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2014年1月28日

宮古島を卒業します。

こんにちは。
真冬というのに、快晴で汗ばむような陽気の宮古島から五十嵐です。
ここの冬は風が強く曇りと雨ばかりなので、ここ数日はめずらしく気持ちの良い日が続いています。
透明度の高い冬の海は、飛び込みたくなるほどに青く透き通って瞬いています。

窓の外に拡がる薄いブルーから濃いブルーに変わる水平線を見ながら
波の音と時々通る車の音ををバックにこのコラムを書くのも最後になりました。
この原稿をあなたに読んでもらっている頃、わたしは東京にいます。

2年半の素晴らしい時間を終えて、宮古島を卒業することになりました。

いつかは帰る・・・そう思っていたものの、決まる時はあっという間で
いっきに進んで行く現実に自分でついていけない日々。

ブログで書いていたとおり、五十嵐の宮古島生活は「なんとなく1ヶ月」のつもりから、海にはまり、仕事にはまり、友達が増え、イベントが楽しく、気づいたら2年半も経っていたという「旅行の途中」でした。
個人的にはだいぶ長い「ロングバケーション」になってるな、と思いながら。
もちろんずっと観光していたわけではなく、部屋を借り、仕事もして、しっかり生活していたわけで、まわりからは「移住」だと思われて当たり前なんですけどね。
実際にまわりからも「すっかり馴染んでるよね」と言われることが多く、私自身とても居心地がよかったんです。

それでも、自分の中で「3月」が区切りだと、根拠もなく思い始めたのが夏ごろ。
宮古島での将来を決めて根付くため、本気で就職するか
東京に帰って、新しく生活をやり直すか。

早めに考え始めようと思い、
ふと先輩に「もし帰ったら仕事ありますか?」と連絡したことがきっかけ。

「あるどころじゃない、忙しくて困っているんだ。
 3月?待てないよ、今晩帰ってきて打合せするぞっ!」

いやいやいやいやいやいや・・・・・
そんなすぐとかありえないし。飛行機のチケットもとれないですから。
しばらく待ってくださいって。

「今晩は無理でも、仕事やるの?やらないの?
 返事はyes、noしかいらないよ。」

笑いながら言ってるけど、実際のところその通りだわ・・・
「・・・考えさせて下さい」


今思えば、全ては自分が「そうしたくて引き寄せた」現実。
この先輩ならそう言われるのをどこかでわかっていて、自分で連絡したのかもしれない。

塾講師の仕事は3月までやらないと、生徒にも先生方にも迷惑がかかる。
辞められないし。友達とも離れたくない。この海をずっと見てたい。ここでずっと生活したい。


その思いとは裏腹に頭の中、暗闇のずっと遠くのほうでフワッと小さな明かりみたいなものが
「帰るんだ」
というメッセージを持って小さく光りました。

わたしはこれを「直感」というものだと思っています。
人がだれでも持っている感覚。
ただ、ほとんどの人がこれを無視して生きている。
無視しないとやっていけない社会でもある。
無視し続けていると、そのうち見えなくなってしまうもの。

これに従ったからと言って、全てが上手くいくわけではない。
でもこれに従うことで、本当に経験するべき道を通って行ける。
失敗しても、成功しても、それは全部後の自分に必要なもの。


そうなんだ、帰るんだ・・・

それからしばらく、引きこもりのように部屋で一人落ち込みました。
「意思」は決まっているのに「感情」がついてこない。
それをわかったうえで、落ち込んでいる。
約4日ほど、仕事以外はひたすら眠り続ける日々。
目を覚ますと自分で決めた現実と向き合わなければいけないから。
変なの。わかっている。でも決めたこと。
落ち込むだけ落ち込もう。悲しみも寂しさも「底」はある。下までいったら、あとは上がっていくだけ。
そう決めて、落ち込むことを自分で許して下まで行ってきました。

眠るのにもあき、落ち込むことにも気が済んだ時。覚悟も決まりました。
やることが決まったら、あとは行動するだけ。
部屋を解約して、新しい部屋を探す。
書類や事務的な手続きだけでこんなに簡単に移動できてしまう。

肝心の仕事。悩んで、落ち込んで、罪悪感いっぱいで塾長に相談したところ、
「もったいない・・・けどね、内地で仕事があるなら行ったほうがいいですよ。
自分の人生です。ここでの仕事に縛られないで。後は何とでもなりますから。」と快諾。
そうしたら本当に私がここにいる理由がなくなってしまった。
「いたいから、いただけなんだな。」つくづく実感。
物事が決まると、まるでパズルのピースがはまるように現実が動いていく。

