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2013年8月27日

セピア色の思い出

セレブって、欲深い金の亡者である一方で、富を手にしていることに対する罪悪感を背負った不幸の象徴。そんな、「セレブ」を毛嫌いしていたおのぼりさんの私を、彼は都心の華やかな世界へ連れて行ってくれました。物質的な豊かさに、精神的な豊かさが伴うものが、本当の意味でのセレブリティ―であって、本質的にはお金は関係ないのだということ。日本は物に恵まれている国である以上、セレブリティっていうのは、完全に経済論じゃなくて精神論なんだということを、日本の中心地で、彼のフィルターを通して知りました。それはすごく豊かな世界で、私は自分の日常を楽しめるようになりました。

結構中身は男っぽい。そーゆー私は基本モテませんでした。正直学生時代は男女関係において、あまりいい思いはできませんでした。そんな私を、「ここはこうした方がいいよ。」って、私のモテない要素を一つずつ男目線で改造してくれたのも彼でした。おかげで私は何故かモテない損な人生を卒業することができました。

それまで誰に相談しても理解してもらえなかった私の家のこと、家族のことを、彼は分かってくれました。育った環境が似ていたから。私が口にする言葉の裏の裏まで全部分かってくれた上で、彼は私の味方をしてくれました。それはまるで、インドの山奥で遭難していたところ、偶然日本人と巡り合ったような感覚。ものすごく安堵したのをはっきり覚えています。

そんな、感謝してもし尽せない彼に別れ切り出したのは私でした。
感謝していた分、罪悪感は大きかったし、好きだった分、手放せなかったし、新しい人と付き合い始めて大方癒されたけど、傷跡は完全には消えていなくて、辛かった・・・。
いつかセピア色の素敵な思い出にできたらいいなって思っていました。最近私のマインドが色々変わっていて、それに伴い、彼との思い出もだいぶセピア色に染まってきました。そんな彼との思い出を少々・・・。

その前に、私の好きな詩を。

夢の八訓
一、「夢」のある者には「希望」がある
二、「希望」のある者には「目標」がある
三、「目標」のある者には「計画」がある
四、「計画」のある者には「行動」がある
五、「行動」のある者には「実績」がある
六、「実績」のある者には「反省」がある
七、「反省」のある者には「進歩」がある
八、「進歩」のある者には「夢」がある
by吉田貞雄氏

彼はこれを高い次元でクリアに実践しているような人でした。すごくストイックな人で、ストイックな世界に身を置いていて、仕事の関係者にはとても厳しい人でした。
でも彼女の私には特別甘くて、私はそこにある種の優越感みたいなものを感じていて、それを証拠に、私は愛されてるのねって確信していました。

私は超ワガママな側面と、超献身的な側面を両極端に持ち合わせている人なのですが、何を言っても許してくれる彼は、私にとってすごく居心地が良くて、だからこの人の為なら何でもしてあげようと思いました。私は彼を愛していました。

別れのきっかけは、ひたすら優しかった彼にある日怒られたこと。
就職した会社が水に合わなくて、でも我慢し続けた結果心がボロボロになってしまい、結局辞めたのですが、その後、燃え尽きて抜け殻みたいになってしまったんです。
1ヵ月経っても、2か月経っても…、永遠に家に引きこもってグダグダしてたら、
「何やってんの!」って、ついに彼がキレてしまった。

当時の私は怒られたり怒鳴られたりすることにめちゃくちゃ弱かったんです。親が二人とも、とても賑やかな性格で、喜怒哀楽が超激しいタイプだったから。うまくいってる時は太陽のように明るい家庭だったけど、一度うまくいかなくなると、怒声が飛び交って家の中は大荒れで最悪だったから。その荒れ方が半端なくて、横目で見ながらずっと震えてたトラウマが原因。
加えて彼はキレると超怖い人だったから。たまにいるじゃないですか、物腰が柔らかくて滅多に怒らないけど、怒らせたらヤバい系の人。そんなタイプでした。
ま、自分の弱みを知っていながらそんな人をパートナーに選んでしまったのは私なのですが…。

