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2013年1月29日

<きずな>と<ほだし>

東北地方太平洋沖地震が起こってからでしょうか、「絆」という言葉をよく耳にし、目にするようになったなぁと感じていました。

そんなときに、ある一冊の本を読んでいる中で、「絆」という漢字には、<きずな>という読みかたと、<ほだし>という読みかたがある、ということを知りました。

ほぉ~と思って、辞書を引いてみると…

<きずな>とは。
人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき。

<ほだし>とは。
人の心や行動の自由を縛るもの。自由をさまたげるもの。
手かせや足かせ。

<きずな>にはポジティブな響きがあるけれど、<ほだし>となると、意味的にネガティブなものになるのだなぁと知りました。同じ漢字なのに、読みかた次第でこうも受ける感じが変わるのかと、とても興味深かったのを覚えています。

するとその本には、さらに興味深いことが書かれていました。
「<ほだし>(束縛)なくして、<きずな>はあり得ない」と。

えぇ~!と思いました。
できれば、ネガティブな感じを持つ<ほだし>には関わらずに生きていけたらいいな、と思ったからです。<きずな>は美しい感じがするけれど、<ほだし>はというと、あまりそう思えない。でも、この本によると、「<ほだし>なくして<きずな>なし」なのかぁ…と、やや不満を持ったことを思い出します。

それでも気になる文章だったのでしょう、私の頭の中に、この言葉はずっと残っていました。
そしてある日、「あぁ、こういうことなのか!」と、この言葉が腑に落ちる出来事が起こります。

それは、特別なときに起こったのではなく、とても平凡な日常の中で起こりました。

今年のお正月。
震災で全壊した家が復活したこともあり、その新しい家で過ごすことになっていました。今回は、夫が長いお休みを取れたこともあり、1週間ほどの、私たちにとっては長い帰省となりました。

実家に帰ることを思うだけで両親との<きずな>を感じられました。
いざ帰ってみると、娘(両親にとっては孫)のために揃えられたグッズ、食べ物がたくさん!年に数回しか帰ってこない私たちのための寝具一式や、荷物入れの棚まで揃えてくれています。私たちが帰ってくるのを本当に楽しみにしてくれているんだなと、やはり<きずな>を感じ、胸がギュッと熱くなりました。

新しい実家は、雰囲気や匂いは新しいものの、やっぱり両親色の家になっていて、私にとっては居心地がよく、娘も広い家で縦横無尽に歩き回っていて楽しそうで、「あぁ、やっぱり実家があるっていいなぁ~」なんて感じていました。

ところが、です。
実家に帰って何日か経つと、朝はいつもより早く起きなければならなかったり、夕飯やお風呂のタイミングが違っていたり、ということが煩わしくなってきます。
最初の何日かは、実家のやり方に合わせるのも全然平気なのですが、実家にいることに慣れると、良くも悪くもだんだん気を遣わなくなって、実家のやり方に合わせるのが面倒になってきます。それで、自分のやりたいようにやりたくなってしまうのです。
そして、このときに感じていたものが<ほだし>なのでした。まさに、自由に動きたいという自分の気持ちや行動に、両親(のやり方)がブレーキや変更をかけてくる、という感じです。

この感覚、たしか昔も感じていたことがありました。
自分がまだ子どもだった頃、壊れる前の実家に、両親やきょうだい達と住んでいた頃。私が主に感じていたのは、<きずな>よりも<ほだし>だったのかもしれないなぁ、と思いました。
私にとっては、「~しなければならない」が多すぎて、早く家を出て自由になりたいと思ったものでした。

大学に進学するのに合わせて東京に出ることになり、一人暮らしをすることになって、まさに自由を謳歌していたように思います。
と同時に、実家に帰るのは年2~3回となり、たまに帰ればお互い良い意味で気を遣うので、<ほだし>を感じることなく気分の良いまま過ごしていました。
そうすると感じるのは、<きずな>なんですよね。
遠くにいても両親が自分を思っていてくれる、たまに帰ればすごく歓迎してくれる、すごく<きずな>を感じます。
私にとっては、実家⇔東京という物理的な距離が、<ほだし>を<きずな>へと変えてくれたようでした。

