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2012年3月27日

母のシャツを着る父の想い出

今年、父の7周忌を迎えます。

父との一番古い思い出は私が3、4歳の頃だと思うのですが、父の膝の上に乗り、よくお絵かきをしてもらったことです。
父がひらがなの “ね” という字を書いて 「これがネズミの “ね” ていう字や。見ときや、ネズミになるで」 と言って “ね” という字をみるみるネズミにしていきます。
それがとても楽しく、そして “ね” という字がほんとにネズミの絵になっていくことに感動した覚えがあります。

きっとその頃は父のことが大好きだったと思うのですが、思春期のころには 
『きらい、うざい、でも親父はチョロイ』 などと思うようになり、高校生くらいになると反抗期も少し治まって来たのか、『きらい、うざい』 よりも 『上手く乗せればお小遣いをくれる人』 になり、私自身が結婚する頃には 『あぁ、なんだかんだ言ってもお父さんってすごいのかも』 と少し思えるようになりました。

小学生の頃に父と話したり遊んでもらった記憶は無く、中学生の頃には極力寄り付かず寄せつけず、高校生くらいから少しずつまた距離が縮まって来ていたように思います。

父は基本、とても明るくおおらかで人を楽しませることが好きで、くだらない冗談やダジャレをよく言っていました。
例えば、食卓にタコの酢の物があると、「このタコ、イカ酢じゃねぇか」 とか 食事を終えると 「ごちそうさん、あ~馬勝った(美味かった)、牛負けた」 など・・・。
1回目は大目に見ます。
2回目には 「おもんない」 とハッキリ言うのですが、めげずにプッシュしてくる父に3回目以降は誰も反応せず、綺麗にスル―します。

私の友達が遊びに来るとわざわざ部屋にやって来て
「いらっしゃい、おっ!あんたべっぴんさんやな~、あんたみたいなべっぴんさん初めて見たわ~」 
と、いつ、何回、どの友達がやって来ても言うので、みんなに 
「おっちゃんそれこないだも言ってたで。おっちゃんに会うの初めてちゃうし^^;」 「お?そうやったか?ほんだら、あんたのあまりの美しさにおっちゃんの記憶が飛んだんやな~」 
「うん、それももう飽きたわ、新しいネタ考えて^o^」 
と、父と友達がこのやり取りをするのがお約束でした。
放っておくと延々部屋に留まろうとするので私に 「もういいから早く出て行って」 と言われ 「お前は冷たい娘やな~」 とボヤキながら出て行きます。

普段は明るく気さくな父ですが、そんな父の涙を初めて見たのは私が21歳、母が突然逝ったしまった時でした。
母は自宅で倒れて救急車で病院に搬送され、すぐに意識がなくなりました。医師からの説明は、脳卒中だということと、破れた血管は脳幹という手の施しようがない場所で母の命は持って三日だろうということでした。
それから母の意識は戻ることなく、一週間後に亡くなりました。

母が倒れてからしばらくは怒涛の時を過ごしたような気がします。
両親は商売をしていたのですが、身内が倒れたり不幸があったからと休める商売ではなかったので、仕事と病院と親戚などの対応でてんてこ舞いでした。
いつも強気で元気だった母のあまりの突然の死を忙しさも手伝ってか、父も兄も妹も私もなかなか受け入れることが出来なかったように思います。
母がいなくなったことがどこか嘘っぽく現実味がなく、なんだかキツネにでもつままれているような妙な感覚がしばらく続きました。

母が亡くなり葬儀も済ませ、しばらくしたある日の朝、階下に下りてゆき台所に入るとその隣の和室で父が向こうをむいてシャツを着ようとしていました。
そのシャツは父のサイズよりは少し小さいようで、袖が通りにくく着るのに苦戦しています。
よく見ると、そのシャツは母がよく仕事の時に着ていた渋いオレンジと緑色のチェックのシャツでした。
母の死でおかしくなったのかと 
「お父さん!なにしてるんっ?」 
ビックリしてそう聞くと、それでもまだシャツに手を通そうとしながら 
「このシャツお母さんがよく着てたなぁと思ってな~」 
と、母のそのシャツを一生懸命着ようとしているのでした。

