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2016年8月30日

美容室にて

今回は美容室で聞いてきたお話をさせて頂こうかなと思います。


前回の散髪は今年の4月あたり。

昔は1~2か月に1回と美容室に通っていたものですが、
ここ数年は、割と短めに切って伸びきったらまた行くという、
「散髪行くの面倒臭い人用ヘアースタイル」にしているので、
散髪は実に4か月に1回といったペースになっております。

4か月というのは、私の髪型がにっちもさっちもいかないくらい、
整髪料を使っても誤魔化せないほどモサモサになる期間のようです。
そして近頃、誤魔化せなくなってきたのでした。

***

そんなこんなで、しぶしぶ行きつけの美容室に行って参りました。

さっそくカットをしてもらっていると、美容師さんが言うのです。

「やっぱり本当に(髪の毛)伸びるの早いですね~。」
「量も多いし、羨ましいくらいですね」と。

そんなにですか~?と返す私に、
「私のお客さんの中でもトップクラスですよ~。」とのこと。

毛量があるのは自覚がありましたが、伸びる早さは普通だと思っていました。
じゃあ普通はどうなんだろう?と気になった私は、
(いつもは美容師さんとあまり会話をしないタイプなのですが、)
気になることは訊いてみようと思い、いろいろお話してみました。

それで詳しく訊いてみると、
一般的に髪の毛はひと月で1センチ程度伸びるらしいのですが、
私は1.5センチくらいは伸びている印象があるとのことでした。
普通より1.5倍伸びやすく、毛量も多いとのこと。
「へぇ~。」などと思って聞いていましたが、次第に何だか不安がこみ上げてきました。
そしてその不安を質問にしてみました。

「伸びるのが早い分、髪が尽きるのも早いってことはないですか?」

そんな「YESと言われたらどうしよう」系の恐ろしい質問でしたが、
それは関係ないですよ、とのことでひと安心でした(^^;)。

内心ホッとしていうる私に、美容師さんはさらに、
「中山さんは海外で髪の毛切ったら研ぎ代請求されちゃうかもしませんね?」
と、冗談交じりでそんなお話もしてくれました。

海外では細く、柔らかい髪質(いわゆる猫毛)の方が多いので、
ハサミの鋭さは長持ちするらしいのですが、
私のような硬く太めの髪質だと、すぐにハサミの切れ味が落ちてしまうんだそうです。
それで研ぎ代を上乗せされることも実際にあるようです。
髪の毛の硬さもバカに出来ませんね。

さすが、専門家は知識が豊富だなと感心しながらも、
今回最大の驚愕の情報を頂きました。

美容関係のお仕事をされている方はご存知かもしれませんが、
なんと、男性は「大人になっても頭蓋骨が成長し続ける」らしいのです。
んなバカな~と思って後でちょっと調べたところ、どうやら本当らしい。

男性を代表して問いたい。

「一体そこに何のメリットがあるというのだ。」

頭が頑丈になるとでもいうのだろうか?
それは良しとしても、そこには隠されたデメリットがあるのです。
それは大人になっても成長し続ける頭蓋骨をよそに、
 「頭皮は成長しない」 らしいということなのです。

頭皮が裂けますね。

などと一瞬思いましたが、実際に裂けている人など見たことないので、
冷静に考えれば全く大丈夫なんですけどね。
でも頭皮が内部から押されて張ってしまうことは事実のようです。

皮膚は引っ張られると固くなります。
そうなると血流が悪くなり、髪への栄養状態などにも影響が出て、
抜け毛や薄毛の原因にもなるらしいです。

私もそろそろマズイですか?と訊いてみたところ、
幸い、私の頭皮はまだ柔らかいとのことでした。
なので「まだその気は無いですよ~」と言ってもらえました。
一瞬、「どの毛が?」と思った自分に、
さすがにネガティブ思考過ぎるだろうと思った次第であります(笑)。

実は最近、ドライヤーを使っているとき、
何となく髪と髪の隙間が広くなったように感じていたのでしたが、
どうやらそれは頭皮が少し広がったせいのようです。
それは加齢であり、自然。そんなところなのでしょう。
・・・そうしておきましょう!

