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2007年8月28日

●田舎があること

このお盆に夫の実家に帰省してきました。
結婚前に挨拶に行ったことはあっても、結婚してからは初めてのことになります。

と言っても、嫁の立場であることをすっかり忘れていました。
もちろん、私自身人見知りなこともあり、緊張感はあるんですよ。
でも、どういうわけか、ものすごく居心地が良いんですよね。


なんと言っても、お母さんの作るご飯が『とても美味しい』んですね。
すっかり実家に帰った子供の気分でご馳走になっています(笑)

あまりに美味しいので、ご飯においては手伝う気持ちがないと言っても過言ではありません。
私が手伝う余地はないくらいに、すばやく美味しいものを作っていきます。
もちろん、後片付けはやりますよ。

東北の方は良く働きますね。特に女性が。
年齢を超えて、私よりもはるかにフットワークが軽いです(^^;
朝から晩まで働いてこれだけの料理を出せるって本当に尊敬しちゃいます。
それでいて、微塵の疲れも見せないんですよね。

あまりに働かない嫁に呆れるかと思いきや、
息子と嫁と言う感じのわけ隔てなく接してくれる感じがします(*^^*)
お父さんも、恥ずかしがりやな男性らしく、さりげなく優しさを出してくれるんですよねよね。


とっても、不思議だったのが、親戚や近所でとても密な関係が出来ていると言うことなんですよね。
当たり前だと思われる方も多いのかもしれませんが、都心部に住んでいると、
お隣さんがどんな人かは、まったく知らなかったりしますから。。。

彼の子供の頃の写真を見たり、話を聞いていると、普通に近所の方と
頻繁に、食事会ならぬ宴会?が開かれていたりするんですよね。

そんな土地柄を表しているのか、どんな所で会う人もみなさん目が温かいんですよね。
おじいちゃんおばあちゃんに見られている様な温かい眼差しです!
ほっこりしちゃいますね(^^)

親戚のおうちに連れて行かれて小さくなっていると(笑)、
「こんな田舎で気を使うことないんだよ」と何度も言ってくれます。
方言自体も温かいですね。わからないことも多々ありますが。

先日実家に帰った時に、私の父が言っていました。

どうやら、夫の両親と電話で話したらしいのですが、
「本当に向こうのお父さんお母さんと話していると癒されるんだよなぁ。
凄く純粋で。裏切っちゃいけないなぁって思うよ。
お前たちくれぐれも仲良くやってくれな」と。

要は仲良くやれよって言いたかったのでしょうけど、
父が本当に嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして、
夫の両親の話をしていたのでこちらまで嬉しくなってしまいました。

ずっと異母兄弟の中で独りぼっちの感覚で生きてきた父にとって、
信頼出来る温かい家族と言うのは人一倍嬉しい事に違いありません。


新しい実家が出来て田舎に帰ってみると、
確かにとっても純粋な人達で温かい感じなんですよね。
子供の頃に感じていた様な温かい安心感です。


田舎に帰るってこんな温かなんだぁ。

今回の帰省で田舎があるって、こんなに温かくて安心出来るんだなぁって実感してきました。

渡辺晴美のプロフィールへ>>>

投稿者 csadmin : 12:00

2007年8月21日

●避暑地の楽しみ

8月に入って、私の住む信州でも晴れ上がった夏空が毎日見られるようになりました。
日中の日差しは、少し標高が高い分だけ、なかなか刺激的に肌に感じられますが、空気のさわやかさは信州ならではのものではないかと思います。
汗をかいていても、木陰に入るとひんやり冷たい空気に癒されます。

信州は夏本番の今、避暑に来ている方たちでにぎわっています。
生まれたのが都会という私は、そんな人たちを見ていると、なんだか自分も観光客の気分になっていきます。そして、しみじみこの風土のよさを味わうのです。


