をはっていくか。」
というようなことを言われていたのを覚えています。

その当時の私は、「そんなものかなあ」と思って、その話はそのまま終わりました。

これは、心理学を学ぶ前のお話しなんですが、
その人のお話しは、パートナーシップのプロセスのお話しにとても似ています。

パートナーシップでも、
大好きな人とお付き合いがはじまって、相手の良いところばかりが見えるロマンスの時代、
やがて、相手のいやなところが目について、お互いに不満がでてきて、ケンカが増えるパワーストラグルの時代、
そして、けんかにつかれて、あきらめてしまうデッドゾーンの時代、というプロセスをたどるという考え方があります。

そして、もちろん、このデッドゾーンで終わりというわけではないく、
これを超えることをができると、前よりもすばらしいロマンスがやってきて、
本当の意味でのパートナーシップがとれるようになるといわれています。

このような、ロマンス→パワーストラグル→デッドゾーンのようなプロセスは、
関係性が近くなると、どんな関係性でも起こるようです。
例えば、パートナーシップはもちろん、親しい友人、職場、
そして、先程お話しした場所、街についても。

人でも、物でも、場所でも、
はじめは理想的だと思っていいところばかりがみえていても、
深くかかわればかかわるほど、色んな面がみえてくるものです。

もちろん、いい面ばかりではありません。
色んな、悪い面もみえてきます。

そういうこちらも、当初の緊張感がなくなって、
態度が変わっていることも多いのです。

でも、これが良くないかといわれれば、そういうわけでもありません。
それだけ、関係性が近くなった、親密になったからこそだといえます。

だとすれば、ここで「こんなはずではなかった」と関係性を終わらせてしまったり、
あきらめるという選択肢もあるかとおもいますが、
そのままにしておくのは、もったいないな、とも思ってしまいます。

もう一度いいところをみようとしてみる、
できるだけのことをやってみる、
信頼できる誰かに助けを求めてみる、
など、ここを超えるための方法は色々あります。

もちろん、うんざりしている時なので、あまり無理はできないとは思いますし、
期限をきめてでないと、もたないかもしれません。

でも、自分にとって、この関係性が本物かどうか知りたいと思って、
少しでも見方を変えてたり、
少しでも行動を変えてみることで、
本当にこの関係性を続けるのかどうか、みえてくることが多いのです。

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2017年6月13日

しくじり先生に学ぶ『聴く』ということ

「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)がおもしろいです。

前回のコラムでは「クレイジージャーニー」(TBS系)を題材にお届けしましたが、
今回もまたテレビ番組のお話なのです。

そう書くと、私がテレビ大好き人間じゃないかと思われるかもしれませんが、ふだんはほとんど見ないんですよね。
好きな番組を録画しておいて、あとでまとめて見ています。もう何年もそのスタイルになっていますね。

さてこの番組、毎回人生を盛大にしくじった有名人が登場して先生役になり、大成功していた過去から、何らかの理由でしくじりをおかして栄光から転がり落ちた時期、さらにその苦難の時期を乗り越えた現在にいたるまでを番組で作った教科書と再現VTRをまじえながら、こと細かに紹介していきます。

そして、そんなしくじった時期に学んだことを教訓として、生徒役のタレントたちと番組を見る私たちに「俺みたいになるな」と伝えてくれるのです。

私がこれまで見たなかで一番印象に残っているのは、映画監督の紀里谷和明さんの回でした。

「思ったことを言い過ぎて日本映画界から嫌われちゃった先生」として登場し、本人いわく「嫌われキリヤ」ができるまでを自虐やダジャレを入れつつ、かなり深刻なエピソードをユーモアも交えてさらけ出していました。

日本映画界への不満や、自分の思いを留めておけずにストレートにしゃべってしまったことで、映画界から嫌われていったことが「しくじった」ポイントだったそうです。

そのおかげで10年間も撮りたい映画を撮ることができずに、ひとりぼっちでいたと話していました。

紀里谷さんは学生時代にアメリカへ渡ってニューヨークで写真家になり、一本のフィルム代にも事欠くような生活をしながら
雑誌の1ページのノーギャラの仕事を膨大なライバルたちと奪いあう、壮絶な競争を乗り越えて写真家として成功したのだそうです。

そんな過酷な世界を生き抜いてきたことから、当時の日本の写真界は紀里谷さんにとっては厳しさや緊張感のない、ぬるい世界にしか感じられなかったと話していました。

PV監督としても成功し、映画界に入ってからも同じようなことを感じていて、やはり不満や思ったことをそのまましゃべったり、映画のしきたりやセオリーに反することをたくさんしていたところ、周りから総スカンをくらってしまったとのことでした。

一人きりになって強烈な孤独感に襲われた時、ようやく「周りの協力があるから、自分の仕事が成立するんだということが分かった」と語っていました。

かつて成功したことでセレブ的なふるまいをしていたことも、今となっては「調子に乗って勘違いしていた」と振り返っていましたが・・・

でも、私の心に残ったのはそういった部分ではなかったんですね。
じつはこの回の放送は2年近く前のことなのですが、今でも印象に残っているエピソードがあるんです。

それは番組の終盤で、紀里谷さんがようやくハリウッド映画を撮れることになったものの、ひとつ問題をクリアしたらまた次の問題が立ちはだかるという困難の連続を迎えていた話の時でした。

製作に5年もの時間を費やしながら、完成の見えないなかで、もう映画そのものを諦めようかと悩んでいた時に、映画に出演していた名優モーガン・フリーマンにこう尋ねたのです。

「もっと良い映画監督になるには、どうしたらいいですか?」

すると、モーガン・フリーマンは一言で答えたそうです。

「Listen(聴きなさい)」

紀里谷さんは「俳優のセリフやスタッフの声をもっと聴きなさい」ということでもあり、「頭でっかちにならずに、もっと全体を感じなさい」ということだろうと解釈していました。

そして「自分が一番できていなかったことだったと気づいた。この言葉で前に進めた。」とも。

私にも、この答えは一つのヒントを示唆したものでもあり、本質を言い表しているものでもあると思えました。

私たちは人生の問題を目の前にしたとき、不安や恐れを感じたとき「何かいい方法はないか?この状況を抜け出すにはどうしたらいいか?」と、ついつい自分の頭の中だけで考え込んでしまうことが多いように思います。