***

と、いろいろお話してきましたが、
人間、自分が気にしている事にはとても敏感になってしまうものです。
そこで、気にしていることを独りで抱え込んでしまうと、
悶々とあること無いことを想像してしまいがちになります。
それはとてもしんどいことだと思います。

私も「もしかして薄くなってきたかな?」と悶々と悩んでいたら、
それこそストレスで髪の毛も薄くなりそうです。

もし何か心配を抱えていて心が苦しい時は、
独りで抱え込まないことが本当に大切なのかと思います。
私などもちょっと気にしていたことがありましたが、
今回、美容師さんとお話できて心が楽になりましたし、
思わぬ知識・知恵を頂けたことも嬉しく思いました。

現在カウンセラーをしている私にとっても、
改めて、誰かを頼るということの大切さを感じられた日でした。

お読みいただきありがとうございました。

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2016年8月23日

昔の記憶とシンクロで、マイブームがやって来た! ~2016年大河ドラマ『真田丸』より~

こんにちは、建部かずのぶです。

毎年、NHKで放送されている大河ドラマ。
今年は『真田丸』ですね。
このコラムの読者で、毎週のお楽しみにしている方もいらっしゃるでしょうか?


私は、元々両親が大河ドラマ好きだったので、子どもの頃は毎回見ていたのですね。

でも、年齢とともにあまり見なくなりました。
中高生になり、親と一緒にテレビを見なくなったことがキッカケだったように思います。

特に、恋の話が出てきたら、なんか照れくさかったですし(//∇//)

そうそう、書きながら思い出しました!
高校生のときに、仲良くなりかけた女の子がいたんですが、
彼女の家の事情で、他県に引っ越して転校しちゃったんですね。
この出来事をどうにも整理できず、ずるずると引きずっていたのです・・・。

この出来事があってから、さらに恋愛モノを見なくなってしまいました。

以来、話題の作品があっても、周りにそういう話があっても、
日曜日のこの時間帯にテレビを見ることもなく、気にも留めてなかったんですよね。

ところが、『真田丸』が決まった時には、妙に気になってしまったのです。

幼い頃に真田十勇士の話を聞いて、どんな話かはよく分からなくても、
真田幸村や猿飛佐助の名前は記憶に残っていました。

また以前に、両腕のない尼僧の大石順教尼の話をブログに書いたこともありましたが、
順教尼ゆかりの地で講演会がある、ということで、数年前に訪ねて行ったのです。

そこは和歌山県の九度山町で、駅前には『真田の縁の地』と書いてありました。

講演会の前に、地元の保存会の方々が鎧姿で登場し、
老若男女で熱演する姿に、真田家を愛する想いがものすごく伝わってきました。

「和歌山だとは聞いていたけど、この街だったんだ。」
大石順教尼の縁者の方々とのご縁とともに、尊い思いを感じたのでした。


幼い頃のちっちゃな記憶と、真田家の名前を見かける機会が続いた直後。
一昨年ですが、2016年の大河ドラマに真田家が取り上げられるというニュースが飛び込んできました。

真っ先に思ったのが、「九度山の保存会の方々、おめでとう!!」
私の知る、真田家ゆかりの場所が、次々と頭に浮かんでいました。

ただそのニュースを目にしたあとは、ほぼそれっきり状態だったのですが、
今年に入り、『真田丸』が始まる直前に、たまたまテレビでその予告を見てしまったのです。

その日はちょうど家に居たので、テレビを付ければそのまま見られます。
昔から、大河ドラマを見る習慣がなかったという奥さまと、超久々に大河ドラマの私。

どことなーく、怖いモノ見たさのような雰囲気から、2人で第一話を見ました。

実のところ、最初は「それっきりかも?」とも思っていたのですが、
「おいおい~」と言いたくなる場面や、「ええっ!?」と驚かされる展開の連続で、
様々な"欲"に飲み込まれる人間模様もあり、毎回ググッと引き込まれていきます。