信州の中でも、ここ数年特に気に入っているのが、軽井沢と八ヶ岳です。
この二つの場所は、山をはさんでわりと近くに位置していて、どちらも火山地帯という感じです。
何か、そんな大地のエネルギーを感じる場所です。
そして、火山地形独特の、山の裾野の伸びやかな広がりや、ダイナミックな風景が、気持ちをおおらかにしてくれるようなところです。


往復のドライブでは、空気のさわやかさ、大地ののびやかさと力強さをいっぱいに感じます。
道路の両側にはどこまでも広がっている静かな林。どこかはかなげな表情で立つ清楚な木々に包み込まれて、心の中がリフレッシュされていきます。
とても心地よく、楽しい気持ちになってしまうのです。

道路沿いのレストランなど、お店の建物も個性的です。風景にアクセントを与えてくれていて、見ているとウキウキしてきます。

宵は格別で、蒼い夜空の中に点在する柔らかなオレンジの窓明かりがすてきです。
火山地帯の神秘的な丘からは、木々のシルエットの間に白い月が鮮やかに望めて、神々しく感じたり。


八ヶ岳にもありますが、軽井沢には一際大きなアウトレットショッピングモールがあります。ここを歩くのも楽しみです。
女性のグループや、子どものいるファミリー、そしてカップルでいっぱいなのは、にぎやかな場所どこでも同じかもしれません。本当にたくさんの人で、ぼちぼちとしか歩けないのではありますが、いつ行っても、のんびりとおちついた雰囲気が変わらないのです。
みなさん、どこかにお泊りなのでしょうか。夕方遅くなっても、ゆったりとウインドウショッピングやお買い物を楽しんでいらっしゃいます。
お店を一歩出ると、池の水面からやってくる冷たい空気や、森の臭いが漂っているのも、みんなの気持ちをほぐしてくれるのかもしれませんね。

ここで特に多いなあと思うのがカップル。若いカップルから熟年カップルまで、とってもくつろいでいらっしゃって楽しげです。
ほんとに、どのカップルも、ゆとりを感じさせる物腰なんですね。
仲良くお洋服を見立てていらっしゃったり。
この柔らかい雰囲気を、都会の繁華街を歩くたくさんのカップルさんたちからは、そうそう感じることがないような気がするんです。


そこで、私は妄想にふけります。
・・・日常の中では、生活や仕事に追われていたり、面倒な問題に頭を悩ませられたりしながら、一生懸命生きている人たち。パートナーとの間でも、精一杯愛そうとしていながら、色んな不安や恐れや疑いや、時には争いが出てくることもあることでしょう。あるいは、何もできない自分を責めて泣いている夜もあるかもしれません。
もちろん、成功や達成を喜ぶ日も。深まっていく愛を二人味わう日も。
そんな一日一日を歩んで来た彼と彼女。
この避暑地を二人で訪れた今日は、それまでのご褒美みたいな時間なのかもしれませんね。・・・


そう感じると、二人から発せられているキラキラは、ますますまばゆいものに見えてきます。

それぞれのカップルにとって、この日のこの時間は、夫婦の若い日の1コマになるのかもしれないし、長い人生の終盤でやっと得られた、二人向き合える時間なのかもしれません。
例え二人がお別れすることになったとしても、ここでの幸せな時間は、この人生の彩りになることでしょう。


一人で来た人や、同性グループで来た人たちにとっても、避暑地でのこの時は、ご褒美の時間なのではないでしょうか。
自分を楽しませる時間。ゆとりの時間。キラキラ輝いている時間。しっとり潤っている時間。
幸せな時間・・・


こんな避暑地には、たくさんの人たちが感じてきた、プラスのエネルギーが蓄えられているのかしら?
そこにいるだけで、自然に微笑んでしまいます。

幸せな気持ちがあふれ出し、創造的な思いがめぐるのです。

投稿者 csadmin : 12:00

2007年8月14日

●こんな感じです

こんにちは。きのです。
暑い日がまだまだ続くようですが、皆さんダレていませんか?
夏のバカンスを満喫していますか?
私は、かなり満喫しています(^00^)