そして、父がこちらを向いた時、静かに涙を流していることに気づいたのです。
それを見た瞬間、私もイッキに涙が溢れてきて 
「も~ なにしてるんよ~ アホちゃう~~」 
と泣き笑いになりながら、父と私の2杯分のコーヒーを淹れる準備をし始めました。

父への想いは成長するにつれ変化してきましたが、人生の半分を過ぎた今の私の父に対する想いは、感謝と尊敬とそして今でも大きな愛で見守ってくれているであろうという安心感というか、信頼にも似た気持ちです。

あ、でも、もしかしたら父の方が安心しているかも知れません。
なぜなら、妹と一緒になってお小遣いをせびる度に父は
「アー、お前らのおらん世界に行きたい」 
と、言っていたからです^^;

もしも天国というものがあったなら、この世界に居た時よりも父と母は仲良くおだやかに過ごしているだろうと思います。
そして、あの、母のシャツを着ようとしていた父に母は
「しょーもないことしなっ(-_-)」
と、言ったに違いありません。

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2012年3月20日

着ぐるみ

昨年の3月末、20年間勤めた会社を辞め、かれこれ1年が経過しました。

20年という歳月が作り上げた習慣とは恐ろしいもので、家の中で何かをしながら電話を取ると「はい、○○○○研究所です。」と勤めていた会社名を言ってしまったり、考え事をしながらエレベーターに乗るとデスクのあった3階のボタンを押していたり、ボーっとバイクに乗っていると会社に向かっていたり・・・。
会社を辞めて3か月くらいは、そんな一人ボケをやっていました。
そして、あまりにもナチュラルなその行動に、私は自分でも着ている事に気づかない“着ぐるみ”を着ているのではないかと思ったのです。

会社を辞めたいと思い始めて5年、カウンセラーとしてやっていきたいと思って3年、紆余曲折ありながらもその想いが達成されて、とてもハッピーな状態なわけです。
しかし、辞めたらこんな事したい、あんな事したいと、勤めていた頃の想いとは裏腹に、自由な時間がたくさんあるのに自由に行動しない、そんな着ぐるみ。
会社の経営方針、培われてきた社風、そんな枠組みを息苦しく感じていたのに、いつの間にかそれに同化して、思考パターンや行動が規制されている、そんな着ぐるみ。
経営管理、対外的な交渉、経理や庶務など、様々な人が支えあって組織として仕事をしていて、組織の看板で仕事をしていた、そんな着ぐるみ。

辞めたのだから、早く着ぐるみを脱いだらいいのにと思うかもしれませんが、これがなかなか脱げないのです。
自由になると責任が伴い重いと感じる、枠組みを外れると不安を感じる、一人だと思うと孤独や自信のなさを感じてしまう。
着ぐるみを着ることによって、私は、これらのネガティブな感情を感じずに済んでいたのかもしれないなぁと思いました。

それでも、様々ネガティブな感情を感じながら、目の前にぶら下がっている事をこなしていると、いろんな場面で、これまでの仕事が役立つことを実感し始めました。
自治体や企業に向けた心理学講座の提案書を作成、プレゼンテーション、講座の準備、実施報告書の作成など、これまでの仕事で自分でした事のあるものもあれば、人がやっていた事を傍で見てきたことを、見よう見まねでやってみました。
数々の失敗や反省点はあったものの、だてに20年働いていたわけではないなぁと、少し自信を取り戻すことができました。

これまで、当たり前のことのようにやっていたので、自分自身がどのような事が出来るのかということを、強く認識していなかったのだと思います。
また、勤めをやめた途端、何もできなくなってしまうと錯覚していたのかもしれません。
着ぐるみを脱いでも、着実に知識・技術・知恵・経験として身についた確かなものが在るのだと思えました。

