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2016年3月29日

我が家の味

暖かくなって来ましたね。
カウンセリングサービスのあきやまです。
この原稿を書いている今は桃の節句で、料理家、土井勝先生の書かれた本を手にちらし寿司を作っています。
そう。
息子さんの土井善晴さんではないのです。

私の実家の母は、非常にマメで料理の上手な人です。
というのも、父が「料理は作れないが味には一家言ある」人だったので、母が若い頃は父のお口にあうよう、物凄く試行錯誤したそうです。
しかも父は美味しい時は何も言わずに黙って食べるのですが、美味しくない時や食べ慣れていない味の時には大っぴらに「美味しくない」と表現する人だったので本当に苦労しただろうなと思います。
私だったら切れて、食事の準備をボイコットしてしまう所です。
その中でも土井勝先生の味付けが父のお気に召したようで、実家には土井先生出演の「きょうの料理」で紹介されていた料理を一つひとつ書き留めた年代物のノートがあります。
御節料理も母が大晦日にこのノートとにらめっこしながら黒豆や伊達巻を作っていたことを思い出します。
お弁当も3色彩り良く、豪華、とはいいませんがお花見・遠足・運動会などで準備されるお弁当は毎回非常にカラフルでした。
ちなみに母は手間暇かける人ではなく、手軽なもの、便利なものはいち早く取り入れて効率化を図る「主婦の鑑」みたいな人でもありましたから、私は「こんな完璧な人にはなれない」と凹んでいたことも付け加えておきますね。

そんな食事情でしたので、私はほとんど外食をする文化のないまま成人しました。
そして幼いころは、両親のあまり外食をしない習慣に不満たらたらでした。
友達の「夕飯は居酒屋で焼き鳥だった」という話に驚き、「外食」という大人びた習慣に非常に憧れるようになりました。
高校時代がお弁当の生活だったのですが、平日はともかく、土曜日に他の人が学校外のお店へパンやお弁当を買いに行くのが本当に本当に羨ましかったのです。

しかし私も大人になり、一人暮らしをするようになってから居酒屋デビューしました。
感想は「あ、こんなもんなんや」(笑)
実家のフライパンで焼いた焼き鳥の方が美味しいと思ってみたり。
(流石にもっと大人になってから炭火で焼いた焼き鳥を食べた時は感動でした!)
さらに一人暮らしが長くなるにつれ、あれだけ憧れていたコンビニ弁当や惣菜パンの味に飽き、手作りの味の素晴らしさを噛みしめるようになりました。
そして母が作り出す土井先生の味付けが非常に気に入っていることに気付いたのです。
今でも、外食して残念な思いをするぐらいなら、自炊して自分好みの味付けの美味しいものを食べたいと思ってしまうぐらいです。

今だから思えるのですが、母の料理は本当に美味しかったのでしょう。
あれだけ味にうるさい父が、毎日真っ直ぐ家に返ってきて母の作った料理を食べていたのです。
仕事の付き合いで飲みに行くのは、忘年会・歓迎会といった年にほんの数回でしたし、その時は必ず母に「夕食はいらない」といっていましたから。
もちろん、それは定年退職まで続き、退職した今も母の手料理を食べています。
不器用な父なりの、愛情表現なんでしょうね。
そして相手の好みを研究してピッタリのものを出す...母の深い愛を感じます。

さて、味覚というのは、幼少期にどれだけ色んな味を体験したかで決まってくるそうです。
私の味覚は本当に母と土井先生に育ててもらったもののようです。
特に和食は顕著なようで、これに気づいたのは、結婚して毎日料理をするようになってからでした。

普段、料理をする時には、ほとんどクックパッドのレシピに頼っています。
あれ、凄く便利ですよね~。
しかし、洋風や中華は良いのですが、煮物など和風の味付けの物だと、凄く味が濃かったり、甘過ぎたり、しょっぱく感じられて美味しく感じられないのです。
人気No.1のレシピなのになんでかなぁと思いつつ、ふと昔、買っておいてそのまま何年も放置していた前述の土井先生のお料理本で味付けをしてみました。
すると、「あ、これだ」と凄くしっくり来たのです。