始まったばかりの英語のレッスン、変わりに参加したいメンバーが決まり、
大好きだった行きつけのバー、偶然同じ時期にマスターが辞めると知らされ、
友達から3月で島を出るという報告を逆にもらったり。今のところ5人!
東京で住む場所は、隣駅にずっと行きたかった趣味の教室があり、3駅先には仕事を頂く先輩の家があり(後から知って驚き)、幸運にも格安で部屋を借りることができて。
宮古島に仕事や観光で来た時に知り合った友達がその近所だと連絡をもらって。
ここで仲の良かった友達の実家もご近所さんだとわかったり。なんと2人も!
友達が住んでいたので知った駅なのですが、きっかけとなった彼女は私が引越すと決めた時には他へ引越すことになっていました。まるでその場所を案内されたかのようです。
「めぐり合い、ご縁だな」と思わずにはいられません。
輸送費が高すぎて、処分しなきゃならない車も冷蔵庫もソファーも、ぴったりなタイミングで欲しいと言ってくれる人が出てきて。
ここでは書ききれないくらい、他にもたくさんの奇跡がありました。


いろいろなことがうまく行く時は「この道であっているよ~」という神様からのメッセージ。
今まで何度も東京に帰ろうと思って、タイミングを逃していたのとは全く逆の状態。
まさしく2013年の流行語大賞。「いまでしょ!」
「『いま』なんだな」

宮古ブルーが毎日見られなくなることは本当に寂しい。
それよりもっと寂しいのは、ここでの友達と離れること。
とくに、ここ1年でたくさんの友人ができ、みんな大好きで大切で仕方ない。
ずっと昔から一緒にいたような感覚の仲間たち。
でも、現実の距離と心の距離は比例しない。
それを知っていても、やっぱり寂しくなる。

ただ、宮古島を離れると決めたのは自分。
ここでいる以上に東京に帰ってもっとやりたいことがある。
ここにいなくても「楽しい」や「大丈夫」な自分になれた。
宮古島とたくさんの人たちのおかげ。
だから「いま」なんだと。


五十嵐、宮古島を卒業します。

この島の人たち、内地でずっと支えてくれた方たちに、海より深い感謝をこめて。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

五十嵐かおるのプロフィールへ>>>

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2014年1月21日

スイーツ男子、始めます。

カウンセリングサービスの母体である、神戸メンタルサービスでは、カウンセラー養成の為の養成スクールがあり、私はその養成スクールの卒業生です。
そして、その養成スクールの受講生さんの開催するワークショップというものもがあるのですが、今回は、そのワークショップに参加した時のお話です。

その時のワークショップでは、グループワークといって、数名のグループになり、何かしらのテーマについて話し合うという時間があり、その時のテーマの一つで、「今、興味があること(やってみたいこと)は何?」というものがありました。
ちょうどその時のグループというのは5人で、そのテーマに沿った話を、順番に発表していきました。
そして、グループのメンバーは、発表した人の話を聞いて、「それ、いいねー!」「おしゃれで、かっこいいね!」など、いろいろ感想を伝えあったりしながら、ついに私の順番が回ってきました。
けれども、私は自分のやってみたいことを話すことに抵抗があり、とてもドキドキしていました。
というのは、その時の私の興味があることは、お菓子作りだったので、ちょっと恥ずかしいなと思ったからです。

私は、カウンセラーになって以来、ブログやフェスタの講演などでは、散々と、恥ずかしいことをお伝えしてきたりはしました。
例えば、小学校時代は、ぬいぐるみ集めと、砂場で団子を作ることが好きだったこととか、大学生時代に、くまのぬいぐるみを抱いて寝ていたこと。そしてそれが、友人に見られてばれてしまったこととか。
最近の話では、登山で寝坊し、山頂ではコーヒーを沸かせなかった失敗談などもこのコラムで紹介をさせていただいたりもしました。なので、いまさら恥ずかしいも何もないかと思い、思い切って正直に伝えてみると、予想以上に好印象でした。

「すごい!かっこいいじゃん。」「男性のスイーツ作り、かっこいいよ!パティシエみたい!」

こんな風に言われ、私はやっぱり言ってよかったなと、とても気分が良くなりました。
とても上機嫌で、自分の趣味に自信がついたところで、調子に乗ってこう言いました。

「実は、休日などは、結構作ったりしています。」

そうしたら、グループの中の一人が、こう聞いてくれました。

「わぁ、すごいねぇ。じゃあ、最近はどんなもの作ったの?」

私は、得意げに答えました。

「はい、ホットケーキミックスに、割ったクルミを混ぜたり、黒砂糖を混ぜたりしてケーキを作りました。」

私は、ホットケーキにクルミや黒砂糖を混ぜることろがこだわりだったので、それについてもっと「なんで割ったクルミなの?」とか、「黒砂糖混ぜると、味はそうなるの?」とか、聞いてほしかったのですが、何故か質問してくれた人は、ニコニコしながらこう言いました。