まだまだ、未熟なところも、自信のないところも、たくさんありますが、春の訪れとともに、重ね着している着ぐるみを、徐々に脱ぎはじめてみた、今日この頃です。


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2012年3月13日

招待状が教えてくれたこと

こんにちは。宮古島から五十嵐かおるです。

先日、友達の結婚式に行ってきました。
もちろん内地で。(ここでは沖縄より北の国土を「内地(ないち)」と呼ぶんです。)
すっかり飛行機に慣れた私は、山手線の移動のように宮古島から羽田へ向かいます。

友達思いで優しい性格の新郎新婦。その2人の人柄に魅かれて集まった仲間からは「おめでとう!」「2人が幸せになって心から嬉しい!」という祝福の気持ちが会場いっぱいにあふれていて、素晴らしい1日でした。
出席できて本当によかった。招待してくれてありがとう。

結婚式の招待状といえば「参加・不参加」それと会場案内。
前もってお誘いを言われることがほとんどで、どちらかというと形式的な書面として見ていたのかもしれません。
今回はその招待状の大切な意味を教えてもらった気がします。

新婦である友人が結婚式を挙げる知らせの時に、気を使ってこんなふうに言ってくれました。
「かおるちゃん、遠いから来るのは無理ってわかってるんだけどね、招待状だけは送りたいんだ。新しい住所教えてくれる?」
そうかぁ~確かに行くのは難しいかも。仕事もあるし。長期休みはとったばかりだし。
でも招待状送ってくれるなんて嬉しいな♪
軽い気持ちで新しい住所を言って電話をきりました。

数日後、青い海を渡って真っ白なその招待状は私のもとへやってきました。

筆の文字で、私の宮古島の住所と名前がしっかり書いてある。
シンプルで可愛らしく、2人の式の案内が載っている。
彼と一緒になった新しい彼女の名字・・・
純白の舞台で眩しく踊るような文字たちを読んでいると、彼女が私にこれを送ってくれるまでの姿が浮かんできました。
私の住所を登録して、宛名をつくって切手を貼る。来るのは難しいとわかっていて招待者名簿の一人として載せてくれる。
彼と出会った時のこと、付き合い始めた報告、一緒に住み始めたこと、家族に紹介したこと。どんどん幸せになっていく彼女はよく嬉しそうに彼との生活を話してくれていた。

「・・・行くに決まってるじゃん。」
いつの間にか私の気持ちは固まっていました。
彼女の幸せになる日を見たい。私も直接お祝いがしたい。
急いで「参加」に○をつけてお祝いの言葉を書き添えポストに入れ、東京行のチケットとホテルの予約を済ませました。

「うっそぉ、来てくれるの!すっごい嬉しい」
私からの返事を知ると、彼女はとっても喜んでくれました。
私も嬉しいよ。すごくお祝いしたいよ。行こうと思えば休みだってチケットだってとれるんだ。なんだかもう彼女の気持ちに感動して感動して、出席の報告だけで私は泣いてしまいました。
もちろん当日は感激しっぱなしで、最高の式であったのは言うまでもありません。
彼と並んで座りながらもまわりの様子に細やかに気を使う彼女の笑顔は、今まででいちばん素敵でした。きっとこれからも、彼の隣でもっと柔らかく輝いていくことと思います。
2人の幸せを心から願って。

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2012年3月 6日

取り戻した、ような気がする、青春時代

三島桃子です。いつもコラムを読んでいただいてありがとうございます!

