カウンセリングサービス・無料相談コーナー

ご相談事例集(バックナンバー)

タイトル一覧へ戻る

タイトル
献身って・・・?
相談者名
ミーコ
こんにちは、いつも楽しく拝見しています。
私は、これまで何度か面談のカウンセリングを利用させていただいたこともあります。
今回どうしても聞いてみたいことがあって、メールしました。
こちらのカウンセラーさんもよく言われているし、チャックスペザーノ先生の本の中でも書かれていることですが、「自分がしてほしいことを相手にしてあげましょう。相手への献身が真実の愛や本当の繋がりが得られます」という内容があります。
私はこの点がどうしても納得できません。
何でも相手の言うとおりにしてあげて、もしくはこちらが尽くしてあげるばかりで本当に私自身が満たされるのか、とても疑問です。
私はこれまで、「私がこうしてくれたら嬉しいだろうな」と思うことを、友達や彼氏にしてあげて、自分も嬉しいな、よかったなって思えたことは半分もないような気がします。
むしろ、裏切られたり、逆に都合のいいように使われたり、ひどいよ!って思うようなことをされたことの方が多いと思います。
これは私が相手に見返りを期待しているからでしょうか?(でも聖人じゃないんだから見返りを期待しない人っていないと思うんですけど)
それとも単に運が悪いからでしょうか?
この辺がすっきりしなくて時々人間関係が面倒くさくなってしまいます。
何かいいアドバイスがありましたら宜しくお願いします。
カウンセラー
伊藤昌代
ミーコさん、こんにちは。
お返事を書かせていただきます伊藤と申します。
よろしくお願いしますね。

> こんにちは、いつも楽しく拝見しています。
> 私は、これまで何度か面談のカウンセリングを利用させてい
> ただいたこともあります。
> 今回どうしても聞いてみたいことがあって、メールしました


いつもご利用くださってありがとうございます。
そうですね、カウンセリングで色々聞いた後でも、
HPや本などで知ったことを自分自身に当てはめてみても、
疑問が出てくることがありますよね。


> 「自分がしてほしいことを相手にしてあげましょう。
> 相手への献身が真実の愛や本当の繋がりが得られます」とい
> う内容があります。
> 私はこの点がどうしても納得できません。

ミーコさんから誰かに与えましょう、というお話へと展開する
ことがよくあるようですね。

> 何でも相手の言うとおりにしてあげて、もしくはこちらが尽
> くしてあげるばかりで本当に私自身が満たされるのか、
> とても疑問です。

> 私はこれまで、「私がこうしてくれたら嬉しいだろうな」と
> 思うことを、友達や彼氏にしてあげて、自分も嬉しいな、
> よかったなって思えたことは半分もないような気がします。
> むしろ、裏切られたり、逆に都合のいいように使われたり、
> ひどいよ!って思うようなことをされたことの方が多いと
> 思います。
> これは私が相手に見返りを期待しているからでしょうか?

何かしても報われないという感じなんですね。
それは、自分が犠牲になっているようで、
アドバイスのようにしているのに満たされないのは何故?と
思われるんですね。そして、

>(でも聖人じゃないんだから
> 見返りを期待しない人っていないと思うんですけど)

と、全く不満足、不十分だと感じますね。。

何故、ミーコさんが期待する人は、ひどいことをする、
「幸せ」からは遠い人なんでしょうね…?




> それとも単に運が悪いからでしょうか?

あなたが幸運から見放されているという継続的な意味ではなくて、
「その人(・時・形...etc)ではなかった(ハズレだった)」という
一時的な意味においては、そのとおりだったのかもしれませんよ。

だって、ミーコさんは、裏切られたり利用されたりではなく
「幸せになっていい」んですもの!


…ただ、献身と見返りを期待するということについて、
「自分がしてほしいことを相手にしてあげましょう」というのは、
そう目標を設定してみましょう、ということなんですが、
ミーコさんが実践し疑問に思われていることと、私達からご提案させて
頂いていることとは違ってしまっているように感じられます。
今回のご相談内容から注目してみた点を、次の2段階に分けて
書かせて頂きますので、よろしければご覧くださいね。 

一段階目は、
「『その人』に『こう埋め合わせをしてほしい』(それ以外じゃ駄目)」
という気持ちはありませんかということです。

そうなるはずだ、するのが当然だという思いは完璧主義を作ってしまうので、
完璧に意に添わないものは失敗だと判断してしまいます。
この判断がある時には私達は、献身によって少し感じた楽しさ、嬉しさを
ただ有りのままに感じるのを妨げて、
楽しさ、嬉しさを得られなかった多くの献身の、せめてもの慰みだと、
価値を下げて捉えてしまったりします。この考えは、
相手の為を思ってやり遂げたという事実や、そんな自分自身を
否定してしまう考えなので、

> この辺がすっきりしなくて時々人間関係が面倒くさくなって
> しまいます。

となることは有り得ます。
「まだ頑張らなくてはいけないの?」「私じゃだめなの??」という気持ちで
一杯になったりしませんか?
それは、疲れてしまいますよね。


二段階目は、少し比喩的な表現を用いますが、
「見返りで、『埋めて欲しい穴』を埋めないと幸せになれない。」
と思っていませんかということです。

ご相談内容によると、ミーコさんの、してほしいから相手にしていることは、
「何でも自分のいうとおりにしてあげる」
ということになりますよね。
勿論、私達は自分の意図が伝わったり、願いが叶ったりするのは大好きですね。
けれども、献身の目的が「自分のいうとおりにして」ということになると、
過去の「言うとおりにならなかった」という『穴』に注目が集まってしまい、
相手のことを本当には見れていないことになるんです。
別の言い方をすると、相手に期待がある時、私達は、
過去に満たされなかった自分の『穴』は満たされて当然だ(べきだ)、
などと自分にも期待があって、それが物語になってしまうんですね。

例えば、誕生日には赤飯でお祝いするのが風習、伝統だという家で育った人が
いたとして、大人になっても、
「今日は誕生日だから、誰かケーキを持って来てくれたらいいのに」
と、ただ空想しているとしたらどうでしょうか。

実際には買うことも作ることも出来ますよね。
でも、子供の頃に叱られ、我慢した時の、満たされなかった思いを満たすには、
誰かが持って来てくれることに、大きな意味が付いてしまうんですね。
この人が、ケーキが手に入らなかったら、誕生日は最悪ですね。
でももし、ケーキが手に入ったとしても、
「ケーキでお祝いしてくれて、やっと満たされた」ことだけを喜んだとすると、
嬉しいのは自分の欲求(=『穴』)が満たされたからであって、
贈ってくれた方のお祝いの気持ちを見落としてしまうので、
相手との繋がりを感じられないでしょう。。。


初めにも書きましたが、「自分がして欲しいことをしてあげる」というのは、
How toではなく、目標なんですね。
もし、相手の方が落ち込んでいたり、イライラしていたり、怒っているなら、
そんな時、自分ならこうして欲しいということをするんです。
もっと気楽になりたい、違うことも見たい、楽しみたいと思えば、
相手にそれを強要するのではなくて、まず「私」が気楽に、色々見て、
楽しむことです。
それでも上手くいかない、という思いは勢いを削いでしまいますが、
目標は設定し直せますし、ミーコさんが本当に望むことへの応援は、
いつでも喜んでさせて頂きますので、
意欲を持ち続けるようチャレンジしてみてくださいね。。
ご参考になれば幸いです。

.

●タイトル一覧へ戻る●

●カウンセリングサービスのトップページへ戻る●