そう思うと、たしかに、「<ほだし>(束縛)なくして、<きずな>はあり得ない」という表現はしっくりきます。
私の記憶の中で、親の愛情は、<ほだし>からスタートしてるからです。
でも、自分が成長して、お互いに良い距離感ができたときに、それは<きずな>へと変化しました。

また、自分が親になってみて分かることもあります。
私の母親は、それはもう心配性なのですが、それによって強力に守られてきたことも事実なのです。昔は、その心配性を<ほだし>に感じ、鬱陶しく思ったこともたくさんありましたが、今なら、それが母の大きな愛情であったことが分かります。自分が大人になって振り返れば、昔感じた<ほだし>は、<きずな>の証だと解釈が変わるわけです。
私もおそらく、自分の娘に対して心配性を発揮することがあるでしょう。なにせ、母の娘ですから(笑)。
すると娘にとっては、これから、私からの愛情が<ほだし>のように感じられることも多くあるかもしれません。でも成長していく中で、それらが<きずな>へと変化するときが来るといいなぁ、娘を支える<きずな>になるといいなぁ、なんて思えます。

たとえば皆さまも、日常の、人との関わりの中で、<ほだし>を感じることが多くあるかもしれません。しかし、この<ほだし>があるからこそ、<きずな>を感じられるようになるんだと思えると、<ほだし>も悪いものじゃないと思えて、楽になれるかもしれません。

「<ほだし>(束縛)なくして、<きずな>はあり得ない」という文章を読んだ瞬間は、「え!ヤダ~!」としか思えなかった私ですが、<きずな>だけを感じたいと思っているよりも、日常の中で<ほだし>を感じたときに、「これがあるから<きずな>が感じられるのね」と思えたほうが豊かだな~、人生楽に生きていけるな~と、今は思います。

【参考文献】大平健(1995)『やさしさの精神病理』岩波新書.


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2013年1月22日

愛とエゴ

ひと月ほど前、私はなぜかブルーで、とっても暗くてジメジメしていて、自分が自分じゃないような、でも 「本当は私はこういう暗くて、陰気な人間なのではないか?」 という気もしてきて、そんな自分が大嫌いで、そしてきっと、「こんなにグダグダ、ドロドロしている自分のことを人もきっと嫌っているだろう」 と感じていました。

自分のことをとても「中途半端な奴」とか「かなりな怖がり」「やるべきことをやっていない」様に思っていたのです。

こういう風に感じている時というのは、私たちはとてもエゴと仲良しですね。
私たちの中のエゴが 「うわっ!!暗くてジメジメした嫌な奴~~」 「そうそう!お前ってやるべきことをちゃんとデキナイ人間だよね。ホラ、あれもこれも、した方がいいのに全然手を付けないもんね。それってどうよ?」 「そんな、君のことはみんなが嫌ってバカにして当然。だから、あんまり人と関わらない方がいいんじゃね?でないと、そのことがみんなにバレて、よけい嫌われるよ?」 などと囁いてきます。

実は、昔は、私はこのエゴの声にすら気づいていませんでした。
自分でもなにがなにかわからないうちに、心を閉ざして、人と関わらないようにし、そしてさも、それが大人としての在り方だと思い込み、人と繋がらないことを当たり前の事とし、やるべきことのみをやっていればそれで良いのだ、という態度を取っていました。

けれど、それは、かなり無理があったようです。
なぜなら、自分の不出来を許せない、というよりは、不出来さを認めることすらできなかったしそこを見ようともせず、人には「ああするべき、こうするべき」と批判してみたり、かと思えば、「あぁ、自分にはあの人みたいには出来ないだろう」 と諦め、自分をちっぽけに感じ、私は決して幸せでは無かったのです。


けれど、今は “気づく” ことが出来ます。

自分を責めたり、ちっぽけに感じたり、人は私を受け入れてくれないだろう、と感じたりした時に、「んん?!ちょっと待てよ~~、これは”エゴの声”というヤツではないかしらん?」 という視点から見てみます。

