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2009年1月27日

「家」からの恵み

昨年から、突然の解雇で住む場所を失う方がたくさん居られることがニュースで報じられています。アパート経営をされている方もまた、収入が入らなくて困っていらっしゃるそうですね。
一方、空いている研修施設をしばらくのお住まいに提供する企業や、空き部屋を提供する大家さんがいらっしゃるという、少しほっとするニュースも耳にして、昔話で旅人が一夜の宿を借りる話や、寅さんが居候する映画のシーンなどを思い出したりします。
困っていらっしゃる方々が、一日も早く安心して暮らせる場所を得られるようお祈りしています。


私は、冬になって研修が一段落し、落ち着いて家に居られる時間が増えてきました。おかげさまで新年は、家が与えてくれている恵みを一つ一つ受け取りながら始めることができました。

毎週末のように遠出していた頃には、洗濯だけはしていましたが、整理や片付けが後回しになって、部屋の中には、使う物と使わない物がごちゃ混ぜになっている状態でした。
家に住んでいるといっても、家の中の、どこで何がどうなっているのか、把握もしていなければ、ゆっくり見ることなどはまずありませんでした。

それどころか家の中を見ると、家が汚れている分だけ、お掃除してない、整理できてない・・・と、やることをやっていない自分を責めたり、自分自身をごちゃ混ぜの部屋と同じように感じたりして、何となく重い気分でした。
だから無意識に、家の中をあまり見ないようにしていたのかもしれませんね。

出歩く機会が減り、生活のペースをだんだんゆっくりにしていくと、少しずつ時間に余裕が出てきました。余裕がない時は、それを心理的には正当な理由にすることができていたのか、「整理ができなくても仕方ない」とあきらめることができていたのですが、余裕が生まれるとともに、「余裕があるからには片付けなきゃ、掃除しなきゃ」というような焦りも出てきました。

焦り自体はあまり嬉しい感覚ではありませんが、焦りが原動力になって、やっと片付けに向けてエンジンがかかりました。

まずは楽なところから始めてみました。袋に入れてあった不要物をリサイクルセンターに運ぶのは比較的簡単でした。運ぶだけですから。
袋の有ったスペースが空くと、それだけでもスッキリ感が出て、これが、よしよし、いいぞ! というような、自分を認める感覚をもたらしてくれたようです。

おかげで、自発的に片付けようとする意欲が出てきました。
まだ片付けていなかった半そでの服を衣装ケースに仕舞い、冬物のセーターなどを使いやすい場所に移動しました。いわゆる衣替えを、季節外れの真冬に実施したのでした。
あるべきものが、あるべき場所に落ち着く、どこに何があるのかよく分かる、というのは、心に無用の混乱や苛立ちを起こさせなくしてくれるのですね。衣服が整っただけで、随分気持ちが落ち着き、楽になりました。

衣替えと同時に、片方が見当たらなくなっていた靴下も捜索しました。思わぬ衣装ケースに入れてあったり、ベッドの下に入り込んでいたりして、徐々にあちこちから行方不明だった片方が集まってきました。これは、なかなかの快感でした。
もともと2つ揃って一足という靴下、元の完全体に戻していく作業が、心にも満足感をもたらしてくれたのでしょう。

窓には暖房効果を高めるプチプチビニールを貼りました。その時サッシの下にたまった埃を拭き取ると、黒光りのする美しいアルミサッシの素肌が姿を現しました。何年も使っているのに、埃を取っただけでこの美しさです。埃を取るのは簡単でしたし、取ってしまえば本体はこんなにきれいなままだったのです。それを知っただけで、余計な重荷が取れたかのように心が軽くなりました。

この辺りまで片付けて来ると、急に、家の中の空間を楽しみたくなってきました。

汚れを取らなきゃと、気にばかりしていた床でしたが、木の風合いを活かしたその床のナチュラルカラーがあたたかく感じられてきました。窓から冬の日が斜めに差し込むと、つやつやと明るく光ります。住む者を包みこんでくれているようです。なんていい床があったのでしょう。

そう思って見ると、壁も、カーテンも、心地よい色合いで、ずっとそこに在り続けてくれていたのですね。とても安らげる空間です。

水道や電気が使いたいときに使えるのももちろん嬉しいこと。

茂り放題になって、ご近所に迷惑かなと心配な庭の木々も、実はほっとするプライベート空間を造ってくれています。この茂みを目指してやってくる鳥達もいて、ハトやヒヨドリの安全なねぐらになっています。