その時作ったのはひじきと大豆の五目煮だったのですが、旦那さんも非常に気に入ったようです。
「ひじきの煮物は甘ったるい物が多くて苦手だったけれど、これは美味しい」といって喜んで食べてくれるので、我が家のひじきの煮物はこの味に決まりました。

今、干ししいたけとかんぴょうを甘辛く煮ているのですが、その醤油の香ばしい香りが辺りに漂ってまいりました。
私にとって、母が作る土井先生の味付けは懐かしさと共に、家族に贈りたい愛の形として今も息づいています。

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2016年3月22日

忙しいとお皿が割れる?!

あれもしなくちゃ
これもしなくちゃ
そういえば、あれも。

なんて、やることがいっぱいの時ってあります。
いつも何かやらなくてはいけないリストが、頭から離れなくて、優先順位を更新しまくっている超忙しい頭の中。

そんな時、私は、食器を盛大に割ってしまいます。

わざとじゃありません。
恐らく手についていないのでしょう。

夕食の後のキッチンで、一刻も早くこの洗い物を終えてしまいたい!などと思いながら、ものすごい勢いで洗っているせいですね。つるっと滑って、ガシャンっ!

下に置いてあった食器とぶつかって、1つでは済まないことも多く。泡だらけの割れた食器を片付ける羽目に・・

こんなこともあります。
とにかく急いでいるせいで、勢いがついていて、でも、手についていないの、思いっきり放り投げてしまうのです。
びっくりするほど遠くまで、コップが飛んで行ったことがあります。

時に、真っ二つに、
時に、粉々になる食器を片付ける時の気持ち。

勢いづいたついでに、キーっ!!と腹が立つこともあれば、
仕事を自分で増やしている自分に、呆れるやら、がっかりするやらで悲しくなってしまうこともあります。

みなさんにも、ご経験があるかもしれませんね。

でも、食器って、案外割れないものです。
割れ物ですけど、週に1回も割りませんよね。月に1回も割らないかも。

でも、割れる時がある。
どうやらそれは、頭が忙しくて、手も忙しくて、余裕がなくなっている時が多いらしいと、ある時気がついたのです。

それから、私は、食器が割れた時、こう思うことにしました。

「おっと、私、余裕がなくなっているらしい。」
「ひと息入れよう。」

このやり方を採用してみたら、こんなメリットがありました。


正気に戻る。


はっと、我に返るわけですね。
それも、結構一瞬で。
ガシャンっ!という音と共に。

忙しさが減るわけではありません。
むしろ増えています。

でも、割れた破片を、手を切らないように、拾い忘れがないように、注意深く片付ける時間。

頭の中の「やることリスト」からは、束の間、離れることができているともいえます。
大忙しだった手も、さっきよりはゆっくりになっています。

キーっとなっていても、それはそれで、張り詰めていた感情のガス抜きになります。
「もういやになっちゃう」と、ポロリとこぼれた涙も、心を少しすっきりさせるものです。

そのくらい、いっぱいにがんばってたんだなーと気がついてあげることができます。

超忙しければ、しっかりOFFにする必要がある。

そのことを、つい忘れてしまうんですよね。
緊張状態のせいで、ゆるみにくくなっているともいえます。

でも本当は、お皿を割って、正気に戻るなんてやり方よりも、もっといい方法があります。

それは「小さなゴール」をたくさん作ることです。
私たちは、がんばっている時、がんばっていることを忘れてしまうことがあります。
アドレナリン全開で、ハイテンションでやっている時でも、やらなくちゃいけないと義務感いっぱいでやっている時でも、踏ん張っている私たちは、力が入り、緊張状態です。歯をくいしばって、硬くなっています。

意図的に作った「小さなゴール」は、その状態が続くのを休ませるためのものです。
一旦休憩する。ご褒美をあげたり、ゆるめるためのマッサージをご自身にあげたりします。

少し硬くなっているだけだったら、ゆるめるのは比較的簡単でしょう。
少し疲れているだけなら、そんなに長くお休みしなくても回復できるでしょう。
ご褒美を味わう余裕があるうちに、それをするとよいのです。
ゴールの設定は、そんな間隔にしておくのがちょうどいいようです。