「うん、そうかも」 という思いと 「エゴの声なんかあるはずないよ。自分のことは自分が一番よくわかっているよ。そんなもののせいにせずに、自分の至らなさを認めろよ」
いう思いが出てきます。
なかなか、エゴのヤツは手強いのです。
もう、ひどい時は悶絶する勢いです。
“エゴの声” だとわかっていても、「うぅ、そんなのは嘘だ。エゴって言ったってそれも私の中の一部じゃないか。だから、結局ダメ人間はダメ人間なのだ」 と、とことん自分を追い詰めてしまうこともあります。
自分を追い詰めて、責めているので当然気分は良くありません。

すると、当然周りにもドヨヨ~ンとした空気やピリピリした気配を発しています。
感情は共鳴しますので、周りが同じようにやけに落ち込んでいたり、イライラしていたりします・・・。
あまりいいことはなさそうですよね。

ひと月前の私は、とことん落ち込み、自分に嫌気がさし、人と距離を取ろうとしていましたが、どこかで 「きっと、エゴのヤツが私の足を引っ張っているのだ。でも、そんな、エゴも確かに私の一部で、これを無い事にはできないし、ちょっと友達にこの気分を聞いてもらおう」 と意を決し、私的にはかなりの勇気を出してある友人に 「私って最近すごく自分のことを暗くてジメジメしたヤツと思ってるんやけど・・・」と打ち明けてみたら、「へっ?そんなん思ったことないわ~~(>▽<)でも、自分をそう思うこともあら~な^^」 で、終わってしまいました。

友達に聞こう、と思った時、私は ”愛“ と仲良くなろうとしたのですね。
自分は最悪な人間かも、というのを人に打ち明ける時、けっこう勇気が要ります。
でも、「この人ならそんな、暗~い私でも受け止めてくれるだろう」 と信頼してみよう、と勇気を出したのです。

すると、あっさり笑って受け止めてもらえて、「暗いジメジメした私でも、ま、いっか」 と受け入れられたのです。
エゴが認めてもらって納得したのかもしれません^^

完璧な人などいませんものね。

吉村ひろえのプロフィールへ>>>

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2013年1月15日

私の困ったクセの本当の理由(わけ)

三島桃子です。いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます!


半年ぐらい前だったか、私にとって「へえ~×10」(古い?)みたいなことがありました。


出かける時に不安になる、という妙なクセが、私にはありました。社会人になるころから顕著に出てきたような気がします。ガスの元栓は閉じてあるか?冷暖房器具のスイッチは切ったか?電気は消したか?と何度も確認してしまったり、持って出なくても何とかなりそうな小さな忘れ物を思い出しては取りに戻ったり。

しかも、一応「よし、全部確認したしこれで大丈夫」と思って玄関にカギをかけて歩き始めてからも、家のことが気になってしかたないのです。何か、そのまま出かけてはいけないような、後ろ髪を引かれるような感じ。

ここ数年は以前よりましになりましたが、やはりおさまることはありませんでした。まあさほど支障があるほどでもなかったので、「あーあ、病気だわ~」と半ば笑い飛ばしながらやりすごしていました。でも心のどこかでは、「何でかな~何でかな~」とずっと考えてはいました。

実は外へ出るのが怖いのかなあ?それとも外出して疲れるのが嫌なのかなあ?
ん~…、いまいちピンとこないな~。

単に、深い意味はないクセなのかな?

などと考えつつ、まあ治らなくても別にいいや、とも思っていました。


そんなある日、自分の「出かける前症候群(と勝手に名前をつけていました)」のことをなんとなーく考えるともなしに考えていたんですね。その背後に何かあるとしたら何があるんだろう?怖れ、という気はする。私たち人間の根源的な怖れとは、死への怖れだと言うよねえ。

死、かあ、死、ねえ。誰が死ぬと思っていたのかな…?

あ!!!!!

お母さんだ!!!