何でもいいから何か始めろと言われ、
3年以内に目に見える形で結果を出せと言われ、
できなかったら田舎に帰れと言われました。
ホント怖すぎて固まっちゃって、それ以来彼の顔色をうかがうようになってしまい、最高に居心地の悪い相手になってしまいました。全て私の投影の仕業なんですけどね。

彼は頑張っている私のことは受け入れてくれるけど、頑張ってない私のことは受け入れてくれないんだなって思うと、この人、なんか違うって思い始めてしまって。そしたら冷めちゃって。だって、頑張りたくても頑張れない時ってあるじゃないですか。
でも怒ってても底にある思いやりは十分感じたから、それを受け取れずに冷めてしまっている自分が嫌。でも本音は、冷めてしまったんじゃなくて、愛されていることへの自信がなくなってしまっただけで。そんな自分がもっと嫌で。
「あなたと終わらせようと思っている自分が許せないから別れてほしい。」
って意味不明なことを言って無理やり別れてもらいました。

こんなことくらいで別れるのって、相手のこと考えてないっていうか、器が小さいというか、すごい自分勝手でワガママだったと思う。でも、こんなことくらいで「もう無理」ってなっちゃうくらい心に余裕がなかったみたいです。

仕事も男も捨てた私って、最低・・・。
何もなくなってしまいました。とりあえず今変わらないと、私、腐るって思いました。

しかし彼は一体何を基準に3年以内と言ったのでしょうか。
人は適当な数字を口にする時、3と8を使う傾向があるらしい。だとすると、この3年という期限は全くもって根拠がない。
でも3年以内に結果を出せっていうのが、私の背中にずっしり圧し掛かってしまっていて、何かしなきゃって思って、考えた末、カウンセラーになりたいなって思って、神戸メンタルサービスのカウンセラー養成コースに入会しました。
もうね、3年でプロになれなかったら全部捨てて出家するくらいの意気込みでしたね。思い出したら大げさすぎて笑っちゃうんですけど、本気でした。

コース入会と同時にカウントダウンが始まりました。時限爆弾のスイッチが入った感じ。もう立ち止まってる時間なんてありません。プロカウンセラーになるまでのいくつかのステップがあるのですが、早く次に進まなきゃって、常に焦ってました。
養成コースの諸先輩方からは、「そんなに生き急いでどうするの~?」って、実に全うな癒し系のお言葉を多々いただいたのですが、時限爆弾を抱えています故、平和ボケしてる暇はなくってよ。
でも学んでいくうちに自分の問題にぶち当たって、それどころじゃなくなってしまって。思ったほどトントン拍子にはいかなかったので、カレンダー見ながら残り時間を計算して冷や冷やしてました。

プロカウンセラーとしてデビューしたのは、養成コースに入って2年10か月目。
間に合った・・・。
そろそろデビューしましょうかという話をいただいた時、一気に緊張が抜けて、その反動で肺を患ってしまいました。どんだけ自分で自分を脅迫してたんだって感じで。
もし間に合ってなかったら、多分相当自分のことを責めていた気がします。

プロデビューまでのプロセスは私にとって一生の宝になるようなことばかりで、素晴らしい出逢いがたくさんあって、本当に貴重な経験をたくさんさせていただきました。もし、こんなに自分を追い込んでやらなかったら、もっと得られるものが大きかったんじゃないかと思うと、少しもったいことをしたような気がします。

でも仮に3年という期限を作らずにプロカウンセラーを目指したとしたら…。ちゃんとコミットメントしていなかったとしたら…。
私は元来ズボラな性格ですので、中途半端に手を付けてうやむやになって終わっていたような気もする。だとしたら、あの貴重な経験はできなかったわけだし、今カウンセラーやってて幸せだから、まぁ生き急いでよかったのかなと思います。

最近つくづく思うのは、何をするにも、期限を設けて自分を追い込むやり方は合ってないということ。制限を感じてしまってしんどくなるから。私は容量がいいようで悪いし、そんなにタフなメンタルも持ち合わせていない。ゆっくりマイペースに長期計画でやる方が自分らしいなって思います。
でも志は高いくせして基本怠け者なのに諦めだけは悪い。「初志貫徹」が座右の銘!という面倒くさい性格をしているので、たまには期限を決めて追い込みをかけないと進むものも進まない。そのペース配分は自分で決めることなんだけど、塩梅が難しいなーって思う今日この頃なのです。


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2013年8月20日

「どうせ私なんて・・」 いじけ虫卒業しませんか?