お皿が割れることで、意外なセルフセラピー効果のお話をさせていただきましたが、もっと早く「私、疲れてるかも!」って気がついて、ちゃんと休むことを怠らなければ、一番効率良く頑張ることができるとも言えるかもしれません。
頑張ったら休む、当たり前なことですけれど、忘れないよう、みなさんもお試しくださいませ。

長い人生、忙しい日常、
休み休み、ひと息いれながら、いきましょう。

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2016年3月15日

"ママ"こそ、可愛くいきましょう

皆様、こんにちは。山本美登里です。


私は、この春で母親になって3年になります。
子供自身をはじめ、母親になって得られたもの、感じたものはとても多いです。
その中でも大きいのは、"自分に、自分の采配で時間やお金を使える"ということが幸せなことであるという気づきでした。

子供が小さい間は本当に大変です。
朝起きてコンタクトをはめて見る、すでに一日疲れ果てたような自分の顔に愕然とすることも少なくありません。
うちはまだ保育園などには通っていないので、基本的には24時間365日、子供と一緒のようなものです。
必然的に自分のことは後回しになります。

仕方ないと思いつつも、心の奥では「そんなのは嫌だな・・・」と思っている自分がいるのはわかっています。
でも、母親という立場にいる以上、"子供のことを優先しないといけない"という気持ちが強く働きますから、
自分のことを押し通すことにはどうしても抵抗を感じるのです。
本当は、自分の好きな時に好きなだけ寝たいし、一人(あるいは友人と)で出かけたいし、夜に友人と飲みに行ったりしたいのです!

でも、それを叶えることが難しい事も分かっている(無理だと、自分が決めつけている部分もあります)ので、
「○○したいなぁ・・・。」と考えることすら抑え込むようになりました。
ですが、我慢・抑え込むことでかかる負担は大きく、少しのことですぐイライラしたり怒るようになって、
子供への態度が嫌なものになっていきました。
そのことで、「自分のことができないために、イライラして子供にあたるなんて最低だ」と自分を責め、
子供に対して"こんな自分が母親であること"に対して申し訳なさも感じます。
「こんなんじゃ、この先母親としてとてもやっていけない」と思っていた時期もありました。


でもある時、気が付いたのですが。
子供が転びそうになったり、転んでしまった時。反射反応のように手が出たり、「大丈夫?」と声が出ているんです。
子供のことはやっぱり大切なんですよね。

そして、そんな子供が笑顔で「ママー!」と呼んでくれるのは自分なのです。
なら、「最低なママ」より、「○○が大好きなママだよ~」と私も笑顔で返したくなりました。


それから私は、自分のことを好きでいられるママになるために、自分のことを子供同じように大切にすることを意識しました。

例えば、以前は美容院に行くときすら「ごめんね、ごめんね。ママすぐに帰ってくるからね!」と、
申し訳ない気持ちをいっぱいに出かけていました。
今は「ママ可愛くなってくるね~」と出かけられるようになり、夫と子供も笑顔で送り出してくれます。
帰宅すれば、夫が子供に「ママ可愛くなってきたね、○○のママは可愛くていいな~」と言ってくれます。
他にも、お風呂上りにスキンケアにかける時間は全然ないので、「オールインワンジェル最強!」と、
顔にだけささっとぬって終わり、という感じだったんです。(昔は、パックに化粧水に美容液に保湿、と何段階もしていました)
最近は、体にも手をかけてあげられています。おかげですべすべになった私の腕を、子供がなでなでしながら、
たまにちゅっとする姿とか、かわいくてたまりません!!笑。