飾ったまま忘れていた、いつか知人に戴いた装飾品、旅先で買ってきた置物、眺めると、魅力がまた伝わってきます。

こういった、一つ一つが蓄積されて、家ができているのですね。安心で楽しい場所がつくられていたのですね。


人生も同じ? あんな体験、こんな体験、ひとつひとつが充実したドラマでした。一つの体験だけでも一生分の内容があったのではないかと思えるほど。そんな体験が、いくつもあったのです。
あんなこと、本当に体験してきたんだなあ。なんて豊かなんだろう。
こう感じるのが、豊かさを受け取るってことなのかなあ。

そして、お掃除や整理をして家の恵みを受け取っていく過程って、セラピーの過程と似ているなあ。

そんなことまで感じていました。


「家」は、自分の居場所といったらよいのでしょうか。
安心と豊かさを与えてくれる自分のためのオリジナルな場所でしょうか。
「家」を持っていられる幸せに感謝の気持ちが湧いてきました。

お掃除や整頓をしないで放っていた時には、「家」からいつも与えられている恵みに気付けなくなっていたのですね。

そして、お掃除や整頓は、いつも物言わず静かに恵みを与えてくれている「家」への感謝を伝える営みなのかもしれませんね。

今年は、「家」と仲良くして、「家」からの恵みを受け取って、楽しみたいなあと思いました。


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2009年1月20日

あのとき ~信念を持つこと~

冬の朝の光は、私の好きなもののひとつです。
乳白色に立ち込める優しい光。
いつもよりほんの少し、暖かみを帯びた情景。
他の季節にはない、美しさを感じるひとときです。
この自然の織り成す優しさに触れるとき、思い出すことがあります。


当時、私は医薬にかかわる情報室に勤務していました。
その仕事のひとつが、一般の方からのくすりの問い合わせに対して、回答をするというものでした。
当時はまだ、医療に関する社会的意識が向上しつつあるときだったためか、電話相談窓口は一般的に知られておらず、件数は少ないものでした。
それだけに、かかってくる電話は、非常に不安をかかえ、いろいろと調べあげて、相談窓口を知った、というものが多かったように思います。


病院や薬局ではなく、半ば公共的立場での仕事だったため、あくまでも「一般論」しか回答してはならないという制限がありました。
そして、健康への不安、漠然とした不安を抱え込んでいる患者に対して、感情を抜きにした一般的な医薬品の知識だけでは、とうてい対応しきれるものではありませんでした。
医療系カウンセリングを本で学び始めたのも、このころです。
服薬指導やセカンドオピニオンといった患者に対する啓蒙がようやく出はじめた当時、医療でのカウンセリング技術に対する認識は、まだまだ追いつかず、今ほど大きくなかったように思います。


毎日のように、かかってきて不安を訴える方。
慢性疾患で、回復の見込みがなく、同じやりとりが延々と続く方。
効果が感じられず苦しいといった訴え。
私には分かっていました。
彼らにとってみれば、健康と日常の生活が結びついているのです。
病気がどこまで生活や周囲に影響を及ぼすのか。
治療について語るのみで、不安は拭い去れるものではありません。
なんとか、かかわりを持ちたいと願いながらも、窓口が設立されたばかりの当時は、周囲の理解はほとんどといっていいほどなく、感情を切って一辺倒の回答をこちらから一方的にすることしか許されませんでした。
親身にかかわる方法も知りませんでした。
医療とはそんなものかもしれません。


けれども。
私に、何ができるのだろう。
いつも、そのことばかり考えていました。


そんなとき、ふと、窓をみあげた私は目を見張りました。
秋の夕暮れの景色が飛び込んできたのです。
一面のうろこ雲が鮮やかに広がっていました。
桃色、オレンジ、紫……夕焼けの色と空の柔らかい色合いと真珠のような雲の艶。
遠くの山が影のようになって、より空の美しさが際立っています。
この優しい情景に一瞬、心を奪われ、しばらく見入っていたのでした。


どれくらい、見ていたでしょうか。
ふと、不安でいっぱいになっている常連の患者は、この景色を見ているだろうか、そんな疑問が頭をよぎりました。
否、彼らには、きっと見えていないに違いないのです。
目には見えていますが、心には届いていないのです。
誰の目にも同じように、この美しさは広がっているというのに。
気にかかることで頭がいっぱいのとき、私たちはこうした周囲の景色など、何気ないことを見逃してしまいます。
同じ景色で、感動を感じられる心、感じられない心。


