SNSのいいねを気にしてしまう

相談者名
コブ

わたしは趣味で小説を書いています。
学生の頃から国語がすきで短文や短歌、詩句、小説などを書くことが好きでした。
成人してからTwitter(現X)に作品をアップして他人に読んでもらうようになりました。

はじめは創る喜びを感じていましたが、いいねの数が次第に気になり始め、いいねがつくかつかないか、つくとしたらいくつくらいつくのかをひどく気にするようになりました。
今わたしがフォロワーが300〜400人いて、作品をアップすると100〜600いいねがつきます。
それでも、もっといいねがついている他人の作品が気になり、いいねをもらうためにどうすればいいんだろうということに思考を割くようになりました。
いい作品を見ると、なによりもまず最初にどれくらいの数のいいねがついているのか確認するようになりました。

たくさんいいねがもらえると嬉しい反面、なにか違うのではないかと思う自分もいます。
もっと作品を創る行為そのものに工夫や楽しみをもっている人を尊敬します。
わたしもそうなりたいし、最初はそうだったのになぜ出来なくなってしまったんだろうと悩んでいます。

いいねの数に取り憑かれて制作するのではなく、創る喜びを取り戻したいです。
なにかアドバイスいただけると幸いです。

カウンセラー
嶽 きよみ

コブさんはじめまして。ご相談、ありがとうございます。
今回担当させていただきます、嶽きよみです。
少しでもコブさんのお役に立てるよう回答させていただきたいと’思います。

まず、コブさんのご相談を読ませていただき、言葉への深い想いと、現在の状況への真摯な向き合い方に、心からの敬意を感じました。

学生時代から国語を愛し、創作を続けてこられたこと、そして現在も多くの方に作品を届けていらっしゃることは、本当に素晴らしいことです。

■コブさんが感じている違和感の意味

「なにか違うのではないか」というコブさんの直感は、とても大切で健全な感覚だと思います。

これは、コブさんの中に本来の創作への純粋な気持ちがしっかりと残っている証拠ではないでしょうか。

もしその気持ちが完全に失われていたなら、このような違和感すら感じなかったでしょう。
つまり、あなたは決して創作の本質を見失ってしまったわけではありません。

■なぜこのような変化が起きたのか

現在の状況を心理学的にみてみましょう。
私たちには「他者に認められたい」という承認欲求があり、これはごく自然な感情です。

SNSの「いいね」は、この欲求を、即座に、そして数値として可視化してくれる強力な仕組みです。

コブさんが体験しているのは、本来「書くことそのものが楽しい」という内側からの動機で動いていたものが、いつの間にか「いいね(報酬)をもらうために書く」という外側からの動機にすり替わってしまっている、という感じではないでしょうか。

いいねがつくと脳内でドーパミンが分泌され、脳はこれを「報酬」として学習し、次の報酬を求めるようになります。

これは、コブさんの意志の弱さや創作への愛が薄れたのではなく、人間の脳の自然な反応です。

■客観的なコブさんの現状

>今わたしがフォロワーが300〜400人いて、作品をアップすると100〜600いいねがつきます。

これは、実はエンゲージメント率として考えると素晴らしい数字です。
つまりすでにコブさんは、すでに大きな成功をされていると言えます。

でも重要なのは、これほど高い評価を得ていても、コブさんの心は満たされていないということです。

これは「もっといいねがつけば解決する」という問題ではありません。
穴の空いたバケツに水を注ぎ続けているようなもので、数字だけで心を満たすことは不可能なのです。

■二つの喜びは対立しない

ここでちょっと視点を変えてみましょう。
「創作の喜び」と「認められる喜び」は、本当に相反するものでしょうか。

>わたしもそうなりたいし、最初はそうだったのになぜ出来なくなってしまったんだろうと悩んでいます。

創作とは、本来たくさんの喜びが積み重なったものです。
言葉を綴る過程の楽しさ、思いついたアイデアやイメージが形になる瞬間の感動、自分の内面を表現できた満足感。
そして、その作品が誰かの心に届いて、共感や感動を呼ぶこと。
これらはすべて、創作という喜びの一部ではないでしょうか。