そんな時って、たいてい考えても考えても答えは出なくて、それがまた不安を呼んで、余計に焦ってしまうし、また何とかするために考え込む・・・
という悪循環になりやすいんですよね。

じつはそうなっている時は、不安から逃避するために一人だけで考えようとしているんです。
思考している間は感情を感じなくて済みますし、恐れに向き合わずに逃避するのが目的だから、考えても答えが無いのは当然なのです。

こんな場合、大切なのが「聴く」ことなんですね。

具体的な周りの意見やフィードバックを聴くことでもあるし、自分の心の奥にある本当に願っていること、求めているものは何なのか?本当はどう生きたいのか?その為に心の声を「聴く」ことでもあります。

外側の声を聴く時にも、内側の声を聴くときにも、鍵になるのはみなさんの感情です。

自分という人は、どんなことで幸せを感じて、何をしていると満たされて、誰といると喜びでいっぱいになるのか?
そんな気持ちにフォーカスすることが出来ると、意外なところに答えが見つかることってあるなあと、カウンセリングをしていると感じることは多いですね。

この番組のあとで紀里谷さんのインタビューを読んだのですが、こんなことが語られていました。

「『この人のことが好きだな』とか『みんなと仕事ができて嬉しいな』とか、形のないものが重要だと気づきました。それは、外よりも内側を豊かにしていくということなんでしょうね。」

この言葉も大切なヒントをくれていると思いました。

しくじりを完璧に避けることは難しいですが、そこから学べること気づけることのできる人でありたいと、毎回この番組を見ながら感じています。

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2017年6月 6日

「愛おしい我が子」"悲しみが喜びに変わった日"

私には二人の子供がいます。
実は、私のもとにやってきた、子供がもう一人いました。
でもその子は、この世に生まれてくることは、ありませんでした。
その子は稽留流産でした。稽留流産とは、赤ちゃんの心拍が、確認できない状態や、胎嚢(赤ちゃんのお部屋)が確認出来ない状態です。
私の場合は、赤ちゃんの心拍が確認できない状態でした。
私の元にやってきた子供を、無事に産んであげることも、お腹の中で育てることも出来なかった私は、散々自分を責めまくりました。
旦那さんの支えがなかったら、私自身どうなっていたかさえ、わからないほど自分を責めていました。
しかしこの最初の子供が、今の私の長女を、私のお腹の中で救ってくれる、ことになったのです。

ほどなくして、また私達夫婦は、子供を授かることが出来ました。しかし、今度は切迫流産で、入院です。
握り拳ほどの出血が、毎日のように続き、私はいつ退院できるのか、無事子供は育つのか、気が狂うほどの、不安の日々でしたが、何とか2か月で退院出来ました。
退院はしたものの、出産近くまで、出血は続き不安は、ずっと私に付き纏い続けました。
検診に行くたびに、子供の心拍が聞こえ無事に成長している、それだけが私の心の支えでした。そして何とか出産までたどりつくことが出来ました。
3週間早く私の元に、長女はやってきてくれました。
でも出産してからも私の出血は収まらず、さすがに身体に異変があるのではないのかと、思い病院に行きました。
内診をしたら、胎盤がまだ少し残っているとのことでした。
胎盤とは、子宮の壁にでき、へその緒と赤ちゃんを、繋ぐ役目のあるものです。
一人目の子供を稽留流産し、その手術で出来た子宮の傷跡に、胎盤が癒着していたからとのことでした。
胎盤が子宮に癒着している状態だったから、どんなに出血しても、子供が私のお腹の中にいてくれていた、流産をせずに済んだ理由が、この時わかったのです。

これも生命力なのでしょうか?

この時、私は神様って、本当にいるのねと思いました。そしてこんな偶然いや、必然かもしれませんが、不思議な体験を通して、最初に私の元にやってきた、我が子に対する愛おしさが更にこみあげてきました。
例え生まれてくることはなくとも、私の元にやってきてくれた命には、変わりありません。無事に産んであげることも、育てることも出来なかったのも事実です。
でもその子供が、私の次の子供を救って、この世に送りだしてくれた、それも事実です。
そう思うと、産んで育ててあげれなかった悲しさよりも、子供を愛おしく思う気持ちの方が、強くなりました。

人は悲しみの暗闇に入り込んでしまうと、なかなか暗闇から出てくる事は、難しいかもしれません。
でもその暗闇の中にも、光輝く何かが、あるように私は、思います。
私が、最初に私の元にやってきた我が子を、無事に産んで育ててあげられなかったと、悲しみに沈んでいる時は、その子供は、私を傷つけ悲しませる存在に、なってしまっています。
でもその子のおかげで、長女が無事に生まれてくる事ができたと、最初に私の元にやってきた子供に、感謝できた時には、その子供の存在は、私を傷つける存在ではなくなり、私に喜びを感じさせてくれる存在になる、私はそう思います。
私が最初に私の元にやってきた子供を、私の喜びの存在に思うことは、自分の存在を承認して貰え、とても嬉しいのではないかと、私は思います。


皆さんも、悲しい出来事や、傷ついた出来事で、誰かを自分を傷つけてしまう人にするのではなく、誰かを喜びの存在に変えられる、そんなものの見方ができると、幸せを感じる心が増えていくのではないでしょうか?

