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2015年6月30日

ココロとカラダ、内側と外側

こんにちは 近藤あきとしです。

プロカウンセラーになって8年、なんと初めてコラムに投稿します^^;

何を書いたらイイものやら、ずいぶん考えてしまいましたが
私の初チャレンジにどうぞお付き合いくださいませ。


・・・・・・・・・・


みなさんは日々の疲れを癒すため、自分にどんな良いことをしていますか?

私の最高の癒しのツールは、マッサージなんです。

なかでもタイ古式マッサージが、本当に全身がゆるむ感覚がして一番好きなのです

ちなみにタイ古式マッサージがどんなモノかというと・・・

2人で行うヨガ・怠け者のヨガ・気持ちよい瞑想、などなど様々な表現をされていて、
全身のエネルギーの通り道(センというそうです)を圧したり、
ストレッチで伸ばすことによって身体の気の流れ、血液の流れを促して、
健康な状態にしていくことを目指している、というタイの伝統技術だそうです。

私の地元には、もう10年くらい通っているマッサージ店があります。
お気に入りの2時間「王様コース」でじっくりとほぐしてもらうと、
いつの間にかウトウト眠っていることも良くあります。

半分寝て半分起きているような感じで、気持ちのよい瞑想というのは
まさにピッタリの表現ですねえ。

カウンセリングでは心をあつかっていて、お手入れをするのは身体からというのは
不思議な気がするかもしれませんが、心と身体はどこかでつながっていますので、
内と外のバランスを考えると、なんとなく理に適っているんじゃないかと思っています。

先日もしっかり2時間ほぐしてもらって、至福の時間を過ごしてきたのですが
施術中にセラピストさんと少しお話をしていたら、興味深いことを教えてもらいました。

身体は基本的に内側がやわらくて、外側が固くなっていくのだそうです。
やわらかい部分を守ろうとして、外側の筋肉が張り切って外へ向かって
発達するからだそうなんですね。

ただし、ずっとその状態を続けていると外側が固く厚くなり
内側はやわらかく脆いままになりますから、なんだかバランスが悪い感じですよね。

例えば、足や腕が外側は筋肉モリモリで、内側がプヨプヨなのは
ちょっと見た目も良くなさそうですし、力も100%出ないんじゃないかと
思ってしまいますものね。

かといって外側だけをほぐしていっても、内側がやわらかいままでは
元に戻ってしまうらしいのです。

セラピストさんが言うには、大事なのは内側を意識して引き締めることだそうです。

そうすることで、内と外のバランスがとれて、引き締まった身体になるとのことでした。

それって、なんだか心の世界と似ている気がしませんか?

悲しい気持ちや、傷ついた心を内側にしまい込んで、
外側につくった強い自分や、他人からもとめられる自分で
一生懸命周りと戦い、他人に合わせて生きているうちに、
いつの間にか苦しくなってしまったこと、私には心当たりがあります。

あるいは、外側に起こる問題をにばかり意識をもっていってしまうと、
私たちは問題を解決することに固執してしまい、心の内側で感じる
自分本来の在り方や、心の中心にある本当の願いを見失ってしまうこともあるようです。

たとえ今とは状況があまり変わらなかったとしても、内側の自分の在り方を
はっきり見定められたら、外側の問題を「たいした問題とは感じない」ようになれるでしょう。
そのときの心は、まさに引き締まってバランスのとれた心だと言えるのかもしれないですね。

だとすれば、心が痛みや苦しみで傷ついているときには、
もうこれ以上、外側を固くして守ることではなく
内側の心のやわらかい部分に優しく触れて、痛みを癒してあげることが
必要なんですね。

また、内側で悩みすぎたり考えすぎたりして煮詰まったり、
心が疲れ切っているときには、外側の安らげること・楽しいこと・
夢中になれることに、意識を向けることが必要となるわけです。

心が疲れてこわばってしまったと感じたときには、
あえて頭を空っぽにして身体を動かしてみたり(運動や掃除、工作など)、
誰かに委ねてほぐしてみることは、やっぱり理に適っていることだったんですね。

これで、これからも心おきなくマッサージへ行けます^^

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2015年6月23日

良い休日?悪い休日?

みなさん、休みの日はいかがお過ごしでしょうか?