こんにちは カウンセラーの新屋満里子(しんやまりこ)です 
今回初めてコラムを書かせて頂きます。どうぞよろしくお願いします。
最近テレビを見ていて「はっ」とした事がありました。発展途上国で紛争が絶えない国の10歳くらいの男の子がテレビに向かって強く語っていたのです。
「未来は自分次第できっと変える事が出来る!だから頑張る」
とても子供とは思えない力強い言葉でした。こんな小さな子供が、こんなに大変な環境の中、希望を捨てず、可能性にかけて、全力を尽くして頑張っているんだ。 見て感動しました。
そしてそんな彼を見て、自分を少し反省しました。
私には何にも行動を起こしてもないのに、「どうぜ私なんて・・・」と失敗を想像し、やってもないのに結果を失敗と決めつけ行動をしていない事があります。やる前に、きっと上手くいかないであろうという理由をたくさん探します。例えば「どうぜ私なんて、ブスだし、年もいってるし、気も強いし、だからきっと結婚しても、旦那さんは私の事いつか嫌いになって、結婚生活なんか上手く行きっこない!」こんな風に(笑)。旦那さん候補さえもいないのに(笑) 私がいったい何をしているかというと、やらなくても良い理由を探しているんですよね。きっとやっても上手く行かない理由を探して「だから頑張っても無理!!」と努力をしなくても良いように、頑張らなくても良いように、自分に言い訳しているんです。だって頑張って駄目だったら努力が無駄になるし、その方がもっと嫌だから(苦笑)失敗する事が嫌なんですよね。ししかも無意識にやってしまっているんです。でも少し考えて見てもらいたいのですが、実際は頑張ってやってみないと結果なんて解らないし、やってみたら案外上手く行くかもしれません。それなのに頑張っても失敗し駄目だったら嫌だからと、絶対に嫌な事に関してはチャレンジする事自体を避けてしまう事があるんです。その絶対失敗したくない事を避けるための理由として、きっと上手くいかないと思う理由を探し、チャレンジをしなくて済むように、諦めるように自分にし仕向けてしまうのです。そんな時に、ヒョッコリ出て来る考えが「どうぜ私なんて・・無理」という言葉のようです。そしてもう1つ気が付いた事があるあるのですが、実はチャレンジしたくない事は、結果が失敗だったら自分が大きなダメージを受ける事な訳です。なぜ大きなダメージを受けるという事は、本当はとても欲しい物なんですよね。本当に欲しい物が頑張って努力したのに手に入らないって、とっても辛いですよね。まあどっちでも良い事であれば、人はチャレンジしやすいんです。ここまで読んで頂いてどうでしょうか?私はなぜか心が気持ち悪くなりました(苦笑)どんな事でも上手く行く可能性もあれば、失敗する可能性がある訳です。100%もない代わりに0%もありません。この事実は人生を生きてこられた皆さんならきっとお分かりになるはずです。そしてバッターボックスに入らなければホームランを打つ可能性は無いわけですし、宝くじを買わなければ当たる可能性もありません。しかも本当に欲しいものだからこそチャレンジする価値があるのに、本当に欲しい物だからこそチャレンジさえしないなんて、、なんてもったいない。チャレンジをしなければ、行動をしなければ、可能性はまったくないか、低くなるばかり。だからもしこのコラムを読んで下さった方の心の中に「どうぜ私なんか・・・」そんな言葉が心に浮かんで来て、チャレンジする事を辞めようと思った時には、「ちょっと待てよ」と思い直してほしいんです。「もしかしたら上手くいくかもしれない。出来るかもしれない。やってみないと解らないよね?」と。そうすれば不思議と、だんだんと「そうだよね。やってみないと解らないよね。一度チャレンジしてみようかな、頑張ってみようかな」という気持ちが湧いてきます!そうです。やってみないと解らないんです。未来は少年の言うように、自分次第で変える事が出来ます!あなた次第でどうにでもなります。一人では勇気が出ない時には、信頼するだれかに話して、「応援してもらえませんか?」と応援してもらうのも良い方法です。カウンセラーにお話をして頂くのも良いと思います。だから一緒に「どうぜ私なんて・・」そんないじけ虫を卒業しませんか?
あなたには希望があり、輝ける未来がきっと待っています!
長文を読んで頂き、ありがとうございました。