真田家の人々もですが、脇役のキャラクターの強さもあってか、いつの間にかハマってしまい、
今では欠かさず『真田丸』を見るようになりました。


番組の最後に、登場人物ゆかりの地を解説するVTRも放送しますが、
その土地それぞれに、悠久の時の流れを感じます。

戦国から江戸時代を生き抜く真田家と、城跡だけ残して滅んでしまった武将たち。
そしてその生き様をテレビの画面で眺めている自分に、見終わってから軽いギャップを感じるのです。

過去の歴史の重みを知り、彼らの志を感じ取りながら「今、このとき」を大切に。
一話ごとに、深い深い奥行きを発見してしまいます。

一年を通して放送される『真田丸』は中盤を超えて、話がどんどん進んで行きます。
栄華と凋落が繰り返される時代を、無我夢中で生き延びようと奮闘する人々を描く大河ドラマに、
これからも目が離せない私なのでした。

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2016年8月16日

リハビリルームにて

昨年あたりから、立ち仕事をしていると妙に右足がしびれるようになってきました。
最初はトシのせいかな?使い痛みかな?
と、思っていましたが、一向に良くなるきざしは見えません。
少し長く立っていると、しびれてふくらはぎがあまりにも痛いので、ある日意を決して病院に行くことにしました。

とは言うものの、当初は何科で受診すれば良いのかもわかりませんでした。
いろいろ調べてみたところ、どうやら"整形外科"に行けば良いらしいと解ってきました。
ちょうど我が家の近くに良さそうな医院があったので、恐る恐る行ってみました。
ドアを開けた瞬間、待合室にはたくさんの方が順番待ちをされているのが目に入りました。

もう少し詳しく言うと、たくさんの"おじいちゃん、おばあちゃん"がいらっしゃいました。
中には若い人もいますが、その人たちはどうやらスポーツなどで身体を痛めたようでした。
医師の診察に加えて、皆さんリハビリに通ってらっしゃるんですよね。

私も初診のあとは、「週に3日ほどリハビリに通ってください。」と言われてしまいました。
しかも、「症状が良くなるまでには、少なくとも3ヶ月はかかります。」とのこと。
これは少々ショックでしたね。

でも、仕方ありません。
何もせずに痛みを我慢しているよりも、きちんとこうして診察を受けてリハビリに励むことになったんですから。
まずは現状を受け入れてこそ、前向きになれるというものです。
それで週に3日、せっせとリハビリ治療に通うことになりました。

待ち時間が結構あるので、その間は読書タイムと決めていたのですが、しばらく通う内に、顔なじみの方が増えてきました。
気さくなおばあちゃまは、私にも気軽に声を掛けてくださいます。
「あなたはお若いのに、どこが悪いの?」(えっ、若い?そりゃまぁ、後期高齢者から見たら若いけど・・・。)

以前に、漫才で病院の待合室のことを話題にした話を聞いたことがあります。
いつも通っている、おじいちゃん、おばあちゃん。
顔なじみの人の姿が見えないと、皆さんが心配して
「あの人、どないしはったんやろ?どっか悪いのかしら?」
というネタです。

リハビリルームでは時として、この漫才そのまんまの会話がなされることがあるんですよね。
私はそれも面白くて、そんな時には、もう、本は閉じてお年寄りとの会話の輪に入ることに決めました。

私は高齢の母と同居していて、日頃から、いろんな会話をしています。
母は認知症ではありませんが、思いついたことはすぐに言わないと忘れるからか、話の途中でも突然別の話をすることがあります。
しかも主語抜きで・・・。
聞いているこちらは???です。
それで、「それは誰のこと?」とたずねると、その名前を言っている間に、
「え~っと、何を言おうとしてたんやったかな?」と、肝心の話を忘れるといった具合です。
「忘れるくらいの事やったら、大したことないわ。アハハ!」で終わりますが、高齢者と話するには、結構根気が要ります。