最後までお読みくださりありがとうございました。

高塚早苗のプロフィールへ>>>

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2017年5月30日

スマホとゲームに思う事

1年くらい前に、ここのコラムで「スマホ、持ってますか?」という記事を書かせてもらいました。
当時私はスマホを持っていなくて、「別にまだ必要ないよ」とやや敬遠していたのですが、最近になってようやくスマホを購入することになりました。

いざ手にしてみると、いやはや、さすがに便利と言わざるを得ないですね。
画面もガラケーより大きくて見やすいですし、写真などもびっくりするぐらいキレイです。
気になるニュースや分からない言葉なども、その場ですぐに調べる事ができますね。

特に便利だと感じるのは地図の機能で、出かけ先で自由に地図が開けるばかりでなく、ご丁寧に現在地まで表示してくれます。
少し前まで、知らない場所に行くときは事前に地図を調べて、分かりやすいメモなどを取ってから出発していたのがウソのようです。
しかも、そんな便利な機能がカーナビなどを購入するまでもなく、当たり前のように標準装備されているのですから、驚きです。


「なるほど、これはみんなが買うわけだな」と感心しながら、しばらくは楽しいスマホライフを送っていたのですが・・・、
しばらく経つと、あまりの便利さに、なんだか心配になってきました。

「こんなに便利なものを手にしてしまったら、スマホ無しでは出かけられなくなるんじゃないか」
「なんでもすぐにその場で調べられたら、自分で考える事をしなくなって、ボケてしまうのでは・・・」
素直に便利さに感心していればよいものを、ついつい余計な事まで考え出してしまうのでした。


そして、余計な心配がさらに広がってしまうのが、2歳になる妹の子供を見た時です。
なんと、2歳児にもかかわらず、妹のスマホを上手に使いこなしているではありませんか!
多分、生まれた時からスマホが身近にあったのでしょう。私よりも、スマホ歴は長い事になります。
自分で上手に画面を操作して、「ちょんちょん」とか「スッスッ」とやって、お気に入りのアンパンマンの動画などを勝手に見ているではありませんか。

私は驚愕しました。
「このままでは、人類はスマホに支配されてしまうのでは・・・」
そんなバカな事まで頭をよぎりそうになりましたが、その時ふと、急に思い出した事がありました。


***


私が子供の頃、「ファミコン」が大流行し、世間を賑わせました。
当時はテレビゲームという娯楽はまだ浸透していませんでしたが、「ファミコン」の登場により一大ムーブメントとなり、子供たちがこぞって親にテレビゲームをねだるという現象が起きました。覚えている方も多いのではないでしょうか。
私もゲームを持っている友達の家にみんなで集まったり、ようやく買ってもらえた時には夢中になって遊んだものでした。


そんな当時、世間でしばしば耳にする言葉に、「ゲームをやると、バカになる」というようなものがありました。
「バカになる」くらいならまだいいのですが、ひどいのになると「脳が委縮して、死んでしまう」とか、「感情の無い、殺人マシーンになってしまう」とか、だいぶ話が飛躍したものも少なからずありました。

今でこそスマホのゲームなどが普及し、女性や年配の方もゲームに触れる機会が増えたためか、「ゲームをやるとバカになる」なんていう言葉もめっきり聞かなくなりましたが、当時は結構そんな言葉が飛び交っており、子供にゲームを買い与えたくないという人も多くいたようでした。

影響を受ける、という意味では、テレビ番組や映画などからも影響は受けるはずなのですが、「ホラー映画を見ると殺人鬼になる」とか、「コメディ番組を見るとアホになる」というような言葉はあまり流行っていなかったように思います。
それと比べると、「ゲームをやるとバカになる」という言葉は、結構な割合で支持を得ていて、深刻に考えている人も多い様子でした。

幼い頃の私はそんな言葉を聞くたびに、「ゲームをやったぐらいで、殺人マシーンになるわけないよ。大人はバカだなぁ」と思っていたのですが・・・


今にして思えば、当時の人達の心配も、分からないでもありません。
人間は誰しも、自分の知っているものを安心と思い、知らないものを不安と思う心理があります。
自分達が子供時代にセミ取りや人形遊びで育ったら、子供たちにも同じように育っていってほしいと思う心理は当然のものです。

そんな時に、「テレビゲーム」という未知の娯楽に熱中している子供たちを見たら、「これは良くない事なのではないか」「このままではテレビゲームに支配されてしまうのではないか」と思うのも無理はありません。

ゲームなんていう、よく分からないもので遊ばないでほしい。もっと自分たちの知っているもので遊んでほしい。
なんだか、見ていて不安になる。でも、無理やりやめさせる訳にもいかないし・・・。
「ゲームをやると、バカになる」という言葉は、そんな当時の人々の不安を代弁した言葉だったのかも知れません。


***


あれから数十年。
スマホをたくみに操作する2歳児を見て、「このままでは、人類はスマホに支配されてしまうのでは・・・」と、心配しそうになる自分がいました。
しかしそんな心配も、スマホに慣れ親しんだ若い人達からすれば、「大人はバカだなぁ」と笑われてしまうのかも知れませんね。

そんな事をあれこれ考えながら、スマホの新作ゲームに熱中するのでした。
スマホは便利ですね。バカにならない程度に、ほどほどに、おつきあいしていきたいと思います。

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2017年5月23日

ひとに無関心に見えちゃうわたし...

うまくいかない状況なとき、ほかの何よりも、うまくやれない自分はダメだなと感じたことはありませんか。
そうすると、悩みに自分を責める気持ちがくわわって、ほんとうに苦しくなりますよね。
そんなときカウンセリングでは、捉え方を変えるために"もしこの経験を、誰かを理解し許すため使えるなら?"という視点をもつことをオススメする場合があります。

自分で自分を許すって、なかなか難しいもの。
だからあんがい、視点を変えることが役に立ちます。
わたしたちの心は、自分を許していないときには、同じ要素をもった誰かを許すことができないのですね。
逆に、あなたが責めている誰かを理解して許すことは、自分自身を一緒に許すことにつながります。
自分を許せると、感情的には格段に楽になるんです。
状況に対しても冷静さを取り戻せるので、意外な気づきがあったり、取り組めることが増えたり、いい影響があることが多いんですね。

例えば、わたしの体験なのですが。
母校でプロカウンセラーになるための指導を受けたとき、先生からこんな指摘されたことがありました。
「キミね、基本的に無表情でしょ。なにを考えているかわからないって云われるでしょ」
「...はあ」
「その無表情はね、ひとに無関心に見えちゃうの。カウンセラーとしては大きなデメリットだからね」
この言葉、わたしには心当たりがありました。
わたしは不器用なので、一度にひとつのことしかできません。
何かに気をとられたり、緊張したり、どうしたらいいか考えていると、しぜんと顔が固まって無表情になります。
そうするととくに、わたしをよくご存じない方からみると、冷たくて近づきがたい感じを与えるらしいのです。