問題は「認められる喜び」そのものではなく、それが「唯一の」または「圧倒的な」動機になってしまうことです。

いいねの数というは、わかりやすく可視化される分、強力な「報酬」なのです。

>いいねの数に取り憑かれて制作するのではなく、創る喜びを取り戻したいです。

目指すべきは、「いいねを気にしない人」になることではなく、「創る楽しさ」と「評価される嬉しさ」のバランスを、もう一度コブさんが心地よい状態に戻していくことです。

■創る喜びを取り戻すために

すべてをやる必要はありません。
「これならできそう」と感じるものからやってみてください。

1:誰にも見せない非公開創作をする

SNSとは完全に切り離された、あなただけの「場所」を作ってください。
ノートでも、オフラインのテキストエディタでも構いません。

そこには「誰にも見せない」「評価されない」作品を書きます。
好き勝手に、実験的に、未完成でもよいので書いてみてください。
これが、純粋な創作感覚を取り戻すリハビリになります。

2:自己評価システムを再構築する

作品を投稿する前に、SNSとは関係ない場所で「自分評価」を行ってください。
今日の作品の気に入っているところを3つ書き、10点満点で自分なりの評価をつけてみます。

例えば:
この言い回しは自分にとっての挑戦だった
このテーマは今の自分にしか書けない
最後まで書き切った、など

投稿後にいいねの数がどうであれ、「私は、ここを気に入っている」という自分基準を最初に構築します。

3:SNSとの距離を調整する

SNSの即時性から考えるとなかなか難しいかもしれませんが、投稿後すぐに評価を見ないで、一定期間(24時間など)経ってから確認する、など、即座の反応から少し距離を置く工夫をしてみてください。

他人の作品を見る際も、意識的に順序を変えてみましょう。

作品を最後まで読む→自分がどう感じたかを確認する→それからいいねの数を見る。

この順序により、「数字」ではなく「自分の感性」を判断基準にする習慣が戻ってきます。

4:目的を再確認する

なぜコブさんは小説を書くのでしょうか?
どんな瞬間に「書いてよかった」と感じますか?

読んでくれる人と出会いたい
自分の気持ちを整理したい
美しい表現を探求したい
誰かの心に小さな波紋を起こしたい

目的がはっきりすると、「いいねの数」を手段やリサーチのひとつとして捉え直しやすくなります。

■「いいねが欲しい自分」は敵ではない

最も重要なのは、「いいねが欲しい」「認められたい」という気持ちを否定しないことです。

これらは人として自然な欲求であり、コブさんがここまで創作を続けてこられた原動力の一部でもあります。

問題なのは、「それだけになってしまうこと」であって、欲求そのものは決して悪ではありません。

「いいねを求める自分」も「創る喜びを大事にしたい自分」も、どちらもコブさんの本音として受け入れ、コブさんらしいバランスを見つけていきましょう。

■成長のプロセスとして捉える

多くのクリエイターやアーティスト、創作する人々が、コブさんと同じような道を辿ります。

最初の純粋な喜び、承認への渇望、そして再び本質への回帰。
これは成長のプロセスの一部なのです。

いいねの数に囚われる経験よって、コブさんは「読者の反応」というものを学びました。

何が人の心を動かすのか、どんな表現が共感を呼ぶのか。これらは創作する人にとって貴重な財産です。

>いいねの数に取り憑かれて制作するのではなく、創る喜びを取り戻したいです。

今、コブさんはその学びを持ちながら、もう一度「創る喜び」という原点に戻ろうとしています。

これは、「戻る」というよりは、より成熟した創作者として、その先の道に進もうとしているということです。

■まとめ

コブさんが「悩んでいる今」も、すでに創作の一部と言えるのではないでしょうか。

数字と向き合い、比較で苦しみ、それでも「創る喜びを取り戻したい」と向き合ったこと。
これらはすべて、コブさんの作品の深みになるはずです。

焦らず、小さな実験から始めて、少しずつ、意識的に、本来の自分の感性を思い出していく。
そのプロセスを、見守ってあげてください。

学生時代から言葉を愛してきたコブさん。
その愛が、失われていないからこそ、この課題がコブさんの目の前に投げかけられたんです。

何か少しでもヒントになれば嬉しいです。
コブさんが「ことばを愛する自分」と、少しずつ仲直りしていけますよう、心から応援しています。

この記事を書いたカウンセラー

About Author

柔軟な視点で問題を捉え「人間関係」「自己表現」「セクシャリティ」に関する悩みを多く扱う。 特に、現役で自身のビジネスも続けていることから、やりたいことを見つける、夢を叶える、など自己実現のサポートを得意としている。 「見た目の印象とは違い、声に癒される」との声が多く寄せられている。