休日の過ごし方は人によって様々かと思いますが、普段出来ない事をやるチャンスですね。
思う存分遊んで楽しむのもよし、ゆっくり休んで疲れを取るのもよし。様々なタイプの過ごし方があるかと思います。

私は、どちらかと言えば(というか、かなり)インドア派な方なので、休日はもっぱら、本を読むとか、テレビゲームをやるとか、借りてきたビデオを見るとか、そんな過ごし方が多いです。
もちろん、たまには友達と遊びに行ったり、買い物に行ったり、車で遠出をしたりという事もありますが、基本的に私にとっての「休日」とは、「家の中で遊ぶ日」という感じになっていました。

そしていつの頃からか私の中で、「良い休日」「悪い休日」という概念が出来上がっていました。
「良い休日」というのは、沢山遊べて、充実していたなぁ、という日を指していました。
「悪い休日」というのは反対に、ダラダラ過ごしてしまったとか、あまり充実していなかった日を指していました。
そして、休みが少なかったり、忙しい時期であればあるほど、「今度の休みは、良い休日にしなくては!」と意気込んでいました。

たとえば、休みの前日に、頭の中でこんな計画を立てるわけです。
「ふだん、8時間働いているとして、休みの日も同じ時間に起きれば、8時間を丸々遊びの時間につかえるわけだな」
「8時間もあれば、今読んでいる本をこの辺りまで進めて、ビデオを1本観て、テレビゲームをこの辺まで進める事もできるかも知れないぞ」
「ああ、そうしたら、さぞかし充実した休日になるだろうなぁ。よし、明日はそうなるように頑張ろう!」
そんな事を考えて、眠りにつくのでした。

そして、翌日・・・。
ほとんどの場合、私は大幅に寝過ごして目を覚ましました。もう、前日の計画などは見る影もありません。
目覚ましを何個設置しても、結果は似たようなもので、どうしても起きられないのです。寝てしまうのです。
そして猛烈な後悔と共に、「次こそは時間通りに起きるぞ!」と固く誓うのですが、何度やっても結果は似たようなものでした。
私が想定するような「良い休日」などは、年に数回あるかどうかという具合で、その度に後悔し、落ち込み、奮起し、そしてまた後悔するという事を繰り返していました。

今おもえば、何故あんな事になっていたのかは、いくつか推測ができます。
まず、単純に疲れていたのでしょう。人間は、体の疲れにはなかなか逆らえません。
そして、いつのまにか「遊ばなくては」「充実させなくては」という意識に、囚われてしまっていたようです。
「平日は遊べていないんだから、せめて休日は充実させなくては・・・」という意識が、私をつつみこんでいたようです。

私がもっともっと幼かった頃には、「休日は充実させなくては」なんて事は、考えもしませんでした。
やりたい事は沢山ありましたし、それは平日休日を問わず、少しでも時間があればいくらでも遊んでいました。
多少疲れていても、眠くても、関係ありませんでした。「遊ばずにはいられなかったから」です。
ですが、いつのまにか大人になり、「遊べていないな」「充実させなくてはいけないな」という意識だけが残り、その葛藤が私を苦しめていたようです。

忙しかった頃の私は、「いつか自分が成長して、強い意志を持てるようになれば、良い休日を過ごせるようになるはずだ!」と考えていました。
そして、心理学や癒しを学んでいった結果、現在の私は・・・。

ほとんどの休日を、私は大幅に寝過ごして目を覚まします。
ですが、そこに以前のような後悔はありません。
「うーん、今日は良く寝たな。一週間分は寝た気がする。むわあああ。」
「なんだか、すごく良い夢を見た気がする(おぼえてないけど」
「今から出かけるのもいいけど、ちょっと眠いから、もう少し寝てみようかな・・・」

今では、「良い休日」「悪い休日」という考えも、どこかへ行ってしまいました。
確かに、あの頃思い描いた「良い休日」を、いつも出来ているわけではありません。
でも、「充実させなくては!」と思うのではなく、その時に本当にやりたい事ができる休日は、限られた時間でも十分な満足感をもたらしてくれました。
そして、あの頃私を苦しめていた「悪い休日」も、いまでは「そんなに悪くない休日」になりました。


楽しめた休日も。忙しい休日も。充実した休日も。ダラダラした休日も。
どんな休日も、今では「いい休日」です。

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2015年6月16日

カラオケボックス

カラオケボックスを私は“カラオケ以外”の目的で利用することがあるんですが、
皆さんの中にも私と同じような方はいらっしゃるでしょうか?