自分の課題を知るって大切だからね、という先生の声は愛のある温かいものでしたが、わたしは正直がーんとなりました。
だって、皆さんの癒しの役に立ちたいからカウンセラーをめざしているわけです。
カウンセラーという仕事への情熱はめっちゃあるんですよ!
なのに、ひとに無関心に見えちゃうなんて...。(-_-;)

落ち込みかけたものの、いつかのセミナーで、自分を責めるよりも捉え方を変えてなさいと教わったことを思い出しました。
わたしは、自分に尋ねてみました。
"もしこの経験を、誰かを理解し許すため使えるなら?"って。

答えは、すとんと見つかりました。
うちの父です。

うちの父は、無口で感情表現に乏しいタイプで、何を考えているのかよくわからないひとです。
基本的に仕事ばかりで家にいなかったし、大学生で実家をでてからは、年齢とともに接点が少なくなっていました。
仲は悪くないですが、遊んでもらった記憶もないし、話をする機会も少ないし、父娘間で距離があったんですね。
だからなんとなく、父は子供に関心がないんだと感じている部分がありました。
本音をいうと、父親としての愛情をあんまり与えてくれなかったって、ちょっと怒っていたのです。

でもですね、数年前に甥っ子が生まれまして。
ちょうど定年して家にいる時間が長くなった父が、なんとあっさり「イクジイ」になったのです。
相変わらず黙ってニコリともせず、でも車や電車のおもちゃを上手に動かして、甥っ子を飽きさせることなく遊ぶんですね。
わたしたち姉妹にとっては、ぽかーんとする光景です。
父は、子供と遊べるひとだったのか!!
そもそも、子供に興味があったんだ...
なんにも云わないから、知らなかったじゃないか。

わたしの父ですから、わたし以上の不器用です。
仕事が忙しくて大変な中では、余裕がなくて、子供たちに自分の想いをうまく伝えられなかったのかなと思います。
でも、伝えられないからといって、愛情や関心がないことではないんだって、今のわたしはよく分かります。
カウンセラーという仕事への情熱を、ひとにいまいち表現できないわたしも同じですから。
それにそもそも、あれだけ忙しく働いていたのは、まちがいなく家族のためだったと思います。
分かりにくいやり方ですが、それが、父の愛情の表現方法だったのでしょうね。

そこまで考えたら、気持ちがスッキリしてきたんですね。
たしかに愛情はあったんだから、分かりやすい愛情表現ができなかった父を許してあげよう。
たしかに情熱はあるんだから、ひとに無関心に見えちゃう自分を許してあげよう。
だからこそわたしは、自分の想いを表現できないもどかしい気持ちを理解してあげられる。
それに、文章を書くことなら苦にならないし。
コラムを書いて、みなさんに想いを伝えていく術もあるわけです。
どんなやり方でも伝えていけば、絶対届くだろうと思ったんですね。

いかがでしょうか。
捉え方を変えるって、結構使えると思いませんか。(笑)
捉え方がかわると新しい気づきを得て、楽にこの状況を乗り越えていくことが出来るかもしれません。
よかったら、試してみてくださいね。
みなさんの参考になれば、幸いです。(*'ω'*)

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2017年5月16日

レゴランドに学ぶ遊びの"遊び方"

今年4月、名古屋にオープンしたレゴランドへ早速行ってきました!
かつて大流行した「レゴ(LEGO)」をご存知の方も多いことでしょう。
私もレゴをみるのもさわるのも久々でしたので
「懐かしい~」と思わず口にしてしまうほどの空間でした。

さて、そのレゴランドにはアトラクションがいくつもあります。
その中の一つ、パイレーツ・ショアエリアにスプラッシュ・バトル
と呼ばれるアトラクションがあるのです。
海賊船にみたてた船に乗り航海する道中で、水鉄砲のようなものを使って
標的を撃つ、というアトラクションなんですね。
ただ単に的(まと)に水鉄砲を撃つだけではなく、外野のお客さんにも
水鉄砲を撃てるようになっているのです。
それだけではなく、外野のお客さん側にも水鉄砲が設置されており
撃ち合いができるようになっていたのです。

はじめのうちは遠慮して知らない人や子どもに外野から水鉄砲を撃つのは
ちょっと気が引けたのですが、そのアトラクションに乗ったとき
あることに気づいたのです。

自分たちが船に乗り航海する中で外野から誰も水鉄砲を撃ってくれないと
そのアトラクションがとてつもなく「つまらない」ものになったです。

私が遊びに行ったのは平日でしたのでお客さんも少なく
アトラクションは並ぶ時間もほとんどなく
同じように外野のお客さんも少なかったのです。

スプラッシュ・バトルを楽しみ切れず、他のアトラクションを回ってから
再びスプラッシュ・バトルの外野に行きました。

お客さんの乗った海賊船がやってきたとき、今度は遠慮せず思い切り
外野から水鉄砲を撃ちまくりました。
すると、船に乗った大人がキャーキャー言いながら笑っているのです。
子どもに向かって水鉄砲を撃つと一生懸命撃ち返してくれるのです。

そして、中には手を振ってくれる外国人も多数出現し、
水鉄砲の撃ち合いをみている観客さえも笑ってみているのです。

ひととおり遊び終えた頃には服がビショビショになっていました(笑)

さらには、海賊船から降りてきた外国人のお客さんに指をさされたり
手を振ってきたりしておもしろいことになってきたのです。

そこで、もう一度スプラッシュ・バトルに乗ることにしました。

休日と違って混雑のないテーマパークで並ばなくてよいという環境は
もう一度同じアトラクションを楽しみたいときには最高ですね!