このときのひらめきは、私の心にゆっくりと染み込んでいきました。
そして、私は本格的にカウンセリングを学びに行くことを決めたのでした。
同じような景色は、いつかまた見ることができるかもしれません。
患者が回復したら、ゆとりが出たら、同じような景色をゆったりと味わえるのかもしれません。
それでも、今日のうろこ雲は、やはり他の日のそれとは違う、そう思ったことが私を力強く前に押し出したのでした。
私は、思ったのです。
その瞬間しか垣間見ることのできないであろう、たった今迫りくるこの美しさを患者に味わってもらいたい、と。
たとえ、周囲の理解が得られなくても、実際には制限があったとしても、自分がこころとのかかわりを学ぶことで何かしら変化があるのだとしたら。
やってみよう。


日常の当たり前に美しいものを、ただ、美しいと、感動できることのしあわせ。
それは、現在病気であったとしても、生活が苦しくても、悩みがあっても、感じることができる。
その強い信念が、今の私を支えています。
美しい景色に魅了されるとき、私はあのときのあの気持ちを思い出すのです。


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2009年1月13日

奄美大島の空の下で

「来年もおいでね。」
少し涙目で空港でおばから言われた言葉。
僕の田舎(父方)である奄美大島に11月の末に帰省しました。
去年も帰省をしていたのですが、その時は偶然にもおばあさんの27回忌。
そのことをまったく知らずに帰り、あまりの偶然にまわりはびっくりしていました。、
今回の帰省も初めの目的はおじいさんの骨をあげること(火葬ではなく土葬で埋葬したために、墓を掘り起こし
骨についている身などを洗い流し再度、お墓に弔う作業)
がメインだったのですがさまざまな事情により、前倒しになってしまい立ち会えないままの
一人での帰省になりました。

でも僕が田舎に帰るもう一つの意味。それは田舎との絆をとりもどすこと。
長男である父親はある意味、田舎を捨てて内地である関西ににきているという後ろめたさ、そして
長男の嫁としての役目をはたせていない母への風あたり、母の性格上過去の出来事とはいえ今でも許せないことが多々あり、
交流もほとんどないような状態。このままいくと自然消滅的な形で交流がなくなるのは
確実で、過去のぼくであればそれも良いかなという思いもあったけど、今は違って繋がりという
ものに対して大事にしたいという思いがあります。

僕はそれほど自分の立場というものを感じたことはなかったのですが、おじやおばから
直系で長男の息子というものがどれほど大切な存在なのかを改めて肌で感じさせてもらい、
「なるみ」という名前に対する誇りというものを教えてもらいました。

僕にとって「なるみ」という名前が本当に穢れていると思った時期があります。
血をすべて入れ替えたいと思う時期がかなり長い時間あったのも事実ですし、僕の代ですべてを
終わらしたいなと思ったこともありました。その理由は沢山あるのですが、父親の酒癖の
悪さやだらしなさ、田舎にいるおじのだらしない生活などと聞くことすべてがよい話ではなく
情けない話ばかりであり、僕自身の性格的なことをすべて含めた環境などを血のせいにしていました。
その状況が今はかわったのかと言うと父親にしてもおじたちにしてもほとんど変わりません
逆にひどくなってます(笑)。かわったのは僕の考え方がかわっただけです。

両親に対する考え方は本当に変化しました。親孝行をしたいと思えるようになっています。
この田舎への帰郷も田舎との繋がりを取り戻すことが、親孝行という意味もかねています。
様々なしがらみにとらわれている両親に変わり僕が田舎との関係を変化させる。そうすることで
しがらみの呪縛から解放させることができるのではないかと思っています。
父親から直接きいたわけではありませんが、僕が田舎へ帰ることはかなり嬉しかったみたいです。
田舎を捨てた形になっている父親からしては後ろめたい気持ちがあるぶん僕が田舎とかかわることで何か楽になるようですし、
母親も結婚してからずっと意地を張り続けていて誰にも相談できずに頑張っていたことが僕がかかわることによりだいぶ肩の荷がおりたと言っています。

また田舎のおじやおばも素直に喜んでくれています。特におばは今までの思いを沢山話してくれました。
そして父親に対する気持ちも本当に色々伝えてくれました。どれだけ距離が離れていても大事に思ってくれているんだなと嬉しく思いました。