それが、このリハビリに通うようになってから、何とそのスキルが生きることになりました。
たまたま隣に座ったおばあちゃんが、私に話しかけられるので聞いていると、そのおばあちゃんと顔見知りのおばあちゃんも混ざって会話が展開されます。
他愛のない話が多いのですが、時には人生相談さながらのお話になることもあって、私はただただ傾聴させてもらっています。

常日頃から、"人の人生に平凡な人生なんてない"と思っていましたが、これほどの高齢の方たちの人生の一端を垣間見ることが出来るのは、ありがたいことですね。
私がカウンセラーだ、などということはもちろんナイショです。

おばあちゃん達のハツラツ振りに比べて、おじいちゃん達は何となく影が薄いです。
皆さん現役を引退して、もうかなりの歳月が過ぎているようですが、悠々自適とはいうものの、地域社会とのつながりにおいて、女性には勝てないのかもしれません。

頑張れ、おじいちゃん!

人生の先輩であるお年寄りが、腰が痛い足が痛い、手足がしびれる、というのは、骨が変形して神経が圧迫された痛みもあったんですね。
私は今回、自分が経験してみて、それがよ~く解りました。

人は誰でも老いていきます。
けれど、体は老いても心は気持ちの持ち方次第で老いることがありません。
「面白いな」
「楽しいな」
「嬉しいな」
そんな風に反応できる、柔軟な心を持ち続けたいものです。

私の状態は、当面の予定だった3ヶ月のリハビリを終えて先日レントゲンを撮ってみましたら、多少なりとも改善していました。
ありがたいことです。
もうしばらくリハビリルームには通うことになりますが、これも良い経験です。

これから先も、体の不具合はいろいろあることでしょう。
でも、それを嫌ったり疎ましく思うよりも、上手に付き合っていきたいと思っています。

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2016年8月 9日

両家への挨拶についてのアレコレ

現在、妊娠6ヶ月です。
去年の今頃は挙式の準備にワクワクギャーギャーし、
さらに一昨年の今頃は旦那さんと同棲をするための引越し準備をしながら、
合間に旦那さんのご両親に挨拶をしていた頃でした。

挨拶といえば、もちろん旦那さんも私の両親に挨拶に来ました。
その時の面白エピソードをお話ししたいと思います。

引っ越しを決めたのは、結構ノリと勢いだったので、
二人共両親にお付き合いしている人の存在を伝えてはいましたが、
そんな結婚どころか「一緒に住む」の「い」の字も話してはいませんでした。

私自身、二人共40も近いいい年こいた大人なんだし、
反対されるような事はないだろうと思いっきり高をくくっていたのです。
案の定、私の両親は手放しで喜び、
母に至っては「引っ越すのは来月末だ」と伝えているのにも関わらず、
もう一緒に住んでいると思って連絡を寄越すほどでした。

しかし、そうは問屋が卸さなかったのは彼のお父さんでした。
彼が引っ越しをするための保証人になってもらいたいと
お父さんに連絡を入れた所、こっぴどく叱られたんだそうです。

よくよく話しを聞いてみると、「順番が違うだろう」と言われたとか。

まぁ、マニュアルに載っていそうな手順だと、
ご挨拶→婚約→結納→入籍・結婚→一緒に住む、
なんでしょうが、色々飛ばしましたし、
できちゃった結婚なんてザラに聞くようになりましたから
思いっきり順番なんて無頓着になっていました。

さらに、もうちょっと話しを聞いてみると、
「あ、彼のお父さんは非常に真面目で心配症な方なのでは?」と
ピンと来たのです。

同じように真面目で心配症な方はお分かりいただけるかと思うのですが、
寝耳に水、青天の霹靂な話しを聞くと
びっくりしすぎて怒り口調になってしまうのです。
知らない事=自分のコントロール下にないので、
予測が付かず、恐怖の対象になってしまうんですよね。
私も昔、真面目で心配症だったのでその反応はとても良くわかりますし、
よくやりました。
そしてその後、お約束のように自己嫌悪に陥りました^^;

結局、反対されている訳ではなく、
お父さんなりに心配しているだけだとわかったので、
ホッと胸を撫で下ろしました。
彼は急激に緊張下にさらされたので、しばらく凹んでおりましたが。

