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2017年3月21日

国会議事堂を見学した話

映画好きつながりのお友達から「国会議事堂の見学に行きませんか」と誘ってもらったのは年明けすぐのころ。

「紙谷さんて、めちゃめちゃシンゴジラ好きでしょう」
「あれ、なんでバレたんですかね」
「つぶやき見てればわかります。今度、シンゴジラ好き集めて関係地点をうろうろする予定なんですが、紙谷さんも東京遊びに来ませんか」
「国会議事堂?内部に入れるんです?」
「見学コースがあるんですよ。官邸・内閣官房周辺を歩いて、国会議事堂を見学して、科学技術館でご飯する企画なんです。
 議事堂内は映画には出てこないけど、矢口蘭堂(主人公。職業:副官房長官)の職場だし、なかなか個人で見学する機会なんてないでしょう」
「行きます」

と、いうわけで。
快晴の一月末、わたしは国会議事堂裏口前にいました。

公式本を抱えたシンゴジラ好きの集団は、そこから見える景色を指でなぞって

「再上陸したゴジラが熱線吐いたとき、官邸と国会議事堂は破壊されたんですよね」
「外務省は壊れて、警察省はぎりぎり残ったってセリフがあるので」
「じゃ、ここからこう。真っすぐカアアッと」
「そうですね。そのまま、こっちの方向に進んで東京駅で停止したんですね。
 ちなみ皇居の向こうにある科学技術館屋上が、ラストシーンのロケ地です」
「ほー」

と、ひそひそ語りあいます。

見学開始を待ちながら、わたしはワクワクした気持ちを噛み締めていました。

癒しに取り組みはじめて大きく変わったことのひとつがフットワークの軽さです。
もともとは重度の出不精だったのですが、癒しが進んだいまでは、面白そうだな!と感じたときにはサラリと動けるようになりました。
無意識に禁止していた"楽しむこと"を自分に許可したぶん、"楽しむこと"に敏感になり能動的になったのですね。

見学を開始しまーす、との警備員さんの呼ぶ声に慌てて通路に並びます。
議事堂内は暗いらしく、足元に気をつけるように注意を受けて見学が始まりました。

赤絨毯。階段の木製の手すり。
本当に暗い廊下を抜けたさきに、深緑のクッションが貼られた椅子がならぶ部屋に入ります。
衆議院議場です。

「すごい...」
「ホンモノだ...。国会中継で観たことある...」
「意外と狭い...」

思わず、ため息が出るわたしたち。

議場の天井はイギリス製のステンドグラスが貼られていて、磨り硝子越しの柔らかい光が手もとに落ちてきます。

「議場内もけっこう暗い。これは、気持ちとしては眠くなるの分かる」
「矢口先生は寝ないでしょう。泉先生は寝てそう」(映画の登場人物)
「赤坂先生は上手に寝そう」(映画の登場人物)

現実と虚構の入り混じった会話を交わしながら、警備員さんの後に着いて赤絨毯の階段を上がります。
急に視界がひらける場所にでると、警備員さんは、こちらが中央広間です、と言って吹き抜けの天井を指さしました。

「四隅をご覧ください。春夏秋冬の日本の四季を描いた油絵があり...」

正直、政治も歴史も建築も詳しくないわたしは、国会議事堂がこんなに美しい建物であることを知りませんでした。
派手過ぎず素朴過ぎない品のあるデザイン。
ここに国の中枢があるのだという見えない重みを感じながら、ぽかんと広間を見渡します。

「現在は立ち入り禁止になっていますが、この天井の上の7階はダンスホールになっています。
 数あるエレベーターの中で、このダンスホールに通じているエレベーターは一機だけです」

ダ、ダンスホール!!

ぴくっと背筋を伸ばすと、同じくぴくっと顔を挙げた仲間と目が合いました。
この辺りが、創作を愛するひとたちの集まりで。
浪漫の匂いに敏感だなあ、と他人事のように可笑しくなりました。

見学終了後に、ダビデの星の散る科学技術館でご飯にしつつ、スマートフォンでおめあての画像を探して頭を寄せ合います。

「ダンスホールの画像ありましたよ。数年前にマスコミに公開されたことがあるみたいです」
「マジですか、どれ?」
「おおお、本当にダンスホールだ。しかも中央の螺旋階段がある。カッコイイ!!」
「良いことを知れて嬉しい。いや、国会議事堂の7階にダンスホールがあることを知ったからといって、日々の生活に役に立つわけじゃないんだけど」
「でも、ダンスホールの存在を知っている人生と知らない人生なら、知っている人生のほうが何となく豊かじゃないですか」

詭弁を言いながら小さな画面を覗いて、あ、自由だ、とわたしは思いました。
知らないものを知ったとき、美しいものを目の当たりにしたとき、わたしは心の底から湧き上がるような自由を感じます。
世界の広さや奥行きの深さの一端に触れることで、自分を縛る窮屈な観念がゆるむからです。

