比べることをやめなくても、“自分”を見失わない生き方がある
けれど、比べても揺れない自分になることはできます。
この回では、他人軸に振り回されず、自分の価値を感じられる心のあり方を考えます。
「比べないようにしよう」と思っても、人は比べてしまいます。
それは、意志の弱さではなく、心の自然なはたらきです。
私たちは、他人を通して自分を知り、社会の中で安心を得ようとします。
比べること自体は、悪いことではないのです。
けれど、問題はその“比べ方”。
誰かを基準にして自分を測るようになると、心はすぐに揺れ、疲れ、やがて「自分のものさし」を見失っていきます。
今回は、「比べても揺れない自分」について考えていきたいと思います。
比べてしまう瞬間は、日常の中にたくさんあります。
同僚の業績、友人の暮らし、SNSの投稿。
他人の笑顔や成功を見るたびに、「私もがんばらなきゃ」「私だけ遅れてる」と思うことがあります。
でも、本当は、比べている相手の人生も、同じように揺れています。
完璧そうに見える人も、別の誰かと比べて不安を感じているかもしれません。
私たちは誰もが、自分の“足りなさ”に触れながら生きています。
他人の中に自分を探すことをやめられないなら、せめて、その比べ方を変えていきたいと思いますよね。
「比べる」とは、本来、自分を知る行為です。
他人という鏡に映った自分の姿を見て、「私はこう感じる」「ここを大切にしたい」と確かめる。
比べることで、“自分の軸”が見えてくることもあります。
たとえば、同僚のプレゼンを見て焦ったとき。
それは単なる劣等感ではなく、「私ももっと自分の考えを伝えたい」という願いの表れかもしれません。
他人の存在を“刺激”として受け取れたら、比較はあなたを成長させます。
しかし、多くの人が苦しむのは、比較の軸が「自分の内側」ではなく「他人の評価」にあるからです。
他人の目を通してしか自分を見られなくなると、安心は常に外側に置かれ、努力は「評価されるための努力」になってしまいます。
すると、結果が出ても満たされない。
褒められても安心できない。
なぜなら、「他人の評価」は常に変わるからです。
今日褒めてくれた人が、明日も同じように見てくれるとは限らない。
そのたびに心が上下するのは、疲れて当然のことです。
では、どうすれば他人軸から自分軸に戻れるのでしょうか。
その鍵は、“自分との関係性”を育てることにあります。
他人との関係を整える前に、まずは自分に対して「誠実でいる」こと。
たとえば、疲れたときに「もう少し頑張れ」ではなく「今日はよくやったね」と声をかける。
思うようにできなかった日に、「ダメだった」と突き放す代わりに、「やってみた自分」をきちんと認める。
そんなちょっとしたやり取りの積み重ねが、“自分との信頼関係”を育てていきます。
自分軸とは、「他人の言葉が気にならない状態」ではありません。
むしろ、他人の意見を聞いたうえで、「私はどう感じる?」「私は何を選びたい?」と自分の声を拾える力のことです。
自分軸がある人は、他人の成功を見ても否定しません。
「すごいな」「私もやってみよう」と、素直に受け取りながら、自分のペースで歩いていける。
それは、他人と張り合うことではなく、“自分の時間を取り戻す”生き方なのです。
比較で心が揺れるのは、「誰かのように生きなければ価値がない」と思い込んでいるからかもしれません。
けれど、本当の価値は「どんなふうに生きているか」よりも、「その中で何を感じているか」にあります。
どれだけ頑張っても満たされないとき、それは“結果”ではなく“感覚”を置き去りにしているサイン。
「私、どう感じた?」と自分に問い直すたびに、心の軸は少しずつ戻ってきます。
他人と自分の間に“境界”を引くことは、冷たさでも無関心でもありません。
むしろ、それは“健全な距離”。
相手を尊重しながら、自分の感情やペースを守るための線です。
他人の世界に入り込みすぎず、自分の世界に閉じこもりすぎず。
この中間地点に立てるようになると、比較しても、もう自分を失わなくなります。
比べてもいい。
でも、比べたあとは必ず「自分に戻る」。
そのリズムを持てたとき、あなたの中に安心が根を下ろし始めます。
他人の輝きを見て焦ることも、自分を情けなく感じることもあるでしょう。
けれど、それはあなたが生きて、感じて、動いている証。
揺れるたびに、自分の本音に出会えるのです。
比べることをやめなくてもいい。
揺れながらも戻れる場所。それが“自分軸”です。
そしてその軸は、誰かに教えてもらうものではなく、あなたが日々の中で育てていくもの。
比べても、大丈夫なのです。
あなたの中には、何度でも立ち戻れる“自分”という帰る場所があるのです。
(完)