そこから「両家への挨拶は早いほうが良いだろう」と
トントンと私の家への挨拶、彼の家への挨拶の日取りが決まりました。
そしてまた緊張で凹み始める彼。
「どうしよう.........」
どうしようも何も、二人共40も近いいい年こいた(ry
.........ですが、どうもこういったことは年齢関係ないそうです。

男性は「結婚=責任」(この場合は同棲なのですが^^;)と思っている事が
如実に現れているなぁと、男性って本当に大変だなぁと思った次第です。

そんな話しを会社の結婚している同僚にすると、
さらに上を行く面白エピソードを披露してくれました。

彼女もいわゆる晩婚で、さらにできちゃった結婚でした。
ご両親は「やっと貰い手が見つかった」と諸手を挙げて喜んだのですが、
彼女のお父さんがちょっと変わった人で、
「娘はやらん!」と怒鳴ってみたいと言ったのです。
彼女自身もユニークな人だったので、彼に事の次第を話し、
念入りに打ち合わせをして挨拶の当日を迎えました。

土下座をしつつ、「お嬢さんを僕にください!」
「よくもウチの娘を傷物にして!!」胸ぐらを掴み、殴る(真似)。

以上を演った後、万歳三唱をして酒盛りになったそうです。
「演技とはいえ、やっぱり怖かった」とは彼女の旦那さんの後日談です。

さて、話しは戻って私の実家への挨拶の日。
やはり彼の心配は思い切り杞憂に終わりました。
ウチの父は上機嫌で昼からビールを複数本開け、
出前に寿司を取り(しかも彼の苦手なエビをわざわざ抜いて)、
彼を手厚くもてなしておりました。
私も父のとろけるような笑顔は、
家を建てた時以来と違うかなと思うほどでした。

まぁ、それでも彼は終日気を張り詰めていたようで、
帰りはぐったりしておりました。

私自身の彼の実家への挨拶は
直前にちょっと緊張しましたが、
彼から断片的に聞いたご両親についての話から
「こういう方々かなぁ」と、
ある意味答え合わせをするような感じでワクワクしていました。
するとやっぱり、面白い事が目白押しで
「こんな素敵な環境が彼を作ったんだなぁ」と
凄く世界が広がった気がしたのです。

「結婚は個人の問題ではなく、家の問題だ」と言われる事があります。
それも一理あるでしょう。
しかし、私は「家の問題」であったことで逆に恩恵を受けたのです。

それは挨拶の時、私の父は私のことを
「何も心配することのない娘だが、 お金のことだけはてんでダメで」
と評価していました。
しかし、私がそういったお金に関する計画性のなさを
彼のお父さんにお話すると、
「それは大事なことだ。人生の楽しみ方を教えてやってくれ」
と仰ったのです。

お金を使うことをそういう風に思っている人が居るんだ!
見る人が違うとネガにもポジにもなるんだ!
これは大きな癒しであり、恩恵でした。

多分、この恩恵は彼と個人の関わりだけでは得られなかったと思うのです。
家で関わることで初めて得られた視点だったのです。

こうやって家族が急激に増えた2年でした。
そしてまた、小さな家族が増える予定です。
この子はどんな恩恵を我が家にもたらしてくれるのでしょうか?
そして私はこの子にどんな恩恵を与えられるのでしょうか?
怖くもあり、楽しみでもあるのです。

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2016年8月 2日

いてくれるだけでいい存在

私には1才になる孫(男の子)がいます。

よく孫はかわいいと聞いてましたが、本当にその通りで
最近では私の顔を見ると、高速ハイハイで寄ってきて
満面の笑みで両手を広げ『抱っこして』のポーズ。
これにはキュンキュンしてメロメロになってしまいます。

でも、そうかと思えば、不機嫌な時には「おいで」と言っても
ぷいっと冷たい扱いをされ、ハートブレイクなのですが(笑)
それでも、やっぱりかわいいと思ってしまう私は、見事な
ばぁばバカだなぁと自分でも思います。