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2013年8月13日

ほろ苦い思い出から母への感謝へ

小学生の頃、ピアノを買ってもらった思い出があります。もう随分昔、何十年も前の話です。
今なら男女を問わずピアノを習ったことのある人も多いと思いますが、当時はまだピアノを習っているのはクラスでも少なく、女の子が習うものというイメージでした。
私も幼稚園でオルガンを始め、小学校に入ってピアノを習い始めたのですが、ピアノの代わりにオルガンで練習をしていました。ピアノが欲しいなと思っても、子ども心にも高価なものだとわかっていたのか、欲しいとはいえませんでした。 でも、向いに住んでいる子のお家にはピアノがあり、とっても羨ましかったのを覚えています。

でも、結局、ピアノの先生が厳しくて、怖くて2年くらいで止めてしまったのです。
その後は、たまにオルガンを弾く程度でした。 ただ、高学年くらいになると、ピアノを弾ける人は、自由にピアノ曲を弾い たり、歌謡曲を弾いたりするのがカッコよく見えました。
それを見ていると、もう一度習ってみたいなあと思うようになりました。 そして、母にピアノをねだってしまったのです。

何度も頼んでみましたが、父は「そんな高いもの買えるか!」と一言だけ。 母は「買えない」と言いながらも、ちょっと困った顔をしていました。
そのたびに、私は泣いて駄々をこねたかどうか、もう覚えていないのですが、何かにつけては、「ねえ、ピアノ欲しいから買って」と母に言っていたのだと思います。
だけど、「高いから買えない」と一点張り。そりゃあ、そうですよね。当時は本当に高価なものだったんですから。小さなおもちゃを買うのとは訳が違います。
買ってもらえないことは十分にわかって いるのに、まだお願いし続けていたんです。

ある時、母の知り合いから中古ピアノの話がきました。 それでも、まだ簡単に手が出せる金額ではなかったようで、母は「やっぱり無理」と言ったように思います。
「仕方ないよね。高いんだし・・」と私自身ももう諦めかけていました。

ところが、ある日学校が終わって家に帰ってみると、ピアノが置いてあったんです。
ビックリしていると、「欲しかったんでしょ。中古ピアノしか買えなかったけど、これでいいよね」と母が少し申し訳なさそうに言いました。
そのピアノは、鍵盤が象牙で出来ているとかで黄色く黄ばんでいました。 (今はたしか象牙はご禁制ですよね。)鍵盤がひとつかふたつ、音が出にくい箇所もありましたが、それくらいはどうってことはありません。 私のためのピアノ、というだけで十分でした。 恐る恐る鍵盤に触れてみると、なんとも言えない柔らかい音色がします。

あれだけ欲しかったピアノ。 だけど、嬉しいはずなのに、嬉しさよりも申し訳なさが先にきてしまいました。 「いったいいくらしたんだろう? 無理させちゃった。今こんな大変な時期なのに・・」
実は、当時はオイルショックの真っ最中。灯油が値上がりし、トイレットペーパーも店頭から消え、買占めが行われ、この先の生活への不安が増大していた頃でした。
だから、ピアノなんかにお金を使わせてしまって、どうしよう。なんてことしたんだろうという気持ちでいっぱいになったんです。

その時に私が母に言った言葉と気持ちは、今でも覚えています。
私は、"ありがとう"の言葉よりも先に、「ごめんね。こんなことにお金を使わ せて。」と泣きながら母に言っていました。 感謝ではなく謝罪。 取り返しがつかない思いでした。
母は、「いいのよ、そんなこと気にしなくて。」と私に言ってくれました。
母はどんな思いで私にピアノを買ってくれたのでしょう。
でも、結局は母に「ありがとう」を言えなかったように記憶しています。