私は勉強したい時とか集中したい時にも利用しているんですね。

個室ですので、カラオケをしなくても気がねしなくて良いからむしろお気に入りの空間だったんですが、
勉強とか集中したい時なので、一人で行くわけですが、ヒトカラデビューは割と遅くて、実は2年前からなんですよ。

昔はですね、私はカラオケボックスというものは、誰かと一緒に行く場所であり、
皆でワイワイ楽しむためにカラオケをするものだと思ってたので、
一人で行くということなんてありえないし、一人で行くのは物好きか友達がいない人だと思ってたので、一人で行くという発想すらなかったんですね。

とんだ思い込みというか偏見だったんですが・・・
なにがあって、変わったかといいますと、この思い込みを覆す存在が浮上したんです。
私よりも15歳近くも若い世代の友達なのですが、彼女からヒトカラを満喫している話を聞くようになったんです。

彼女がヒトカラを満喫している理由は以下のようです。
・一人で何曲も歌える
・ヘタでも気にしなくていい
・同じ曲も歌える
・今度友達と行く時のために練習ができる
・何より気を使わない

なるほど。

とっても新鮮な感じがして、偏見を持っていた私は自分が恥ずかしくなりました。
そして、私ができなかったことを実践している彼女がとても大人でステキに見えました。

身近な友達も体験してるんだったら、私もチャレンジしてみようと思ったんですが、
そうなると次の問題です。
一人で行くとなると友達がいない人と思われないかってことです。
それにも友達は的確なアドバイスを私にくれました。
「一番最初だけ一瞬恥ずかしい気もするするけど一人のお客さんなんて珍しくないから、受付の人は気にしてないよ」と教えてくれたのです。

そっか。
気にしてたのは私か。

色々と気付かされます。

そして初ヒトカラを体験してみたんです。

それでもいざ受付に行くと、まだ他人の目を気にしてしまう私がいるので、やっぱり「一人なの?と思われないかな?」と考えてしまいました。
なので「あとからもう一人きますと嘘をつこうかな?」とか色々考えてたんですが、
いともあっさりと「おひとり様ですね」「どうぞごゆっくり」と受付が済ませれるんです。

あんなにドキドキしたのに拍子抜けでした。
やっぱり、友達が言ってたのは本当だったみたいです。

「一人で部屋をもてあましてしまうのではないか?」「座っててもそわそわしてしまうんじゃないか?」
とも思ってたのですが、全く気になりませんでした。
個室ですし何をしてもいいんですよね。

快適すぎてなんと3時間も楽しんで帰ってしまったのです。
(ちなみに今までの最高時間は5時間です。)

一人だと、人に気を使わず何でも歌えました。
ヘタッピでも笑われないんです。
同じ歌だって何回も歌えました。
大勢で行くと盛り上がってる時に暗~い歌を歌うと引かれたりするので、流れに合わせて次の曲を選んだりしてたのですが、そんなことも気にしなくていいんです。

もっと早くにヒトカラデビューしてたら良かったな~と思ったものです。

なんだかヒトカラの良さについての熱弁になりましたが(笑)
この快適さが私の心をがっつりとつかんでしまったのです。
“気がねしなくてよい”これがよかったんですね。

そして、個室ですし、机もイスもあるんですよ。
気がねしなくて良いのだから、もしかしたら勉強もできるかもしれない!と思ったんです。そしてやってみると私にはぴったりだったんです。
それ以来、勉強したり集中したい時に利用するようになったんですよね。

一番最近で利用したのが、数週間前です。大阪カウンセラーズフェスタを控えておりましたので、カラオケボックスへ行って練習してたんです。
フェスタというのは、8人のカウンセラーが30分間ずつそれぞれ講演をするものなんですね、その講演の時さながら声を出して練習できたのでとてもナイスな場所でしたよ。
集中して疲れたり上手にできなくて頭をかきむしっても、カフェだと、「ぎょっ」とされますが、個室だと気にしなくていいんです。
大きなため息をついたって誰にも心配されません。
カフェだと一人ぶつぶつテーブルで練習してたら笑われるか通報されるか、もしかしたら全くの他人様が聴き耳を立てて下さったかもしれませんが(笑)
他人の目を気にせず練習ができましたし、気分転換に歌も歌ってしまいました。
一番の目的はカラオケで、ついでが練習だったのかもしれないですけどね(笑)

今までみたいにカラオケは人と行く場所で、カラオケをするためだけの場所という思い込みのままだと、損をしていたかもしれないなとよく思うんです。
誰かと行ったらもちろん楽しい、でも、一人で行っても楽しい。
カラオケをしてもいいし、しなくてもいい。
どの部分に焦点を当てるかだと思うんです。
そして、アンテナを張って違う見方を知るということも大切だと私は思うのです。
その違う見方は私のように友達からもたらされるかもしれませんし雑誌やTVなどからかもしれません。
「私はこうだ!」と思っていると違った見方を「そんなことありえへん」とシャットアウトしてしまいがちですが、
「へぇ~。そんな見方もできるんだ」と興味をもつということが良いことかもしれないと思うのです。