自分の娘を育てていた時は、ほぼ年子状態だったこともあってか
必死過ぎて、可愛いと感じられる余裕もなく
(今から思うと貴重な時間だったと思いますが)
「ばぁば」という、美味しいとこ取りのポジションならではかも?
とも感じています。

私だけでなく、ママである娘1号も、パパである婿殿も
じぃじであるだんな、おばになる娘2号
そして婿殿のご両親であるじぃじとばぁばも、彼にはメロメロで
とにかくいてくれるだけで、周りは自然と笑顔になり
癒しの存在となっています。


そんな孫を見ていると、自分の祖父の事を思い出します。
私のおじいちゃんも、私のことをこんな風に見ていてくれたんだろうか?


私の祖父は、私が4才の時に亡くなりました。
両親は共働きで、祖母は父が幼少のころ亡くなっていたので
祖父が病床に臥すまでは、祖父が私を育ててくれました。
明治生まれで、ちょっと怖くて頑固なイメージがあり
小さかったのであまり覚えてはいないのですが
私には優しかったような気がします。
こたつに入り、祖父の胡坐の上に座って、ぬりえをしていた記憶が
あります。


亡くなる前日の夜、もう病院では出来る治療もなく自宅療養中だった祖父が
「チョコレートをあげるから部屋においで」と私を呼びました。
でも、アニメを見ていた私は、ちょうどいいところで楽しかったので
「行かなーい」と言い、祖父の部屋には行きませんでした。
すると、次の日の朝、起きたら祖父は亡くなっており・・・

母から「最後に顔を見たかったのかもね」と言われ、子ども心に
「やってしもぉたー!!おじいちゃんに悪いことしちゃった!!」
と思ったことを覚えています。
私が最初に感じた大きな罪悪感だったかもしれません。


大人になり、そんな風に思ったことも忘れていたのですが
心のことを学ぶうち

自分のやりたいことや楽しいことをやろうとすると、心のどこかで
また大切な人がいなくなってしまうんじゃ?という感覚が出てきて
ストップをかけてしまうのは、きっとこのせいだ!と思い
祖父の思い出は、どこか罪悪感とつながっているようでした。

(それも、おじいちゃんからすれば迷惑な話で(笑)
 いやいや、そんなことで怒ってないし、って思ってたでしょうけどね。
 実は、自分が前に進むのが怖くて
 その体験にこじつけていただけなのかもしれません。)


でも、孫が生まれて、彼の存在を見る度に、祖父に対する気持ちも
「ごめんね」より「ありがとう」に変わっていきました。
ただただ孫が愛おしくて、こんな風に私も見てもらってたのかと思う
と、胸がいっぱいになり、こみあげてくるものがあります。

そして、彼には幸せであって欲しい、自分の望むとおり自由に生きて欲しい
と思うと同時に、きっと祖父も私にそう思っていてくれるんじゃないか?
と思うようになりました。


以前私は、役に立つ人だと言われたくて、すごい人だと言われたくて
意地を張ったり、競争をしたりと、頑張りすぎて疲れしまったことがあります。
頑張るのが悪いことだとは思いませんが
特に役に立つ人になろうとしなくても、すごい人になろうとしなくても
ただいるだけで、孫が私を幸せにしてくれるように、
私も誰かを幸せにしてきたんじゃないかと、今は思うのです。

私たちは誰しも、誰かにとってそんな存在で

あなたの存在が誰かにとっての癒しになり
あなたの笑顔が誰かにとっての救いになり

ただいてくれるだけでいい存在なのだと思います。

だからこそ、自分のやりたいことをやり、幸せに自由に生きていいんだと思います。

あなたのことをそんな風に見てくれた人は誰でしょう?

もし、今、何かしらうまくいかなかったり
やりたいことが出来なかったり
頑張りすぎて疲れてしまったり
自分に制限をかけていることがあるとしたら
きっとその人が応援してくれています。

あなたが、誰かにとって、ただいてくれるだけでいい存在であること
思い出してみてくださいね。

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