僕は心理学を学びカウンセラーという職業につけたことは本当に幸せなことだと日々感じています。
こんな気持ちになれるとは夢にも思っていませんでした。33年間の中で一番親子関係も
田舎との関係もいいのではないかと思います。
こんな風になれたのも様々や友人や頑張って前に向かって進もうとしているクライアントさん
たちがいてくれるからこそです。
僕の変化が周りを幸せにすることが出来る。それは皆さんに当てはまることだと思います。
人の気持ちの変化は制限をしなければ無限に変化しつづけると思いながら僕自身も、そして
友人やクライアントさんたちに持ち続けるつもりです。

日々の変化を楽しみながらさらに幸せを感じていきます。

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2009年1月 6日

祈りと感謝

先日、古くからの友人がとても悩んでいることを知りました。
その友人は、特に誰に助けを求めるでもなく、ただ一人で解決しようとしているようでした。
気になって友人のブログを覗いたところ、彼女は今は誰の手を借りることも望んでおらず、ただ時間が過ぎ、気持ちが落ち着くことを待っている、そんな内容が書かれていました。

でも、そんな状態だからこそ放っておけない。何かしたい。
でも、いたずらに彼女に触れても傷つけてしまう。
彼女の痛みにつながったのか、私の心が砕けそうなほど痛く、締め付けられました。

その時、自分にも、そんな時期があったことを思い出しました。
確かにその時の私は、正に、誰にも「触れて欲しくない」状態でした。
「辛かったね」と、優しく抱きしめようと身体に触れられることも、
「大変だったね」と、話題に触れられることも、
「良く頑張ったね」という雰囲気を作って、その空気に触れさせられることも、
全てが嫌で拒絶を続けていました。
とにかく、その辛さを他人と共有することができませんでした。
自分の心の中でなにが起こっているのか理解することもできず、ただ、他人との間に距離を作っていました。
私の痛みに気づかない人、なにが起こったのか知らない人、私よりもっと大きな痛みを抱えている人、そんな人たちと一緒にいるのが楽でした。
私の痛みに気づかないフリをして食事に誘ってくれる友人には、その優しさを思い、無理をして外出し、意味もなく笑顔を作りました。
「もう大丈夫よ」とみんなに言い、良く眠り、良く食べながら、時々、思い出させるものに触れては勝手に涙があふれ、行くあてのない怒りがこみ上げ、部屋から出ることが億劫になっていました。

きっと、今の彼女も、あのときの私と同じ状態。だから余計、触れることができない。

一方で。
だからこそ、わかる事もある。

抱きしめる腕を引っ込めた人の気持ち。
「大変だったね」と、ねぎらってくれる声に乗せられた想い。
「良く頑張った」と、認めようとしてくれた雰囲気の意味。
一緒に食事をしながら笑いあった奥にあったもの。
それ以外にも、ふと目があった時の優しい視線。「空気」としか言いようがない、穏やかで暖かいもの。

人が人を思う気持ち。
これが「祈り」なのかも知れない。

「祈り」なんて、初詣でするだけなんじゃないの?合格や成功やそういうものを神様にお願いするだけのものじゃないの?祈りって、要するに、神頼みのことでしょ??

でも、この、人が人のことを思う気持ちに名前をつけるとしたら?

やっぱり、祈り、という言葉しか思いつかない。
この穏やかで、暖かく、敬虔で美しい気持ち。パワフルで、芯の通った強い、しなやかな想い。


友人のブログを見るために立ち上げたPCの前で、困難に直面した友人を思いながら、たくさんの人の気持ちを感じることができました。時間にして20分程度。
当時はわからなかったけど、私のために、たくさんの方が祈ってくれていたこと。私を思ってくれていたこと。やっと、気がつきました。
私は愛されている。
私を思ってくれる人がいる。
そのことに気づくことができた喜び。

私の中に次に訪れた気持ちは、ただただ「感謝」でした。
私を愛してくれてありがとう。
私を思ってくれてありがとう。
私を気遣ってくれてありがとう。
励ましてくれて、認めてくれて、ねぎらってくれて、笑顔でいてくれてありがとう。ありがとう。ありがとう。
熱く、穏やかな涙がたくさんあふれました。

その友人にも、そんな風にたくさんの人がいる。たくさんの人が彼女を大切に思っている。
だから、彼女は大丈夫。そんな風に思いながらPCを閉じました。

数週間後、危機的な状況を脱したとその彼女のブログで報告を受けました。
早速、連絡を取って一緒に遊びに行くつもりです。


2009年が明けました。
これを読んでくださっているあなたにとって、すばらしい年になりますよう、お祈りしております。

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