私の話は一つの例ですが、皆さんの中にも思い込みで活用できずにいるものはないですか?
私のカラオケボックスのように、別の活用ができるかもしれませんよ。

ありがとうございました。

仲石沙祥子のプロフィールへ>>>

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2015年6月 9日

ポケベル世代の私が、LINEデビューした話

いきなりですが。
私、ついにLINEデビューをしました!

実は以前より、スマホは使ってはいたのですが、
LINEなどのチャットの必要性をあまり感じなかったので、

「別に、用事があればメールでやり取りすればいいだけじゃない?」
それほど変わらないよね、って思って、あえて使ってなかったんですね。

でも、実際使ってみると、とってもとっても便利でビックリ!
格段に、日々の連絡が楽になりました。

特に「スタンプ」が可愛くて、便利ですね!

文字だと伝わりにくいニュアンスも、
絶妙に伝えてくれたりますし、

同じスタンプを持っていても、
みんなそれぞれ使い方が違っていたりして、人柄が出て面白いんですよね~^^


チャットが弾むと、テンションが上がったり。

既読がついてるのに、大好きな人からお返事がないときには、
ちょっと落ち込んでみたり・・・(笑)と、

あれだけ「私はやらないよ~」と言っていたのに!!
すっかりと、ハマってしまいました^^;


携帯電話や、スマホ。
メールや、LINE。

今では、日常生活に欠かせない連絡ツールになっていますよね。

でも、私が高校生の頃は、携帯電話はまだまだ普及し始めたばかりで
学生にはなかなか手が出せないものだったんですよ~。

そのかわり、比較的お値段が安い「ポケベル」が大流行!

呼び出し音を鳴らしたり
数字を表示したりするだけのシンプルなポケベルに、

語呂合わせにした数字を
「メッセージ」として送ることがめちゃくちゃ流行ったんですね。


メッセージといっても、メールやLINEとは違って、
初期のポケベルは、数字しか表示できなかったので、

まるで「暗号」のようなメッセージを送るぐらいしかできませんでした。

でも「ごろ合わせ」をしたり「共通のルール」を決めたりしながら
一生懸命、お互いの気持ちを伝えあっていたんですよ。

たとえば・・・
恋人同志だったら、こんなやり取り。

「10139」
「114106 0833」

・・・解読できますか?
ポケベルを持っていらっしゃったみなさま、覚えていらっしゃいますか?

正解は

「だいすき」
「あいしてる おやすみ」

見た目は、ただの数字の羅列なんですけどね^^;
2人とっては、とっても熱いメッセージなんですよね。

送られてくるメッセージの一つ一つに、一喜一憂したものです。


ちなみに、私が持っていたポケベルは
「カタカナ」が受信できる後期のタイプだったので、
解読自体はそう難しくはなかったのですが

それでもカナ10文字ほどしか、表示できないものでした。

さっきの「あいしてる おやすみ」で10文字ギリギリですから、
本当に、大した文章って送れないんですよ~^^;

でも、お友達からいただいた10文字のメッセージに、
当時の私は、随分と励まされていたものです。

「ガンバレ」
「オウエンシテルヨ」

カタコトの短いメッセージなんですが、
その人らしさや、こめられた想いが、なんだかにじみ出てるんですよね。

お友達からの想いが嬉しくて、
貰ったメッセージを何度も読み返してましたね~。


そんなポケベル時代から比べると、
コミュニケーションツールって、本当にたくさん増えましたよね!

でも、相手のメッセージに一喜一憂する気持ちや、
メッセージに込められた想いの温かさというのは、

今も昔も、そしてこれからも変わらない気がしますね^^


いつの日か、

「そういえば昔、スマホでLINEしてたよね~!
スタンプとか懐かしい!!」

な~んて時代がやってくるんでしょうか^^

なんだか、そんな時代が来るのも、
ちょっぴり楽しみだなぁ~なんて思う私でした。

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2015年6月 2日

夢を叶えることの影響力

夏の前の、爽やかな風が吹き抜ける今の季節に、毎年必ず会うお友達がいます。
「Sさん」とさせていただきますね。
もう30年以上お付き合いのある人で、年齢は私の母と同じくらいです。
いつの間にか、私もその人と出会った頃の年になってしまいました。