欲しかったものなのに、素直に喜ぶことが出来なかったこのことは、ずっと私のほろ苦い思い出となり、思いだすたびにチクリと胸にささってきました。
長い間、心の奥に閉じ込めてきた思い出でした。

でも、もうその思いも解放してあげましょう。
あの時、母に「ありがとう」を言えなかった苦い思い出ではなく、私は大切にされ愛されていたんだという思いに変えて、母に感謝を贈りたいと思います。 
「ママ、ありがとう。 長生きしてね。」

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2013年8月 6日

巨大な許可

 成長と共に、私たちは、自分一人で、いろんなことが出来るようになります。誰かの手を借りなくても、行きたい場所に行けたり、ご飯を好きなように食べられたりすることは、初めてそれをするこどもにとって、それはそれは嬉しくて、わくわくする楽しいものだったはずです。

 やがて、一人でできることが増え、同時に、一人でやらなければならないことも増えていきます。思うようにならない状況に直面し、傷ついたり、挫折感を味わったりもします。でも、なんとか自分で解決しようと、知恵を絞り、自分を励まし、一生懸命がんばります。そうやって、問題を乗り越えていく度に、私たちは、一人でがんばる自立的な生き方を身につけていきます。

 しかし、この生き方は、ある時期から、とても辛いものになってしまう場合があります。そんな時期に、カウンセリングを受けてくださる方が、とてもたくさんいらっしゃいます。
「とてもいい時期に、ようこそいらっしゃいました」
と、私は、思わずお伝えしてしまいます。

 一人でがんばる生き方をしていらした方が、カウンセラーの言うことでも聞いてみようか、とか、もう無理、助けて、とか、言えるというのは、すごいことだと思うからです。そして、もうすでに「ある時期」に迎える生き方の変化が始まっていると思うからです。

 「ある時期」とは、一人でがんばる自立のステージから、誰かと乗り越えていくパートナーシップのステージへ移行するタイミングです。相互依存とも呼ばれ、異性のパートナーだけを指すわけではありません。誰かと組んで乗り越えていくのです。一人でやるのが難しく感じた時、ヘルプを出し、必要なサポートを受け取る。また、パートナーが困難な状況であれば、今度はこちらがサポートをする。そんな流れのあるステージです。

 しかし、自立的な生き方に慣れている方は、なかなかヘルプが出せません。というか、がんばっていることや、今、助けが必要な状況だということが、わからなかったり、無感覚な場合も多いものです。がんばることが当たり前になっているからですね。

 私も、心理学を勉強し始めてから、「私、案外がんばりやさんだったんだな」と初めて思いました。いつも、自分の足りないところばかりが目に着き、がんばりを認めることなど、とても出来なかったのです。でも、それを認めた時、がんばってきた私が報われたような気がしたのを覚えています。

 そして、助けてって言ってもいい、もう出来ないって白旗を振ってもいいってことも知りました。そんなことしちゃダメって言ってるのは、私のルールだったことも知りました。それに、そのやり方は、とてもいいものだとも思いました。私みたいな人は、是非やるといいと思いました。もちろん、がんばってるみんなも。なのに、なのに、なかなか、助けてって言えません。気づくと、がんばってひいひい言ったり、イライラしたりしてる私に、今でも出会うことがあります。

 でも、以前の私と、決定的に違うところがあります。それは、「一人でやらなくてもいい」という巨大な許可が出ていることです。大げさに言えば、私には、許可しか出ていないのかもしれません。実際、「助けて」と言わなくても、実際、助けてもらうことがなかったとしても、最後の切り札を私は手にしているのです。いつだって、誰かが助けてくれるという。

 今日も、そのカードを引っ下げて、私は、安心して生きていけるのです。がんばり屋さんには、是非このカードを、手に入れていただき、あなたの人生を、あなたらしく闊歩していただきたいと思っています。

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