先月結婚してからというもの、生れて初めての経験や感覚が次々とやってきています。
そして「一人で生きている事」と「二人で生きていく事」は、こんなにも違う事なのかぁと、毎日思い知らされています。

先日、夫の会社の同僚や先輩方が20名程集まってお祝いのミニパーティーを開いてくれました。

その時の様子を書きたいのですが、
・・・

内容をあまり覚えていないのです。
その時その場では意識はハッキリしていたのですが、緊張のしすぎてベラベラとたくさん喋っていたので、夫には怒られました。

「きのちゃん、人のことを、足くさいや口くさいなんて、ありもしないことをベラベラ喋って、僕の会社での評価は高いのだから、そんな事は喋らないでくれる。」

「だって、、、ホンマの事やもん。」

「で、僕の事はみんなどう言ってた?」

「あいつはオレ様りょう様やな。って。うん。ブサイクやのにナルシストやねぇ。って。同意しといた」

「僕は仕事できるからねぇ。仕事に関しては仕方無いねぇ。それから何度も言うけど、僕はブサイクじゃないよ」

「仕事できるかどうかは知らんけど、りょうちゃんは、みんなから愛されているね。それはすごく分かったよ。私も嬉しくなったもん。それから、りょうちゃん、いつも私の事を、はっきり物言いすぎって怒るくせに、みんなは、りょうちゃんの事をストレートに物言いすぎるって言うてたやん!」

「僕は、愛からストレートに言うのだよ。きのちゃんの発言は愛かい?」

「あ、ケーキ食べてない!!!あのケーキ美味しそうやったのに!!!」

「・・・」

いつもこんなしょうもないやり取りをして、「あぁ、二人なんだなっ」て感じています。

上手く表現できないですが、これからの人生、何が待っているのか、そしてどんな人生を私達は作り上げていくのか、無性に楽しみになってきています。
これを書いている今も、まだ起こっていない将来を想い、喉から胸の奥にかけてジワジワ震えています。目の真中がぷるんと振るえています。
自分自身驚いているというか、怖いのですが、今まで感じた事の無い感覚が体中を包んでいて、優しくふんわりじわんじわんと伝わってきて、その感覚にフォーカスすると、にやけてきてしょうがないのです。

私は言葉に表現する事が苦手で、夫には今のこの感じを

「だ〜か〜ら〜キュッ〜〜〜って感じで、ごごごごごぉ〜〜って感じで、クワァンって感じ☆」

と、伝えています。
それを聞く度に夫は、ブサイクな顔をさらに変にさせて

「・・・?┐('〜`;)┌」

そりゃ、分かりませんよね(^^;

「二人で生きていく事が、私の可能性や才能を広げてくれているんだよ〜。今まで以上に自由になった感じ」
こう伝えればよかったのかな?これも「?」なのかな?

どうにか皆さんにも伝えたいのですが、これが私の今のところの精一杯です(><)


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投稿者 csadmin : 12:00

2007年8月 7日

●生きていく意味を伝えていくこと〜「夕凪の街 桜の国」に思う

以前に僕のブログでも紹介した、「夕凪の街 桜の国」が映画化され、公開されました(2007年7月28日)。

これは、広島に原爆が投下されて13年後の物語「夕凪の街」と、その子孫である現代を生きている人達の物語「桜の国」という二つの時代が織りなすお話です。

 このお話についての思いをどうしても書きたいと思っていましたが、戦争を全く知らない僕が、安易に自分の思いを書いていいのかずっと迷っていました。
けれど、映画になったこの作品を観て、「今、この時代を生きている、そしてカウンセラーをしている、僕でなければ書けないことがある」と自らを奮い立たせて書く事にしました。
 思いが先走るあまり、言葉足らずで、不適切な表現になっている部分があるかもしれませんが、その際には、どうか、ご容赦くださいますようお願いいたします。