それにはやっぱり、動くことって大事ですね。
おっくうがらずに日常からぬけだしてみてはじめて出会えるものがあるんだなあと、
そんなことを改めて再確認したひと時でした。

読んでくださってありがとうございました。

紙谷まみのプロフィールへ>>>

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2017年3月14日

「人生は旅」を地で行く人

『クレイジージャーニー』というテレビ番組が好きです。

毎週、独自の価値感やこだわりで日本や世界を飛び回るちょっと(だいぶ?)クレイジーな人たちがスタジオに現れて、MCたちに体験を語ってもらったり、スタッフが同行して撮った本人のビデオを視るというスタイルのバラエティ番組です。
(MCはダウンタウンの松本人志・小池栄子・バナナマンの設楽統)

今まで誰も入ったことのない洞窟に潜っていって地図を作っている人や、真冬のアラスカで5ヶ月間たった一人でキャンプをしている写真家など、ちょっと常人には理解しがたい人たちが出てきて、規格外の凄まじい体験を話してくれるのですが・・・

その価値感やこだわりは、かなり一般の感覚とはかけ離れていて、観るたびに私は「自分の知ってる世界ってホントにちっぽけだったんだなあ」と思い知らされています。

その衝撃は「驚き」というより、「驚愕」と言った方がピッタリきますね。

ただ、その一方でちょっとだけ(ホントにちょっとだけですが)憧れる部分や、共感できる部分もあるんですね。
それは、出演する人たちがみんな「自分の『好き』に本当に正直」なところです。

私にも、心のどこかに「こんな生き方がしてみたい」「自分の『好き』を徹底的に追及してみたい」。そんな想いがあって、無意識のうちに彼らに魅かれている気がします。

私たちが夢として、あるいは憧れとして抱えながら実現を諦めていることを、出演している狂気の旅人(クレイジージャーニー)たちは諦めることなど考えもせずに突き進んでいる姿のカッコイイこと。

とは言え、その突き詰めかたが半端なく徹底しているので、とてもマネのできるものではないなあとも思ってしまいますね。当たり前ですが。

ふつうの『好き』のレベルを遥かに超えた「自分だけの生き方」。だからこそ、引きつけられてしまうのかもしれません。

私はこれまでほぼ全ての放送を見てきましたが、中でもダントツに魅了されてしまった旅人が一人います。

その人は永瀬忠志さんといって、通称「リヤカーマン」と呼ばれているかたです。

リヤカーに必要な荷物をすべて積んで、それを引きながら歩いて旅をしているのですが、やってきたことが常軌を逸していると言う他ないくらいの内容なのです。

砂漠やジャングルや高地を、200キロくらいの荷をつんだリヤカーを引いて旅すること40年以上。

世界で一番暑い場所と言われる、アメリカ・デスバレーを歩いたり、
アフリカからフランスのパリまで約1万4千キロを1年以上かけて歩いたり
とにかく歩きたおして、その総距離は40年で地球一周をとっくに超えているとのこと。

新婚旅行すら歩いて旅したそうです。(奥様は普通にバスや電車で先に移動している)

放送を見たときのご本人の印象は、ちょっと日焼けしたごく普通のオジサンだと思ったのですが、じつは冒険家にとっての憧れであり、勲章でもある『植村直己冒険賞』を受賞しているのです。

ほかの旅人たちの放送を見ると、それぞれの活動を紹介する映像は楽しそうだったり、ハイテンションだったり、張り詰めるような集中力を見せていたりするのですが、永瀬さんはちょっと違っていて、毎朝「また朝が来ちゃったなあ。歩きたくないなあ」とか、歩きながら「ああ~、ヤダヤダ」とか愚痴が多いんですよね。

一度アフリカで旅の途中にリヤカーを盗まれた時には「やったあ~!これでもう歩かなくて済むぞ!!」と思ったそうです。
でも日本に変える日に盗まれた場所へ行ってみたところ「やっぱりもう一度ここへ来よう」という気持ちが湧いてきて、数年後にもう一度チャレンジして今度は歩ききっているのです。

なんだかちょっと不思議な雰囲気の人だなあ、でもなんだか妙に気になるなあ。そんな気持ちで画面を見ていたことを思い出します。

永瀬さん自身「なんでこんなことしているのかなあ?」と言ったり、「でも最初にリヤカーを引いて歩いちゃったから、しょうがないんですよねえ。」と笑いながら話す顔は、本当に好きでやっていることが滲み出ているのが分かってしまうんですよね。