そして、以前どこかで聞いたことのある話がさっと心をよぎりました。

お母さんを家に置いていくのが心配で登校拒否になる子どももいる、という、テレビか何かでちらりと聞いた話。病気や、家庭の問題でとても悩んでいるなど、事情のある母親を一人残して学校に行く気持ちになれない。お母さんが心配だから。本人もそれで自分が登校拒否になっているという意識はない。ただどうしても行く気持ちになれない。そんなケースもあるのだと。

子どもの頃、私の母は病気がちで、よく寝室で横になっていました。学校から帰ってきて、母が寝室にいるか、それとも台所にいるか、というのをまず無意識に確かめていたのを覚えています。

私は、自分が学校に行くときに母を心配するような気持ちを持っていた記憶はありません。でも、学校に行ってもどこかうかない気持ちを抱えていたような気はします。心の底に、絶えず不安な音が響いているような感じ。何をしていても消えない重い感じ。

あれは、母を心配する気持ちだったのかもしれない。母が死んでしまいはしないかという不安だったのかもしれない。

そこまで思いが至った時、すうっと幾筋かの涙が私の頬を伝いました。ちょうど夕暮れ時、私は一人でリビングのテーブルに向かっていて、暮れかけた空が遠くに見えていました。子どもって、親のことをじっと見つめ、いろんなことを感じているんだな…。私もそんな子どもだったんだなあ。

そんなことを思っているうちに、ほわっと胸が温かくなりました。


その後、私の「出かける前症候群」は、かなり落ち着き、そこそこさっと確認して外出できる感じになりましたし、一度玄関ドアから出てしまうと、以前のような後ろ髪を引かれる気持ちは感じなくなりました。次のことに自然に気持ちが向かうのです。

何となく不安感を抱えていた小学生の私を思い浮かべると、愛おしく感じます。そんなにお母さんのことが心配だったのね、お母さんが大切だったのね。いい子ね。そう声をかけてあげたい感じがします。

同時に、あの不安感を持たずに過ごしている小学生の自分もイメージできるようになりました。心が軽くて、目の前のことに思い切り集中し、楽しめている女の子です。そんな小学生の自分もかわいいなあと思います。

不安そうな子どもの私も、生き生きした子どもの私も、両方大切な存在です。両方ともリアルに思い浮かびますし、愛おしく感じます。

心理のセオリーどおり、抑圧されていた思いが顕在化して自分で理解できると、その思いは解放されるのですね。心理マニアにとってはとってもおもしろい経験となりました。


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2013年1月 8日

新たな気持ちで ~この1年の過ごし方~

年が明けて1週間が経ちました。
今年は年末年始のお休みが長くて、お正月をゆっくり過ごせた方も多いのではないかと思います。
みなさんは、どんなお正月を過ごされたのでしょうか。

私はのんびりと過ごしながら、この1年をどんな目標を持って、どう過ごすしたいのかを考えてみました。
どんな1年にしよう。どんな私になりたいんだろう。 そう考えた時、私にとっては穏やかな心で過ごせる日々、
愛や感謝を素直に感じて毎日を喜びとともに過ごせること、そんなイメージがありました。
これはずっと心に持ち続けてきたものでもあり、そのように過ごそうとやってきました。
でも、どこか中途半端でいつも

正直に言うとこの数年、私はあまり新しい1年が始ることを意識せず、特に目標や抱負を持たずに過ごしてきました。
なぜ?って。 私自身が、「目標を決めても続かないし・・ きっと出来ないし・・」と思っていたから。
(これは思い込み、観念ですよね。)
いつも何かに追われているようで、もっと頑張らなきゃとか、まだまだ足りない、という気持ちをたくさん感じ、
なのに、何も出来てない、やっていない、やらない自分を責めていつも気持ちはザワザワしていたから。どこか心が穏やかではなかったんです。
心がザワザワして落ち着かなければ、考えもまとまらないし、いいアイデアやインスピレーションもやってこない。
わかっているのに忙しさに流され、いつも時間だけが過ぎていました。