今度はアトラクションの周りにお客さんも多く
外野には水鉄砲にスタンバイしているお客さんもみえました。

すると、一番最初の岩場の陰から、
先ほど私が水鉄砲を当てた外国人の女性が
今度は私を狙って水鉄砲を撃ってきました。

彼女は仕返しをしにきたのか!?と思いましたが、
こちらもひるまず水鉄砲を撃ちまくりました。

彼女も私も「キャーキャー」叫び笑いながら
私が手を振ると彼女もまた手を振り返してくれたのです。

最初は誰も相手にしてくれず楽しみ切れなかったアトラクションが
最終的には一番おもしろい思い出となって残りました。


実は、遊びには相手が必要なのです。
それがたとえ敵役だったり悪役だったりしても、です。

子どもの遊びには両極の役割があって成り立つものがあります。
ドロケイ(泥棒と刑事)(地域によってはケイドロとも呼ぶらしい)や
鬼ごっこはその代表的なものですね。

スプラッシュ・バトルと似たようなものとしては
ドッチボールや雪合戦といったものがあるでしょうか。

子どもたちはこういった遊びを通してルールやマナーを身につけたり
勝ったり負けたりする中で相手の気持ちを汲み取ったり考えたり
しているのかもしれませんね。

思いがけず、レゴランドで遊びについて学ぶ機会となりました。
なぜか、やたらと英語で話しかけてくれるクルーさんも多くて
自分が周りにどうみえているのか??と思う一日でした(笑)

大人の皆さんもときどき遊びに出掛けてみると
おもしろい発見があるかもしれませんよ。

仁和智美のプロフィールへ>>>

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2017年5月 9日

開けない紙袋たち

先日、「名古屋カウンセラーズフェスタ」というイベントがあり、7名の名古屋のカウンセラーたちが、30分ずつの講演をさせていただいたのですが、そこに参加していた、紙谷まみカウンセラーが講演中に、こんなことを言っていて、なるほどと思いました。

「自分の好きをみつけるために、クローゼットの中を見てみた」

というものです。私たちって、
「何が好きかわからない」とか
「何がしたいかわからない」って、
悩んでしまうことがあるものですが、よーく考えてみると、「わからない、わからない」と言いつつも、服を買って来て着ているし、お腹が空いたら、何かしら選んで食べているし、ヒマなら、その時間を何かで使っています。そこには、私なりの何か「好き」が隠れているのではないか、ということでした。

そして、今、一番時間を使っているものについても、着目してみるお話もされていました。
自分の「好き」をみつける、とても丁寧で繊細で、素敵な視点ですよね。

私も、カウンセリングをさせていただいていて、その方が何に一番エネルギーを使っているのかを、いろんな視点で考えることがあります。

例えば、彼との関係がうまくいっていない時、彼のことばかり考えて1日過ごしていることもありますよね。
メールを何度も打ち直しては、保存して、また読み返して、直して・・やっと送ったら送ったで、返事が遅いとか、来ないとか、来たら来たで、そっけないとか、短いとか、関係ないこと送ってきたとか・・エンドレスにぐるぐると彼とのことばかり考えてしまっている。
とにかく、彼のことに、エネルギーを使ってヘトヘトになっていることもあります。

逆に、彼との関係が、めちゃくちゃうまくいっていて、頭の中は、彼のことでいっぱい。彼以外のことは、大変おろそかになりますけど、ごめんなさーい、みたいな状態になることもあるかもしれません。

仕事があまりにも忙しくて、家のことも、パートナーとのことも、友人との約束も、何もかも後回しになってしまっている、なんてこともあるでしょう。短いスパンでそうなることもあれば、逆に長すぎて「忙しい人」という場所に定着してしまい、いろんな人とのつながりや、楽しいことから疎遠になってしまうなんてこともあります。

心が喜ぶことに夢中になっている時間は、心の赴くまま気の済むまで、それをさせてあげられるのが、大人の贅沢ですよね。満たされた心が、また新しい喜びをみつけていくでしょう。

カウンセリングにいらっしゃる方は、切羽詰まった状態という場合も多いものです。
そんな時は、まさに、エネルギーをほとんど全部、今起こっている「問題」に使っています。

私たちのエネルギーは、喜びと共にあるときは、どんどん湧いてきます。
例えば、仕事は大変だけど、すごくうまくいっている時、私たちは非常にエネルギッシュで、やる気に満ちています。考え方も前向きになりやすく、進むことに抵抗がありません。未来もうまくいくだろうと思えるのですね。

しかし、問題があり、そのことを考えざるを得ない時、日常に使うエネルギーまでも、問題に取られてしまうと、私たちは本当に、疲弊してしまいます。何をしようとしても、言えば「電池切れ」なのですから、動けない、うまく考えられない、選択も判断もできない、なんてことになります。

ましてや、この問題やこの状況を打破する、良い方法も出てこないのですね。

でも、「カウンセラーに相談してみよう」とふと思いついて、お話しする機会があると、こっち側からだけ見えていた「問題」のかたちとは違う、別の側面について聞けたりします。物事って、多面体なんですよね。光の当たるところもあれば、影になっているところもあるのです。

そして、もうひとつ、こんなこともあります。
私自身の話なのですが、まだ子どもがいなくて、仕事に趣味にと、忙しくしていた時代のことです。

私は、仕事が終わると、名古屋の地下街やデパートをぶらぶらして帰るのが好きでした。可愛い小物やアクセサリー、洋服や食器、靴やバッグも見るのも好きでした。

ある時、ふと家にある、開けもしない紙袋に気がついたのです。
それは、私が仕事帰りに買ったものでした。開けていない紙袋にいったいどんな服が入っているのか、思い出せませんでした。小さな小袋に入っているアクセサリーが、ネックレスなのかピアスなのかも思い出せないのです。

私は、好きで気に入って買ったつもりでした。たしかに手に入れるまでは、私の全エネルギーはその素敵な物たちに注がれ、夢中になっていました。でも買ってしまったら、もう興味がなくなってしまったのでした。

そんな買い物ばかりしていた時代、私は自分のことを、単なる「買い物下手」だと思っていました。
でも、今、振り返るとわかります。私は、まっすぐ家に帰るのが寂しくていやだったのです。夫は、ハードワーカー真っ最中で、午前様ばかりでしたし、結婚して住むようになった家の周りには知り合いもいませんでした。

私は、「寂しい」という大問題を抱えていたにもかかわらず、「寂しい」と夫に言えずに、少し気に入ったものを手に入れることに、エネルギーを注いでは、気を逸らしていたのです。