 僕は、自分がカウンセラーの勉強をしていく中で、自分が「幸せになってはいけない」と思ってしまうために、様々な問題を自ら起こしてしまうことに気がつきました。
 そして、その原因は、同じ思いを自分の両親と祖母が感じていて、それを子どもながらに敏感に感じて、自分もそうあらねばならないと思ってしまったからであること。
 その後、機会があって、実は、それが曾祖父毋の時代から続いているものだという事実を知り、まさに代々引き継がれた「悲しみの連鎖」であることを発見しました。

 当時の僕は「悲しみの連鎖を僕が断ち切る役なのだ」と思ったのですが、実はそうではありませんでした。
見るべきは、「過去の悲しみ」ではなく、「今を生きる自分が幸せになることが、辛い過去を生きた自分自身や家族を幸せにすることなのだ」ということだと気づいたのです。
 それから、僕の問題は、次々と解決していったのです。


 「夕凪の街 桜の国」は、前半の「夕凪の街」で、原爆からようやく立ち直り始めた広島に生きる主人公の皆美(みなみ)の物語を語ります。
皆美は日々を懸命に生きていますが、自分が美しいものを見たり、幸せだと感じる度に、原爆投下時に死んでいった人々の声が聴こえる気がして、それを感じることを拒んでしまいます。
 「自分が幸せになってしまったら、死んでいったみんなに申し訳ない。」それどころか、「自分は生きていていいのか」と。

 後半の「桜の国」では、あれから60年余たった現代に生きる、皆美の子孫である七波(ななみ)が主人公となり、最近、振る舞いのおかしい父を追いかけて広島に行く話が展開されます。
 そこで、七波は、自分が被爆二世の子であることを再認識するとともに、その過去を認め、今、そして未来を生きて幸せになることが大切であると気づくのです。

 このお話が素晴らしいのは、原爆という、とてつもなく大きな悲しみの過去でさえも、「今を生きる自分が幸せになることが、辛い過去を生きた祖先や家族や自分自身を幸せにすることなのだ」と語っているからだと僕は思うのです。

 もし、そうだとしたら。


 今、この社会では、世界中に、悲しみを抱えて苦しんでいる人がたくさんいます。
 僕がカウンセラーとしてお話を伺う方の数は、ほんのわずかですが、それでも、強く感じる事です。

 けれど、その悲しみを解決するのは、他ならぬ、この物語が語っている「今を生きる自分が幸せになることが、辛い過去を生きた祖先や家族や自分自身を幸せにすること」なのではないでしょうか。

 それは、僕自身が実体験で感じたことだけでなく、この物語が証明しているのだと思うのです。
 
 原爆や戦争の悲しみでさえ、そうであるのならば。


 映画「夕凪の街 桜の国」のホームページを開くと一番最初に次の言葉が出てきます。

「生きとってくれて ありがとう」


 僕は何のために生まれてきたのでしょう。
 そして、あなたは何のために生まれてきたのでしょうか。

 必ず意味があるはずなのです。
 今、この現代に、そして、自分のおかれた環境に生まれてきた意味が。
 それを選んで生まれてきたのは、他ならぬ自分自身だと、
 だからこそ、どんなことがあっても前を向いて生きていこう、この物語はそう語っていると思います。

 そして、平和というのは、誰もがもともと生まれながらにして心に持っているものなのです。
 それにみんなが気づくことが平和を作り出す源になるのではないかと思うのです。

 僕たちが実現して、子孫に伝えていくことが、大切なのだと思うのです。


 このコラムは8月7日にアップされます。
 8月6日でなく、その翌日であることに意味があると感じています。
 この偶然を、偶然のまま終わらせたくない。その思いでこのコラムを書きました。

 今までに亡くなったすべての方と
 そして、その命を継承した、今、僕と同じ時代を生きているすべての人へ
 心からの感謝をこめて

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投稿者 csadmin : 12:00