実際には、この目標はずっと心にもち続けていて、毎日そのように過ごそうトライしていたのですが、どこか中途半端に感じていたんです。
きっと漠然としたイメージでしかなかったんでしょうね。
でも、今年はそれをもっと実感したいと思い、改めて目標にしてみよう、より意識してみようと思ったんです。
そして、先に述べた今年の目標(イメージ)に目を向け、それを実現するためにはどんなことをすれば良いのかと
考えた時、まず自分の本当の気持ちに目をむけようと思いました。
具体的には、自分自身を無にする時間を持つことや自分に優しくする、自分を労る、といったことからやってみようと決めました。
ホント、今さら、ってことばかりですが、改めて自分に課してみることにしたんです。

昨年12月に母体である神戸メンタルサービスで2ヶ所のヒーリングワークに参加した際、こんなテーマがありました。
(毎月のアドバンスワークではテーマが設定されます。)
東京地域で行ったヒーリングワークでは「心の力を信頼する」~新たな人生を開く鍵~というテーマ、
福岡地域で行ったヒーリングワークでは「あなたの中の平和と繋がる」~戦いをやめてみませんか~といったテーマでした。

平和で穏やかな気持ちでいて、そして心の力を信頼する。私が本当に欲しいものでした。
心が平和であれば、きっとひらめきや直感も手にいれやすいでしょう。その力を信頼していれば、
不安になったり自分が揺らぐことも少ないはずです。

現代社会は日々どんどん変わっていきます。 昔と比べると情報が溢れ、変化のスピードも速く、ついていくのが大変なくらいです。
そんな中で自分が流されずに落ち着いて毎日を過ごせることはとても大切かもしれません。
自分の心と繋がり、たとえ数分でも心を落ち着ける時間を持ってみることで、気持ちにゆとりがでるように思います。
そして、自分を信頼することができると、どんな時でも自分にとって最適な道が見えたり、新たな道が見つかったりしていくのでしょう。

今週から仕事や学校も始まり、私たちはまた日常の生活に戻っていきます。
忙しい毎日の中でも、悠然としていられる自分になりたいものですね。

みなさんはどんな1年にしたいのでしょうか。
みなさんにとっても、私にとっても素晴らしい1年になりますように。

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2013年1月 1日

「愛」を見つける年にする ~「お正月」のほろ苦い思い出の向こうにあったのは・・~

新しい年が始まりましたね。
大晦日と元旦。いつもと同じように日が沈み、やがて夜が明けるだけなのに、1年が終わり、新しい1年が始まる。年が改まると、なんだか気持ちも改まる気がします。
どこか改まった気持ちが生まれるこの時期は、今年はどんな年にしよう?と目標やヴィジョンを考えるのにぴったりな時期とも言えますね。みなさんは、どんな目標を考えられるのでしょうか?

ところで、みなさんは新年をどんな風に過ごしていらっしゃいますか?
旅行?田舎に帰省?家族団らん?一人でのんびり?久しぶりに親戚と『顔あわせ』という方もいらっしゃるかもしれませんね・

田舎育ちのわたしにとって、子どもの頃のお正月はうれしくもあり、うれしくもなし・・という行事でした。

なぜかというと・・・
まずは、年末の忙しさ。
12月の半ばに始まる「大掃除」。年末の数日は、おせち料理を作ったり、お餅をついたり、注連飾りを編んだり(自分の家にあるわらで編んでたんですよね)・・・。家族総出で一日中休む間もなく働いていました。

年が明けたら、家族そろって新年の挨拶。お雑煮を食べて、お年玉をもらって・・。初もうでに出かけて・・・。家族団らんの一日。

二日になると、農家の「本家」の我が家には、お嫁に行ったり、養子に出たりしている「おじいちゃんの姉・妹・弟とその家族」、「父の弟、妹とその家族」がお年始の挨拶に訪れました。二十名を超える大宴会の始まりです。昼過ぎから始まった宴会がお開きになるのは、夜も更けてからのこと・・
大人が大勢集まるので、とても賑やかだし、お年玉はたくさんいただけるのですが・・・、わたしはこの宴会が苦手だったんです。