私の買い物の目的は、好きな物を手に入れる、ということではなく、寂しさや夫とのつながりに直面しないということだったようです。買ってしまうと、どうでもよくなったのは、つかの間ではあるけれど、大本命の問題から「気を逸らす」という目的が達成されてしまったからだったのですね。

今、エネルギーを何に注ぎ込んでいるかは、一番好きなものに夢中な時と、何かから気を逸らすための時があるようです。

でも、じゃあ、気を逸らしているから、ダメじゃないかと思う必要はありません。
なぜなら、今は、時期じゃないからかもしれないからです。

私がそうだったように、その時は、むずかしかったんです。
開けない紙袋を眺めながら、なんでだろう・・と思えたことだけでもよかった。そうあの頃の私に言ってあげられたらいいのだと思います。

そして、時期が来たら、少しずつ取り組めるものです。
プロセスというのは、私にぴったりな速度で進んでいるようですよ。

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2017年5月 2日

「当たり前」は有り難い ~たったひとことの「ありがとう」が伝えてくれるもの~

子どもが成人したら、一人前の大人として認めて、尊重してあげることはとても大切なことだと思います。
いえ、本当は成人したらではなく、ある程度大きくなったら、なるべく大人と同様に扱ってあげられるのが理想かなとは思うのですが、残念ながらそれは結構難しい事も多いようです。

さて、この春、我が家の次女が無事、大学を卒業して社会人になりました。
娘もこのご時世で、就活に苦労していたことも知っているので、親とすればなかなか感慨深いものがあります。
もちろんそれだけでなく、生まれてからのあれやこれやを思い返して、つい涙ぐみそうになったりして(笑)。
私は本当に涙もろいので、こういうとき、次女にはよく笑われるのですが、世のお父さんお母さんには私の心情をご理解していただけるのではと思います。

でもここ数年、出来るだけ子離れをしていこう、私なりに娘たちを信頼して、一人前の大人の女性として尊重していこうと、私も努力していたのですが、そのおかげかな(笑)?
最近の彼女はとてもしっかりしてきて、わが娘ながら頼もしいなと目を細める親バカ全開の私です。
そして、そんな私に呆れたような目をして「ハイハイ、わかったわかった。良かったね」と体よくあしらうのが、次女のいつものパターンなのです(笑)。


さて、そんな次女ですが、新社会人となって数日め、入社三日ほど経ったあたりのことです。
いきなり、帰宅してこう言ってくれたのです。

「今朝、朝ご飯作ってくれてありがとう。朝、早く起きてくれてありがとう」

なんと!朝6時に起きて、7時の電車に乗る為に家を出る彼女にしてみれば、「朝、早く起きて、朝ご飯を出してくれるだけでありがたい」のだそうです。

そして次の日、お弁当を作って持たせたら、お昼過ぎにLINEのメッセージが入りました。
「お弁当ありがとう。卵焼きとかめっちゃ美味しかった」

さらに夜、帰宅して晩ごはんどきには、「帰って来て夕飯出してもらえるだけでありがたい」ですって?
うわー、こんなこと言われたの初めてですよ?びっくり。

「いやいや。そんな、大したモノつくってないやん。半分は前日の残りだし......」
答える私に、「そんなことないよ、いつも本当にありがとう」と返す娘。

なんだろう、これは......?
「ありがとう」の洪水です。
いや、「洪水」というのは大袈裟かもしれませんが、でもねえ......。
だって、今までこんなにマメに、こんなにたくさん「ありがとう」を言ってもらった記憶はないからなあ。
まあ、嬉しいですけど。

母とすれば、通勤ラッシュの中、1時間以上かけて都心まで通い、フルタイムで研修を受けて来る娘は、まだ若いとはいうものの、体力的には大変だろうなとか、いろいろ思うわけです。
となると、せめて朝はご飯くらい私が作ったものを食べさせて送り出そうとか、夜、疲れて帰って来るだろうから、すぐにあったかいご飯が食べられるようにしておいてあげようとかね。
そして、職場にお弁当を持って行ってもいいということが判明したので、早速お弁当を作って持たせたところだったのです。

でもさすがに朝は早いし、あまり手の込んだものは作れないので、若い女の子のお弁当箱にしては地味な感じも時々漂いますが、それでもすごく喜んでくれるんですね。
そのうえ、「そんなに手の込んだことしなくて、全部冷凍食品でもいいよー」なんて笑って言ってくれるのですが、さすがにそれはね、ちょっと申し訳ないので、出来るだけ頑張ってみたりもしています。
ちなみに今日のお弁当には旬の苺を入れてみたりしたので、見た目がすごく可愛くなり、大満足の母です。

という感じで、そういったことの一つ一つに、感謝を示してくれたりしたわけなので、これはもう、私としては本当に嬉しいものです。
もともと、どっちかというと中身は男っぽいところがあり、普段からおおざっぱでぶっきらぼうな彼女がそんな風に言ってくれるなんて、ホントに感動したんですね。
なんていい子なんだろう、どんな素敵なお母さんが育てたのかなって、......それは私か(笑)。

と、まあ、くだらない冗談はさておき、でも、そんな風に言ってもらえると、もっと喜ばせてあげたい、頑張ってる娘のために私も頑張りたいなって思うようになります。
こう見えて私も、根がかなりの単純バカですからね(笑)。

でも、誰かが伝えるたった一言の「ありがとう」には、そんな力があるんです。


元々「ありがとう」という言葉が「有り難い」から来ていることは、ご存知の方も多いと思います。
「有り難い」は「あることが難しい」=「滅多にないこと」ですよね。
そうそうあることじゃないからこそ、それが得られる幸運に心から感謝して、そうして発する言葉だったはずなんです。

だから、私からすればそんな大したことないこと、して当たり前で、ちっとも「有り難い」ことではないと思っていたことを、娘が「有り難い」ことと思ってくれたこと、その価値を認めてくれたことが、私にはとても嬉しかったんですね。
私の方こそ、そんなに有り難がってくれてありがとう、って気持ちでした。