「何にも変わったこと、特別なことはしていない」
「そのうち歩けなくなるのだから、歩けるうちに歩いておきたい」
「旅をする理由は・・・分からない」

飾り気のない語り口にのって出てくる、もはや哲学的とも言える言葉を聞いているうちに、いつの間にか地味に見える冒険がとてもカッコイイものに感じられてしまいました。

永瀬さんのことを調べていて出てきたエピソードです。

「旅をしていて砂嵐で思い通りに進まないとき、
風に向かって『この野郎。もういい加減にしろ』と怒鳴る。  
2分か3分、風に全身で怒って居ると、また自然に心が静まってくる。又それで作業を続ける。
旅の途上で振り返ったときに『俺はこんなときにこんなことを思うんだなと。あんな時のあんな行動をするんだなと。自分でも知らない自分に出会う楽しみを見つけた 』」

旅が自分の気づいていなかった自分に光を当ててくれる。
一歩踏み出してみると、新しい世界が見えてくる。

人生を旅に例えることはとっくに使い古された言い回しですが、永瀬さんの姿を見ているとそれが何の違和感もなく受け入れられてしまうのです。

理屈も理解も超えている旅のように見えてしまいますが、地道に文字通り一歩ずつ進めていく歩みは、私たちが人生という長旅で踏み出す一歩と何も変わらないようにも思えます。

その旅の辿りつく先に何があるのか?よりも、じつは
歩き続けるという行為と、そのプロセスで出会う体験が
生きるということそのものなのかもしれません。

私がこれまで心の世界を旅することを選んでこれたのも、たくさんの人との出会いがたくさんの「私の知らなかった私」を教えてくれたおかげだったことに気づきました。

いつの日か後を振り返って、それまでの道のりを眺めるときまで、私もこの旅を歩けるだけ歩いてみようと思うのでした。

近藤あきとしのプロフィールへ>>>

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2017年3月 7日

震災から6年...力強くいきる魂①

東日本大震災とよばれるようになった未曽有の大災害から
丸6年をむかえようとしています。
震災の後、今なお長期にわたり起こっている二つの話題について
「力強くいきる魂」と題してお送りします。

~ターゲットとなった子どもたちの、いきる力~

震災後ほどなくして福島では原発から放射能漏れがおこり、
その周辺はひろい範囲で今も立ち入り禁止となっています。
立ち退きを余儀なくされ、親戚や知り合いを頼って
別の地域に転居した家族も全国にたくさんいます。
なかでも、子どもたちは友達同士が離ればなれになってしまったのです。

新たな地域で暮らしている子どもたちですが、
残念なことに全国各地で「福島いじめ」という現状がおこっているのです。

どういうことかというと、福島から転居してきた子どもたちをターゲットにして
「福島へ帰れ!きたない!汚染される!」などという言葉を浴びせられるようなのです。
こんな現状が全国各地で、しかも同じようなことが子どもたちの間で...
それにしてもなぜ、福島の子がターゲットになってしまうのか。

そこにはさまざまな要素が絡み合っているように感じられます。
その要素とは、ニュースなどで取りだたされている
原発そのものに対する報道や原発被災者への支援に関する情報です。
大人が目にする情報は子どもたちにも入ってきます。
そして、子どもたちは大人の受け止め方をマネすることがあります。

そもそも、震災直後から現在に至るまで一貫して
「不安や恐れ」という人間の心理があります。
程度の差はあれど、日本中の人々がこの不安や恐れを抱いてきたともいえます。

例えば、震災直後であれば、被災地から遠く離れた場所で「買占め」が起こったり、
原発に関するニュースが流れると野菜や米の売れ行きが伸び悩んだり・・・
こんな現象が日本各地で起こったわけです。
この現象を引き起こす心理が人のもつ不安や恐れといわれるものなのですね。
そして、人はわからないものに対して不安や恐れを抱きやすいものです。

さて、そんな不安や恐れは福島から転居してきた家族や
その子どもたちにも向けられることがあります。

「原発ってこわいものだ。そんなこわい所にいた人たちがやってくる!」
という恐怖がいじめという形で表れてしまいます。
子どもたちは時に残酷でストレートにものを言ってしまいます。

また、こんな情報も子どもたちはよく見ています。

「原発被災者には国から支援金が出ている。なんだか恵まれているようだ!」
という歪んだ認知がいじめにつながってしまいます。
自分たちは恵まれていないと思っている子どもたちは、この言葉を言ってしまいます。

そんな福島の子どもたちですが、実はいじめられてばかりではないようなのです。
福島から転居した子どもたちの周りには
いじめを制する正義の味方を担ってくれる勇敢な子もたくさんいます。

「帰りたくても帰れないんだから、そんなこと言わないの!」

そうなんです。「帰りたくても帰れない」
・・・そんな悲しさ、くやしさ、憤り、理不尽さ・・・

福島の人が一番理解してもらいたい気持ちとは
本当は帰りたい、そんな故郷への思いなのかもしれません。


どうか、日本中の人々が福島の人のいきる魂を大切にしてあげられますように。

どうか、日本中の人々がもっていた不安や恐怖を、誰かを理解してあげる愛に変えられますように。

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