「ふぅん、ホットケーキミックスなんだね。」

私は、「えっ?つっこむところそこなの?こだわりは、割ったクルミや、黒砂糖なんですけど。何故ホットケーキミックス?」と思いながら、こう答えるしかありませんでした。

「はい、ホットケーキミックスです。」

なんとなく、それで、その会話は終了しました。私は、「せっかく盛り上がりかけたのに、これじゃ会話終わりじゃないか!」と思いながら、なんだか腑に落ちませんでしたが、家に帰ってからはっと気が付きました。

「パティシエとか言われて盛り上がっているのに、ホットケーキミックス使っているようじゃね。。。」

そんな私も、この原稿を書いている12月31日は、無印良品にて、やっとオーブントースターを買い、タルトを作るために「自分で作るタルト」と言う、タルトミックスのようなものを買ってきました。

パティシエへの道は、まだまだ遠い道のりになりそうです。

小倉健太郎のプロフィールへ>>>

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2014年1月14日

夫婦で過ごした10年目の九州 ~過去の想いが変わる時~

2014年のこの新年、私たち夫婦は、福岡に行きました。

カウンセリングサービスの母体である「神戸メンタルサービス」の主催セミナーに参加するためだったのですが、その他の時間に地元の友人達が連れていってもらい、美味しい食べ物や温泉を堪能することができました。

夫婦で九州に行くのは、約10年ぶり。
以前にこのコラムで書かせていただいた、大分と福岡への旅行以来のことです。
(以前の記事>>>「湯布院のあぜ道」(2011.5.10))

今でこそ、夫婦でカウンセラーをしていますが、当時の我々は全くカウンセリングにも心理学にも縁がない生活をしていました。

ところが、仕事で行き詰まり、転職しようと行動を起こしはじめ、その流れの中で、人生で初めて、私がカウンセリングを受けるという体験をした。

九州への旅行は、その直後のイベントでした。

人というのは、本当に苦しい時、苦しいことを感じられない場合がありますが、当時の私は、そんな感じでした。

苦しみの真っ只中にある時。
わたしたちは、その苦しみを感じ続けることが辛過ぎて、無意識にそこから目をそらそうとします。

誰かや何かのせいにしてみたり。
新しい活動や行動をしてみたり。
誰かを助けようとしてみたり。

たとえ、やっている言動が素晴らしいものであったとしても、動機が「苦しみから目をそらす」ことだと、「苦しみ」が土台になっているために、結局は苦しみから抜け出せない。

私の場合は、本当にやりたいことがあって転職しようとしたのではなく、当時の仕事から逃げ出したかったから、転職活動をしていたんですね。
だから、カウンセラーになろうと行動をおこし、とカウンセリングを受けた、ということだったのですが、ちっともワクワクしていなかったのです。

苦しみから目をそらす作用はありましたから、楽にはなった気がしましたが、苦しみの元から目をそらしていても、一時しのぎ、だったんですね。

ところが、目をそらすために始めたカウンセラーになろうという行動から受けた、カウンセリングが人生を変えるきっかけになりました。

その時に指摘されたのは、「本当の問題は、仕事ではなく、夫婦の距離を縮めること」でした。

本当に目をそらしていたのは、仕事ではなく、夫婦のつながり、だったんです。
言われた時には、全く意味がわからないほど、心の奥底にしまい込んでいた、私たち夫婦には心の距離がありました。

私たちは、苦しい最中には、確かに、目をそらそうと、いろいろなことをします。
でも、その苦しみを抜け出そうと、本当に自分の心の整理をしたり、向き合っていく意欲を持った時。
自分の人生を変えるきっかけをつかむことだってあるのです。

ある意味、それほどの苦しみを体験しないと、本当の心と向き合う勇気が持てないのかもしれません。

苦しい最中には、この苦しみが自分に勇気を与えてくれる意味のあるものだなんて、到底、思えません。
私自身がそうであったように。

けれど、苦しみを抜けたずっと後になってから、必ず振り返って思います。
あの時の苦しみは、意味のあったものだったと。
その時はじめて、その苦しい過去に感謝できるのだと思います。

