大人でなくては大人の恋はできない
神戸メンタルサービスの平です。
「最近の子どもたちは、昔に比べてひ弱になっていませんか?」
先日、ある雑誌社からこんな質問を受けました。
たしかに、その通りかもしれません。
そして、そう言われてみて、私なりに思ったことの一つが、「昭和生まれの子どもの多くは、早く大人になりたいと思っていたな」ということでした。
高度成長期やバブル経済期がありましたから、昭和の半ば以降の日本はそれなりに豊かでしたが、それでも昭和の子どもはがまんさせられることが多かったと思うのです。
それに対し、おとうさんやおじいさんはお酒を飲んだり、えらそうに命令したりしてきて、自由で気ままに見えたかもしれません。
ですから、「がまんと支配されることばかりの世界から自由になりたい」と早く大人になることを願った人が多かったと思うのです。
中には、頭越しに抑えつけようとしてくる大人たちに、暴走族やチーマーという形で反逆する若者も昭和の時代にはたくさんいたわけです。
そして、平成生まれの人々は、恵まれていて、幸せな子ども時代、もっと言えば、過保護な子ども時代を送った人が多いようです。
一方、おとうさんやおかあさんはがまんばかりしているように見えるようです。で、大人はたいへんで、いつもソンをしていて、子どもがトクをしているという印象もあるようなんですね。
そのため、「このラクな子ども時代をもっと堪能したい」とか、「大人になりたくない、子どものままでいたい」と思う人が増えているといえそうです。
ところが、です。
ここで問題となるのは、「大人でなくては大人の恋はできない」ということです。
実際のところ、昨今は草食系を超えた絶食系の男子が急増しています。もはや恋愛に興味がないという男子です。
また、女性にも、恋愛に興味はあるものの、リアルな恋ではなく、ファンタジーのような恋ばかりしているという人が増えています。
なぜなら、だれかに恋をすると、自分の女性性が強く刺激され、恥ずかしくなったり、なにか悪い自分になってしまったりするような気がするからです。
それで、アイドルを追いかけたり、2次元や2.5次元に好きな人をつくったりするわけです。
大好きな人ができると、男性であれば男性性が、女性であれば女性性が刺激されます。
大人の男女であれば、当然、もっと親密になりたいと思います。キスもしたいし、それ以上のこともしてみたいと思うのも当然です。
ところが、それが怖れや不安の感情を呼ぶんですね。その思いを実現するには、これまでは禁止していた大人の扉を開かなければならないからです。
これは恋愛だけでなく、仕事に関してもいえます。
たとえば、大学を卒業するとき、「社会の海原に出ていくのは不安なので、就職はしないで、大学院に進学し、勝手知ったるお勉強の世界にとどまっていよう」という形で現れることがあります。
ある心理学者は“モラトリアムの時代”と言いましたが、モラトリアムは執行猶予を意味します。つまり、社会人になる準備段階の時間から抜け出せないのですね。
恋愛についても、それなりに準備期間をもたないと先に進んでいくことができないほどに、大人の男性や大人の女性なることにおよび腰になっているわけです。
大人が大人らしくあるのは自然のことです。
大人になることを拒絶し、子どものままでいたいと思っているのだとしたら、それは息苦しい生き方となってしまいます。
来週の恋愛心理学もお楽しみに!!
(完)