普段会わない親戚のおじさんおばさんたちにかわいがってもらってはいたのですが、すごく気を遣ったんですよね。「跡取り娘」だったから・・。

田舎の風習かもしれませんが、長男や跡取りは「別格」扱いされていました。大人と子どもたちは別々の部屋で過ごすのですが、「跡取り」だけは「大人」の席に着きます。これがうちの「跡取り」だ、というように、祖父・父の隣に「わたし」が座って、ご挨拶するんです。幼稚園くらいまでは、ただ楽しいだけだったのですが、小学生になった頃からは、こういう扱いがなんだか恥ずかしく感じられたり、窮屈に感じるようになっていきました。
女のわたしが、祖父や父の隣にいることに違和感を感じ、「女だからこそ、しっかりしなくっちゃ!!」と思ったりするようにもなりました。

ちゃんとしないといけない。家族の恥になるようなことをしちゃいけない。「跡取り」らしく、「できる子」でいなくちゃいけない。親戚のおじさんたちに認められるような「いい子」でいなくっちゃ!!そんなことを考えていたからです。

早くここから解放されて、子ども達ばかりの部屋に行きたい!!と、いつも思っていました。

ところが、やっとお客さま達から解放されて、子ども達の部屋に行く途中、いつも目にするのは、祖母と母が忙しく料理やお酒の準備をしている姿でした。

どこの家でもそうだったのだと思いますが、「嫁」は裏方で、表の楽しい「宴会」には加われなかったのです。その姿を見る度、なんだか自分が裏切り者のような気持ちになっていたことを今でも思い出します。同じ「女」なのに、「家族」なのに・・わたしだけが「楽しくて明るい場所にいる」そのことがとても悪いことのように感じていたんですね。

そんな気分を感じているので、子ども達の部屋に戻っても、小さい子のお世話をする役を買って出て、祖母や母に「わたしも働いているよ」とアピールしたり、祖母や母の代わりに料理やお酒を運ぶお手伝いをして、「わたしも、お母さんたちの仲間よ」とアピールしたりしていました。

子どもらしく、おじさんやおばさんにかわいがってもらうということよりも、「跡取り」としての責任や長女としての裏方の仕事ばかりに目がいってたんですね。
子ども時代のわたしにとって、お正月は、役割と犠牲の象徴のような行事だったのかもしれません。

役割や犠牲にはまってしまうと、「愛」や「感謝」を受けとれなくなります。「ありがとう」と言われても「仕事ですから」とスルーしてしまうように・・・
「お正月」の出来事に象徴されるように、わたしの人生の前半は「しっかりしなきゃ!!」と「わたしだけ恵まれてごめんなさい」という気持ちで占められていたなぁ・・と振り返ってみて思います。

「お正月」になると思い出す、この「思い出」。

「これがクライアントさんからのお話だったとしたら、わたし、どんなことを伝えてあげるかなぁ?」そう思いました。
そうしたら、わたし、きっとこんなことを尋ねるだろうなって・・・
『なんで、しっかりしなきゃって思ったの?』
「なんで、恵まれてごめんなさいって感じたの?」

そして、こんなことを伝えるだろうと思ったのです
「お父さんやおじいちゃん、あなたの大切なひとに恥をかかせたくなかったから
 しっかりしようと思ったんじゃないですか?」
「おばあちゃんやおかあさんにも、楽しくて明るい場所にして欲しいとおもったからこそ、ごめんなさいって感じたんじゃないですか?」
「だとしたら、それはあなたの優しさだし、あなたの愛ではないのですか?あなたがそう思えないとしても、わたしには、そんなふうに見えますよ」って

わたしたちが がんばるとき
わたしたちが「ごめんなさい」を感じるとき
それはきっと誰かの役に立ちたかったり、誰かに優しくしたかったり、誰かを幸せにしたかったりしているのだと、わたしは思います。

「お正月の思い出」を思い出しながら、わたし自身、今年一年大切にしたいなと思えることが一つ浮かんできました。
それは、「愛」を見つけるということ

自分の中にある、否定し続けてきた「誰かへの愛」を見つけること
そして・・・
「あなたのなかにある、あなたの気がついていない「たくさんの愛」」を見つけて、お伝えするということです。

みなさまも、ご自身の中にある「誰かへの愛」に気づき受け取ってみることにチャレンジされてみられてはどうでしょうか?

新しい年が、みなさまにとって、たくさんの幸せに彩られる年になりますように・・・

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