「当たり前」は「やって当然」ということなので、やれるのが、出来ているのが普通です。
つまり、「当たり前」は「通常」のことであり、その価値は「ゼロ」です。
でも「有り難い」ことは「通常」のことではないので、とっても価値がある。

誰かがしてくれる「当たり前」のことも、本当は全く当たり前では無いのですよね。
私たちはそれを「当たり前」と思った時点で、感謝をすることを止めているのかもしれません。

娘の「ありがとう」の言葉は、私に改めてそんなことを思い起こさせてくれました。
家族の問題が起きて、心理学やカウンセリングの世界と出会う前の私は、いろんなことを「当たり前」の一言で片づけて、ろくに感謝をして来ませんでした。
でも、本当なら、私たちの身の回りにあることはすべて「有り難い」ことであり、感謝できることはとてもたくさんあるようです。


例えば、私が子どもだった頃、私は母が家事をしてくれてもそれを当たり前だと思っていて、ちっとも感謝をして来ませんでした。
もちろん、母の日や誕生日、勤労感謝の日など、折々に感謝を伝えたことはたくさんあるけれど、次女が私に伝えてくれたように、本当の本当に心から母に感謝を伝えたことがあっただろうかと省みてみれば、「YES」とは全く言い切れない気がします。
心理学を学び始めて、母に対してはようやく葛藤が少しずつ解消されてきたように思いますし、折に触れ、感謝を伝えてはいますが、それでもまだまだ足りないなあと思うんですね。

私自身が娘たちとの間に問題を抱えていたように、私もまた、母との間に問題を抱えていました。
親子関係は悪くはなかったと思いますが、私の長女が今から7年ほど前に心の病気になった頃から、私の中に両親に対して「怒り」や、たくさんの「恨みつらみ」があることをはっきりと自覚するようになりました。
そしてそうした感情を持つことで、私は母からの愛情を拒絶し、また母を愛することをやめてしまったのだと思います。

母がしてくれたことを「親なんだから当たり前」としてしまうことは、母の愛を「ゼロ」と言ってしまうことになるのかもしれません。
でも、心からの感謝をもってそれを「有り難い」と思えたなら、私は今からでもたくさんの愛を受け取れたことになるのでしょう。
私が娘から「ありがとう」を伝えてもらって、本当に嬉しかったように、私からももっとたくさん「ありがとう」を伝えたなら、母も心から喜んでくれるはず。
偶の電話でさえも、とても嬉しそうにしてくれているのですから。


「子どもは3歳までに親の恩をすべて返している」という言葉があります。
それは、親からすれば本来、子どもは「可愛い」だけでその苦労に報いてくれるものであり、生まれて来てくれただけで「有り難い」、愛すべき存在だという意味なのでしょうね。

残念ながら、子どもたちが幼かったころに彼らにとって「いいお母さん」とは言い難かった私が、そんな風に子どもに対して思えるようになったのは、ここ数年のことです。
けれど、そのたった数年の間に、もう幼くはない娘たちを数え切れないほど「可愛い」「愛おしい」と思えたことが、本当に有難いことなのだと私は今、心から感じています。

だからきっと、私が両親のもとで育った子供時代、母も父も、私に対してそんな風に感じたことはきっとたくさんあったはずです。
そして、そのことが両親にとってどれほど幸せなことだったのかは、私自身の経験から推して知るべし、だとも。
そう――、長い時間をかけて、ようやく私もそう思えるようになったのです。
それは私にとってはとても嬉しいし、誇らしいことでもあります。

今でもまだ、「私は母に愛されていた」と私自身の心で感じることは難しいときもありますが、それでも私はこれから先、母からの愛を「無かったこと」にせず、「有り難い」ものとして受け取っていこうと思います。
娘たちを、いいお手本にして――。

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2017年4月25日

思い出は音楽と共に♪

音楽が、人の心に与える影響は、かなり大きいものがありますね。
楽しい気分の時には楽しい曲を、悲しい時には悲しい曲を聞いて、その時の感情をしっかり感じた方がスッキリするといいます。

そしてまた、音楽は生活と密着しています。
どの曲が好きとか嫌い、というだけでなく、その頃の自分を思い出してしまうのです。

私は街角やお店のBGMとして、どこからともなく聞こえてくる"ある曲"に、たまらないほどの懐かしさを感じてしまいます。
その曲とは、スピッツの「ロビンソン」。
著作権の関係で、文中ではご紹介できないのが残念ですが、私にとっての名曲です。

この曲がリリースされたのは1995年。
1995年と言えば、今から22年も前のことです。
もう、そんなに時間が経ってしまったのかと思いますが、1月に"阪神・淡路大震災"が起きた年でもありました。

この震災で、私の生まれ育った神戸の我が家も、全壊してしまいました。
誰もが今日を生きることに精一杯。
震災当初は、気持が異常に高ぶっていましたから、命があっただけでありがたいと心底思っていました。

当時、父は脳こうそくの後遺症で右半身不随になり、車いす生活でした。
母と私で父を介護する日々でしたが、父が身体不自由では避難所に行くことも出来ません。
幸い、姉の住む地域は同じ神戸でも被害が少なかったので、両親を姉のところに預けて、私は職場に近いところで別に部屋を借りることにしました。

それまでにも家を出ていた時期はありましたが、一人暮らしは初めてのことです。
適当な物件を探し、引っ越しを済ませた頃には桜の舞い散る4月になっていました。
1月に震災が起きてから、約3ヶ月。
その間の、なんと慌ただしかったこと!