私が心理の勉強を始めたのは30歳の頃です。

20代になった頃、「何か私の心、周りの友だちみたいに元気じゃないぞ」ということに気付きました。しかしながら、自分の状況をはっきりは把握しないまま30代に。そして、「これはこのままではまずいぞ…」と思いはじめ、最初は自分自身と向き合うために心理の世界に飛び込み、やっているうちにすっかりはまり、今にいたるわけですが…。

自分の気持ちと向かい合う中で思ったことのひとつが、「苦しくて不安定な状態で過ごした青春時代を取り戻したい、でも過ぎた時間は取り戻せない、悔しい…」というものでした。もし安定した気持ちで過ごせていたら、私の青春時代や20代には、きっと楽しいことがたくさんあっただろうに。苦しいことだって、もっとしっかりした足取りでくぐり抜けただろうに。そう思うと、やりきれない気持ちになったものでした。

今、ご相談を受ける中で、時々そのような思いをお聞きすることがあります。「もっと幸せな子ども時代を、青春時代を送れたかもしれないのに…、今、いくら心が癒されても、あの時間は取り戻せない、それがやりきれない」と。

自分自身もかつてそういう気持ちを感じていたので、よくわかります。

でも一方で、今現在の私がそういう気持ちを感じているかというと、そうでもないのです。一時期は、中学生や高校生に戻ってやり直したい、と本気で思ったものでしたが、自分の中の癒しが深まる中で少しずつ気持ちが変化していきました。

「やり直したい」というのは、当時の自分をなかったものにしたい、というようなところもあったと思います。でも、それでは当時の私がかわいそうではないか、なかったものにされてしまったら、あの頃の私はもっと悲しくなってしまうのではないか、と段々思うようになっていったのです。

それと同時に、「取り戻したい!」というのはなくなっていきました。感覚的には「取り戻した」感じさえあります。

あのころの自分はかなり苦しかった。そういう自分を否定せず、受け止め、認める。よく乗りきったな、自分、という感覚。自愛の気持ち。愛すべき自分。

そうすると、愛すべき自分のリアルな苦しみと同時に、生き生きとした表情も見える。もしいいコンディションで青春時代を送っていたら、私はとてもいい笑顔をしていただろうな。つらい時は友だちや家族やいろんな人に相談して支えてもらって、成長していっただろうな。それが、ありありと感じられる。なんというか、まるで本当にそうだったように。

これは地に足のつかないファンタジーとは違うのです。私には、生き生きとした青春時代だってあり得た。それだって私にちゃんとふさわしい、という自信のような感覚なのです。

不思議ですよね。苦しかった自分を全面的に、温かく自分の中に迎え入れ、受け止めた時、何かが起こるのです。そしてまるで、「永遠に失われ、もう手に入らない」と思っていたものが、手に入ったような感覚。物理的に手に入ったかどうかというより、ただ、そういう感覚。

でもやっぱり、ちょっぴり物足りなさが残っているのか、私は時々ティーンエイジャー向けの小説や、大学生の青春まっさかり小説を読みます。青春もののテレビドラマや映画も見ます。そして、言葉にできないいろいろなことを感じ、取り込み、少しずつ何かが満たされていくのを感じます。

というわけで、「青春時代を取り戻したい」という思いのある方にオススメの作品をあげてみたいと思います。

「カラフル」 森絵都・著 (アニメ映画化もされています)
「桐島、部活やめるってよ」「チア男子!」ともに朝井リョウ・著
「フラガール」(映画)
「ローラーガールズダイアリー」(映画)
「Q10(キュート)」(ドラマ・DVD出てます)

他にも、ビバリーヒルズ青春白書シリーズなんかも時々見てます。まー次から次へといろいろとー(トラブルやら行き違いやら誤解やら…)、と思いつつ、この子たち高校生なんだよね、まだまだ未熟だもんなあ、いろいろやっちゃうよね…と、この頃は少し温かい目で見るようになってきました(笑)。

青春時代を取り戻した感を持ててから以降、自然に年相応の大人になってきたような気がします。人生のプロセスがちゃんと進んで行く感じです。この落ち着いた感じ。「自分がしっくりくる生き方」もわかるようになってきました。

気持ちのありようというのは、すべての基盤になるものなんだな、とつくづく思います。


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