今、自分がやりたいことをすべて実現するのは難しいのかもしれません。
でも、自分が何をしたいのか、それはどうすればできるのかを考えてみる価値はあると思うんです。
「どうせ無理だろう」と、最初から考えることすらやめてしまうのはもったいない事ではないでしょうか?
私も初めは、考えたり、夫に「○○したいんだけど」と本当に言い出しにくくて・・・。
それでも少しずつ"主張の練習"を重ね、今は夫にお願いしたり、一時保育を利用して、"今の自分"を整理する時間を定期的に作っています。
"ママ"は日々重労働ですから、気が付けばボロボロです。
だからこそ、しっかり"今の自分"を意識することは必要だと思うのです。


家族を支えるママだからこそ、日々楽しく可愛くいきたいですよね^^
世の中に、素敵なママが増えますように。

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2016年3月 8日

いつまでも輝くために ~女の楽しみは永遠なのです~

こんにちは、大みぞなおみです。

私ごとで恐縮なのですが、最近気になっていることがありまして。
スタイルが悪くなった気がするのです。いや「気がする」なんて
ごまかしちゃいかん。だって、鏡は嘘をつかない。
依然より、なーんか私、やぼったいのです。

スリーサイズはほとんど変わってないはずなんだけど...
これは、お肉が月日と重力に逆らえずたるんできたに違いない。

4年前までクラシックバレエを習っていたんです。結構まじめに
レッスンしていたから筋肉もついていたし、姿勢も良かったはず。
教室の大きな鏡に映る自分が太いと精神的に辛いし、踊っていて
動きが重くなるのがイヤだったので体重には気をつけていました。

子供を産んで30代の体だったのに頑張っていたなあ、私...(遠い目)。
でもバレエが好きで大切だったので、鍛えることも体重に気を遣う
ことも全然苦ではなかったんです。それも生活の一部でした。

でも、バレエをやめてからほとんど運動しなくなってしまったので、
筋肉が落ち姿勢も悪くなり、体の線もゆるんでしまったようです。
今の生活を考えてみると、電話カウンセリング中はメモを取りつつ
お話を聞くのでほぼ前かがみです。こうしてパソコンをしていても
つい腹筋がゆるみ、肩が上がって背中が丸くなりがち...。

家事も意識をしなければシンクによりかかってご飯作ってたり、
ゆるっとしがちです。...うう、これはまずいな、と自覚しました。

このままじゃイヤだな~...スタイル良くなりたいな~...
でも、もう前みたいには頑張れない...いや、頑張りたくない...
そんな気持ちでうつうつしていましたが、はっと気づいたのです。
「私もう踊りたい訳じゃないんだし、
あの頃みたいになる必要はないじゃん!」...って。

人ってつい、自分が一番良い状態だった時の姿を目標にしがちです。
一番業績が良かった時...一番モテてていたとき...輝いていた自分...
あの時の自分みたいにならないと輝けない、幸せになれないなんて
思ってしまったりします。

でもそれは誤解なんですよね。今までとは違う、今にふさわしい
やり方で輝き、幸せになることはいくらでもできるんです。

そのためには、今の自分をちゃんと見ることが大事だと思います。
ほしい幸せ、なりたい姿、やりたいことは何なのか、目的は何な
のか...これらをはっきりさせることが、ずっと輝きを失わず、
幸せを更新し続けていくためには大切なんだと思います。

目的が自分にとって喜びや幸せであれば、そのための努力は
幸せに続く道。であれば、やる気も湧きモチベーションも持ち
続けていられるでしょう。

私の場合だと...
スタイル良く姿勢よく健康的でいたいのです。そういられると
気分がよいし、自分をより好きでいられます。そしておしゃれや
女性であることを、ずっと楽しみたい...うん、こんな感じです。

なんだか見た目のことばかり気にしているようで、恥ずかしい
ような気持ちはありますが、大人女子にとって見た目って大事だ
と思うのです。若い時とはまた違う意味で。

若い時は特別なことはしなくても、多少ぽっちゃりしてたとしても
あまりおしゃれしてなくっても、それはそれでかわいく魅力的です。
若さって十分に輝き、価値のあるものです。

でも...若さ過ぎたら終わり、なんて考え方じゃつまらないですよね。
年齢を重ねたからこそ似あう服もスタイルもある。
これが好き、これが綺麗、そんなことを感じてると楽しくなる。

女子の楽しみは永遠なのです。それがあってこそ内面も充実できる。
たとえそれが自己満足であってもいいじゃないですか。
女に生まれたからには、楽しまなくちゃもったいないと思うのです。

自分のことに話を戻します...。目的は、おしゃれに服を着るために
スタイルや姿勢をよくすることなので、ギスギスとダイエットや運動
をする必要はありません。一気に気楽になる私。
そしてやるなら楽しく楽に続けられるようにと、作戦を考えたのです。

我が作戦についてざっと挙げてみると...

