過去の秘密(後編)

パートナーシップのヒケツは、どんなこともパートナーに知ってもらうことにあります。

こんばんは

神戸メンタルサービスの平です。

先週は、50年近く前に封切られた松本清張原作の映画『砂の器』の話をさせていただきました。

この映画の主人公である犯人は、自分の過去を隠したいがゆえに殺人を犯してしまいますが、この作品を観た方ならみな、あの殺された巡査のように「彼を守ってあげたい」という心情になったのではないでしょうか。

さて、昔、私のカウンセリングを受けにきてくださったある社長さんも“隠したい過去”のある男性でした。

彼は事業家として成功し、経済的に豊かな今があり、人望も非常に高い人物です。しかも、実家はある地方の名士の家庭で、まわりの人からはサラブレッドと思われています。

その彼の隠したい過去とは、高校生のころに起こしてしまった傷害事件でした。

昭和の時代は学校同士の対立によるケンカというのがしばしばありました。高校生だった彼はちょっとやんちゃで、その当時から親分肌だったんですね。

で、他校の少々ワルいグループに後輩がお金を脅し取られたりすると義憤し、ケンカが強かった彼がそのワルグループをとっちめに行くということが何度もあったのです。

だんだんエスカレートし、警察に注意されることもあったようなのですが、彼のパンチが相手の胃壁を破るという重症を負わせるというようなことが何度かあり、ついに彼は少年院に送られることになってしまったのです。

その出来事のために彼は高校を退学しなければならなかったのですが、少年院の退院後に大検を受け、優秀な大学に入学しました。

あのときの傷害事件が地元ではちょっとスキャンダルな噂として広がっていたので、彼はその後、地元を離れ、首都圏で事業を起こしました。

いまは奥様と子どももいて、従業員にもとても慕われています。しかし、そのだれにも自分の過去を話すことができずにいました。

実家にもめったに帰らないので、ご両親に奥さまやお子さんを会わせたことはほとんどありませんし、お墓参りをすることもありません。

当然、奥さまはそれを不思議に思いますよね。で、つくウソも限界となり、困り果ててカウンセリングを受けにこられたわけです。

私は彼に映画『砂の器』を観てもらおうと思いました。彼は快諾してくれ、そして、後日、感想を聞いたのです。

彼は殺人犯である大作曲家の悲劇を「ほんとうに気の毒だ」と激しく同情していました。

その彼に私はこう伝えたのです。

「主人公の彼はなににいちばん抵抗していたか。それは、みんなから愛されるということです。

彼は、ライ病の父親と全国を放浪していたとき、出会う人すべてに嫌われていると思いました。それで、彼もすべての人を嫌うようになりました。

そこから立ち直ることができなかったことが、彼の殺人の心理的な原因だと私は思います」

さらに、こうつづけました。

「もしも可能であれば、あなたが少年院に入ったときの関係者の方々と、もう一度、会ってみることをおすすめします。

たぶん、あなたの解釈とはまったく違うものごとの見方がそこにはあると思いますよ」

そうして、彼はあの時代を再検証するということをスタートしたのです。

すると、当時の友人や後輩が、彼にどれぐらい申しわけないと思っていたか、それゆえにどれだけ自分を責めていたかということがわかりました。

また、当時の被害者であったワルグループの元少年は、あの一件は自分が蒔いた種だと人生を見直すきっかけになり、そして、自分にパンチを入れた彼をまったく恨んでいなかったということもわかりました。

さらに事件を知っている町の人々は、あの映画の登場人物と同じように、彼のしたことを責めるより、あんなことになってかわいそうだという思いが強かったということもわかりました。

そうした人々の思いを、彼はまったく知りませんでした。

そして、彼は自分のしたこと、その過去を隠していたことで苦しんできたわけですが、そのことを奥さまに伝えると、きっと嫌われてしまうという恐れをもっていたわけですね。

その彼に私はこう言いました。

「嘘を言うことのほうが、嫌われるリスクは高いですよ」

その言葉に説得され、彼は奥さまにすべてを話しました。それによって、二人の関係はより親密になれたということです。

パートナーシップのヒケツは、どんなこともパートナーに知ってもらうことにあります。

二人の間に秘密がなくなればなくなるほど、絆が深まっていくのです。

来週の恋愛心理学もお楽しみに!!

この記事を書いたカウンセラー

About Author

神戸メンタルサービス/カウンセリングサービス代表。 恋愛、ビジネス、家族、人生で起こるありとあらゆる問題に心理学を応用し問題を解決に導く。年間60回以上のグループ・セラピーと、約4万件の個人カウンセリングを行う実践派。 100名規模のグループワークをリードできる数少ない日本人のセラピストの1人。