昔々、私はフランス語を習っていたことがあります。
なんでフランス語を?と思いますよね。
それは、当時のパートナーが「僕たち、何か一緒に勉強できるものがあれば良いね。」と言って、フランス語の教室を探してきたからなんです。
私は“英語でさえまともにしゃべれないのに、とんでもない!”と思いましたが、「どうせ勉強するなら、全く知らないものを始めた方が良いじゃないか。」と説得されてしまいました。
まぁ、確かにそうですね。
何ごとも、やってみないことにはどうなるか分かりません。
しぶしぶ週に1回、教室に通うことになりました。

その教室は、先生が個人で場所を借りてやっているので、実にこじんまりしていました。
5~6人で初級コースが始まったのですが、私のパートナーは仕事が忙しく(口実だったかも?)毎週は来れなくて、「君が習ったことを教えてくれたら良いんだよ。」などと言いながら、半年も経つと教室には行かなくなってしまいました。
皆さん、それぞれに事情があったとは思いますが、結局最終的に残ったのは私を含めて2~3人になりました。
そうなると2時間の授業の後、あまりの出来の悪さに打ちひしがれて帰る道で、「良かったら、お茶でも飲んで一息つきませんか?」なんて誘い合うようになりました。

そんな仲間だったSさんは、ご主人が定年退職をされた記念旅行で念願のパリに行かれたそうです。
あちこち動き回る慌ただしい旅行ではなくて、パリだけに10日間ほど滞在して日常に触れているうちに、是非ともフランス語が話せるようになりたいと思われたそうです。
とても優雅な雰囲気の方ですが、実は20年ほどお姑さんの介護に明け暮れ、ようやく去年見送られて、「これからは自分のやりたいことをやる。」と決めたと言われていました。

しばらくすると、そのSさんがフランス語の勉強をするために、40日間の夏期留学をすることにした、という話を聞きました。
「思い切って申し込んでみたの。長年の夢だったのよ。主人も息子も嫁も後押ししてくれたわ!」
本当にすごいと思いました。

家族には理解してもらっていたけれど、親戚や知人の中には批判的な人もたくさんいたようです。
「ご主人の働いたお金で、よくそんなことが出来るわねぇ。」
「そんな良いトシをして、一人で行って何かあったらどうするの。」
さまざまな意見があったようですが、私には目を輝かせて言ってくださいました。
「私はね、誰に何と言われても良いの。先送りにしたら、もっとトシをとってしまうわ。行くなら今だと決めたのよ。」

私がSさんのこの話に拍手喝采し、応援したことは言うまでもありません。
“なんて素晴らしんだろう!”“いくつであっても、やろうと思えばなんだって出来るんだ!”
Sさんは私のビジョンになりました。


その後、私はパートナーとのことで大きな挫折をしました。
でも、ドン底から立ち直るキッカケになったのは、このSさんを思いだしたからでした。
『この暗いトンネルから抜け出した時には、今まで自分に出来るとは思っていなかったことにチャレンジしてみよう。』
Sさんがやれたことなら、私にも出来るかもしれない。
出来るか出来ないかは、やってみない限りわからない。

そして計画したのが、【ヨーロッパ3か月間一人旅】
フランス語はちっとも上達しなかったけど、実際に使ってみる機会だって今までなかったのです。
今度はSさんが私を応援してくれる立場になり、いろいろアドバイスも貰いました。
おかげさまでかなりの珍道中でしたが、私はこの旅を経験することが出来、そのことは自分にとって大きな自信になりました。

自分が何とかなると思えば、本当に何とかなるもんなんだなぁ。

「夢を描きましょう、叶えてみましょう。」とは、よく言われる言葉です。
確かにそれは素晴らしいのですが、さらに素晴らしいのは、夢を描いて達成することで周りに与える影響力だと思うのです。
私はSさんが描いた夢を叶えたのを見て、“自分にも出来るかもしれない。”と思いました。
この人に出会うことがなければ、【ヨーロッパ3か月間一人旅】は企画することすら思いつかなかったことでしょう。

今年もSさんにお会いしてきました。
世代の違う人の話を、長年友人として聞く機会が持てたことに感謝の気持ちを伝えたら、「あら、私の方こそ若い友達がいるのが、ずっと自慢なのよ。」と言われました。

どんなことでも人は影響し合って生きています。
それならば自分の夢を語り、叶えていくことは周りの人にも、希望や勇気を与えることになるに違いない。


私は、そう信じています。

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