・朝起きたらすぐに、腕と背中の軽いストレッチ&筋トレ。
⇒ノースリーブが着たいから。ゆるーくも毎日やると効いてきます

・カウンセリング後は肩こり解消ストレッチ。
⇒肩が凝って上がっていると、首が埋まってすっきり見えないからね

・料理しているときだけは、腹筋背筋、姿勢を意識する。
⇒いつもいつもは難しいから、このときだけでも意識して

・パンツスタイルやスニーカーのときは、内腿を意識して大股で歩く。
⇒歩きやすい時限定で、ちょい筋トレ

・むくみ対策としてお風呂で足もみ。
⇒これだけでも足が軽くなる...気持ちいいからすぐ習慣に

・菌活...酵素食品を取って腸内環境を整える。
⇒ヨーグルト使った簡単レシピにはまってます。本当に調子がいい!
 トッピングに、あんこ&きなこ、キムチ、オリーブオイルと塩など
 意外だけどおいしくて楽しいです!

目的がはっきりしていると続けやすいと思います。時間を限定する、
苦労しなくてもできる内容にする、遊び心も取り入れるのが、習慣化
のコツかと思います。楽しくなきゃ続かないし、ほしい結果も手に
入りませんからね。

まずはゆるめに設定して、遊ぶようにチャレンジするくらいがいいと
思います。習慣化してきたら、少しずつやることを増やしていけばOK
くらいの気安さで行こうと思います。

それから、ワードローブの見直しもしました。これはファッションの
プロのお力も借りて、自分に本当に似合うスタイルを勉強しました。
今、新しい路線のアイテムを少しずつ集めています。
これがとても楽しい作業で、いくつになっても新たな学びや発見、
自分との出会いってあるものだなーとしみじみ...

なんか私、やぼったい!やばい!という、ネガティブな思いから
始まった今回のこと、向き合ったおかげで恩恵がありました。
めでたしめでたし...で終わらせず、続けていくぞー。

とっても私的な話でしたが...
いつまでも輝きたい、これからの幸せのために何かしたい、
新しいことをして習慣化させたい...などなど思われている方に
何か少しでも参考になることがありましたら、とても嬉しく思います。
お読みいただきありがとうございました。

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2016年3月 1日

普通なことってありがたい

普段何気に生活をしていると、 無意識に動かしている自分の体の
ことについて考えることってあまりないのではないでしょうか。

まさに私がそうでした。

そこで今回は普段気にせずに普通に行動してることがとても"ありがたい"こと
だったと再認識できたことを書かせて頂きますね。

去年末に帰省しようと駅までの道のりを歩いてたんですね。
すると、なんとなくですが、歩くたびに尾てい骨に違和感がある気がするんです。
気のせいかな?って最初は思ってたんです。
ですが、違和感は確実な痛みに変わり、右足の踵が地についたとたん、
尾てい骨にズキッと痛みが走るようになったんです。

「こ・・・ これは???」

「家をでる前に大掃除をしたし、筋でも違ったかな?」

そんなことを考えながら帰省したのですが、
右足を動かしたり力をいれると痛いんですよ。。。。。

力が入らないので、まともに立てなくて、
ズボンもパンツも靴下も立ったまま穿けないんです(笑)

動くと痛くて、つい口から「アイタタタ...」と漏れるので
情けないやらかっこ悪いやら(笑)

年末年始は痛くて 歩けないので、初詣も行けませんでした。
ええ。寝正月です。

そして、1週間たっても痛みは平行線のままだったので、
正月明けから開業されてる整骨院を見つけ いそいそと予約をとって、行ってみたんですね。

私は掃除の影響で筋が違っただけと思ってたので、
1時間も揉みほぐしてもらえばこの痛みは きれいに消えると思ってたんですが!