カウンセラーとなって、様々なご相談を伺うようになった今、そうした思いでカウンセリングに来られる方とたくさんお会いして、痛感します。

そして、カウンセリングによって、本当の心に気づき、それを変えていくきっかけにしていただけるようなものにしていきたい。

自らの体験も踏まえて、今、改めて、そう思います。


あれから約10年。

二人で出かけた福岡は、本当に楽しいものでした。

カウンセラーとして、セミナー講師として活動できる喜び。
夫婦でカウンセラーができる喜び。
そして、何より、夫婦の絆が深くつながっている喜び。

あの湯布院のあぜ道を歩いた時とは、状況が全く違います。

そんな感慨深い思いを妻に話してみると、

「私には、10年前の湯布院にそんなセンチメンタルな思い出はない!」

でした。

さすが、我が妻。
だから、今まで二人でやってこれたのだな、と改めて思います。

それでも「この10年間の変化の大きさは感じる」と語る妻。

結婚していたのに、別々の人生を生きていた私たち夫婦は今、二人で同じ道を歩いています。

10年先、今回の福岡を振り返った時、私はどんな思いでいるのでしょうか。
きっと、また、センチメンタルになって振り返り、
妻に感想を求めれば、楽しい思い出しかない、と言われ、
楽しみながら振り返るのでしょう。

変わらない良さをつなぎ、新しい良さを加えて。

今年も、そして、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

池尾昌紀のプロフィールへ>>>

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2014年1月 7日

水曜日の楽しみ

新しい1年が始りましたね。 みなさまは、どんな願いや抱負を思われたのでしょうか。
昨年がどんな1年であっったとしても、心新たにまた1年を始めるという気持ちはとても大切ですよね。

私は今年、もっと頑張りたい、上手くなりたいと思っていることがあります。
それは昨年このコラムにも書いたガムラン(インドネシアの民族楽器・民族音楽)です。数年ぶりにお稽古を再開した時は、仕事が終わって週に1度、1時間ほどかけてそのスタジオへ行く、みんなの中に入れるかしら?と思っていました。
結局、途中で行かなくなってしまうんじゃないかなあ、なんて思ってたんです。でも、そんな心配はどこへやら、すっかりハマってしまいました。

楽器は主に青銅でできていてたくさんの種類があるのですが、まだ私が出来る楽器は少なく、また同じ楽器でも曲の種類によって弾き方(叩き方)が違います。 楽譜はあるのですが、基本のメロディーだけで楽器によって曲によって
叩き方が変わるんです。(一定のルールに沿って決まってます。)
ガムランは、みんなで1曲ごとに楽器を変わって演奏します。 サロンと呼ばれる鉄琴だったり、ゴングという打楽器、クンダンというタイコなど(他にもまだまだあります)を1時間半の練習の中でトライしていきます。
みんなの音が合わさってひとつの曲を奏でるのは、本当に楽しく、そして音が心地よく響きます。不思議なことにこの音を聞くと、会社でのイライラを引きずりながら練習に行ったとしても、終わるころには気持ちがなぜかスッキリしています。
心のイライラがまるでこの音色で浄化されたかのようなんですね。だから、どんなに忙しくてもこの練習には行きたい!と思っています。
毎年、クラス内で発表会(のようなもの)をやっているらしく、今はそれに向けての練習です。 いつもより練習も真剣になるし、今まであまりしたことのない楽器に挑戦するのも楽しいものです。
もちろん、なかなか上手く出来ないと落ち込んだりもするのですが、それでも少し出来るようになった時の嬉しさは格別です。
少しずつ出来る楽器を増やして、簡単な楽器はどれもやれるようになるのが今年の目標です。

このクラスが始って今年で10年めとなるようですが、続けている当初からのメンバーたちは様々な楽器をこなし、みんなとても熱心で、ガムランバカと言えるくらいです。
練習以外にも、先生たちのグループが演奏会となれば裏方で手伝いをしたり、ガムランやジャワ舞踊、ワヤン(影絵)の催しがあれば聞きに行ったり、
見にいったりしています。そして、ジャワまでガムランを習いに行ったり、聞きに行ったりも・・・。
今年は先生たちがジャワでのレッスンプランを考えているようです。 普通のツアー旅行ではなかなか行けない場所ので、私も参加する!と思っています。
さて、どうやって休みをとろうかな、と今から思案中です。
さあ、明日(コラムがアップされた翌日)から、新年の練習が始ります。どの楽器がどれだけ上達できるかな。メンバーたちとワイワイ言いながらガムランの練習に励みたいものです。


みなさまにとっても、何かに夢中になれる1年になりますように。

松尾たかのプロフィールへ>>>

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