平日は仕事から帰ると、炊事や洗濯。
引っ越しの後片付けもありましたから、テレビはあっても見ている暇がありません。
そこで帰宅してから、まず一番にやったのはラジオのFM放送をつけることでした。
その頃、毎日のように流れていた曲が、スピッツの「ロビンソン」だったという訳です。
ちょうど、新生活を始めたばかりの私に相応しい曲のような気がして、いつも鼻歌交じりで聞いていました。

一人暮らしは気楽ですが、当然ながら何もかも一人でやらなくてはなりません。
風邪を引いた時など、冷蔵庫に買い置きの食材もなくて、這うようにしてコンビニに買いに行ったこともあります。

平日は家と職場の往復になりがちでしたが、少し落ち着いてくると、時には仕事仲間や友達を呼んでホームパーティーも開きました。
誰からも束縛されない生活を、楽しんでいた面もあったんですよね。

そして週末になれば、両親の待つ姉の家へ半日掛かりで帰ったものでした。
何しろ、まだまだ鉄道が復旧しておらず、大きく迂回して電車やバスを乗り継ぎ、がれきの中を通り抜けていくのです。
春の陽射しがいつの間にか、汗ばむ初夏の陽射しに変わっていきました。

その頃、自宅再建の話が持ち上がりました。
父はすでに80歳を過ぎており、身体不自由でもありましたから、仮住まいのまま終わらせるわけにもいきません。
残り少ない時間を、心穏やかに終の棲家(ついのすみか)で過ごさせてあげたい思いがあったのです。

どうせ建てるのなら、父が家の中でも車いすで移動できるように、そしてまた手すりなども不足のないように、お風呂やトイレなどは介護しやすいように、一所懸命考えました。
本当は一番相談したいのは父でしたが、脳こうそくの後遺症で言語も取られていましたから、それは出来ません。
母は「あんたが良いと思うようにやってくれたら、それでかまへん。」と言います。

一つ一つの決定を、私がする必要がありました。
良く言えば任せてもらっていたのですが、その責任の重圧感はかなりのものでした。
紆余曲折を経て、義兄や従兄など、建築のことに詳しい人たちの力を借りながら、年末には何とか自宅が完成したのでした。

新しい我が家に足を踏み入れた父は、車いすから降りて、私たちが支えながら手すりを使って部屋の中を見て歩きました。
元々好奇心の強い人でしたので、2階にも上がろうとします。
一瞬、大丈夫かな?と思いましたが、何と階段を一段一段上がりきって2階の部屋も見ることが出来たんです。
その時の父の、嬉しそうな顔!

゜゚*☆゜゚

スピッツの「ロビンソン」は、1995年のレコード大賞で優秀作品賞に選ばれました。
どうやら、「ロビンソン」に勇気づけられたのは、私だけではなかったようです。

先日、この曲のイントロを久しぶりに耳にした瞬間、一気によみがえった記憶を書かせてもらいました。
ああ、そうだった・・・

22年前の、あの頃の私を褒めてやりたいと思います。

「まゆみ、よくやったね!偉かったじゃん!」

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2017年4月18日

梅酒飲んどけばいいよ

私は普段、ブログやコラムを執筆する時は、家を出て、近くのサイゼリヤに行くことが多いです。
家で執筆できないこともないのですが、家にいると猫の構って攻撃についつい乗って一緒に遊んでしまうので、知らぬ間に時間が経ってしまいます。

だから、私はカウンセリング以外の時間は、結構サイゼリヤにいることが多いです。
仲の良いカウンセラーから、「あんた電話すると、いつもサイゼリヤにいるよね!」と、よくいじられたりしています。

サイゼリヤに行く私の楽しみは、2つあります。
1つは、大好きなイタリアンハンバーグを食べること(笑)、もう1つは、執筆に疲れた時に、サイゼリヤにいる人たちの人間模様をぼんやりと眺めることです。

どんな時間帯に行っても必ずいる50代くらいの女性、口論をしていたと思ったら突然キスを始めるカップル、ドリンクバーですべての炭酸ジュースを混ぜ合わせて謎の液体を作り上げる幼稚園児、いきなり1人で大掛かりな手品を始める60代くらいの男性、などなど。

のんびりとそんな風景を見ていると、「今日もカオスだな」と思ったりします(笑)

◇◇◇

先日、私がサイゼリヤでブログを書いていると、私の横に3人組の女子大生が座りました。
ブログの執筆が一段落して、私はいつものようにぼんやりとサイゼリヤの景色を眺めていると、隣の女子大生たちの会話が聞こえてきました。

「やばい、どうしよう、超緊張してきた。。。」
「そうだよね、怖いよね」
「大丈夫だよ。なんとかなるって!」

どうやら3人の中の1人が、意中の彼と初デートに行くことになっていて、そのことを他の2人に相談している様子でした。
若い女性たちの恋バナを聞いてはいけないと思いつつも、ついついブログそっちのけで、私は彼女たちの会話を聞いてしまいました。

「何話せばいいのかな?」
「沈黙が続いたら、どうしよう。。。」

そんな彼女の不安に対して、他の女性たちもあまり恋愛経験がないらしく、「私もわかんないんだよね」という答えが続いていました。
彼女の相談はゆっくりと核心に迫っていきました。

「あと、私が一番不安なのはね、夜ご飯を一緒に食べている時に、お酒に酔ったらどうしようって思うんだけど、どうしたらいいと思う?」

彼女の質問に1人の女子大生が答えました。

「梅酒飲んどけばいいよ」

私は、心の中で「えっ!?」と思いました。
その女子大生は、自信満々に続けました。

「梅酒はアルコール度数低いから、絶対に酔っ払わないから、梅酒飲んどけばいいよ」

彼女の「梅酒は絶対に酔っ払わない論」は不思議と説得力があって、その話を聞いた他の2人は「そうなんだね」と、めちゃくちゃ納得している様子でした。
そして、私も彼女の話を聞いているうちに、梅酒って酔っ払わないんじゃないかなと思うようになりました(笑)

◇◇◇

心理的に、人は経験したことがないことをする時、強い不安を感じる傾向があると言われています。
大好きな彼との初デートは緊張するでしょうし、ましてや、それがあまり経験したことないことであるならば、不安を感じて当然だと思います。
しかし、人は不安な感情を他人に分かってもらうと、不安な気持ちは軽減したりします。

3人で考え出す結論は、時には的外れだったかもしれませんが、デートに行く友達の不安に寄り添い、何とかして問題を解決しようとする他の2人の姿勢は、とても素晴らしいものだと思いました。

「カウンセリングをする上で一番大切なことは、相手に何を言ってあげるかではなく、どれだけ相手のために親身になってあげれるかなんだ」

彼女たちを見ていると、私の師匠が何度も言っていたセリフを思い出しました。

森川陽介のプロフィールへ>>>

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