甘かった~。

更に炎症を悪化させてしまったようで
尾てい骨は勿論痛いのですが、夜中には体中も痛くなったんです。

そして、翌日。

この日から仕事始めなのに、一歩歩くだけで尾てい骨が激痛へと変化してました。
字で表すなら、 「ズキッ」から「ズキッ!!!」です。

それで、痛みの出ない歩き方を模索して色々試したんですよ。

普段歩く時って、地面に踵から着地して、体重を爪先に移動させる時にもう片方を踏み出しますよね?
「だったら踵から着地して痛いなら、爪先から着地してみたらどうだろう?」
と考えてやってみました。

「歩き辛い!痛いわ!」

「つま先からも痛いなら足の裏全体で着地したら?」
「やっぱり歩き辛い!!やっぱり痛い!!」

「右足を使って痛いならいっそのこと右足を使わず左足だけでけんけんする?」
「ムリムリムリムリ。」

ここまで来ると、「私は今までどんな風に歩いていたんだろうう?」
とすら考えてしまっていました。

気を抜くと、その瞬間「ズキッ!!!」とくるんです。
だからといって、座ると楽かと言うとそうでもないんですよ。
座る瞬間って結構足に力が入ってるんでね。

お尻が椅子に座るまで、足が支えているんだなって痛みがあって初めて知りました。
座ってからも、意識してないだけで足を全く動かさないことってないんですね。
普段意識しない行動が痛みによって意識させられるんです。

何をしても痛いので、仕事からの帰り道、もう、早く治したい一心で、
駅前の整骨院にすがる思いで入ってみたんです。

評判もしらないですが、痛みにはかえられず、受付に向かってみたんです。
ですが、受付が遠い!
いえ、本当は普通の距離のはずなんですよ。
ただ私が歩けないので、遠く感じたんです。
手だけが、気持ち先に出て受付に保険証を提示してました(笑)

閉店間際だったのと初診だったので、受付の人に
「今からできるか、確認するので待って下さいね」って言われたんですが、
後ろで施術してた男性が「腰痛いんちゃうか?座らせたって。 座るのもしんどかったら中の施術台に寝かせたって」っと
受付の人言って下さってる優しい声が聞こえます。

私は内心は、「すごい♪見ただけでわかるんや♪」と思いましたが、
「すみません。でも、痛いのは腰じゃなくて尾てい骨なんです・・・」

とも 思ってたんです。

なんでしょう。
この恥ずかしさ。

腰が痛いってなんとなくキレイな感じがするんです。
でも、尾てい骨が痛いんですって、笑いを取るつもりはないですけど、
なんとなく恥ずかしい気がしてならなかったんですよね。

結局私に下された診断名は
「ヘルニアから来る坐骨神経痛でしょう」でした。

坐骨神経痛・・・

神経痛かぁ。

何気に悲しい。

個人的主観なのですが、「尾てい骨」+「神経痛」は恥ずかしいものの
組み合わせなような気がします。

でも、私もアラフォーですので、こういった、体の不具合とは
これから上手に付き合って行かないといけないってことなんですよね。

しばらく、コルセットのお世話にもなり、毎日整骨院にも通い、
激痛からは解放されましたけど、まだまだ尾てい骨は痛いです。

ですが、この痛い経験から、普通に気にもとめず私たちがしていることって、
実は全てが、有難いことだったんだなと実感しました。
そう思うと自分の体に「ありがとう」って言いたくなったんです。

労ってなかったな~。
大切にしてあげたいな~って。
自分の体を労る強化月間を作ってみるのも大切なことだと思いました。
そして、普通にできていることって、本当はとても「有難いこと」だと
思ったので、「ありがとう」も言ってあげたくなって、
尾てい骨をさすりつつ「ありがとう」って言ってたんですけど、
冷静に考えるとこの姿っておマヌケですよね(笑)

皆さんもお体ご自愛くださいね。

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